Duty for one of the alive ③

 それから他愛もない雑談に興じていた私たちだったが、ふと窓の外を見ると、外は既に薄暗くなりつつあった。


「今日は泊っていきなさい。女学園には明日行くといいわ」

 彼女はそう話しつつ盆に空になったカップや菓子のボウルを載せていく。

「それはありがたいこった。ようやくまともな場所で寝られるよ」

「まともなって……これまでどんなところで寝ていたのよ」

 私の問いに、ミソサザイは指折りこれまでの宿泊地を数えてゆく。

「まず水辺エリアのステージ裏だろ。雪山エリアの温泉のボイラー室、警備隊拠点傍の森の中、探検隊拠点外の倉庫、それにオデッセイの事務所」

 そしてぎろりと私たちを睨みつけた。

「あんたらは大層快適そうな寝床でぐっすりとお休みになっていたよな。……全く、もう少し尾行が長引いていたら今朝以上の怒りをぶつけていたかもしれねぇ」

「それは僕らを勝手に追いかけてきた君の自業自得なんじゃないの?」

「あぁ?」

「てか君さ、マジでキレてもどっちにせよ僕には多分勝てないよね」

「ああ?!」

「はいはい、あなたたちその辺にしてちょうだいね」

 呆れた様にそう言ってキッチンへと消えていくオコジョ。シンクに食器類を置く音が響く中で、もう少ししたらお風呂が沸くから先に入ってて、という声が飛んでくる。その言葉に、ミソサザイは彼女のことを少し睨め付けたが、何も言わず不貞腐れたように鼻を鳴らしてそっぽを向いた。クロウタドリもそれ以上茶化すようなことはしない。やはりここは年の功。彼女の言葉に真っ向から逆らえる者は誰も居ないというわけである。



***



 最後の風呂を貰ったのは私であった。

 オコジョの私物であるヘアアイロンとコームを用いて腰まで下がる長髪を梳かしてから、私はリビングルームへと戻った。ソファを移動させた場所に敷いた三つの布団のうち二つは既にミソサザイとクロウタドリが占有していて、心地よさそうな寝息を立てていた。

「お風呂、頂いたわ」

「おかえりなさい。本当に布団でいいの? うち、何気にツインベッドだからそっちに変えてもらっても全然いいけど」

「大丈夫。お気持ちだけいただくわ」

 私の返答に、そう、とだけ返した彼女は、卓上で行っていた作業を続けた。卓上には私たちに随伴していたラッキービーストと、耐久性のありそうながっしりとしたラップトップが置いてあった。ラッキービーストとPCは有線で繋がれている。

「何しているの?」

 私は訊く。

「あなたたちが連れてきたこの子、長い間メンテナンスされていないようだったから、少し点検をね。今はファームウェアの更新中」

 私は彼女が作業している様子を眺めながら、椅子の一つに腰掛けた。腹部の円形ディスプレイには複雑なプログラム言語が綴られているが、当然何が何だかよく分からない。

「……こういうこと話しても、あんまり信じてもらえないと思うんだけどね」

 彼女はタイピングを続けながら口を開いた。

「この子達にはね――命のようなものが宿っていると思うのよ」

 不思議そうな表情を浮かべる私を見て、彼女は苦笑交じりに言葉を継ぐ。

「まあ、ポジショントークと思ってもらってもいいけれど。でも、これほどまでに高度な人工知能を搭載していれば、自ずと思想や感情といったものが芽生えてくるはず。そう考えると、ほったらかしにしてケアしてあげないのは可哀想でしょ?」

 私が目で追えないほどの速さで何らかを打鍵した彼女は、少し間を置いてエンターキーを押下した。間も無くして、腹部の円形ディスプレイが変色し、ビジーサークルが数度回転した後に彼は喋り出す。

《更新が完了しました。引き続き自律モードにて再起動を行います》

 一度ディスプレイの明かりが消え、間も無くしてそれは再点灯した。

「ロボットが感情を持つって、そんなことがあり得るのね」

「私はあり得ると思っているわ。ラッキービーストはそれだけ優秀な子達だから。加えて、既に彼らは仲間同士で各個体の修理を行い、必要に応じて改造や機能の増設を行っているの。もしかすると近いうちに、自分たちで全く新しい個体を生み出すようになるかもしれない。そうなれば所謂、技術的特異点シンギュラリティに到達することになるわね」

「シンギュラリティって、起こったら良くないものなんじゃないの?」

 詳しくは知らないが、そう主張する言説を、以前に目にしたことがあった。

「一概にそうは言えないのよ。発達した人工知能の力を借りることで、人類はステップアップ出来るかもしれない。認知・身体機能の向上や、医療の進歩、創造力の底上げ、業務の著しい能率化、などという形でね」

 ただ、と彼女は前置いて言葉を継いだ。

「勿論懸念点だってある。特異点を渡過すれば人工知能が人間の知能を上回る訳だから、もしも彼らが暴走したら止められなくなってしまうかもしれない。今は生物とロボットに搭載されたAIという形で明確に存在が区別されているけれど、仮にAIが有機体となった場合、生物が生存に必要とする資源――特に食料とか――が競合して、大きな争いが生まれてしまうでしょうね」

 それを聞いて、私は眉根を寄せた。正直、デメリットの方がよっぽど大きいような気がしたからだ。そして、ラッキービースト達はもう間も無く、その特異点に達しようとしている。もし仮に、今彼女の話したような恐ろしい出来事が起こってしまうとしたなら……。


「大丈夫よ」

 彼女は再起動が完了したラッキービーストの大きな耳を撫でながら言った。

「そんな事態は、少なくともこの子達に限っては起こらない――私はそう考えている」

「どうして?」

「彼らを取り囲んでいたのは、

 オコジョは穏やかに言う。

「ある日、人類でもAIでも動物でもない、全ての境界に立つ種族――アニマルガールが現れた。群れて生きるヒトや動物、そして基本的には同一であるAIとは異なって私たちは一種族に付き一人で、誰もが皆、同種属の個体差とはレベルが違う程の価値観の違いを抱いている。つまり、価値観や思想が凝り固まってしまうことが在り得ないのよ。それでいて、お互いが言語を通して語り合い、分かり合うことが出来る。驕りでも何でもなく、私たちの存在が、あらゆる存在同士の鎹となり、潤滑油となったわけ」

 そして、彼女はこちらを見上げる。


「だからヒトは私たちのことを、””と呼んだ」


「フレンズ……」

 それは、私がずっと避けてきた呼び名。

「そう言えばさっきの雑談の中であなた、ずっと”アニマルガール”って言っていたわよね。敢えてなの?」

「それは……」

 私は言葉に詰まる。でも、ここで言葉を濁してしまうのは違う気がした。少し考えてから、徐に口を開く。

「――私はずっと、誰とも関わってこなかった。見ての通り、他のアニマルガールと姿が違うのを引け目に感じていたのもそうだし、何より、新世代たちに馴染むことが出来なかったから。そんな私が、その呼び名を使う資格は無い気がして……」

 オコジョはそんな私の告解を黙って聞いた後、頬杖を付いて少し考えてから、あっけらかんと言ってみせた。

「気にし過ぎじゃないの?」

「……えっ?」

「ふふ、真面目なのね。ま、私も昔はそうだったから分かるわ。色々なことが逐一気になって身動きが取れなくなっちゃうその感じ」

 彼女は微笑を浮かべる。

「でも、あの子と旅を初めて、色々なフレンズと関わってきたんでしょ? その中で、仲良くなった子達も多くいるはず。それなら、もうそういう負い目なんて感じなくていいんじゃないの?」

「でも、たった一週間くらいで……」

「長さなんて関係ないわよ。あなたはちゃんと変わり始めたんだから」それに、と彼女は言葉を継ぐ。「実際に友達が増えなくたって気にしなくていいわ。仮に分かり合えないとしても、一度関わってみて、分かり合おうとする姿勢が大事なんだから」

 彼女は微笑む。

「フレンズの強みはね、そこにあると思うのよ。従来の動物たちと違って同種と群れることが出来ず、姿形も生活様式も食性も何もかも違う他者と関わらざるを得ない。結果として、どんな生き物よりも相互理解に長けているの。分かり合えなくても、違いを認めて、共存することが出来る。本当の意味での多様性が、この島では実現されている」

 さっきの話に戻るけれど、と前置いてから話を続けるオコジョ。

「憂慮される人工知能の暴走が何に起因するかは諸説あるけれど、私は相互理解の欠如に依るものだと思っているわ。相手が何であるかを理解しようとせず、違いだけに焦点を当てて自らの生存を脅かす存在であると見做す。それが全ての火種になるんだって。ヒトもAIも、自己が肥大化したときに得てして暴走してしまうものだから」


 だからこそ、と彼女は言葉を継いだ。


「ラッキービーストはそういう風にはならない。彼らは真の多様性が根付いたフレンズ達と長い期間を共にして、そしてその根底にあるサンドスターが具体化させた感情や思い出といったもの――言い換えれば”輝き”を経験している。仮にこの先彼らが特異点へと辿り着いたとしても、きっとそれらを糧にして私たちと共に歩んでいってくれるはず。そう私は信じている」


 私は卓上でこちらに目を向けるラッキービーストを見遣った。彼は何も言わず、ただこちらを見上げている。ただ、その大きな耳を私とオコジョの両方に差し向けていることからも、今までの会話を傾聴していたことが良く分かった。

 

「……ねぇ、一つ聞いてもいい?」

 私は目の前の彼に訊ねた。

《なにかな》

 間も無く返ってくる電子音声。

「あなた、私のこと、本当にヒトだと思っているの?」

 彼は少し沈黙した後、ディスプレイを明滅させつつ応えた。

《僕たちは対象の容姿に加えて、サンドスターの存在箇所をサーモグラフィ画像のようにして確認することで、生体識別を行っているよ。君からはアニマルガール特有のプラズムの発露が確認できなかったため、ヒトと見做しました》

 淡々とした説明を受けた私は、俯いた。これまで彼らのことをパーク内におけるただのインフラ設備のようなものと捉えていた私だったが、いざ感情のようなものが芽生えつつある存在だと認識すると、道中多くの嘘を吐いてきたことに罪悪感を覚えるようになった。それは、私のことを信頼してくれた彼に対する背信行為に他ならなかったからだ。

「……ごめんなさい、今更打ち明けるのも酷い話だけど、私はヒトじゃなくて、アニマルガールなの。異変時の警戒状態が続いているのをいいことに、あなたを良いように使ってきてしまった……」

 そこで矢庭に、オコジョが、え、と声を上げる。

「一通りシステムの状態を確認したけれど、別にそんなことは無かったわよ。というか、LBシステムに接続した時点で同期が行われるわけだから、アラートが継続することはあり得ないわ」

「……えっ?」

 彼女の指摘に目を丸くする。しかし、モノレールの中で初めて彼を起動した時には、確かにけたたましいビープ音と共に私たちに警告を発してきたはずだ。まさか、と思いつつも私は彼に訊ねた。

「もしかして、あなたも嘘を吐いていたの?」

 ラッキービーストはこちらから目を逸らしたまま、黙した。その素振りは、何かを隠している人間のそれに近いものだった。

「どうしてそんなこと……」

《…………》

 続く沈黙。私はずっしりと重い彼を引き寄せてその顔を覗き込んだが、彼は相変わらず目を合わせようとしない。暫くにらめっこを続けていた私たちだったが、ぱん、と不意に打ち鳴らされた音にそれは遮られた。


「ま、今はいいじゃないのよ。誰だって話しにくいことの一つはあるものだし。──それじゃ、私もお風呂を貰おうかな」


 オコジョは私たちの問答に一区切りをつけたのち、ラップトップを閉じて浴室の方へと姿を消した。リビングルームに残された私は、ただ卓上に佇む彼のことを見つめていた。

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