第3話 桟橋にて

 「はい、なんでしょうか? どうして私がカビル男爵の服を持っているのかですか? えっとカールさんに貰ったんです。カールじゃなくてカビル男爵? えっと、桟橋で迎えの方を待っているっていっていました。腕まくりをしているのですぐ見つかると思います」

ヘルメサンドの港にて、冒険者に声をかけられた少女

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 ノスアルク人は白色を好む。


 新しい建物の外壁は大抵白一色に塗装されている。外国の人間に言わせると、夏でも雪が積もった様に見えないと北国のアイデンティティーが崩れるかららしい。別の学者は、ノスアルク王国は白の塗料が多く採れるので一番安い塗料が一番使われているだけだとも言う。いずれにせよ、そんな風習の通り、不思議島の街ヘルメサンドも白い建物が多い。港の桟橋からでも、白い倉庫街や白い食堂など白を使った建物が目につく。


 雲の切れ目から出てきた太陽が白い壁に反射し、辺りは明るくなる。


 (俺がいた頃はもっとどんよりとした街だったんだけどな)


 カールはそんな事を考えながら、桟橋の出口で迎えを待っていた。時刻は昼時で、港は昼食休憩を取る港湾労働者や船員、彼ら相手に商売をする商人たちで賑わっている。


 カールがいた二年前に比べると、ずいぶんと人が増え、働いている人間も王都プラサとそう変わらない恰好のたちが多い。服装は洗練されており、中には流行っている新大陸風の原色を多用した服を着ている者もいる。


 カールが島に渡った頃、この辺りにいるのは完全武装の冒険者や商人なのか海賊なのか見分けのつかない船乗りたちなどばかりだった。着ている服も実用一点張り、ひどい者は怪物の返り血が残ったままの格好の者もいたものだった。


 (不思議島もずいぶんと変わったな)


 海を背景に感傷にひたる美男子のカールは行き交う人の視線を集めていた。それが功を奏したらしく、カールを探していた二人の女性が近づいてきた。


 一人は背が高く、灰色の毛皮のコートを身に着け、ズボンにブーツ、腰に剣を差した女性、もう一人は広いつばの白い帽子を被り、ゆったりとした神官服を着た女性だった。胸に下げた印から、愛を司るマルデル神の神官だとわかる。二人ともまだ幼く、イエニーよりは年上だが二十には届いていなさそうだ。


 「カール・カビル男爵でいらっしゃいますか」


 長身の方の少女が兵士のようなよく通る声でカールに尋ねた。女性にしてはかなり背が高く、その足取りは力強い。くすんだ栗色の髪を少年の様に短く切り揃えており、その顔つきは精悍。ぴんとのばした背筋は軍人を思わせたが、銃ではなく長剣を腰にさしているので冒険者であることが見て取れた。長身の少女の表情は固く、不機嫌か、あるいは緊張しているようにも見えた。


 「ええ。私がカール・カビルです。君たちがホルンの使いですか?」

 「はい。ホルン・ヘラン子爵の使いで参りました。私は冒険者のアニー・ストロボルムと申します。こちらは同じ冒険者の」

 「いやだ、嘘!」


 突然、白い帽子の少女が叫び両手で口を抑えた。カールが何事かと身構えると、帽子の少女は透き通るような青い目を潤ませながらじっとカールを見つめた。


 「すごいイケメン」


 それを聞いたアニーと名乗った少女が露骨に顔をしかめ、「またかと」呟く。


 「こんなカッコいい男見たことない。ホルン様、マルデル様、ありがとうございます。モナはついに運命を見つけました」


 両手を組み空に向かって感謝を述べる少女をアニーが肘で小突く。


 「モナ、まず挨拶でしょ。カビル卿に失礼です。それにあなたは身分の差をわきまえるべきです」

 「いいえ、神様の前ではみな平等なのです。それに今マルデル様から愛の啓示を受け取りました。この男性こそ、私の運命の相手です!」

 

 モナと呼ばれた少女はアニーを押しのけるようにカールの前に立つと、場違いなほど優雅な動きでスカートの裾を掴みカールに向かってお辞儀をした。


 「カール・カビル男爵、お目にかかれて光栄です。私は愛の女神マルデルにお仕えする神官モナ・エルビーと申します。カール様、ああ、貴方が私の運命の人なんですね」

 「……ああ、よろしく。すまないが、君たちはホルンの使いで間違いないかな?」


 カールは二人の冒険者を前にして戸惑っていた。


 女性から言い寄られる事は珍しくない。しかし今回は、信頼しているかつての冒険者仲間に頼んで手配をしてもらった護衛だ。もっと礼儀正しい普通の冒険者が、おそらく顔なじみのベテラン冒険者が迎えに来るのだろうと思っていたのだ。カールの事を良く知る仲間、ホルンがこんな惚れっぽい少女を使いによこすとは予想もしていなかった。

 固まるカールを見てモナは攻め時だと考えたらしい。カールとの距離を詰めるべく一歩を踏み出そうとした。


 「カール様! 私の愛をあなたにいうっぴ?」


 次の言葉を言い終わる前に、モナの姿がカールの視界から消えた。アニーがその長い脚を前に出し、モナの足を掬ったのだ。モナは受け身を取ろうとして失敗し、鼻から桟橋に突っ込んでいった。


 「カビル卿、連れが大変失礼しました。どうかお許しください。ホルン様の命でお迎えにあがりました。これから宿にご案内します」

 「ああ、そうか。よろしく頼むよ。ところで、彼女はいいのかな。だいぶ痛そうだけれど」

 「無視してください」


 カールの足元では、モナという少女が地面の上で丸くなり手で鼻を抑えていた。手の隙間から赤い血が流れている。よほど痛いのか、立ち上がらずに唸っていた。


 「本当に大丈夫なのか? いくら仲間でも手を上げるのはどうかと思うが」

 「彼女はしつけのなっていない犬と同じです。今ので少しは懲りたでしょう。カビル卿、まずお荷物を預かります」


 アニーは棘のある口調で言い放つとカールが背負っている背嚢を受け取ろうと手を差し出した。カールは女性のアニーに荷物を渡すのを少し躊躇し、他にも迎えがいないかちらりと辺りを見回した。


 「迎えは君たち二人だけ?」

 「そうです」

 「北に行くための護衛も?」

 「私たち二名ともう二名でカビル卿のお供をするようホルン様から申し付かっています」


 そこでアニーは悔しそうに言葉を切った。


 「私のような女の冒険者ではご不満でしょうか?」

 「いや、実力さえあれば誰でも構わないよ。むしろ美しい女性と旅をする方が旅も楽しくなるな」


 カールの言葉に、アニーはますます不機嫌になる。


 「私は女ですが、並みの冒険者よりは腕が立つつもりです。先日も梟熊(アウル・ベア)を一人で撃破しています」


 梟熊は名前の通りフクロウの頭を持つ熊だ。非常に狂暴だが知能も高く、個体によっては魔法も使える。梟熊に勝てるなら中級以上の実力はあることになる。

 

 「それは頼もしい。他の二人とはいつ合流できるのかな」

 「彼女らは明日の朝、出発の時に東門で合流する予定です」

 「彼女ら? 君たちのパーティはもしかしてみな女性なのか」


 冒険者のほとんどは男性だ。怪物と戦うような危険が多いし、何より冒険者自身が荒っぽい者が多く、若い女性はいるだけで危険がある。魔法の才能に関しては、男性よりも女性の方が才能を持ちやすいという統計もあるが、冒険者全体における女性の割合は良くて三割程度、それも男性主体のパーティに数名の女性という組み合わせがほとんどだ。女性だけのパーティは、カールの知る限り少ししかないし、いずれもベテラン組だった。


 「パーティというと少し違います。私たちはみなホルン様の配下にいます。ただ、このモナを含め今回の四人で行動することは多いので冒険者のパーティと考えていただいても構いません」

 「なんだが事情があるようだね。ホルンは元気にしているのかな? できれば挨拶に行きたいのだけれど」


 カールとホルンは十年近く一緒に冒険をした仲で、家族のような関係だった。結局、カールは体質のこともありホルンの求婚を断り、それが理由の一つになり島を出た。それ以来、時々手紙のやり取りをするくらいで顔を合わせてはいなかったが、島に来たのなら是非顔を見たいと思っていた。


 「ホルン様は軍を率いて南に遠征に出ています」

 「遠征? 冒険者ではなく軍隊を連れて?」


 通常、怪物退治は冒険者の仕事だ。総督補佐であるホルンが軍隊を率いて遠征しているとなるとかなりの大ごとが起こっているようだった。

 

 「最近、各地で怪物の動きが活発になってきています。開拓村がいくつか襲撃され住人が全滅した村もあります」


 アニーはそう言った後、手を力いっぱい握りしめていた。カールが見るに、遠征から外され道楽貴族(カールのことだ)の御守を命じられたことが不満であるようだった。


 「他の連中、グランドやクルマも南か?」

 「はい。他の皆様も南です。リエット様だけは二日前から別行動で島の外に出ておられます」

 「二日前か、海の上ですれ違ったか」


 グランドとクルマ、リエットはカールはかつての仲間だ。カールとホルン、そして今は行方の分からないリズを加えた六人で様々な冒険をした。彼らに会えないことで一抹の寂しさ覚えたが、切迫しているのだろう状況の中で護衛の手配をしてくれたホルンに感謝した。


 「あのー」


 足下から恨めしげな声が響いて来る。


 「私のこと、忘れかけてますよね? ひどいですよアニー、また血が出たじゃないですか。この前も私を殴りましたよね? あの時の染み、落とすの大変だったんですよ」


 地面に倒れたモナが、鼻を抑えたまま立ち上がる。血は止まっており、どうやら白い服や帽子を汚さらにようにじっとしていたようだった。


 「まったく、これ以上私の顔に傷がついたら玉の輿が遠くなりますよ。私の人生設計が狂ったらどうしてくれるんですか?」

 「モナ、立場をわきまえなさい。カビル卿は貴族なんですよ」

 「私が仕えるのはマルデル様だけですってば」


 モナはさらりと危険な事を言った後、鼻に両手を当てたまま姿勢を正して空を仰ぎ見た。

 

 「愛の女神マルデル様、どうか私の傷を癒してください」


 モナが神への祈りをささげるとわずかな光が手から漏れ、やがて腫れていたモナの顔から赤味がひいた。


 「ひどい奇跡の無駄遣いをするのね。いつかマルデル様に見放されるわよ」


 アニーが冷ややかな目を向けるが、モナはまったく応えていないらしい。神官服についた埃を払うと、帽子を直してもう一度カールに近付いてきた。


 「改めましてカール様、マルデル神官のモナです。今後末永くよろしくお願いします」

 「モナ、カビル卿だ」

 「いや、別にカールでかまわないよ。私も元冒険者だし、せっかく堅苦しい王都を抜け出して来たんだ、気楽にいくのも悪くないよ」

 「さすが私の運命の人! さあ、カール様、お荷物をお持ちします」

 「モナ、荷物は私が持つ」

 「いえいえ、ここは私が」


 アニーが改めて荷物を持つと言い、モナがそれをけん制する。しばらく言い合った後、アニーが拳を握りしめ実力行使に出ようとしたため、カールは状況を終わらせるため背負っていた荷物をアニーに渡した。


 「宿まで頼むよ。壊れものもあるから気をつけて」

 「かしこまりました」

 「あ、私がやるって言ったのに」

 

 アニーはカールの荷物を軽々と担ぐ。


 「モナ、あなたはカビル卿を宿まで案内して」

 「はいはーい」

 「だからその態度を改めなさいと!」


 言い争いを始める二人の少女に挟まれ、カール空を仰ぎ見た。存在も怪しい宝石蝶を求めて不思議島に渡り、さっそく小さな厄介事に巻き込まれる。ホルンは不在で、島では怪物の活動が活発になっている。この調子では前途は多難そうだったが、先の見えない小説のページをめくり始めたところでもある。


 (楽しい旅になりそうだ)


 カールは二年振りの冒険に胸を躍らせながら、空を仰ぎ見た。

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