第4話 二人の冒険者
マンドラ・ビーツ:
不思議島の名物の一つで、伝説の植物マンドラゴラに似た根菜。根っこは人型をしていて、満月の夜には地面から這い出て辺りを動き回り、より豊かな土に再び根を下ろす。伝説のマンドラゴラと違い引き抜いても悲鳴は上げない。中身の色はビーツと同じ赤紫。少し強めの癖があり、羊の肉団子と一緒に煮込んだり、すりつぶしてスープやソースしたりする。疲労回復や勢力増進効果がある。
『よくわかる不思議島案内』より
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それはひまわりの様な明るい金色だった。
礼儀や礼節を説くアニーに対して、細かいことは気にしない方が人生は豊かになるとモナが全身で訴える。モナが話す度に、白い帽子からこぼれた金髪がゆらゆら揺れる。
(どこかで見た事があるな)
カールはモナの姿に既視感を覚えていた。記憶を探り、その正体が良く会う妹の一人だと気づく。背格好も顔つきも違うが、緩やかなカーブを描いた長い金髪と我の強そうなところが妹に似ていた。
「カールさん、今私をじっと見ていましたよね?」
アニーとの言い争いを中断し、モナが嬉しそうにカールの真横に寄って来た。妙に距離が近い。
「エルビーさんが少し妹に似ているなと思ったんだ」
「モナでいいですよ、是非名前で呼んでください! 妹さんに似ているなんて光栄です。カールさんの妹さんならさぞかし美人さんなんでしょうね」
「モナ! カビル卿の妹君になんて失礼なことを言わない」
「今日はいつもよりも小言が多くない? せっかくカール様と楽しくお話しているのに水を差さないでくださいよ」
「あなたはいつもそうやって!」
「あー、おほん」
カールはわざとらしく咳払いをする。このまま二人を放っておくといつまでたっても宿屋に案内してもらえそうになかった。
「すまないが、そろそろ宿まで案内してくれないか? 荷物を置いた後買い物にも行きたいんだ」
「申し訳ありません」
アニーがモナを睨みつける。モナはやっと私の勝ちと言わんばかりの晴々とした表情をアニーに向けた後、とびきりの笑顔を作りながらカールの腕に手を伸ばした。
「では私が宿までご案内を、ってあれ?」
腕を組もうとしたモナをカールは体をひねってかわす。バランスを崩したモナはまた転びそうになるが、今回は踏みとどまった。モナはもう一度カールと腕を組もうとするが、身構えたカールを見て無理なことを悟ったらしく、見捨てられた子犬のような表情を見せたあと、天を仰いだ。
「ああ、マルデル様、これこそ愛の試練なんですね。私は戦います。そしてあなたの栄光を!」
「モナ? 私考えたのだけど、今回のパーティからあなたを外そうと思うのだけどどうかしら」
「ぐう。今日は一段と厳しいですね。しかたないです。カールさん、こちらへどうぞ」
モナが動きだし、ようやく三人は港から市街地に向けて移動を始めた。
ヘルメサンドの新市街の大通りには、本土や大陸から観光に来たらしい金持ちや、観光客を案内する役人、見回りの兵士など様々な人がいた。カールとは別の船で到着したらしい、貴族らしい人物が大勢の御付きを連れ総督府の方へ向かって歩いている。貴族が着ているトウモロコシを模した緑と黄色のコートが目を引いた。
隣を歩くアニーが腕まくりをしたままのカールの服装を気にして尋ねてきた。
「カビル卿、ずいぶんと軽装のようですがコートなどはお持ちでないのでしょうか?」
「寒そうにしている子がいたから譲ったんだ。後で別のコートを買うつもりだよ」
「さすがカールさん、お優しいんですね! その優しさを私にも、うぷ」
アニーがモナの口を無理矢理抑える。
「ホルン様がおっしゃっていました。カビル卿は女性に優し過ぎることがあると。噂通りの方ですね」
「そういう家系なんだ」
桟橋のあった港から南に移動すると、港関係者の住む地区や倉庫街を抜け大通に出た。街も良く整備されており、総督府がある中心部はほとんどが石畳に覆われ、等間隔に植えられた街路樹や花壇まである。
「通りの先に見えるのが新しくできた大広場、その先に見えるのがマルンハルン総督府です」
アニーが歩きながら街の解説をする。ちなみにマルンハルンとは不思議島の正式名称なのだが、使う人間はほとんどいない。
「俺がいたころはこの辺はただの原っぱだったのに。二年でずいぶんと変わるものだな」
「ホルン様はこの新市街地を王都に負けない立派な街にするおつもりだそうです」
「カール様、カール様、あの建物は大陸から有名な建築家を雇って作らせているんですよ。向こうに見えるのが今年の夏にオープン予定の競技場です。大きいでしょ?」
モナが手を向けた方向に巨大な楕円形の建物が見えた。古代の闘技場によくにたそれは周囲に無数の足場が組まれており、まだ建設中らしい。
「あれが噂の展示施設か。すごい規模だね」
「そうなんです。古代の闘技場をモデルにしていてるんだそうですよ。カール様、私、あの競技場の怪談を知ってますよ! 夜中に工事現場に行くと、」
「街の発展は全てホルン様のおかげです」
モナが話を始めるとアニーが無理矢理言葉を被せる。
「ホルン様が領主様を説得され、不思議島を普通の場所と同じように安全で住みやすい街に作り替え、観光客を呼び込もうとしているのです。あそこの公園も島の外からくる観光客向けに整備されたもので、中には島の歴史を集めた博物館などもあります」
「私は三回行きました! いつでもご案内できますよ。おすすめは噴水の所にある、」
「カビル卿、次の通りを左です」
アニーとモナは仲が悪いのだろうか、そんな事を思いつつ、カールはアニーに従って新市街の大広場を左に曲がる。その先には外国からの観光客向けの宿、貴族向けから平民向けまで様々な、それに観光客向けの市場があった。イエニーの宿もこの辺りにあるのだろうか、そんなことを考えていたカールの鼻を懐かしい臭いが刺激した。
「あれはマンドラ・ビーツか?」
「そうです。不思議島名物の肉団子屋さんです。羊団子が多いんですけど、私、美味しいタラの団子のマンドラ・ビーツ・ソースかけの屋台を知っていますよ。一つ買って来ましょうか?」
「カビル卿、必要なら宿に食事を用意させています」
食べ歩きなどもってのほかです、とアニーが財布を取り出していたモナを止めた。カールは少し残念に思ったが、昼食をとってから大して時間が経っていないのでアニーに従うことにした。またスルーされたモナは頬を膨らませてアニーに抗議している。
カール達は市場の横を東に向かって歩くと正面に年季の入った低めの城壁が見えてきた。壁には所々、炎で焼かれた跡や破損、一部だけ明るい色をした石材で補修されている部分がありカラフルなモザイク状に見えた。今は旧市街と呼ばれる地区を囲っている城壁だ。かつてカールはこの壁の上で押し寄せる怪物たちと戦ったこともあった。あのころとは違い、今は城壁の上に最新の大砲が据え付けられ、マスケット銃で武装した兵士が警備についている。
城壁に近づくと、新市街と旧市街をつなぐ城門が現れた。街の中ということもあり、門は開いていたが、左右に銃を持った兵士が数名立っていた。新市街から旧市街への移動は特に制限されていないようだったが、旧市街から冒険者らしい人が新市街に入るとき、時々チェックが入るようだった。
カールたち三人は門に近づくと、アニーと顔見知りらしい兵士が笑顔で手を挙げた。
「やあアニー、今日は誰かの護衛?」
「お疲れさまです。本土から来たカビル卿をご案内しています」
「カビル卿? ってカール・カビルさんじゃないですか」
」
若い兵士が一人、カールに駆け寄って来た。カールが冒険者を引退する頃、駆け出しの冒険者をしていた若者だった。今は青い制服にマスケット銃を肩に担いでいる。
「昔、ドラゴン討伐でご一緒させていただいた者です。カールさん、不思議島にお帰りなさい」
「ありがとう。元気そうだね。冒険者から兵士になったのか」
「そうなんですよ。城の警備とかヘルメサンド周りの怪物退治ばかりやっていたら、いつの間にか兵隊になってました」
島について初めて出会った知り合いに、カールは笑顔で近況をたずね、それからしっかりと握手を交わして分かれた。アニーが貴族に握手など無礼な、と小言を言っているがカールは気にしなかった。
旧市街に入ると、アニーが不機嫌さを隠さずにカールに向き合った。
「失礼かと思いますが、カビル卿は貴族なのですからもう少し正しい振る舞いをしていただけませんか。ただでさえ、旧市街の人間は礼儀作法がなっていないと言われることが多いのです。カビル卿には貴族らしい振る舞いをして、彼らに範を示していただきたいのです」
「ああ、気をつけるよ」
(かつての冒険者が兵士になり、今の冒険者は礼儀を説くか)
そんなことを考えながらカールは懐かしの旧市街に入った。
ヘルメサンドの旧市街は、いわいる冒険者の街だ。最初に不思議島に作られたロリオフ要塞を中心に、冒険者の宿や鍛冶屋、市場、娼館街などがあり、それらが壁で囲われている。人が増える度に大きくなった街なので、最近になって作られた新市街のように整然とはしていない。住人も本土や大陸から来たかね持ちの観光客ではなく、一攫千金を夢見る冒険者や、冒険者と商売をする職人や商人、娼婦たちなど少し柄の悪い者が多かった。
しかしそれも二年間で変わりつつあるようで、あちらこちらで古い建物を壊したり、新しい建物を建てたりしている。旧市街の中心であるロリオフ要塞の前にある広場まで来ると、広場に面した建物が何軒も工事用の足場に囲まれていた。
「旧市街の方も工事が多いんだね」
「ここ一年でずいぶんと住人の移動があり、旧市街にも多くの移住者が本土から来ています」
アニーが正面を向いたままカールに説明をする。
「あ、ちなみにここが、私が普段お世話になっているマルデル神殿です」
そうモナが指さしたのは、大広場に面する一角にある石造りの建物だった。
「俺がいたころは弓矢を売る店だったが」
「そうなんです。私がこの街に来てからマルデル様の信者が増えて、この建物を買ったんです。カールさん、せっかくですので中で結婚式を」
「神殿は、」
再びアニーがモナの言葉を遮えぎる。
「ホルン様は神殿を立てる際に資金援助をして、各神殿を積極的に不思議島に招いています。不思議島は世界で唯一、神々の奇跡を目に出来る場所ですから。もっとも、誰に奇跡の力を与えるか、神々の基準には疑問を持たないでもないですが」
「なるほどね。神殿があれば信者も集まり、治安が良くなり税収も増えるか、ホルンらしい考えだ」
「あの、さっきから二人して私の事無視しないでください。ほんの少しだけへこみそうです」
言葉とは裏腹にちっとも応えていなさそうなモナが、カールとアニーの間に強引に割り込んで来る。
「あなたが余計なことばかり話すからでしょう。カビル卿は早く宿に着きたいのですよ」
「わかってるアニー? ここが売り込み時なんだよ?」
「モナ!」
「わあ、大きな声をださないで。宿はもうすぐそこなんだから」
カールたち三人は神殿の前を通り過ぎ、大広場を突っ切ると冒険者街に入った。そこは旧市街の一番東に当たり、その先は城門があり、街の外につながっている。この冒険者街もカールが島を離れていた二年間で大きく変わったようで、見慣れた看板が無くなっていたり新しい建物がいくつも出来たりしていた。
それでも、冒険者街が持つ雰囲気は変わらない。
酒に酔った冒険者、妙な商品を売る露天商、時代遅れの全身鎧を作る職人、信者を獲得しようと布教活動に勤しむ神官、通行人から何かを盗もうとする者、その男を捕まえようとする少し柄の悪い兵士、少し音程の外れた歌を歌う詩人、野心に溢れた様々な人がそこにはいた。
(帰ってきた)
カールは土と鉄の交じった埃っぽい空気を思いっきり吸い込んだ。決してキレイなものではないが、それでもカールにとっては懐かしく落ち着ける臭いだった。
「ここがカビル卿に泊まっていただく宿です」
アニーは通りに面した一軒の建物の前で足を止めた。それは三階建ての宿屋兼酒場、典型的な冒険者の宿だった。冒険者の宿は、冒険者の宿泊施設であり、交流の場であり、また商人や村人が冒険者に依頼をする場所でもある。
「いつもの宿ではないんだ」
「カビル卿やホルン様が使っていた宿は昨年主人が本土に戻ったため取り壊しとなりました」
「そうか……」
後で跡地に行ってみよう、そう思いながらカールは宿の中に入った。建物は左右に分かれており、中央に受付、右側に宿泊用の部屋や二階に続く階段が、左側に食事や打ち合わせをするための部屋があった。
「いらっしゃいアニー。後ろにいるのが今日のお客さんかい? ん、カール・カビルじゃないか」
受付にいた初老の男性がカールを見て驚きの声を上げた。カールは過去に何度か会話したことがある男性に軽く頭を下げる。
「お世話になります」
「驚いたな、島に戻ったのか。冒険者に復帰か?」
「いえ、貴族の道楽ですよ。都で見世物にするちょっとしたものを探しにきたんです」
「そうか、お前さんはもう貴族だもんなあ」
「失礼ですが」
懐かしそうに話す宿の主人の言葉をアニーが咳払いで遮る。
「この方は今は貴族のカール・カビル男爵です。もう少しふさわしい対応があるのではありませんか」
「いや、でも俺たちにしてみれば、女たらしのカール坊主が大きくなっただけだしなあ」
「私も構わないよ。ストロボルムさんもせっかくだからもう少し気楽に話してくれないかな。ここは王都じゃないんだしね」
当の本人に言われてしまいアニーは口を閉じた。言葉は発せずとも不満そうな雰囲気を周囲にまき散らしている。
「ご主人、私の部屋は?」
「ああ、三階の貴賓室を用意してるよ。貴族の方にはちと粗末だが、冒険者には豪華な部屋だぜ。新品の綿を詰めたマットレスに羽毛布団、洗い立ての枕を用意してある」
「それは楽しみです」
そういって、カールは主人から部屋の鍵を受け取り、アニーに荷物を渡すに言う。
「お部屋までお持ちしますが?」
「ここまでで構わないよ。後は明日の朝に城門で合流でどうかな」
正直、何かに苛々しているらしいアニーとは早く別れて一人になりたかった。
「いいえ。これから明日の打ち合わせもさせてください。事前に頂いて情報だけでは旅の準備がしっかりとできませんので」
「一週間かけて島の北部に行って戻ってくるだけだよ。目的地はエプルア山脈の薄雪花だ。冒険者にとっては容易い仕事じゃないかな。地図もホルンに送った手紙に同封したから受け取っているのだろ?」
もちろん、その地図で印をつけたエプルア山脈は、方向こそ同じだが、宝石蝶の生息地とは違う場所だ。本当の目的地はエプルア山脈に近づいた時に言うつもりだった。距離的にはさほど離れていないので問題は無いはずだ。
「最近は怪物の動きが活発になっている地域もあります。安全なルートは少し遠回りになりますので、そこも含めて事前に打ち合わせが必要です」
「わかった。そういうことなら、荷物を置いてくるからしばらくここでお茶でも飲んで待っていてくれ」
カールは財布から小銀貨を一枚取り出すと、宿屋の主人に渡す。暖かいお茶に甘いものをつけてもお釣りがくる程度の金額だった。
部屋に向かおうとするカールの前にモナが慌てて滑り込んでくる。
「カールさん、お部屋にお茶をお持ちしましょうか」
「あ、いや結構」
「船旅でお疲れでしたら、マッサージなどもできますよ! 近所のお爺ちゃんたちから結構な評判で」
「モナ、あなたはここに残って」
「でもでも、私もカールさんの部屋に行きたい」
モナが大声で言うと、食堂で食事をしていた冒険者の何人かが怪訝そうに受付の方に顔を向ける。その中の何人かはカールの事を知っているらしく、「帰ってたのか」とか「あれが立たずのか」と仲間内で話を始めた。カールが一見したところ、顔見知りの冒険者はいないようだった。
「モナ、あまりしつこいとパーティから外すぞ」
「ぐう」
モナは叱られた子犬の様に身を小さくし、しぶしぶと引き下がった。カールは少しだけ笑顔を引きつらせ、それから「また後で」といい階段を登った。
三階まで上がると、そこは金持ち向けのフロアになっており、部屋はわずか二つしかなかった。そのうちの一つがカールの部屋だ。屋は貴族の邸宅並みとは言わないが、定年な仕事で貼られた壁紙やよく磨かれた床の上に複雑な幾何学文様を描いた絨毯が敷かれている。
部屋には椅子とテーブル、暖炉以外の家具は見当たらない。部屋の奥にはもう一つ扉がありベッドルームが別にあるようだった。
カールは部屋の荷物置きカールの荷物を下ろす。それから窓を開けて部屋の空気を入れ替え、ベッドの上に身を投げた。
久々の船旅、港からここまでの会話で思ったよりも体力を削られていたらしい。柔らかいマットレスに吸い込まれるようにカールの意識が飛びそうになる。
(いけない。今寝たらあの子らに何を言われるかわからない)
カールは少しだけ、窓から聞こえてくる外の喧騒に耳を傾けた後、勢いをつけてベッドから起き上がった。部屋の隅に用意されていた水瓶から水を救い、潮風を浴びた顔を洗う。部屋に用意されていたタオルはふんわりとしており、宿の主人がきちんとした用意をしてくれたことがわかった。カールが冒険者をしていたころ、そもそも部屋に備えつけのタオルなど無かったのだから。
それから、カールは鏡を見て髪を整えから部屋から出た。
階段を降りるとき、ふと遊び心に気配を消してみることにした。足音を立てず、ゆっくりと移動し、誰にも気が付かれずに受付近くまで辿りついた。そこではアニーとモナ、それに宿屋の主人がお茶を飲みながら話をしていた。
「そうカリカリするなよ。ああ見えて腕の立つ冒険者だったんだぞ」
宿屋の主人がアニーを宥めている。
「確かに見た目はいいかもしれないけど、結局は見た目だけの男でしょ? 貴族の地位をもらった途端、島から出て行った裏切り者なのよ。ホルン様たちは島の発展のために努力されているというのに」
「えー、でもアニーだって早くお金を稼いで島を出たいって言ってるじゃない」
「それとこれとは別よ。そもそも私はホルン様と一緒に行きたかったのに、あいつが来たおかげで居残りを食らったのよ。せっかく武功を上げるチャンスだったのに」
「え、居残りになったのはこの前の戦いでアニーが一人で勝手に突っ込んでいったからでしょ?」
「……きちんと梟熊は倒した」
「でも命令違反だって。だからホルン様に置いていかれるんだよ。アニーの自業自得!」
「うるさい。あなたに言われると余計に腹が立つ」
アニーは腕を振るが、モナはさっと身をかわす。
「おいおい、殴り合いなら外でしてくれよ。お前らの使っているのは輸入物の陶器のカップだぞ」
「あ、おつりが来ないと思ったそう言う事なんですね」
どうやら、銀貨の分使う食器のグレードが上がったらしい。モナは手にしたカップを見て、それから天井を見上げた。
「はあ、早く毎日陶器のカップでお茶を飲みたいなあ。マルデル様、どうか今回の運命の人が本当の運命の人になるようにお導きください」
「あなたには無理。少なくともカビル卿はちっともあなたに興味を示していなかったじゃない」
「でも運命を感じたし、今度こそきっと行けると思う」
力強くモナが断言する。
「前回の馬鹿貴族の時も同じ事を言っていた気がするけれど」
「あの人はダメ。ちょっと運命を感じた気になったけど、ただの遊び目的だったから。私はそんなに安くないの!」
「一年中金持ちや貴族に色目を使っているモナの言葉とは思えないな」
「モナちゃんはカールを狙ってるのか?」
宿屋の主人が気の毒な人を見る様にモナを見た。
「あれはホルンを袖にした男だ。立たずの英雄様だからどこかの貴族の婿に入ることもできないし、男爵の地位は一代限り。もう終わりが見えた男だ。万が一付き合えてもホルンの恨みを買って島にはいられなくなるし、止めておいた方がいいぞ」
(散々な言われようだ)
物陰から会話を聞いていたカールは苦笑した。
二年振りに島に帰ってみたら、街も人も大きく変わっていた。懐かしい仲間はみな留守にしており、護衛の冒険者は不機嫌でカールの事をあまり快く思っていないのが一人、カールの財産を狙うのが一人。残り二人も一癖も二癖もある者なのだろう。あるいは、これはホルンの、カールがかつて求婚を断った仲間の、復讐か嫌がらせなのかもしれない。
「まあ、なんにせよここは不思議島。のんびりいくよ」
カールは自分に言い聞かせるためにつぶやき、わざ足音を立てながらカールを待つ二人のもとに歩いていった。
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