“Desert Foodies” ④

 案内されて辿り着いたのは、日干し煉瓦が積み重ねられて出来た住居風の食堂が立ち並ぶ一角。全体が淡いセピア色に染まるそのエリアは、中東地域をコンセプトとした場所であった。

《ここ”ラディーズ・タリーク”エリアでは、営業時には中東各国の料理が振る舞われていたよ。ここのキッチンなら砂漠地域の食材の調理に適した器具や食器が置いてあるんじゃないかな》

「なるほど、気が利くじゃない」

 通りの真ん中に立って辺りを眺めまわしていたケープが満足げに言う。

「それじゃ、早速キッチンに行きましょ。出来るなら一番デカいところがいいわね」

 彼女の要望に対して、ラッキービーストが返答した。

「ここで一番大きな店舗はここから五軒先の”マターム・ヌール・ナジュム”になります」

 そう言った彼はホップしながら再び通りを前に進んでいく。私たちは顔を少し見合わせて、その後に続いた。


「おお〜、確かに広いね〜」

 案内された厨房の中を見渡してサケイは感嘆する。店舗外観のエスニックさというか、異国情緒漂う感じとは異なり、厨房内は至って現代的なものだった。ラッキービーストらにより定期的に管理されていることもあってか、多少埃被ってはいるものの十分使用に耐える見た目をしている。私たちは先程の食材をステンレス製のカウンタートップに並べた。アブラヤシの実だけはどうも直に置くことが躊躇われたため、キッチンペーパーを何枚か拝借してその上に載せた。

「取り敢えず調理方法をしっかり考えようか。知らない食材が多いから感覚で調理しても上手く出来ないだろうしね」

 クロウタドリはそう言って、ラッキービーストを使ってレシピの検索を進める。その間、私たちは大量にある食材の選り分けを行った。彼が提示する数々のメニューを取捨選択しつつメモ用紙に書き留めていた彼女は、やがて身を起こし、こちらを振り向いてそれを片手に口を開いた。

「ここにあるやつでなら三品か四品くらいは作れそうだ。今から指示を出すから、必要な食器類や調理器具、調味料を搔き集めて来てくれるかな」

 クロウタドリの前に整列する私たち。彼女は何枚かのメモ用紙を渡してゆく。字が読めないであろうケープとサケイには簡単な絵で示したものが、字が多少読めるモロクトカゲにはひらがなでの説明が付いたものが、そして私には字の読解が不可欠な調味料類がリストアップされたものがそれぞれ手渡された。散り散りになったのち、数十分ほど厨房内で慌ただしく交錯・離合集散を繰り返し、結果として各々が持ち寄った成果物がずらりと食材の後ろに並べられた。クロウタドリはメモ書きをチェックしながらそれらを検めていく。デザート・フーディーズの三人組は皆一様に達成感に満ち溢れた表情をしていたが、私はというと、借り集め競争で唯一目的物が揃わなかった生徒の如く肩身の狭い、心細い思いでそれを眺めていた。

「――さて、じゃあ次は調味料だけど」

「あ……ちょっと待って」

 私は検査を行おうとする彼女を遮る形で声を掛けた。不思議そうにこちらを見上げる彼女に、私はばつが悪そうな表情で言う。

「えっと……先に釈明というか弁明をさせて欲しいんだけど、やっぱり回収されているものが結構あって、全部は揃わなかったの。だから一応代替物になりそうなものとか、他に使えそうなものも集めてきたのだけど……」

「あぁ、道理で君だけやたらと不安そうな顔をしていたんだな」

 合点したようにそう言うクロウタドリに、私は俯く。

「別に気にしなくていいよ、最初から全部揃うとは思っていないし。それに、メモには無い面白そうなやつも持ってきてくれたじゃないか。ナイスだよ」

 あっけらかんとそう返す彼女に、私は顔を上げる。でも、必要なものが揃わなければ料理が、と不安そうに呟いたのに対して、横にいたケープが返した。

「大丈夫でしょ。あるやつで即興で考えて作るのも面白そうだし! ね?」

「そうだねぇ~」

「あっ、はい……私もそう思います」

 続けざまにフォローを入れてくれる二人に、私はようやく愁眉を開いた。てっきり白い目で見られるものとばかり……。安心して一息吐く私に、ケープが肘で軽く小突きつつ言ってくる。

「あんた、背はやたらと高い癖に気は相当小っちゃいのねぇ。まるでロクみたいだわ。もっと自分に自信持ちなさいよ」

「うんうん。あ、でも、ケープちゃんはちょっと自信過剰気味だから参考にしちゃだめだよぉ」

「あっ、た、確かに……へへ……」

「ちょっ、あんたたちっ、何言ってくれてんのよ!」

 横でじゃれ合い始める三人を眺める私。自分に自信を持て、か。私だってずっとそうしたいとは思ってきたが、言うは易し、行うは難しである。いつかそう成れる日が来るのだろうか――来るとして、どれくらい遠い未来のことなんだろうな。


 クロウタドリは、まず一品目、と言って袋詰めされた大量の薄黄色の粒、各調味料、そして幾つかの野菜の缶詰を並べてみせた。

が見つかったからね。これをメインディッシュにしようと思う」

「なにそれ? 笑い声?」

「違う違う、ショートパスタの名前」

 含み笑いをしつつ、クロウタドリは細かな粒で満たされた袋を軽く持ち上げる。名前だけは聞いたことがあるが、実物は初めて見た。

「クスクスは砂漠地域の基本食だ。これだけあれば、十分お腹に溜まるものが作れるよ」

 彼女は次に、これから始める調理における配役を伝えた。全体指示役と加熱調理はクロウタドリが担う。メインディッシュに用いる食材の下処理等はケープとサケイが担当。私とモロクトカゲはサラダとドリンク、そしてデザートを作ることとなった。

「全体指示役って、料理の知識はあるの?」

 私はクロウタドリに訊く。

「ある事情で博士たちのところで暮らしていた時期があってね。その時、あの二人に散々作らされたんだよ。おかげで人並み以上の料理スキルはあるってわけ」

 なるほど、それが本当なら信頼しても良さそうだ。――それにしても、彼女があの二人のもと、図書館で暮らしていたというのは全くの初耳であったが。


 モロクトカゲが集めた水を使って手を洗った五人は、グループごとに厨房内に散り、調理を開始する。クロウタドリはまず大量のクスクスをボウルに空け、IHの上で沸かしておいた熱湯をその上から注ぎ、適量のオリーブオイルと塩を添加した後でラップをかけた。彼女曰く、クスクスはこれだけで戻すことが出来るのだという。使える水は限られているので、確かに他のパスタと異なって茹でなくていいというのは好都合だった。

 ケープたちは各缶詰を開缶し、水気を切った後にそれらを切り分けていく。今回用意できたのは、ホールトマトに、ひよこ豆、馬鈴薯、いんげんの水煮。賞味期限は10年以上前に過ぎているが、施設が風化の影響を受けず、また保存効果を有するサンドスターの影響を少なからず受けていたこともあってか、缶詰自体は膨張も錆も無く食用に耐える状態で残っていたのだ。ラッキービーストは食料は回収されたと話していたが、どうやらそれは劣化が進みそうなものだけで、こういった長期保存食は残してあるらしかった。

「これは全部一口で食べられる大きさにすればいいの?」

「そうそう。あ、切る時は怪我しないように気を付けてね。片手はこう、猫の手みたいに丸めて食材に添えるんだ」

 クロウタドリが二人に包丁の基本的な扱い方を教える。

「なるほど、スナネコがいつもやってるような感じね。……これで合ってるかしら」

 ケープは飲み込みが早いのか、早速手際よく食材たちを切り分けていく。サケイはおっとりとした仕草や語調に反して手が器用であるらしく、ホールトマトを綺麗な賽の目切りにしていった。


「あ、あのっ……こんな感じであってるんでしょうか……?」

 私のすぐ横で水洗いしたバオバブの若葉を千切っていたモロクトカゲが不安そうに声を震わせつつ訊いてくる。

「そう、それで大丈夫よ。みんなが食べやすいように、こっちも一口大に分けていくわ」

 私はクロウタドリから貰ったサラダのレシピを見遣りつつそう返した。バオバブの若葉は生食できるそうなので、そのフレッシュさを活かしてサラダに。彩りや味・食感の多様さを出すために、ドライデーツや棚に残っていたチーズを加えてゆく。中東地域では朝食にチーズをよく喫食するとのことで保存が利くハードタイプのチーズが幾つか残されていたが、その中でもかのパルミジャーノ・レッジャーノに風味が近いというグラナ・パダーノがレシピの中では選ばれていた。私はその表面についていた白カビをトリミングした上で、ピーラーで薄く剥いていく。人数分の木製の器にモロクトカゲが千切ったバオバブの若葉を盛り、最後はデーツとチーズを散らしてサラダの完成だ。また、同時進行ですり鉢で粉末状にしていたバオバブフルーツをグラスに分け、そこに水と蜂蜜を加えてドリンクの出来上がり。

 さて、次に作るべきはデザートだけだが……私は腕組みをしつつレシピが書かれたメモとにらめっこをする。材料に小麦粉と植物油が記載されているのだが、先程棚にあったものを取り出したところ、開封した小麦粉は随分と黴臭く、またサラダ油もよく見てみると酸化していることが分かった。私はそれらを持って、指示役であるクロウタドリのもとへと向かう。

「……あちゃー、やっぱりダメになってたか」

 クロウタドリは軽く眉根を寄せてそう言った。

「どうする? 他のデザートに変えるとか」

「――いや、一応代替物はあるんだ」

 彼女は調理台の上に残されていた二つの食材を指差す。それは、メスキートとアブラヤシの実であった。

「メスキートは粉末にすれば小麦粉の代用品になるし、アブラヤシからはパーム油が採れる」

「え、ちょっと待って」

 メスキートを粉末にするのはそれほど難しくないだろうが、パーム油というものは大抵が工場で精製されて出来るものなのではないだろうか。そうだとすれば、ここできちんと食用になるものを作るのは無理な気がした。

「そこがフレンズの力の見せ所だよ」

 そんな不安を口にした私に、彼女はそう返した。

「フレンズの力って……まさか」

 私が言葉を継ぐ前に、彼女は三人を招集する。適当なサイズの新聞紙を調理台の上に拡げると、房を取り外すように告げた。数分後にはアブラヤシの房が山積みにされたボウルが現れ、クロウタドリはそれをIHの方へと持っていく。一度身を蒸して柔らかくする必要があるとのことだった。メスキートを擂りながら蒸しあがりを待ち、そして数十分後、私たちは蒸気が立ち昇る赤い房の山を取り囲むこととなった。

「よし、じゃあ種を除いた後に、これを全部圧搾していくよ」

「……やっぱり」

 まさかの力業での解決。まあ専用の機械などある筈もないのでこの手法しかないとは思っていたが。

「それって本当に人力で出来るものなの?」

「”人力”じゃ難しいだろうね。ただここにいるのはヒトじゃないからさ」

 彼女はそう言うと、厨房に残されていたビニール手袋を着用して山になったものの一つを摘まみ上げ、中にある種子を取り除くと、片手でそれを握りしめて強く力を込めた。間も無くして、拳の隙間から濃い橙色をした粘度の高い液体が溢れ出していく。それは下に置いておいたバケツの中に注がれ、底にゆっくりと拡がっていった。

「わたしもやる~!」

 意気揚々と手袋をはめたサケイが、見様見真似で種を外して実を搾り上げていく。それに続いてケープとモロクトカゲが参加し、四人に囲まれたバケツの中にはどんどんと橙色の液体が溜まっていった。試しに私も搾ってみるが、液体は染み出してくるものの、量は格段に少ない。それによって、彼女たちの膂力が凄まじいものである事実に改めて思い至った。


 ――また、私は力になれないのか。同じアニマルガールであるはずなのに、自分には動物らしいプラズムも無ければ、まともな力も無い。私は再び、無力感と劣等感を感じながら輪から外れてただ和気藹々としたその様子を見下ろしていた。


「あ、あのっ!」

 また負の思考が頭に巡りそうになった時に不意に差し挟まれる声。見ると、モロクトカゲが振り向いてこちらを見上げていた。

「ア、アオサギさんも、混ざりませんか……?」

「え、でも……私じゃ力に」

「なりますよっ!……っあ、で、ですよね、みなさん?」

 彼女は予想以上に大きく出てしまったらしい声に自らたじろぎつつも周りに同意を求めた。

「そうよ。少しずつ搾ったってちゃんと溜まるんだから」

「あ、種を外してもらったらどうかな? いちいち取ってると結構時間かかっちゃうし助かるかも~」

「おお、ナイス提案だねサケイちゃん。じゃああおちゃんには種外しをしてもらおうかな」

 そんな訳で、私は種外しの仕事を仰せつかることとなった。皆から気遣われて少し気恥しい思いだったが、それでも所在なさげな自分のことを思ってそう言ってくれたこと、役割をくれたことが――嬉しかった。


 暫くして全ての実を搾り終え、結果として液体はバケツの半分ほど溜まった。クロウタドリは本来野菜の水切りに用いるサラダスピナーを持ってきて、格子状になった回転部にキッチンペーパーを何枚か重ねて敷いた。彼女はバケツを持ち上げると、その中身を少しずつスピナーの中に注いではそれを回転させていく。なるほど、どうやら本来遠心分離機を用いて行う精製過程を簡易に行っているらしい。スピナーの外縁には薄橙色の液体がどんどんと溜まっていった。

「これでどうかな?」

 彼女はボウルの中に移したパーム油をラッキービーストに見せた。彼はそれを数秒間スキャンした後に、応答する。

《脱色や脱臭は不十分だけど、十分食用油として使える位には精製されているね。本来蒸留で取り除かれる遊離脂肪酸は残っているけれど、少量なら健康への害は少ないよ》

「よし、じゃあこれを使って調理を再開しようか」

 計量カップに小分けにされたパーム油を携えて、各々は自らの持ち場へと戻っていく。クロウタドリはフライパンを持ち出し、クスクスに掛ける煮込みソースの調理を始める。ケープとサケイはそれの手伝いと、食卓の準備。そして私たちはデザート作りに取り掛かった。

 今回作るのは中東地域のペストリーの一つ。まず粉砂糖にパーム油を加え、よく擦り合わせていく。不純物を取り除いたメスキートフラワーをその上から篩にかけ、それをしっかりと捏ねて生地の完成。良い食感を作るためには分量の厳守が必須と書かれていたので、私たちは細心の注意を払いつつ以上の工程を行った。

 生地を細く短い棒状に成型し、それらを曲げてドーナツ型にしていくとき、横で黙々と作業に集中しているモロクトカゲに一瞥を向けてから、私は口を開いた。

「……ねぇ」

「えっ、あっ、はいっ」

 不意を突かれて動揺の声を上げる彼女に、私は言う。

「さっきは、どうもありがとう。あなたのお陰でやることが出来たわ」

「あっ、いえ、そんな……」

 彼女はそう謙遜してから、続けた。

「……皆さん、決して悪気があって仲間外れにしたわけじゃないと思うんです。ただ、あの時はすぐに気付けなかっただけで……」

「分かっているわ」

「あっ、はい……でも、あの時のアオサギさんの気持ち……私にはよく分かりました」

 そう言ってこちらを軽く見上げる彼女。その時、ずっと俯きがちで隠れていた彼女の黒曜石のような綺麗な漆黒の瞳がようやく見えた。私の目とかち合って、直ぐに逸らされてしまったが。

「私、見ての通り卑屈で引っ込み思案で……いつもみんなを引っ張ってくれるケープちゃんに、マイペースだけど冷静なサケイちゃん……二人と一緒に居ると、何もない自分なんかここにいなくてもいいんじゃないかって、よく思っちゃうんです」

 でも、と言って彼女は僅かに口の端を上げた。

「そういうわけでもないって、最近思えてきました。集められる水の量で言えば私が一番多いし、一応文字が読めるし……それに、このトゲトゲの見た目のお陰か、セルリアンがあんまり寄ってこないらしいんです」それに、と彼女は言葉を継ぐ。「ケープちゃんに自分なんかいらないって言ったら怒られちゃって……それで気付いたんです、周りのフレンズたちが自分のことを認めてくれて、必要としてくれているのに、それを自分で何もかも否定するのはすごく失礼なことなんじゃないかって。だから……まだちゃんと自信は持てていないけど、自分を否定するのはやめようって思うようになったんです」

 語り終えた彼女は、作り上げたドーナツ型の生地をキッチンシートを敷いたトレイの上に置いた。私は目を軽く見開く。他己評価と自己評価の擦り合わせ――それを彼女は出来ているのか。私はクロウタドリのいつかの言葉を思い出す。新世代のアニマルガールは、ともすれば長く生きている私たち生き残りよりも大人であることもある。正にその言葉通りだった。

「……クロウタドリが私をあなたと組ませた訳が、なんとなく分かった気がするわ」

「え……?」

 不思議そうに首を傾げてこちらを見遣る彼女に、なんでもない、と返す。そうして私は、背後をふと振り返った。クロウタドリと共に賑やかに調理を進める二人。リーダー的性格を持つケープに、冷静で少し底の読めないサケイ。その姿が、夢の中で見たクロツグミと、クロウタドリに重なって見えた。――異変前の女学園時代では、彼女たちの様な関係性で日々を暮らしていたのだろうか。その中で、当時の私はどのように自分を位置付けていたのだろうか。

 今はまだそれを思い出すことは出来ない。けれど、ぽっぽが私に言ってくれたように、いつか全てを思い出す日がやってくるに違いなかった。その時、私は横に立つ彼女のようになれるのだろうか。


 それから少しして、店舗のダイニングスペースへと移動した私たちは、完成した料理を一番大きな卓の上に配膳した。中央に据えられたのは言うまでもなくメインディッシュである二つの大皿――山盛りになったクスクスに、ごろごろとした野菜が入ったトマト煮込みソースだ。後者からはクミンを中心とした様々なスパイス類を利かせたエスニック風の薫香が立ち昇っていた。そして、それぞれの席の前に敷かれたランチョンマットの上には、私たちが用意したバオバブ菜のサラダに、バオバブドリンク、そして焼き上がった数個のペストリーが並べられていた。

「これがサラダって言うのは知ってるけど……この飲み物と白い輪っかのお菓子はなんなの?」

 訊ねるケープに、私が答える。

「飲み物の方は、バオバブの実を砕いたものを水に溶かして、蜂蜜で甘みを加えたものよ。そして焼き菓子の方はグライベって言って、中東地域でよく食べられているお菓子。小麦粉が使えなかったから、メスキートを粉末状にして、澄ましバターの代わりにパーム油を用いて作ったの。アクセントにドライデーツを載せているわ」

 へぇ~、と二人が感心したように声を上げた。

「それじゃ、冷めないうちに食べちゃおうか。メインディッシュは沢山作ったから、みんな好きなだけ自分のお皿に取り分けてね」

 五人は卓上に身を乗り出し、木製の皿にクスクスを取り分けたあとに、煮込みソースを掛けていった。全員が自分の分を取り終わったのを見ると、ケープが高らかに言う。

「じゃあみんな、しっかり手を合わせてっ!」

 僅かな間を置いて食卓に響き渡る「いただきます」の声。真っ先にメインディッシュから取り掛かる三人を眺めてから、私もスプーンを口に運んだ。クスクス自体はショートパスタということで淡白な味わいだが、そこにじっくりと煮込まれたコクのあるソースが絡むことで得も言われぬ美味しさへと変わる。思えば、ジャパまん以外の食事をするのは随分と久しぶりだった。饅頭からは感じられない、多種多様の食感テクスチャー。自分は食事というものに長らく無関心であったが、今なら彼女たちが食の虜になってしまうのも良く分かる気がする。

 広大な地下空間に、誰もいないレストラン街。20年間続いてきたそんな物淋しい光景が、温かい料理を口に運ぶたび、まるで往時の姿を取り戻していくような、そんな錯覚を私は覚えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る