THE CHASER ④

 ペデストリアンデッキ上に立ち尽くしていたラッキービーストを見つけ出した私は、その場にしゃがみ込んで彼の腰――尤も腰がどこにあるのかよく分からないが――に円形ディスプレイを巻き付けた。そうして改めて、安堵の溜息を吐く。

 再びミソサザイに襲われるかもしれないという恐怖感に苛まれながら誰も居ない市街地を縫うように歩いてきた私だったが、結局憂慮していた事態は起こらなかった。クロウタドリが上手く足止めしてくれたのだろうか。何はともあれ、後はここで彼女と合流すればいいだけだ。


 十分ほど過ぎて、無聊に耐えかねた私は、ディスプレイを操作して先程録音した音声を再生した。攫われた時の大きなノイズから始まり、暫く風を切る音や何らかの物音が続いたのちに、暫しの静寂。五分程経過してから、ミソサザイの声が入ってきた。


 ――学校でも俺ぁ一番の味噌っ滓だったからな。

 ――久しぶりだな、優等生。


 流れる彼女の声。学校、というのは恐らく女学園のことだろう。そして、彼女は私のことを”優等生”と呼んでいた。言葉通り受け取るならば、異変前の学校生活において、彼女は私の素行や成績が分かるほど身近な場所にいたということになる。そうなると、少なくとも同学年、更に卑近なところで行くと同級生か。はて、彼女のような存在が、果たして本当に自分の直ぐ傍にいたのか。記憶を遡ってみるが、思い当たる節は無い。まあ、親友であったはずのクロツグミの存在を忘れている程なのだから、その他の同級生の顔を思い出せないのは当然のことだった。

 そして場所は変わり、地下放水路での会話。彼女の顔色は、私がコマドリの名前を上げた途端に変わった。大切な存在である彼女をキョウシュウ地方に取り残してまで、ミソサザイが見つけ出したい探し物とは何なのか。大方コマドリに関連付いていることは想像が付くが、判断材料が少なすぎて全く特定は出来ない。ただ、パークの総本部たる中央管理センターの地下、セキュリティが堅固であるという地下貯蔵庫に所蔵されているものというのだから、異変前においてもパークによって厳重に管理されていた貴重品なのだろう。

 録音は私がディスプレイをタップした時点で終了していた。結局彼女の目的は曖昧にしか分からなかったが、ある程度素性が割れただけでも収穫はあったと言える。尤も、未知の追跡者がこちらに因縁を感じている面倒臭い存在に変わったというだけの話だが……。


「お、いたいた~」


 背後から掛けられた声に私は振り向く。丁度クロウタドリが翼を羽搏かせつつデッキの上に降りてくるところだった。その背後にはミソサザイが背負われていたので、私は警戒気味に後退る。

「大丈夫大丈夫、今は眠ってくれてるからね」

 彼女はそう言うと、デッキの上にミソサザイを降ろし、自分のショルダーバッグを枕代わりに頭の上に敷いて彼女を横たえた。

「大丈夫なの?」

 私は心配そうにクロウタドリに訊く。目立った外傷は無かったが、彼女の衣服は所々汚れ、擦り切れている部分もあった。

「見ての通り、元気そのものだよ。ミソサザイちゃん結構強かったから大分手こずっちゃったけど、何とか勝てたしね」

 それを聞いて、私は嘆息する。別に彼女が敗北するとは思っていなかったが、アニマルガール同士の争いなんてそのものが物騒だ。加減を間違えればどちらかが――そう考えていた私は、どちらも命に別状なく戻ってきてくれたことに安堵していた。

 それから私たちは話し合いに入った。いくらこちらに敵意を抱いている存在とは言え、アニマルガールはアニマルガール。何時何処でセルリアンが出没するかも分からないこんな場所に放置しておくわけにはいかなかった。ただ、また私やクロウタドリが彼女によって危険に曝されることも避けたい。鳩ではないが二羽が鳩首凝議した結果、これらの折衷案が採られることとなった。


「――で、その結果がこれかい」

 私たちが困り顔で見下ろす先には、両手と両足を結束バンドで拘束されたミソサザイが居た。それぞれの拘束をまた別のバンドで結び付けているので、体育座りが崩れたようななんとも……間抜けな様相となっている。

「拘束されるのは別にいいが、もうちょっと俺の尊厳を考えてくれよ」

「最大限尊厳を維持しつつ君の自由を奪った結果がそれだよ。それとも、結ぶ位置を逆にして海老反りにした方がよかった? あるいは、生まれたままの姿にして、亀甲縛りを……」

 すかさずこれでもかと言うほど殺気に満ちた三白眼が私たちに向けられた。びくりと体を震わせる私の横で、クロウタドリが含み笑いで言う。

「あ、ちなみに、後者の考案者はあおちゃんです。……ぶふっ」

「はあっ?!」

 さながら商品紹介が如く両掌を揃えて差し向けてくる彼女に素っ頓狂な声を上げる私。ここはふざけるところじゃないでしょ!

「優等生」

「へっ……は、はい」

「あとで

 ああ、終わった――。その脅し文句からあとの仕打ちを考えて気が遠くなる。……というか、こんなあからさまなジョークを真に受けないで欲しいのだが。

「あぁクソ、こんな幼稚なガキに負けたのか俺は……」

 ミソサザイは吐き捨てるように言う。まあ正直、気持ちは分かってしまう……。彼女は数度手元と足元を縛り付けるバンドの強度を確かめた上で、破るのは難しいと判断したのか深く溜息を吐くと、こちらを見上げた。

「で、あんたら、俺をどうするつもりだ」

 彼女は私たちを交互に見遣る。答えかねて、私はクロウタドリに視線を向けた。

「僕たちと一緒に来てもらうよ、パーク・セントラルまでね。さっきも話したけど、研究所の博士に用事があるんだ。そしてついでに君の目的地である地下貯蔵庫へ入れてもらうよう頼み込む。どうだい、悪くない提案だろう?」

 ミソサザイは答えなかった。俯きがちになって、黙している。再び漂う緊張感にひやひやとさせられた。私は小声で横の彼女に言う。

「ねぇ、本当に連れていくの? 正直言って、私怖いんだけど」

「大丈夫だって。君は知らないだろうけど、もう格付けは完了してるんだよ。だからもうそう簡単にこちら側には手を出せないってわけ。それに――」

 彼女は少し口角を上げて囁く。


「彼女、やっぱり良い子だと思うよ――僕よりずっとね」



「分かった」

 ミソサザイは静かに言った。上げた顔からは険が抜けていた。

「同伴する。と言うか、もうそれ以外にまともな選択肢があるわけでもないからな。だからこれを外してくれ」

 クロウタドリは満足そうに頷くと、念のため下がってて、と私に告げて結束バンドの撤去に掛かる。薄白く発光した指先の一部が、鳥の鉤爪様の形を取った。それを器用に用いてバンドを切っていく。暫しの間、バンドが断裂する小気味良い音が周囲に響いた。

 晴れて自由の身となった彼女は特に暴れるようなことは無く、ただバンドが巻き付けてあった場所をさすって軽く舌打ちをしたのち、行くぞ、とだけ告げてデッキの上を先んじて歩いてゆく。私たちは顔を見合わせたのち、その後に続いた。

「――そうだ、優等生」

 地上へと降りる階段へと差し掛かる手前、彼女はこちらを振り向いた。びくりと体が跳ねる私に、一々ビビんじゃねえ、と煩わしそうに言ってから少し間を置いてばつの悪そうな表情で言葉を継いだ。

「……さっきはその――悪かった。本当に殴るつもりは無かったんだ。だが、あんたを怖がらせちまったことには詫びを入れたかった」

 予想だにしなかった謝罪に、私は呆ける。それを聞いて、徐々に自分の中にも何か居心地の悪さというか、罪悪感が湧いてくる感覚がした。

「私も……申し訳ないことをしたわ。あなたの大切な人、コマドリとの関係を淡白だなんて言って煽ってしまって……その、ごめんなさい」

「それは気にしなくていい。事実だからな」

 でも、と言って頭を上げた私を尻目に、ミソサザイは階段を下り始める。

「俺は大切な奴を置き去りにするような糞野郎だ。あんたは間違っちゃいない」

 彼女は弁明などしようとせず、淡々とそう述べた。私はそれ以上何も言えずその後を黙って付いていく。頭の中ではクロウタドリの言葉を反芻していた。未だに彼女に対する恐怖心が消えたわけではないが、自分の中におけるミソサザイというアニマルガールの印象が、少しづつではあるが変わり始めたような気がした。



***



 通りに整然と立ち並ぶ背の低い落葉性の街路樹から落ちた枯葉を踏み締める音。時折吹く、都市の雑然とした臭気を孕んだビル風。くぐもる鳴き声を発しながら餌を求めて寄っては去っていくやたらと人慣れした土鳩たち。それらを聞いたり、感じたり、見たりしながら私たち三人は通りを歩いていた。

 これまでの旅路においても放棄された人工物は数多く見てきた。しかしながら、その集合体とも言える都市丸ごとが日中から鳴りを潜めている様子を目の当たりにすると、名状し難い不気味さ――いや、それ以上に哀しさ、切なさを感じる。――本当に、ジャパリパークは終わってしまったのだな。

「次、交差点を右に折れた方が早いな。程無くして都市高速のICがある。上に昇って車道を直進すりゃ直ぐだろ」

 前を歩くミソサザイがタブレットを片手にナビゲートする。彼女の話によれば現在の園内は酷く電波状況が悪いそうだが、帯同するラッキービーストが中継機の役割を果たしてくれているお陰で地図の利用もスムーズであった。

「さっすが、情強じょうきょうだねぇ。ラッキービーストより役に立つかも」

《アッ……》

 足元に居た彼が一瞬切ない声を上げた。おいたわしや。


 彼女が話した通り、交差点を右折した先には通りを跨ぐ高速道路の高架と、その麓から上へと昇ってゆく合流用の側道があった。それに沿うようにして幅広のアスファルト製スロープを昇って行った一行は、程無くして両サイドが背高のフェンスで囲まれた都市高速の本線へと躍り出た。

「それで、そろそろ答え合わせしてくれてもいいんじゃねえの」

 あとは道なりということもあって最後尾へと下がっていたミソサザイが言う。

「答え合わせ?」

 脈絡の無い言葉に首を傾げる私。

「あんさんの相方の化け物みてえな力のことだよ。良い加減教えてくれ」

 彼女の目は横を歩くクロウタドリの方へと向けられていた。丁度羽繕いをしていた彼女は、煩わしそうに、え~、と声を上げる。

「後じゃダメ?」

「ダメだ」

 ミソサザイはにべも無い。仕方がないな、と彼女は前置いた上で、私たちを見回しつつ後ろ歩きを始める。

「別に言うほど特別なことはやってないよ。ただ、サンドスターの使い方を工夫しているだけさ」

「サンドスターの使い方って……あんたは野生解放すら使っていなかっただろ」

「使ってたよ。どうしてそう思ったんだい?」

 訊ねられて、ミソサザイは自身の目を指差した。

「目だ。野生解放時には必ず光彩の下部が発光する。あんたの目にはその兆候が無かった」

 なるほどね、と合点したように頷くクロウタドリ。そう言えば、彼女の超人めいた力を連絡橋の上で目撃した後、ユメゴンドウが同じようなことを言っていた覚えがある。”目が光っていなかった”から、野生解放をしていなかったのだ、と。

「君の言う通り、アニマルガールが野生解放を行う時には必ず目が軽く発光する。これはみんなが当然に知っていることだ。だけど、その訳をちゃんと理解している者はいない。何故ならば、皆その力を、で使っているから」


 ミソサザイは軽く眉根を寄せた。私も同じく眉間に皺を作る。だが、それは恐らく彼女とは異なる理由でだ。私は手を挙げて発言を請う。

「どしたの、あおちゃん」

「あの……そもそも、野生解放ってなんなの? 目が光るとか、何の話をしているのかさっぱりで……」

「はあ?」

 すかさず後ろから飛んでくる呆れ声。振り返ると、ミソサザイがこれでもかと言うほど顔を顰めていた。

「お前、冗談で言ってんのか?」

「違うわよ。本当に知らないの」

「じゃあこれまでどうやって生きてきたんだ。お前みたいな貧弱なやつじゃ野生解放も無しにまともにセルリアンと戦えねぇだろうに」

「いや、だって」私は口を尖らせて言う。「彼女と旅に出るまで、セルリアンなんかまともに見たことなかったし……」

「はあ?!」

 二度目の声は軽く怒気を孕んでいて、私はびくりと身を震わせる。そこで様子を見かねてクロウタドリが間に入った。

「まあまあ。どうやら本当らしいんだよね。色々事情があるみたいでさ」

「んだよ事情って……俄かには信じられねぇ」

 クロウタドリはこちらにちらりと一瞥をくれた。私は頷く。これから一緒に行動する以上、もしかしたら彼女に件のセルリアンが危害を及ぼすことがあるかもしれない。ここで伝えておいた方がいいだろう。

「簡単に言えばあおちゃんの周囲からセルリアン払いをしてるやつがいるのさ」

「セルリアン払い? 誰がそんなこと」

「セルリアンが」

「……ちょっと待て」ミソサザイは片手を頭に当てつつ続ける。「意味が分からん」

 それはそうだ。私も未だにどういうことなのか分かっていない。

追跡者チェイサーが君の他にもいるってこと。キョウシュウを発った時から尾けられてるんだ。そいつが異変後からあおちゃんの周りのセルリアンを追い払ってくれてる――理屈や目的は分からないけどね」

 彼女は私が初めてクロウタドリから追跡の事実を告げられた時と同じ様に、矢庭に周囲を見渡した。が、直ぐにこちらへと向き直り、深く長い溜息を吐いた。彼女の目を以ってしても見つからないのだから、やはり相当巧い隠れ方をしているのだろう。

「……取り敢えず、今はさっきの話を続けてくれ。得体の知れないセルリアンの話はその後で聞く」

 ミソサザイは会話が錯綜するのを防ぐ為にそう告げた。そして、妙なことに巻き込みやがって、と言わんばかりにじろりと私のことを睨め付ける。私だって尾けられたくて尾けられているわけじゃないのに……。


「で、野生解放の話だったね。知らないあおちゃんのために軽く解説しておくと、野生解放ってのはフレンズが戦う上での奥の手みたいなもんなんだ。これを使うと、普段は内に溜め込んでいるサンドスターが全身に解き放たれて、一時的に強大な力を得ることが出来る。いわゆるリミッター解放、ゲームで例えるならバフみたいなもんだね」

 なるほど、アニマルガール版の火事場の馬鹿力というわけか。そして今の自分は、それが使えない。件のセルリアン払いやクロウタドリによる庇護が無ければ今頃どうなっていたか、考えるだけでもぞっとする。

「どんなフレンズでも少し経験を積めば使えるようになる力だ。しかし、だからこそ、みな感覚で使ってるんだよね。野生解放をする時、もっと言うなら、普段サンドスターが全身をどのようにして巡っているのか、覚知しようとしない」

「当たり前だろ。出来るわけがないし、出来たとしてメリットも無い」

「いいや、きっかけさえあれば出来るし、大いなるメリットがある」

 言下に否定されてむっとするミソサザイ。そんなこと気にも留めず、彼女は言葉を続けた。

「サンドスターは不定形だ。体内でどんな態様を取っているか明確には解明されていないが、話によるとリンパ循環に酷似した経路を辿って体循環し、最終的には鎖骨下静脈から心臓へと流入し、再び全身へと巡るらしい。野生解放時には循環量が増し、体細胞に蓄えられる総量も増大する。その時のサンドスターの偏在箇所を認知し、身体の各所へ自分の意思で配分できるとしたら?」

 そこでクロウタドリは羽織っていたジャケットの袖を捲り上げ、衣服の漆黒とコントラストを成すほっそりとした白い腕を露わにした。彼女が左腕を軽く掲げると、肘から手先までが光り出し、やがて目も眩むほどの眩い光を放つほどになった。

「僕にはそれが出来る――こんな感じにね。今はプラズムとヒトの身体を維持できる最低限のサンドスターを各所に残した上で、余剰分のリソースを左腕に回しているんだ。これによって今、僕の身体は左腕に限って、陸上大型動物のフレンズが野生解放した時以上の膂力が出せるようになっている」

 そしてもう片方の腕を上げたかと思うと、眩い輝きは瞬く間にそちら側へと遷移した――まるで電気のスイッチを切り替えたかのように。

「こうやって瞬時にサンドスターを凝縮させる位置を切り替えることで、しっかりと実用性も確保できる。セルリアンからあおちゃんたちを守った時も、ミソサザイちゃんとちからくらべをした時も、これを使って本来の僕――則ちクロウタドリのアニマルガールが持つ通常のポテンシャル以上の力を発揮していたというわけ。とは言え、これはデモンストレーション用に光らせているだけで、普段はもっと出力を抑えているけれどね」

 私は連絡橋の上での彼女の立ち回りを思い出していた。手に携えていた輝きが脚に移った途端、彼女は驚くべき速さでセルリアンの群れへと突っ込み、一瞬で掃討してしまった。あれは、この技術によって成し遂げられたものだったというわけか。


「『』──便宜上、僕はこの力をそう呼んでいる。メリットは山ほどあるぜ。先ずはさっき披露した通り、サンドスターの局所集中による膂力の著しい増加に、アジリティの上昇。加えて飛行能力の強化に、骨格筋の増強に伴う身体剛性の強化。外眼筋へと回せば動体視力を格段に上げることだって出来るし、患部へ回せば治癒能力を底上げできる。それに、サンドスターをことによる戦略的運用も可能だ――例えば意図的にプラズム部への供給を断てば消失させることだって出来るし、必要な時以外目にサンドスターを回さずに光彩の発光を抑制し、相手に野生解放の発動を悟らせないことだって出来る」

 そして何より、と彼女は指を立てて附言する。

「一番のメリットはその効率性。野生解放は便利だけど、五体に均等にサンドスターが分布する以上喪失ロスが途轍もなく大きい――格闘は全身を使ってやるものだけど、まさか常に全身でアタックするわけはないからね。だから、結果として使用後は酷くバテてしまうわけだ。その点僕の野生解放は高効率で、必要な箇所に必要な分だけサンドスターを回せばいいから、ロスはゼロに近い。連続での発動も余裕ってわけ」


「……滅茶苦茶だ」

 背後でぼそりと呟くミソサザイ。振り向くと、彼女は立ち止っていた。

「野生解放のトリガーはどんなアニマルガールだって自分の意思で引くことが出来る。だが、それ以降はオートマチック……自律神経で動く範疇だ。能動的にどうこうできるもんじゃない。生物学的に不可能だ。あんたの話していることは絵空事にしか聞こえない」

「そうだね。まあみんな、大体そう思うだろう」

 クロウタドリは首肯した。

「けれど……先にも話した通り、”きっかけ”があれば掴めるんだよ。勿論、そのきっかけは生半可なものじゃあないけどね。致命的な障害、それによるサンドスター循環の阻害、加えて、。――生き残るためには、もうその道しか残されていない。そんな時にのみ、この能力の端緒を掴み取ることが出来る」

 彼女は私たちのことを交互に見据えて、続ける。


「君たちは覚えなくていいことだ。……これを覚えてしまうくらい、辛くて、悲しい思いなんて僕はして欲しくないからさ」


 彼女はこちらに背を向けて、再び前向きに歩き出した。私の視界に移る彼女の背はいつもよりひどく小さく見えた。

 辛くて、悲しい思い。いつか彼女は話していた――クロツグミを看取り、加えて、目の前で知り合いのアニマルガールが亡くなった、と。彼女は一体、どれほどのものをこの小さな背中に背負っているのだろう。


 ――私は、未だに彼女の過去を、なんにも知らない。


「ずっと寝れないんだ。……罰が、当たっちゃったんだろうな」


 そう呟くクロウタドリの声は、潰れそうなほどか細いものだった。

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