"Desert Foodies" ③

 五人と一体はオデッセイの中のだだっ広い通路を歩いてゆく。この旅始まって以来の大所帯で、なんだか落ち着かない気分だった。私とクロウタドリが道中で砂漠の美食家たちに軽く自己紹介を済ませたのち、話題は彼女たちの活動内容へと移った。


「それで、どうしてそんなグルメな活動をしてるのさ」

 クロウタドリが訊く。

「それはねぇ、ケープちゃんから説明した方がいいかなぁ」

 サケイは相も変わらず間延びした口調で言った。

「まあそうね――もとはあたしが二人を誘って、このデザート・フーディーズは活動を始めたのよ」

 ケープはサケイの言葉に頷き、自ら説明を始める。

「最初はあたしだけでやってたことなの。動物の頃からよく食べ物探しはしていたんだけど、フレンズになってからは体が大きくなって遠くまで行けるようになったから、これまで知らなかった美味しいものを探してみようと思って」

 そこで、私たちを先導する形で前を歩いていたラッキービーストが声を発した。

《齧歯目リス科アラゲジリス属に属するケープアラゲジリスはアフリカ大陸南部の乾燥・半乾燥地帯に生息する昼行性のジリスで、このオデッセイのように出口が沢山ある大きな巣穴を掘ってそこで生活をするよ。食物を貯め込むことはしないから、捕食者に襲われる危険を冒しつつ日照りの中で採餌を行うんだ。採餌活動はとても長く、活動時間の約七割も食べ物探しに割くと言われているよ》

 彼の詳細な解説に、一同から感嘆の声が洩れた。

「よくあたしたちのこと知ってるわね。というかボス、あんた喋れたの?」

《今は非常時だからね。通常は園内生態系および独自社会性の維持のためアニマルガールへの干渉は行いません》

「よくわからないけど……まあ、ここを出るまでよろしく頼むわ」

 ケープはそう言うと、話を続けた。

「で、砂漠中を歩き回ってたわけだけど、一人だとどうにも辛くって。前はご飯の中にある水でどうにかなってたんだけど、この身体だともっと沢山飲まないとやっていけない。ある日、どうにもオアシスが見つからなくて、もうダメだって思った時に、二人があたしのことを助けてくれたの」

 彼女は両隣に並んで歩く二人を交互に見遣った。

「ケイもロクも、水集めがすっごく得意なフレンズでね。ケイはオアシスに立ち寄った時に信じられないくらいいっぱいの水を搔き集めて持ち運んでくれるし、ロクはオアシスが近くに無いときでも、通り雨とか霧が出た時に魔法みたいに三人分の水を集めてくれるの。そして、あたしはそのお返しとして二人が知らない沢山の食べ物を教えてあげられる。そんなわけで、三人一緒になって、美味しいもの探しをするって決めたのよ」

 デザート・フーディーズ結成の経緯を語り終えたケープに対して、両側の二人はうんうんと頷いてみせた。

「そんな感じだよねぇ。あ、ボス、わたしたちがお水をたくさん集められることも知ってる?」

《勿論だよ》

 ラッキービーストは心なしか自慢げに、そう即答した。

《サケイは捕食者を避けるために水場から遠く離れた所に営巣をするぶん、親鳥はかなりの距離を飛んでヒナたちに水を届けなくてはならないんだ。そこで、水場において体を浸し、腹部の特殊な羽毛に染み込ませることで全体重の約15%にもおよぶ水分を蓄え込んで巣へと持ち帰るんだね。この特殊な羽毛については現在研究が進められていて、工学分野への応用などが期待されているよ》

 「ほえ~っ、やっぱりものしりだねぇ、まるで博士と話してるみたい。というわけで、みんなお水飲む?」

 彼女は羽織っていたポンチョをひらりと上にたくし上げた。見ると、複数本の透明なボトルが彼女の腰に巻かれたホルダー付きのベルトに装着されている。ボトルの中は綺麗な水がなみなみと満たしていた。

「あ……わ、私も持っていますので、良ければ……嫌じゃなければですけど……」

 サケイの後に続いてモロクトカゲがおずおずと手を挙げつつ言う。一体何処にそんなスペースがあったのか、彼女は懐からずっしりと重そうなドライバッグを取り出した。中に入った水の総量で言えば、サケイの持つものより多そうである。

《全身を覆うトゲが特徴的なモロクトカゲは、その鱗に付着した水分が体表の溝に落ち、それを毛細管現象を利用して口へと運ぶことで水分の少ない砂漠地帯でも水を確保しているんだ。地表に水が無くとも、立ち込めた霧さえあれば生存に十分な水分を獲得できるよ》

「あっ、へへ……そうなんです、これもここに入る前に濃い霧の中で集めたやつで……」

 自分の持つ能力を紹介されたためか、モロクトカゲは気恥ずかしそうに、それでも少し誇らしげにドライバッグを掲げてみせた。なるほど、確かにこの二人がいれば砂漠の中でも十分に活動が出来そうだ。

「……それにしても、なんだかサファリパークにいる気分だわ。こんな風に逐一動物について解説してくれるだなんて」

 ラッキービーストの披露する豊富な動物解説に対してそう感嘆の声を洩らす私に、横を歩いていたクロウタドリが横目でツッコんできた。

「あおちゃん、忘れてるかもしれないけど一応ここもサファリエリアだぜ」

 ……そう言えば、そうだったか。ジャパリパークという施設の規模が規格外過ぎるがあまりすっかり忘れていた。


 それから少し歩いて、私たちはオデッセイのダイニング・エリアに辿り着いた。

 ラッキービーストがエリア内の照明を全灯させると、遥か遠くまで続くレストラン街が見渡せた。飲食のジャンル毎に更にエリアが細分化されているのか、中華街の入口染みた絢爛な門に、行灯や堀瓦のレプリカの連なり、ブロードウェイを髣髴とさせるビルボードやデジタルサイネージが犇めく煌びやかな通り、また中央に凱旋門のレプリカを据えてそこから伸びる環状放射路沿いに近代建築風のイートリーが立ち並ぶ区画などが視界一杯に映った。……個人的には統一感がなく何か品の無い印象さえ受けてしまうのだが、当時のゲストらはこれらに快い思いをしていたのだろうか? というか、ここまでの広大な飲食店街を築き上げたはいいものの、果たして採算は取れたのだろうか、と嫌に現実的な疑問が頭に湧いてきてしまう。

「思ってたのよりデカいね。ここから何か食べられそうなものを探すのは少し怠いなあ」

 クロウタドリが失望気味に呟く。私も同意見だった。こんな広大な場所を歩き回っていればゆうに三日は過ぎてしまうことだろう。――引き返すならば、今しかない。

「まあ、今回は残念だったわね。そもそも、ラッキービーストの話によると食料は全て回収されているみたいだし、例え残っていたとしても腐って――」

「え、食べ物なら持ってきてるよ?」

 サケイが私の言葉を遮った。何だって?

「……持ってきてる? 食べ物を?」

「うん。ほら」

 ポンチョに隠れていて見えなかったらしいが、サケイは背嚢を背負っていたらしい――彼女は片方の肩紐を下ろすと、背嚢をくるりと前にやって中を漁り始めた。近くのテーブルへと歩いていくと、その中から幾つかの植物やら実やらを取り出して並べていった。見たことがないものが多く、それらは食用であるかどうかすら分からない。これで全部かな、と背嚢を逆さにしてぶんぶんと振りつつサケイは言った。私は改めて、卓上に載った謎めいた物体を見遣る。

 一つはすぐに分かった。サボテンだ。平たく扇のような形をしていて、どうやら棘は既に抜かれているらしい。

 次に目を引いたのは包み紙の上に山のように盛られた赤黒い実のようなもの──多分これは棗椰子なつめやしの実、デーツだろうか。

 そしてここからがよく分からない。一見して馬鈴薯のように見えるくすんだ黄緑色をした大きな何らかの果実、鮮やかな緑色をした大手の紡錘形の葉、乾燥した巨大なさやえんどうのようなマメ科の植物、そして最後に赤く丸い房が大量に実った巨大な球体の塊。

「このデーツは分かるけど、他のやつは本当に食べられるの?」

 私は怪訝な顔をして彼女たちに訊ねる。

「食べられるわよ。あたしはサボテンとこの葉っぱが好き」

「わたしはこのマメ〜。あ、でも暫く持ち歩いてたから大分からからに乾いちゃった」

「あ、わ、私は葉っぱとかよりアリさんたちを食べるのが好きなんですけど……でも、この二つは甘くて好きですね……」

 三人は口々に自分の好物を指差していく。その中で、唯一差されなかったものがあった。一番存在感を誇っている紅い球体である。

「で、これは?」

「あ、それはね~、ここに入る直前にわたしが見つけたやつ! 何か分かんないけど、綺麗だったから持ってきちゃった」

 ……つまり、食用か怪しいものも混ざっているというわけか。卓上に並べられたものの信頼性が一気にがた落ちしてしまったぞ。

「じゃ、ラッキービーストに訊いてみればいいんじゃない? 君たちのこともよく知っていたし、食材の同定も出来るんじゃないかな」

 そう言ってクロウタドリは横に立っていたラッキービーストを両手でひょいと持ち上げ、斜め上からその正面を卓上に向けた。間も無くして彼は再び両目を発光させると、並べられた植物類をスキャンする。

《……スキャンが完了しました。同定できた植物は六つ。上から順に、ヒラウチワサボテン、ドライデーツ、バオバブフルーツ、バオバブの若葉、メスキートの房、そしてアブラヤシの果実です》

 なるほど。デーツは勿論のこと、サボテンも工夫次第では食べられると聞いたことがあるが、それ以外が食用に向くかは全くの謎だ。私は彼に最後の四つを説明するよう頼む。

《バオバブフルーツもバオバブの若葉もバオバブ由来のものだよ。前者はその果肉が食用とされていて、粉末状にしたものを使ってバオバブドリンクなども作れるんだ。若葉は野菜として用いられることがあるよ。メスキートは基本的に粉末にして使われることが多く、様々な料理に用いられます。アブラヤシの果実自体はそのまま食べられるものではないけど、圧搾することにより、実からはパーム油、種からはパーム核油を採ることが出来るよ》

 パーム油と聞いてようやく合点する私。パームというからにはヤシ由来のものだとは思っていたが、原料はこのような見た目をしていたのか。


「……食べられるものが多いことは分かったわ。でも、ラッキービーストの解説を聞くに大方調理が前提の食材らしいし、このままじゃちょっと……」

 その時、私のぼやきを聞いていたケープが矢庭に瞳を光らせた。

「そう、調理! そのためにここに来たのよ!」

「え?」

 彼女は卓上に両手を付き、食材を眺めながら続ける。

「言ってなかったっけ? ここに入ったのは、勿論食べ物探しのためでもあるけど、一番は調理できる場所を探すためだったの」

「君たちの言う博士のところにキッチンくらいはあったんじゃないの?」

 クロウタドリが小首を傾げて訊ねる。確かに。

「確かにあったわ。でも、博士があたしたちに火は危ないからって使わせてくれなかったの。だけど、それじゃ諦められなくて」

 ケープは突如こちらに身体を翻すと、私たちに向けて人差し指を突き立てた。

「ふふ、あんたたちは知らないだろうけど、食べ物って調理すると断然美味しくなるのよ! 博士のところで料理を食べさせてもらって気付いてしまったの――食の真髄は、調理にあり、ってね!」

 自慢げに胸を張って見せる彼女に私は苦笑する。一応異変前に料理は一通り食べてきたのだが。ただここでそれを言うのは何か可哀想な気がして心の中だけに仕舞っておいた。

「――というわけで、ボス、調理できるところがあったら案内して!」

《案内は出来るけど、現在は一部を除いてガスと水道は止まっているから、まともに調理を行うことは出来ないと思うよ》

「大丈夫、なんとかなるわよ! ほら、早く早くっ」

 ケープは急かすように彼の大きな両耳をぽるんぽるんと揺らす。アワワワワ、と例の如く声を上げる彼は、その勢いに負けて調理場への案内を始めた。サケイの背嚢に急いで食材を詰め込んだ一行はその後に続いてぞろぞろと付いていくのだった。

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