第5話 買い物(1)

「ノスアルク王国では大陸と同じ神々を崇めている。アーサ神族、ヒイル神族、ヨルム神族の三神族があり、それぞれに所属する無数の神々が信仰の対象だ。アーサ神族とヨルム神族が人気が高く、ヒイル神族の信者はあまり多くない。ヒイル神族の代表的な神としては影の神カディ、スキーと狩りの神ルズ、隣人愛の神マルデルなどがいる」

『西方見聞録』より

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 新市街を象徴する色が白なら、旧市街はくすんだ赤色だろう。最初は白く塗られていた外壁も、長年の風雨や怪物との戦闘ですっかり剥がれてしまいレンガの赤色が目立っている。その赤も、鮮やかなものではなく、長年の汚れでくすんだ赤褐色だ。みすぼらしいと思う人間もいるが、カールはこの旧市街が好きだった。


 アニーとモナとの打ち合わせは短時間で終わった。本当の目的は宝石蝶の採集だったが、今それを伝えると噂が広まる可能性がある。カールは宝石蝶が生息しているという輝きの湖に近い、エプルア山脈という場所に生える花を取りに行く、そう二人に伝えていた。

 打ち合わせの後、二人と別れたカールは部屋で船旅の疲れを取っていた。窓からは冒険者街を行き交う人々の姿が見えた。完全武装の若い冒険者達が城門へ向かって歩いていく。これから夜行性の怪物でも狩りに行くのだろうか、彼らの顔には緊張が見て取れた。そのパーティとすれ違う様に、新大陸のトマトをモチーフにしたらしい赤い服を着た金持ちらしい男と護衛らしい若い女性ばかりの冒険者が新市街に向けて歩いている。金持ちの男は時々冒険者の身体に触れており、冒険者はそれを嫌がっているが拒みきれていないようだ。観光に来た成金商人か貴族だろう。おそらく彼女たちはアニーの同僚で、カールもああいう客と思われているのならアニーが不機嫌になるのも当然だった。


 カールはもうしばらく外を見ていたかったが、いつまでもじっとしているわけにもいかない。明日からの冒険に必要な道具がいくつも欠けているのだ。カールは買い物に出るため窓を閉めるとポケットに財布を入れ、カビル家を示す紋章の入った指輪を指につけ直し、乱れた癖のある髪や服を少し整えた。外はまだ寒いのでコートが欲しかったが、イエニーに渡してしまっていたので手元にない。まずは旅用のコートを買う必要があった。カールは部屋をでると、宿に主人に外出と夕食は外で取ってくると伝えてから建物から出た。宿から一歩外に踏み出すと、何かの気配を横から感じた。


 「カールさん、これから買い物ですか」


 突然、宿の横にある狭い路地からモナが現れた。偶然会ったかのように装っているが、待ち伏せをしていたのだろう。モナは笑顔でカールに近づいて来た。


 「エルビーさん? 随分前に帰ったんじゃなかったかな」

 「嫌だなあカールさん、モナって呼んでくださいって言ったじゃないですか。さっき買い物に行くって言っていたでしょ? 道案内が必要だと思ってずっと待っていたんです」


 アニーとモナが宿を出たのは三十分ほど前の事だったので、それからずっと、薄暗い路地でカールを待っていたようだ。冒険者とはいえ、モナはまだ十代の少女。荒っぽい人間の多い冒険者街で隠れる場所としては適切ではなさそうだった。そう思ったカールはつい余計な事を言ってしまう。


 「私を待つなら宿の中にいればよかったのに」


 それを聞いたモナは、買い物への同行を許されたと解釈したらしく、犬が尻尾を振る様に帽子を揺らしていた。


 「次からはそうします! このモナがしっかりと案内をさせていただきます」

 「……一応、私はこの街で十年暮らしていたんだよ。どこに何があるかは知っているから大丈夫」


 カールは同行を断ろうとしたが、モナは強引に距離を詰めるとカールの手を掴んだ。意外と握力が強い。


 「カールさんが出て行ってから色んなものが変わってるんです。道案内がいた方が絶対いいと思います。さあ、どこから回りますか? 武器ですか? 鎧ですか? 地図とか携帯食料もいいお店を知ってます」

 

 カールは掴まれた手をわざと無下に振り払う。モナは少し驚き、見捨てられて子犬のような目を向けてきた。カールはどうするべきか迷った。全力で走れば振り切れるだろうし、今から宿に戻って他の冒険者に少しばかり金を渡して拘束してもらうこともできるだろう。しかし、明日からしばらく一緒に冒険をする仲間であるのであまり下手には扱えない。何よりホルンが紹介してくれた子だ。何か理由があるのかもしれない。それに、港からここまで歩いただけでも街にはかなりの変化があった。モナの言う通り案内がいた方が無難かもしれない。


 「わかった。それじゃあ案内を頼もうか」

 「はい。喜んで!」


 モナは両手を胸の前で組み、大げさに喜んだ。大きな帽子からかなり癖のある金髪がこぼれ、モナ動きに合わせてぴょこぴょこと動いた。


 「ではカールさん、改めてどこから行きますか?」


 いつの間にかカールの呼び方が「様」から「さん」になっていたが、気にしないことにした。

 

 「まずはコートを買いたい。冒険で使える頑丈で動きやすいものが欲しいのだけど、いいお店を知っているかな」

 「もちろんです! さあさあ、こちらへどうぞ」


 モナとカールは冒険者街を出て、旧市街の大広場を突っ切る。大広場の先には街の住人向けの食料品や衣料を扱う普通の市場もあるのでが、そこには向かわずに新市街に近い住宅街の中に入っていった。


 住宅街は街の行政に関わる人間や兵士の家族など真っ当な人間が暮らす場所だ。冒険者街の喧噪とはうって変わり、落ち着いた雰囲気で武装した若者の姿はほとんどない。路上で遊ぶ子供達や洗濯物を抱えた女性たち、散歩する老人、ごく普通の街がそこにはあった。もちろん、不思議島の街なのでよく見れば街角にドラゴンをモチーフにした石像があったり、何年も前に芋虫型の怪物に襲撃され開いた大穴を利用した池、魔法の明かりで辺りを照らす街灯などもあった。

 モナはいくつか通りを曲がり、住宅街の奥まった所に入った。そこは住宅が並ぶ中、なぜか服屋と装飾品屋、それに花屋の三件が並んでいた。モナはその中の服屋の前に立つ。普通の住居を店舗に改装したらしく、窓が無いため外から店内の様子を見る事ができなかった。

 

 「ここがモナのおすすめその一です。最近本土から渡って来た人が開いたお店で、隣の二軒も親戚の方がやってるそうですよ」


 住宅街にある普通の店に冒険者用の服があるのか疑問を感じないでもなかったが、カールはとりあえずモナに言われるまま店に入ることにした。


 「いらっしゃい。あらモナちゃん」


 店内に入ると、モナと知り合いらしい四十代くらいの女性が二人を出迎えた。


 「こんにちはです。今日も素敵なお客さんを連れてきました」

 「いらっしゃい。あらまあ、随分とハンサムな人だね」

 「でしょ! 今度こそ私の運命の相手なんです。カールさん、こちらがこのお店のご主人さんです」

 「こんにちは。一応言っておきますが私は彼女達に旅の護衛を頼んだ依頼人です」

 「いえいえ、カールさんは私の運命の人なんですって」


 それを聞いていた女性は、またか、といった顔をする。


 「モナちゃんも懲りないね。それで今日は何を探しているの」

 「旅向きのコートを探しているんです。よろしくお願いします」


 モナはそう言いながら、ずっと身につけていた白い帽子を脱いだ。次の瞬間、モナの姿が柔な金色に包まれた。帽子の中には収まっていた髪が解放され、癖の強い金髪がふわっと辺りに広がった。モナは店内に置かれている鏡を見て、少しだけ髪の流れを整える。カールはその光景に既視感を覚えていた。


 「島の観光にでも行くのかしら? 海側? それとも森?」


 店主の女性はカールの背格好と見比べながらいくつかのコートを手に取っていた。


 「いえ、ちょっと北の方に。エプルア山脈まで行こうと思っています」

 「北ね。それなら暖かくしないとね。これなんてどうかしら。いい感じのキタキツネの毛皮よ」


 そう言って女性が出して来たのは、何枚もの白い毛皮を縫い合わせたコートだった。少し野暮ったさはあるが、触ってみると柔らかく、特に首回りの毛並みは美しくものだった。ただ、全体的にもこもことしており何かに引っかかりそうな作りをしていたし、腕周りの動きが制限されそうだった。

 コートを見たモナは髪を整えるのを止めた。


 「ちがうんです。カールさんが欲しいのはもっとこう、冒険向きのコートなんです。動きやすくて頑丈な物ってありますか」

 「そう。ならこれなんてどうかしら」


 次に店主の女性が出して来たのは男性用の大きな灰色のコートだった。


 「これはグレイウルフの毛皮を使っているの。キツネに比べるとちくちくと固いけどその分頑丈。ちょっとした皮鎧ね」


 そのコートは荒々しい見た目をしていたが頑丈そうだった。手に取って確認すると縫製もかなりしっかりとしている。


 「確かに、これはいいものですね。手仕事の質が高い」

 「そうでしょう。ちなみに私の神官服もここで作ってもらってるんです」


 モナは得意げに胸を張った。その拍子に前に垂れていた髪が胸の膨らみに沿って横に流れる。モナの胸はかなりのボリュームがあるようだった。


 カールはコートを試着してみる。荒々しい外見にも関わらず、思いのほか着心地のいい動きやすいコートだった。腕も適度に動かせるし、機能的なポケットがいくつもついている。悪くない、そうカールが思っているとモナが不満そうな声を上げた。


 「うーん、悪くはないんですけど、ちょっと横幅が大きすぎませんか」

 「これは既製品だからね。でも見た感じこの人の身体にはだいたい合っているみたいだからいいんじゃないかしら。手直しをする時間を貰えればもっと合う様にもるわよ」

 「私たちは明日の朝出発するんで時間は無いんです。ちょっと待ってください。きっとカールさんに合ういい物があると思うんです。うーん。これでもないし、あれでもないし」


 モナは灰色のコートが気に入らないようで、店内の男性用コートを何着か手に取りカールに合うか確かめていた。


 「そうだ、あれなんかどうでしょう。すみません、アニーのあれを出してもらえませんか」

 「あれ? どちらかと言うと冒険者向けの鎧みたいなものよ。この方はお客さんで冒険者ではないんでしょ?」

 「大丈夫です。カールさんは元冒険者ですから」

 「そう。あら、冒険者でハンサムなカール、どこかで聞いたような組み合わせね」


 そう言いながら女性は、店の奥から一着の黒いコートを出してきた。それはクマか何かの毛皮で、かなりの大型だった。毛並みは柔らかく肌触りも良い。一枚の大きな毛皮を加工したらしく、最初のキタキツネの物の様にたくさんの毛皮を縫い合わせているわけではなさそうだった。


 「なるほどこれはいい物ですね」


 カールは黒いコートを手に取り、その質を確認した。皮は柔らかいにも関わらずかなりの強い粘りがあり、剣で斬りつけても容易には切れそうにないくらいだった。そのコートを身に着けてみるとモナの見立て通り着丈がちょうど合っていた。冒険中に戦闘することも考えるとこのフィット感はありがたかった。


 「いい感じです。このまま戦闘もできそうだ」

 「うんうん、昔絵本で読んだ北の騎士様みたいです。とっても似合ってますよ」

 「私は騎士ではないよ?」

 「たとえです。例え。運命の人は白馬に乗った王子様だと思った方が楽しいでしょ」

 「騎士と王子だと身分が全然違うのだけれど」

 「細かいことは気にしないでください。うん、やっぱり似合ってます。惚れ直しちゃいそうです。もう少し動いてみてください」


 カールは言われたままコートを着多状態で屈伸をしたり、身体を捻ったり、剣を振る動きをした。さきほどのグレイウルフのものより遥かに動きやすかった。隣では自分の選んだコートをカールが気に入ったことが嬉しかったらしく、モナがニコニコしている。そんなモナを見て、店主の女性が口を開いた。


 「よく見たらお似合いの二人じゃない」

 「まあ、そんな事言っちゃって! でも運命の二人なんで当然ですね」


 モナが嬉しそうに身体をもじもじとさせる。


 「まあ恋人同士というよりは兄妹って感じだけどね。髪の感じとかそっくりだもの」


 店主の女性にそう言われ、カールは店内にあった鏡を見た。そこには黒いコートを着たカールと、白い神官服を着たモナが並んで写っている。髪はカールの方が薄いがどちらも癖のある金髪、愛嬌のある顔つきはどこか共通点があったし、目の色はカールが緑でモナは透き通る様な青で異なったが形は似ていた。店主の女性の言う通り、全体的な雰囲気はどことなく似ていた。


 (まさかこの子も?)


 嫌な予感がカールの背筋を走った。

 カールの家庭事情は少し変わっている。女性関係にだらし無かったカールの父は世界各地で多くの女性と関係を持っていた。カールの母も、カールの父と正式に結婚したわけではなく、見た目の良さに騙されて泣かされた大勢の女性の一人だった。目の前にいるモナも、父親の悪行の結果である可能性もゼロではない。事実、モナと同じくらいの年齢の異母妹が一人、王都で暮らしている。


 「モナ少し聞きたいことがあるのだけどいいかな?」

 「はい、カールさん。なんでも聞いてください。ちなみに子供は三人欲しいです」

 「……君のご両親はご健在かな」

 「両親ですか? 確かにまずは親族の紹介が大事ですね。でも私の育ての親は本土にいるのでちょっと今から会いに行くのは難しいかなって」

 「育ての親?」

 

 会って数時間の人間に尋ねるには少し込み入った内容だったが、カールは自分の懸念を払拭するためにあえて質問をした。

 

 「私を生んでくれた両親は私が小さい時に二人とも亡くなったそうです。赤ん坊だった私をマルデル神殿の司祭様が引き取ってくれて、なので司祭様が私の親代わりです」

 「そうか。すまない。少し込み入った事を聞いてしまった」

 「いえいえ。カールさんと結婚できるのなら、今すぐ島を出て司祭様に報告に行きますよ」

 「まあ、それはその機会があればね」

 「あれ、思ったよりも前向き? ちょっと意外です、でも嬉しいです!」


 じっくりと観察してみると、確かにモナには人を惹き付ける魅力があった。とびきりの美人ではないが、表情は豊かで愛嬌もある。カールの父はカール以上美男子で、人、特に女性を夢中にさせる強烈な魅力を持っていたらしい。もしモナがカールの異母妹なら、父親の才能の一部を引き継いでいる可能性がある。カールの異母兄弟姉妹の多くは、産みの母親や親戚に嫌われ、遠ざけられ、不幸な境遇にある事が多い。モナは幸せそうに生きているが、妹ならばこれから彼女の人生を見守る、そんな義務感をカールは感じていた。


 しかし、今ここで考えても答えは出ない。

 亡くなったという両親について根掘り葉掘り聞くのはモナに失礼だったし、もし異母妹だとしてもこれからのカールの行動に違いは無い。宝石蝶を手に入れ、王都に戻る。もしモナが妹ならそれから対応を考えればいい。少なくとも冒険者として生計を立てている今の彼女に緊急で手助けは必要なさそうだった。

 カールは気を取り直すと試着で着ていたコートの着心地をもう一度確認し、店主の女性と商談を終わらせる事にした。


 「このコートをもらいたい。いくらになりますか」

 「そうだね、これくらいでどうかしら」


 女性が提示してきた金額はカールが思っているよりもずっと安いものだった。カールは用意していた財布から言われた通りの額を渡す。


 「ありがとうございます」


 女性は価格交渉無しに高額商品が売れたことで満足そうだった。

 支払いが済むと、モナがちょっと待ってくださいと言い鏡の前で帽子を被り始めた。モナの長く収まりの悪い髪を纏め、その上に帽子を被る。バラバラだった髪のほとんどが帽子に納まる。モナは鏡の前で帽子からはみ出た髪を一房ずつ帽子に詰め込んでいた。モナが身支度をしている間、カールは店の入口で待っていた。そこに女性が近づいて来た。


「悪い子じゃないんだ、結婚する気がないなら手はださないでおくれよ」

 

 女性に言われ、カールは苦笑いをしながら頷く。


 しばらくしてモナは鏡の前で一回転し、自分の髪の納まり具合を確認すると、女性に礼を言いカールの手を取って店を出る。


 「ありがとうございました。また来ますね」


 店を出ると、すぐにモナが手をつないできた。一度妹かも知れないと思ってしまったので、邪険に振り払うことが躊躇される。カールは父親の事は憎んでいたが、その分異母兄弟姉妹には強い愛情を持っている。

 そんなカールの悩みを知らないモナは、軽やかな足取りで先ほど来た道を戻っていた。

 

 「次はどこに行きますか」

 「武器を買いに行くつもりだよ」

 「ふむふむ、いいお店知ってますよ。クイツ王国出身の鍛冶屋が最近開いた武器屋があって、質がいいって評判です」

 「ありがとう。でも今回は私の知っている店で買わせてもらうよ。冒険者時代から行きつけだったんだ。まだ残っていればいいけれど」

 「カールさんの行きつけですか。私も行ってみたいです。どこにあるんですか」

 「職人通りの大きな階段の近くにある。今も残っていればだけれど」

 「ああ、ディバの階段の下にあるお店ですね。最近代替わりしましたが、まだありますよ!」


 カールはモナに手を引かれたまあ、旧市街を歩いていた。道行く人々がカールとモナのことをチラ見する。大半はカールの美男子さに目を奪われた女性や嫉妬の視線を向ける男性だったが、中にはあのモナがまた違う男に引っかかった、と笑う人もいた。


 「君も有名人なんだね」

 「へへ。ヘルメサンドのマルデル神殿のモナと言えばちょっとした有名人なんです。すごいでしょ」


 マルデル神のようなマイナーな、ノスアルク王国で最も人口が多い王都プサラに神殿が無い神様の不思議島では一定の信者を獲得している、もしそれがモナの努力によるものなら大したものだ、カールはすれ違う住人と挨拶をかわすモナを見てそう感じた。少なくとも、カールがいた二年前にマルデル神殿はヘルメサンドにはなかったか、あっても気がつかないくらいの規模だった。


 二人は冒険者街の隣にある職人通りに入った。冒険者街と似た様に喧噪に包まれた場所で、やはり完全武装の冒険者の姿が目につく。違うのは、通りの左右に軒を連ねる様々な職人の工房の存在だ。だいたい数軒毎に似た様な工房が固まっている。通りに入ってすぐ所には刃物を打つ鍛冶屋や柄の装飾屋、鞘の専門店などがあり、その隣には金属の胸当てを作る職人の工房の他、脛当てや小手、兜や盾など金属製の鎧系を扱う職人が集まっていた。

 カールは職人通りの中にある大きな階段の下にある一軒の武器屋の前で脚を止める。武器屋は工房と店舗が隣り合っており、工房では壮年の男性と二十代の青年が一心に剣を作っていた。カールは店舗の方、年季の入った木造の建物に入った。店の中には大小さまざまな剣が並べられているが特に大型の両手剣が目立った。

 

 「らっしゃい」

 

 奥の作業台で中古の剣の手入れをしていた初老の男性が顔を上げ、カールとモナを見て目を細める。カールに気が付いた初老の男性は、勢いよく立ち上がった。

 

 「もしかしてカールの坊主か?」

 「お久しぶりです。親父さんが元気そうで何よりです」

 「こいつは驚いた。坊主が島に戻ったっていう噂は本当だったんだな」

 「もうそんな噂があるんですか? 今日の昼過ぎに着いたばかりですよ」

 「坊主は有名人だからな。しかしどうして島に戻って来たんだ? ホルンの嬢ちゃんに援軍でも頼まれたんか」


 初老の男性が話しているのは桟橋でアニーが話していた討伐遠征の事らしかった。この店は昔から兵士の武器も取り扱っているのでそういう情報も入ってくるのだろう。もっと、現在の兵士の主力武器はマスケット銃なので時代遅れの剣はあくまでも予備の武器扱いだったが。


 「いえ、それとは別件です。ちょっと不思議島の珍しいものを王都の舞踏会の余興に頼まれたので、それを取りに北の方へ」

 「そうか。あのカール・カビルがいまじゃ王都の貴族様か。なるほどな、それで俺の武器が必要ってわけだ」

 「昔みたいないい剣はありますか?」

 「もちろんだ。最近は俺が打つことはなくなったが、倅と孫がまあいい剣を作る様になったんだ」


 そう言うと初老の男性は壁のラックに並べられた剣から一本を取り出し、カールに渡した。

 それは両手剣と片手剣の中間のサイズ、所謂バスタードソードと呼ばれる剣だった。刀身は幅広めの奇麗な銀色で、鍔の部分も肉厚に作られている。柄頭は菱形になっており、これで殴るだけでも木の板くらいなら軽く叩き割れそうだった。

 

 カールは剣を受け取ると、まず片手で、次に両手で素振りをして感触を確かめる。剣を振り下ろすとカールが思っていた位置よりもやや下までいってしまった。


 「どうだ?」

 「ちょっと重いですね」

 「坊主が昔使っていたのと同じくらいのものだぞ。さては王都で贅沢をしすぎたな」

 「耳が痛いです。ご夫人と踊ってばかりですからね。剣を握る筋肉も鍛えていたつもりではあるんですが、ダメみたいですね。あと今回は荷物が多いので背負い物は使い難いんです。もう少し短くて軽い物はありますか」

 「そうだな、って嬢ちゃん?」


 初老の男性がラックから剣を選ぼうとすると、モナが横から手を伸ばし一本の剣を取った。


 「カールさん、これなんてどうでしょう」


 モナがカールに渡したのは先ほどのものよりも一回り小さい剣だった。辛うじて両手持ちが出来るが刀身の長さは長剣を少しのばした程度。一番の特徴は柄頭がドラゴンの頭になっており、鍔が翼の形をしていることだ。


 「そいつはウチの孫が練習がてら作ったもんだ。そういう飾りがある方が観光客にはウケがいいんでね。そこそこの出来だが、坊主にはちと物足りないんじゃないか」

 「どうでしょう、悪くなさそうです」


 カールは剣を握ると二、三回振ってみる。先ほどと違い、思った通りの場所でぴたりと止まる。重量や握り心地は今のカールに取って理想的なバランスだった。


 「うん、いいですね」

 「そおか? どちらかと言うと新人の冒険者向きの剣でベテランの坊主にはちと力不足だぞ? おお、そうだ実は取っておきの剣があるんだ」

 

 そういうと初老の男性は店の奥に展示してあった一本の剣を壁から降ろす。それは刀身に奇妙な模様の入ったかなり幅広な片手剣だった。


 「かなり古いデザインですね。大昔の剣闘士が使っていたものに似ています」

 「こいつはな、島の遺跡から見つかったものなんだ。魔法使いによると、何か魔法の力が込められているらしい」


 不思議島が発見されたのは今から十五年ほど前。しかし、奇妙なことに島の中には大昔に誰かが暮らして形跡がいくつかあった。それらは、単に住居や採石場の跡や、巨大な神殿のようなものも見られ、総称して遺跡と呼ばれていた。遺跡には、時々当時の人々の道具が残されていることがある。その中には魔法の力を持った道具もごく稀にだが発見されていた。


 「どんな力があるんですか」

 「さあな。調べたやつもそこまではわからなかった。でもまあ、魔法の使えない俺から見てもこの剣は普通じゃない。見た目よりも軽いし、手入れをしていないのに鋭いままだ。ほれ」


 カールはその剣を手に取ってみた。ずっしりとした重い。幅広い刀身を見てみると、先ほどの二振りの時には感じなかった何かをカールは感じたがそれが何かはわからなかった。


 「どうだ? あのカール・カビルが使うなら安くしておくぞ」


 カールは剣を三回振る。上段から切り下し、下段から切り上げ、最後は正面に向かって突きを放った。先の竜の装飾が施された剣よりも重いはずなのに、不思議と剣は狙った場所にぴったりと収まる。


 「とてもいい感じじゃないですか! さっきよりもカッコいいです」


 隣で見ていたモナもカールの動きが先ほどよりも良くなったと感じたらしく、何度も頷いている。


 「どうする? なんなら島を出る時に戻してくれるならただで貸してやってもいいぞ。その代わり後でカールの魔剣って名前をつけて売り出すからな」

 「私の名前をつけてもあんまり値段は上げられないと思いますよ?」

 「坊主は幸運な男で通ってるからな。名前がつくだけで金貨三枚分は価値があがるさ。でどうする?」


 初老の男性に問われ、カールは少し考えた後、丁寧にその申し出を断った。


 「やめておきます。今の私には過ぎた剣ですし、そもそも今回は怪物と戦う予定もありません。これは必要な人が現れた時に売ってあげてください」

 「そうか、それは残念だ」


 カールは魔法の剣を初老の男性に返すと、先ほどの竜の装飾が施された剣をもう一度握った。剣のバランス、重さ、美しさ、全てで魔法剣に劣っていることがよくわかる。それでも、そこそこいいと思えるくらいの質の良さはあった。


 それから何本か試して後、結局カールは竜の装飾が施された剣を買うことにした。一緒に竜の鱗の用な緑色の鞘と、モナが選んだ赤い皮ベルトを買い、その場で腰に差す。ベルトの色を決める時に、モナが初老の男性にカールは先約があるからやめておいた方がいいと忠告を受けていたが、モナは運命なので大丈夫ですと聞く耳を持たなかった。

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