THE CHASER ②
私は目の前で正体を明かした彼女から目が離せなかった。
ミソサザイ――彼女のことは覚えているが、何故ここに? 一体どんな因縁があって、私のことを――。
「立て」
頭上から掛けられる冷徹な声。それに促されるまま、私は冷たい床と壁に手を付きつつ身を持ち上げた。
「……チッ、相変わらずデカいやつ」
立ち上がった私から見下ろされる側になった彼女は舌打ちと共にそんな悪態を吐いた。彼女は通路の一方へと矢庭に歩き出す。数歩歩いた所で顔だけをこちらに回し、その場に立ち尽くしている私をきっと横目で睨みつけた。それを受けて、私は渋々その後へと付いていく。
「……ねぇ、どうして私なんかを攫ったの」
単調で不気味な配管で満たされた空間を無言で歩き続けるという状況に耐え切れず、私は彼女に訊いた。直ぐに返答は帰ってこず、そこから数十メートルと歩いたところで、彼女は口を開いた。
「お前が知る必要は無い」
帰ってきたその言葉に、流石の私もムッとする。
「そんな訳ないでしょ。ただの人質なのか、それとも何かをさせるつもりなのか分からないけど、何らかの目的があって攫ったんでしょう。その目的を知らずにあなたの要望に応じることなんて、出来ない」
そこで不意に立ち止まった彼女は、ぐるりと回した顔でこちらを再び睨め付けた。その双眸、そして彼女の姿勢から感じ取れる明白な殺気に、私は身が竦む。
「もし」目を離さぬままミソサザイは問う。「目的を話せば、あんたは俺の要望を呑んでくれるのか」
「……その、要望次第によるわ」
「もう一度だけ訊く」
その有無を言わさぬ威圧的な語調に私は背筋が凍る。背も体格もこちらの方が明らかに上なのに、一挙手一投足が封じられてしまうかのような、そんな雰囲気。
「俺の要望を呑んでくれるか?」
私はクロウタドリに言われたことを思い出す。反論や抵抗はしてもいいけれど、出来るだけ相手の気分を損ねないように。場合によっては意に反するとしても、その言葉に
「……分かったわ。要望は呑むし、指示にも従う」
その両眼は私の返答を聞いても暫しの間疑い深くこちらの目を見据えていたが、やがて顔を前に向けると、徐に歩き出した。
「いいだろう。教えてやる」
彼女は暗闇の中を切り拓きつつ言葉を続ける。
「俺には探し物がある――何かは言えないけどな。そいつの在処は、この糞みてえな20年間を費やしてようやっと見つけ出せた。しかしな、そこに入るまでのセキュリティがえらく堅固なんだ。LBシステムへのクラッキングを通じて抜き出した職員IDを用いても、クリアランス認証を上手く搔い潜っても、ある一つだけが
なんだか分かるか、と彼女は私に問う。情報技術に明るくないのに分かる訳がないだろう、と思ったが、それをありのまま伝えても彼女の機嫌を損ねるだけなので、取り敢えず何か言おうと考えを巡らせる。と、そこで、先のモノレール内でのラッキービーストとのやり取りを思い出した。”ヒトであることを確かめる権限認証”――確かそれをクリアするためだけに、私は探検隊隊長の格好をさせられたのであった。
「もしかして、生体認証、とか?」
前を歩くミソサザイは、軽く驚いたようにこちらにちらと視線を向けたが、直ぐに前へと向き直った。
「そうだ。流石は優等生様だな」
だから優等生ってのは何なんだ、と私は内心呟く。
「ただ厳密な生体認証とは違う。声紋や指紋、虹彩の一致を確かめるわけではないからな。そこで必要になるのは、アニマルガール特有のサンドスター突出部――即ち、”プラズム”の有無の確認だ」
こいつは中々にシビアでな、と彼女は続けた。
「プログラムの改竄、IDの偽造なんかじゃ通り抜けられるものじゃない。最も
これは私でないと務まらない。当時クロウタドリがそう言っていた訳が分かった。そして、自分がこの異変後のパークにおいて、どれだけ異端な存在であるかを。
「つまりは、プラズムを持たない私に、その認証をクリアさせたいと、そういうわけなのね?」
「その通り。協力してくれるな?」
「……ええ」
そう承諾する私の胸中は、悲痛と言うか、情けなさで押し潰されそうであった。
ずっと自分にしかできない、自分だけが果たせる役目が欲しかった。居場所が欲しかった。でもそれは、こんなものじゃなかったはずだ。こんなの、私じゃない。翼も尾羽も失った、本当の私じゃないのに。
――偽りの自分で居た方が、誰かの役に立てるというのか?
そこで矢庭に、私の外套のポケットが震えた。彼女に感づかれないように急いでそれを押さえつける。この中にあるのは、クロウタドリたちと私とを繋ぎとめる唯一のもの。それが今の自分に対するエールのようなものにも感ぜられた。
こんなことで頽れるわけにはいかない。私は気合を入れ直すと、一度先の陰鬱とした考えを振り切り、彼女のあとにひたすら付いていくのだった。
***
もう一キロほど歩いただろうか。脚には疲労が溜まっていたが、クロウタドリとの道中とは異なり当然休憩を申し出ることが出来る雰囲気ではない。と、そこで不意に、道の先でランタンの光が強まった。どうやら三叉路に突き当たったらしい。彼女は腰に巻き付けていたらしいウエストポーチから一台のタブレットを取り出すと、その画面上に映った地図のようなものを確認しつつ向かって左側の通路へと転進する。
「タブレット、まだ使えるの?」
私は素朴な疑問を口にする。私がかつて持っていたフィーチャーフォンはヒトの撤退後間も無く使えなくなり、そのまま避難所に置いてきてしまった覚えがあった。
「タブレットもスマホも、壊れていなきゃ当然使える。あんたが疑問に思っているのは、インターネットが使えるかどうか、だろ」
その点は問題ない、と彼女はノールックでこちらにタブレットを寄越してくる。落とさないように気を付けつつ受け取って覗き込むと、暗闇でも視認しやすいように黒を基調とした背景の上に、迷路のように張り巡らされた通路の図と、その上に色分けされた様々な細い線が張り巡らされたレイヤーが重ねられていた。それぞれに小さく製品番号のようなアルファベットと数字の組み合わせが載っており、右上には”
「そいつは今通っているここ――試験解放区内、厳密に言えば試験解放区を含めた新小笠原市街地直下に張り巡らされた共同溝の全図を投影したものだ。赤い線はガス管、青いのは水道管、黄色いのは地中化された各電線類、白はその他ケーブル類。中央管理センターの電子ライブラリに格納されてたのを拝借してきた」
拝借……というかそれは犯罪ではないのか? という疑問は口先に上る手前でなんとか飲み込む。
「あんたの想像する通り異変以来インターネットは使えねぇ。恐らく件の噴火で一層濃くなったサンドスターやらなんやらの膜が、宛らデリンジャー現象のように定常的にパーク直上の電離圏を擾乱するようになっちまったんだろうよ。だから今使えるのは各拠点において構築されたイントラネットと、それらを結びつけるパーク内専用回線であるLBシステム」
LBシステムは私でも聞いたことがあった。パーク内の基幹情報インフラという印象だ。
「元々はパーク内でも運用が安価で効率的だからって汎用回線引き込んでVPNを構築していたが、当時からサンドスターの影響で通信障害が起こりやすかったらしい。それで構築されたのがパーク内専用線のLBシステムだ。だがこいつがザルでね――厚労省&環境省所管の独法が背後にあるってもんで間接的には天下普請だったんだろうが、突貫な上に作った後はパークに保守管理を丸投げ、結果として完成度はエリアによってまちまちという有様だった。グランドオープン後に有志の情報技術に精通した連中がシステムの改装を申し出たが、政府の肝煎りってこともあって上層部が首を縦に振らず、結果としてそのまんま――だから、各地にあるデバイス、則ちラッキービーストを通して上手くバックドアを作れば簡単に侵入できたってわけ」
まあザルでもこれが残されたお陰でこの世代のアニマルガールも飯が食えてるんだけどな、と彼女は失笑気味に呟く。なるほど、言われてみればLBシステムへアクセスする認証過程も少し甘かったような気がする。
タブレットを覗き込んでいた私の視界に、上からミソサザイの手が不意に差し込まれた。その手が画面上を数度ダブルタップすると、地図上のある一点が拡大された。見ると、”HQ of the Central Management Center”の文字――ここが中央管理センターか。
「これからこのパークの本丸へと向かう。目指すはその直下に整備されたここ――
なるほど、ここが彼女の最終的な目的地か。そこまで聞いて、私はポケットへ手を伸ばそうとする。が、止めておいた。ここは狭すぎるな――もう少し広い場所に行き着いてからにしよう。
それからまた数十分と歩いて、私たちは狭隘な地下通路から、神殿様の図太いピロティが無機質な床と天井を貫く広大な空間へと行き着いた。彼女の話によると、ここは市街地地下に整備された治水用の放水路であるらしい。本土の方に似たようなものがあるとテレビで見たことがあったが、パーク内にも存在していたのか。
壇上になった外縁部に座り込んだミソサザイは、飯にするか、と訊ねてくる。生憎先の食事で満腹気味だった私はおずおずと断ってみせたのだが、彼女は合点したように、そうか、と返すだけで睨め付けてくるようなことは無かった。
「そういやあんたら、オデッセイの中で暢気に料理していたもんな」
そんなところまで監視していたのか、と私は苦々しげな表情を作る。むしろそこまで接近しておいて、ついさっきまでクロウタドリの鋭い観察眼を掻い潜ることが出来ていた事実に感銘すら覚えた。
彼女はタブレットを取り出したのとは反対側のポーチから少し上面が潰れたジャパまんを取り出して粗雑にかぶりついた。その食べ方は決して行儀の良いものではなかったが、ジャパまんを頬張る横顔は、これまでの険が抜けて他のアニマルガールとそう変わらない印象を受けた。
「そう言えば」私は依然として気を抜かず、神妙な口調で彼女に訊ねる。「あなたと一緒にいたあのアニマルガール――そう、コマドリはどうしたの」
そこで、彼女の饅頭を持つ手が止まった。彼女は咀嚼すら止め、こちらに徐に頭を回す。再び峻厳たる目付きで見据えられて、私の額には脂汗が浮かんだ。しまった、地雷だったか。
しかし、激昂するようなことは無く、再び放水路の方へと視線を投げ、俯きがちに咀嚼を繰り返し始める彼女。それを嚥下したのち、ゆっくりとこちらに問い掛けた。
「あんた、森の中で俺が訊いたことを覚えているか」
「森の中?」
私は少し追想したのち、それが彼女と初めて出会った時のことであると思い至る。
「ああ、私にとって大切な人が誰かって訊いた……」
図書館から帰る途中で眠ってしまったあの時。私は彼女に同伴していたヨーロッパコマドリに声を掛けられ、彼女たちに帰り道を教えてもらったのだ。その時に受けたその質問は、思い返せば、自分の中に違和感の一つとして残っていた。
「そうだ」ミソサザイは頷いて続ける。「今なら答えられるか?」
私は俯く。あの時の自分は答えを持っていなかった。他人と関わり合うことを
「……私にとって大切な人は、きっと、クロウタドリと、クロツグミ。今は、そう考えているわ」
親友と言ってくれた存在と、親友であった筈の存在。この旅を始めて以来、私の中ではこの二人の存在がとても大きなものになっていた。
「きっと?」
ミソサザイが怪訝な顔で聞き返す。少し慄いたが、だが退かず、私は強く頷いてみせた。
「昔の記憶が曖昧になっていて、クロツグミのことはまだよく思い出せていないの。だけど、私は彼女が大切な人だったって信じてる」
暫し無言が続く。私の視線と彼女の視線がかち合っていた。逸らせなかったし、逸らすつもりもなかった。ここは譲るべきではないと、心がそう言っていた。
「……そうか」
彼女は根負けしたように俯きがちになってそう呟くと、軽く溜息を吐いた。その隙を突いて、私はポケットの中に片手を差し入れる。そうしてその中にあった円形の物体の表面を、軽く三回タップした。
「まあいい。そろそろ行くぞ」
彼女は立ち上がりこちらに背を向ける。スカートに載った食べ滓を軽く下に払い除けると、彼女は大儀そうに放水路の縁に沿って歩き始めた。しかし、私はそれに追従しない。
「……おい、優等生。なに突っ立ってる」
その場に立ち尽くしたままの私に気付き、こちらを振り向いて声を掛けてくる彼女。恐怖を覚えたが、合図を出した以上、時間を稼ぎ、かつ気を逸らさねばならない。
「私の質問に対する答えをまだ貰っていないわ」
「あぁ? 質問?」
「そう。コマドリはどうしたの? あなたの大切な人なんでしょ」
今度は私が彼女を睨め付ける。一応、こういう時にはそれなりに口は回るのだ。
「……別に俺は質問に答えるとは言ってねぇよ」
「どうして?」
「どうしてって……チッ、面倒臭ぇな」
彼女は煩わしそうにその焦げ茶のボブカットを搔き乱す。そうしてローファーの音を地下空間に反響させながら近付いてきた。私は背後に後退りしつつ、放水路の上部を見遣る。おそらくそろそろだろうか。ならば、少しくらい意趣返ししても。
「……まさか、キョウシュウに置いてきたの?」
彼女の眉間に皺が刻まれる。
「仮にそうだとして、何が言いたい」
「いや、もしそうなら随分と淡白な関係なのね、と思って」
「……あぁ?」
ランタンの灯りに照らされた彼女の両頬に朱が差すのが分かった。やはりこれが地雷か。そして恐らく、彼女の探し物というのもそれに関わって――。
と、そこで、背が不意にひんやりとしたものに突き当たった。背後に目を向けると、屹立するコンクリの壁。不味った――共同溝へと引き返す扉はもう数段上の方だったか。そして、私が余所見をしたその隙を見逃さず、ミソサザイは一羽搏きで一気に間合いを詰め、私の胸倉を掴んで自らの顔の近くへと引き下げた。その際の衝撃で、ぐうっ、と情けない声が洩れてしまう。
「よお、優等生さんよ。手前の置かれた状況を忘れちまったか?」
軽く勢いを付けて再度引かれる胸。私は苦し気に息を吐く。少し余裕は出来たとは言え、やはり怖いものは怖い。
「忘れてっ……ないわよ」
「じゃあどうしてさっきみてぇな軽口叩いた?」
「だって……結局、目的、話してないじゃない」
「は? それはさっき――」
「さっき話したのは私に探し物を見つけるための協力をしろってだけ……はあっ……それで、見つけたものを何に使うのか、それまでは聞けていないわ」
私の言葉を聞いて衣服に伸びる皺が一層深くなった。そうとう苛立っているように見える。
「探し物が何なのかは言えないって言っただろうが」
低く肚の底から響いてくるような声。
「な……なら、協力は出来ない」私は視線を灰色の床――自分の脂汗やら冷や汗やらが点々と痕を付けてゆく――をじっと見つめる。「こちらが提示した条件に、応えてくれていないもの」
そこで、胸倉を掴んでいた拳が不意に解かれた。え――と思ってふと顔を上げた矢先、せり上がってきた逆の手に胸元を掴まれ、背後の硬い壁に押し付けられた。
「よく分かったよ。……あんたはやっぱりいい子ちゃんの糞野郎だ」
もう片方で拳を握り、片脇に構える彼女。
「本当はこんなことはしたくないんだがな。目的地に辿り着くまでもう一度眠ってもらう。――歯ァ食いしばれよ?」
私は言われた通り歯を食いしばって、目を閉じた。殴られるにせよしないにせよ――あとは彼女に託していいだろうから。
***
俺は打撃を与える直前、奴の身体を少し壁から浮かせ、首筋から直ぐ横――背後のコンクリ壁を狙った。
勿論本当に殴りつけるわけじゃない。これで、少しの恐怖を与えるだけだ。そうすれば彼女は食い下がることも無く、すごすごと俺の後を付いてきてくれることだろう。
拳を突き出したその瞬間、あいつの顔が過った。――すまん、コマ。俺だってフレンズにこんな真似はしたくない。けれど、あれが無ければ、お前を連れ出してやることが出来ないんだ。だからどうか、今だけは、目を瞑っていてくれ――。
インパクトの瞬間、違和感を覚えた。
来るはずの衝撃と傷みが無い。
そして刹那瞑った目を開ける。拳の先には、コンクリ壁に穿たれた衝撃痕と――俺の拳を受け止める、直ぐ横から伸ばされた生白い掌。その腕を目で追っていくと、そこには何の痛痒も見せない表情でこちらを見据える、あの黒服のアニマルガール――クロウタドリの姿があった。
「なッ……?!」
俺は素早く拳を引き、彼女から間合いを取った。彼女は壁から自らの手を引き上げると、如何にも芝居がかった様子で手を振って見せた。
「……痛ってぇ~~~っ! ちょっ、マジでこれ痛いよあおちゃん!」
「駆け付けて早々うるさいわね」
「ちょっとぉ、心配くらいしてくれよな」
軽口を交わし合う連中の様子を見つつ、俺は頭を整理する。
――どうして居場所が分かった? 奴の観察眼は鋭いとは言え、共同溝は凄まじく入り組んでいる。地図が無ければ到底内部を動き回る存在を嗅ぎつけることは出来ないはずだ。
「じゃ、あおちゃん、例のブツを」
「なんかきな臭いやり取りみたいに言わないでちょうだい」
そこで優等生は外套のポケットから円形で平たい何物かを取り出し、クロウタドリに渡した。あれは――まさか、ラッキービーストの腹部ディスプレイか?
「これさ、最近知ったんだけど着脱式らしいんだよね」
クロウタドリはそれをひらひらと振ってこちらに見せる。
「んで、どうやら半径500m圏内なら搭載機体と遠隔通信も出来るらしいんだよ。ただ、君は如何にもハイテク技術に精通していそうだったろ? だから通信頻度を最低限度に抑えておいたんだ」
そこで奴は拳を持ち上げ、一つ指を立てる。
「一回目は、君があおちゃんを攫う直前。LBシステム上の相互通信機能を活用した現在地測位システムの起動と、録音の開始」
そして二回目は、と二本目の指を突き立てる。
「君があおちゃんに煽られたシーンで、両機能の停止。ヒトもアニマルガールも、怒りで我を忘れると細事に気を払えなくなっちゃうんだよね。だから、君に動きを捕捉されずに上手く追跡できたってわけだ。――あ、でも最後は結構ギリギリだったけど」
「いや、あなたが煽れって言ったんでしょ……」
「言ったけどあんなにゴリゴリにやるとはね。君、結構いい性格してるよ」
――クソが。
こんな簡単なことも感付けなかったのか、俺は!
奴が妙なタイミングで姿を消したことへの違和感はあった。俺を誘い込んでいると直ぐに分かった。だが、同時にそれはまたとないチャンスだ。こちらも手の内は明かしていなかったし、相手の策略の穴に付け込んでこの機会をものに出来ると踏んでいた。
奴、クロウタドリが付かず離れずで優等生の傍にいる状況下ではまず間違いなく作戦は成功しない。正攻法でどうにかなる相手ではないと、これまでの奴とセルリアンとの交戦を見て十二分に分かっていた。だから、一定程度のリスクを冒してまでも、ここで上手く搦手を使い、連中を引き離すつもりだったのに。
「でもさ、ちょっと見直したよ」
不意に掛けられた言葉に俺の思考は遮られる。
「相手の弱みに付け込んで暴力を働くクソ野郎であることもある程度考慮してはいたんだけれど……言うほど悪い奴じゃあなさそうだね」
「……あぁ?」
俺は眉間の皺を険しくする。こいつ、何を……。
「君、案外良い子だろ? さっきだってあおちゃんを殴ろうとしたわけじゃなさそうだったし。君さえよければ、これからの道中、僕たちと一緒についてこないかい?」
その言葉に、俺の意識は怒りから困惑へと変わる。マジで、何を言ってんだコイツは。
「俺を、許すつもりなのか?」
「ううん、取り敢えずは許してないよ」
即座に返ってくる答えにさらに当惑した。
「だって、危害は殆ど加えていないとは言え、あおちゃんを怖がらせたり、悲しませたりしただろう。それを僕は許していない。でも、ちょいと懲らしめた後でなら連れてってあげてもいいかなあって」
――あぁ、優等生だけじゃなく、コイツも。
――いや、どいつもこいつも平和呆けして、ふざけていやがる。
「地上に上がるぞ」
俺は放水路のピロティの一つの最上部、恐らくクロウタドリが入ってきたであろう、地上へと繋がるドアを指差して言った。
「お互いに、ケジメを付けよう」
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