"Desert Foodies" ②
私は壁際に座り込み一冊の本を読んでいた。題名は「星の王子さま」。サン=テグジュペリの代表作だが――そうか、初めて読み、かつ読書が好きになったのはこの本がきっかけだったか。
ちょうど花に別れを告げ王子さまがふるさとの星を発とうとするシーン、そのあたりで私に声を掛けてくる者がいた。見上げると、件の黒塗りのアニマルガール。例の如く、実際に言葉が聞こえてくるわけではない。話し掛けられたような感覚があっただけだ。
私は、中腰でこちらを覗き込んでいる彼女をじっと見据えた。
かつては厭い、恐れていた不気味な存在。長きに亘ってこの影と苦しい夢の世界に苛まれてきた。けれど、今はそのような恐怖感はすっかり薄れていた。ぽっぽのおかげで、姿は見えないけれど、彼女こそが私が思い出すべきクロツグミその人であると気付けたのだから。
彼女は直ぐ隣に座り込み、こちらに顔を寄せてくる。どうやら本の中身を覗いているらしかった。私は横をちらと見遣り、本の説明をする。それに合わせて頷き、相槌を打つ彼女。暫くして、彼女は不意に斜め前を指差した。そこで、ようやく自分が大きな体育館かホールの中に居ることに気付く。館内の壁は赤と緑を中心とした色鮮やかなカラーテープやフラワーリースで彩られ、リースの中には慎まし気にアクセントを加える紅いヒイラギの実が見える。そして何より、一番目を引くのは館の中央に佇む大きな樅の木。周囲には幾つか脚立が置かれ、それらを取り囲む数々のアニマルガールらがそれを昇ったり降りたりしながら賑々しくオーナメントを取り付けていた。
クリスマスパーティか何かに参加しているのだろうか。だが、私は元々こういう場は好きではない。別に馬鹿にしたり見下したりしているわけではなく、単純に場の雰囲気に馴染めないのだ。館の隅でこうして本に目を落としているのも、多分そのためだったのだろう。
横の彼女は徐に立ち上がると、再び私の前に立ち、こちらへと手を差し伸べた。もう片方の手はツリーを指差している。
「……ごめんなさい、私は別にいいわ」
過去の自分をトレースしようとしたわけではなく、自然とその言葉が口から出た。今も昔も、変わらない自分の卑屈な性分に嫌気が差す。行けば、それなりに楽しめることは分かっている。けれど、そこに辿り着くまでの第一歩がなかなか踏み出せないのだ。自分の前に常に立ちはだかる、幸せへのハードル――誰よりもそれを希求しているはずなのに、手にしてしまうことが何か特大の罪悪のように思われて、手を伸ばすのがずっと怖かった。
不意に片手を握られる。じんわりと兆す温かな体温。そのまま斜め上へと引かれて、私は立ち上がってしまう。私よりも背丈の低い彼女の顔、そのシルエットが、こちらを軽く見上げていた。彼女は私の手を引いて、ツリーの方へと向かっていく。決して無理矢理という感じではなかった。力強くて、それでも優しい、背中を押してくれるような感覚。それは、私のことをアーケードから連れ出してくれた、クロウタドリのものとよく似ていた。
金木犀の香りを嗅いだ時と同じ、懐かしい感覚が私を襲う。
胸に迫ってくるような、喉が詰まるような、あの感じ。
――そうだ、きっと、ここから全てが始まったのだ。
そんな直感が湧いてくる。ここは、私とクロツグミが初めて出会った場所。根拠もないのに、私は不思議と確信していた。
ここが私と彼女のルーツであるならば、それを追想することで、私はきっと全ての記憶を取り戻す端緒を掴むことが出来るのではないか。いきなり目の前に立ち現れたそんな光を前に、手を握って前を進んでいく彼女を見遣る。それなのに、私の視界は突然霞んできた。――待って、あと少しで、思い出すことが出来るのに。しかし、そんな懇願が届くはずもなく、輝きに満ちた光景はふっと闇に包まれた。
***
その時襲った強い揺れを受けて、私は覚醒する。
上半身を起こして辺りを見遣ると、陳列された数々の家具類が小刻みに振動しているのが見て取れた。天井から吊るされたサインは大きく弧を描きつつ揺れている。
ベッドの横でスリープ状態にあったらしいラッキービーストは地震を受けて目を光らせると、こちらを見上げてアナウンスをした。
《只今大きな揺れを検知しました。現在地の震度は4程度。地震の規模を表すマグニチュードは解析中。震源の位置はここから東南東方面、深さ10㎞未満と推定されます。念の為津波の発生に警戒してください。尚、地震の規模や位置に関してはLBネットワーク防災システムによる独自の解析結果による速報値であり、その正確性については保証できかねます。詳しい情報については、気象庁の発表をご確認ください》
「……んあ、また地震?」
声のした方を見ると、ベッドから起き上がったクロウタドリが大きく伸びをしているところだった。
「みたいね」
私はそう返答しつつ両脚をベッドの縁から下ろし、並べて置いておいたブーツを履きなおす。続いて掛け布団替わりにしていた外套を羽織りながら、ラッキービーストに訊ねた。
「今何時か分かる?」
《おはよう。今は6時35分だよ。よく眠れたかな?》
「ええ、どうやらそうみたいね」
昨夜の就寝時間は覚えていないが、列車が駅に到着した時間を踏まえると深夜ではなかったはずだ。それを踏まえると、かなりの時間眠れたことになる。加えて、地震によって起こされたとはいえ、あの明晰夢を見た割には悪くない寝覚めだった。
準備を整えた私たちは家具店を出る。店の前に伸びる大通りは相変わらず長く伸びており、これからの前途を考えてうんざりする思いだった。
「それじゃ、駅の方へ向かおうか。一番近い駅は昨日教えてくれたところで合ってるんだよね?」
《そうだね、オデッセイ南駅が最寄り駅になるよ。案内を開始してもいいかな?》
「あ、その前に一旦このフロアの地図を見せてくれないかな?」
《了解》
彼は体を翻すと近くの壁に向かい合う形で立ち、その目を緑色に発光させた。白亜の壁には同じく緑色の光で複雑な絵図が投影される。あまりにも複雑で一瞬何が映し出されたのか分からなかったが、現在地を示すようなピンがその中に置かれていることを踏まえると、どうやらオデッセイ内部の全図であるらしい。彼は地図の最も南側にある施設の一つのアウトラインを軽く明滅させてみせた。枠の外側には「至 パーク・セントラル/試験解放区」の文字。
《ここがオデッセイ南駅になるよ。ここまでの最短経路はこれだけど、この経路で案内していいかな?》
現在地から駅までの経路が太く長い矢印でなぞられる。それはここから東側、直ぐ横に地下バイパスが通っている方面を通るルートであった。
「──うーん、もうちょっと西側のルートって無い?」
《少し時間はかかるけど、二番目に早い経路はこちらになります》
彼の言葉に続いて地図上にもう一つのルートが現れる。先程とは異なり、一度元来た中央の大通りに引き返してから、南下、そして少し東にずれたところにある駅へと向かうルートだ。
「よし、それでいこう。案内をお願いするよ」
《了解。距離は1.8km、所要時間は約28分になります》
ラッキービーストはプロジェクター機能を終了させると、こちらにアイコンタクトをとってから、ルート通りに中央通りへとホップしつつ進み始める。その後に続いて歩き始めた私は、横を並んで歩くクロウタドリに訊く。
「どうしてわざわざ時間がかかる方を?」
彼女はこちらに軽く一瞥をくれてから、気のない顔で答えた。
「別に深い理由はないよ。折角だから大通りの方を歩いてみたかっただけ」
セントラル・ブールバードと名付けられた中央の大通りを歩くこと約10分、最初に入ってきた中央エントランスよりも広大で豪奢な空間へと辿り着いた。同じく四階までの吹き抜けとなっているそこの中央には亜熱帯の植栽に囲まれた噴水があり、その周囲には多くのテーブルと椅子が並んでいる。見上げると、当時行われていたであろうフェアやイベントを知らせる巨大な垂れ幕が吊り下げられている様子が見えた。
《ここはグランド・プラザです。いつもは休憩所や飲食スペースとして用いられているけど、催事会場になることもあるよ。PPPのライブが貸し切りで行われたこともあるんだ》
噴水周辺を見ると、なるほど結構な幅のあるステージが整備されている。イベント時に使用するのか、広場をぐるりと取り囲むようにしてその端には数々のスピーカー類が立ち並んでいた。確かにここであれば、広場だけでなく、上階の吹き抜けからの観客も見込めるに違いなかった。
そこで、不意に私のお腹が鳴る。そう言えば、昨日の朝にマーゲイから貰ったジャパまんを最後に何も食べていないんだった。これならば車内で彼女たちに混ざって氷砂糖を食べておけばよかったか、と今更ながら思う。
「……ごめんなさい」
「いいよ、僕も丁度お腹空いてきたし。ねえ、他のラッキービーストは近くにいないの? ジャパまんとか食べたいんだけど」
《通信中……通信中……残念ながら、現在オデッセイ内部にいるラッキービーストはボクだけみたいだね》
「ジャパまん以外でもいいわ、何か食べられるものがあれば」
《ここは長い間封鎖されてきたから、定期点検時に残った食料は全て回収されてしまったんだ。オデッセイ南駅から四駅先のナカベ地方アーケードでならジャパリまんじゅうの配給を受けられるよ》
落胆して嘆息する私。あと約1㎞、空腹で歩き通した上に列車に乗ってからも四駅耐えなければならないのか。とは言え、駄々を捏ねても何かが出てくるわけでもなし、黙ってナカベ地方まで向かうしかないだろう。そう考えて重い足取りを再び踏み出そうとした時、突如として広大な吹き抜けに誰かの声が響き渡った。
「あーーっ!! ケイっ、ロクっ、誰かいたわよぉっ!」
驚いて声のした方を見遣ると、三階の手摺に両手を付き、背後を振り向きつつ誰かに話し掛けている一人のアニマルガールがいた。やがて後ろから二人のアニマルガールらが姿を現すと、何か言葉を交わしたのも束の間、うち二人が矢庭に手摺を乗り越え、そこから一階まで続く柱を伝って器用に降りてくる。もう一人は鳥類アニマルガールで、その翼を使って一階に降り立つと、降りてくる仲間たちを見上げていた。
初めに一階に到着した彼女――恐らく最初に大声を上げたアニマルガールか――が地面に降り立つが早いがこちらへと俊敏な動きで走り寄ってきて、私の両肩をがっしりと掴んだ。
「え、ちょ」
「ねぇっ、あんたたちっ――」
彼女は激しく息を切らしながら私に問う。
「――ここから出る方法、知ってるっ?!」
***
私とクロウタドリ、そして先程私を慄かせたやたらと声の大きい彼女と、翼を持ったもう一人は、広場に並んでいた複数の円卓の一つを囲んで座っていた。
「……で、結局出口が分からなくなっちゃったってわけ」
「なるほど……」
卓上に頬杖をついて憂い気に話す彼女に、私は相槌を打つ。その話すところによると、どうやら普段のオデッセイはセルリアンが山程いるせいで立ち入れなかったらしいのだが、昨日の昼過ぎからどういう訳か一匹も見当たらなくなり、それを良いことに内部へと入って三人で探索していたところすっかり道に迷ってしまったとのことだった。
私とクロウタドリは顔を軽く見合わせる。セルリアンが一匹もいなくなった――その現象が発生した時間は、私たちが丁度オデッセイに到着したあたりだった。多分、いやほぼ間違いなく、私たちを追跡している件のセルリアンによるものだろう。私は辺りを見回す。相変わらず姿は見えないが、着実に距離を詰めてきているらしい。
「そう言えば、まだ名前を聞いていなかったね。教えてもらっても?」
「ああ、そうだったわね」
例の快活な彼女はそう言うと、わざわざ椅子から立ち上がって胸を張り、その上に誇らしげに片方の掌を置いてみせた。
「あたしはケープアラゲジリス。みんなにはケープって呼ばれてるわ」
紹介を受けて私は改めて彼女の容姿を眺める。なるほど、確かに彼女の履く膝丈のヒップボーンスカートの後ろにはリス特有の豊かで大きな尻尾が背後に揺れている。上は淡い茶の柔らかそうなシャツの上に白茶のベストを羽織っていて、胸元に付けられた白のリボンタイがアクセントを加えていた。頭髪は亜麻色のベリーロングで、全体的に暖色で纏められているが、シルエットはスリムな印象である。
「わたしはサケイだよぉ。ケイって呼んでね~」
続いて隣の彼女が自己紹介をした。ベージュを基調とした両の翼の中では焦茶や黒が混じった羽根が複雑な模様を作り出していた。肩からは起毛素材で出来た丈長のアーモンド色に似たポンチョを纏っており、ケープとは対照的にふんわりとしたシルエットである。頭髪は深い橙。センターから鼻頭まで緩やかなカーブを描いて伸びる白の毛束が特徴的だった。
「……で、なんであんたはそんなに遠い所にいるのよ」
サケイの自己紹介が終わるや否や、ケープは背後を振り返り、四脚後ろのテーブル、さらにその陰に隠れてこちらを臆病そうに眺めているもう一人の仲間にツッコミを入れた。
「……って…………いから……」
「え、なんて?」
「…………くて……」
「ああもうっ、あんたはいっつも遠くにいる癖に声が滅茶苦茶ちっちゃいんだからっ!」
ケープは肩を怒らせて彼女のもとへずんずん歩いていくと、嫌がるその手を無理矢理に引き、こちらへと連れてきた。
「ほら、自己紹介しなさいよ」
「えぇ……」
視線をあらぬ方向へと向けもじもじしている彼女の出で立ちは、その態度に反して派手そのものだった。一番に目を引くのはその全身の輪郭。何かの装甲かと思わせる程ゴツゴツ、刺々としていて、しかもその色が黄褐色と黒の組み合わせというマイルドな警戒色そのものであるから目立って仕方がない。その警戒色は頭髪にまで続いており、ショートボブを覆うように目深に被っているフードからは、まるで鬼の角のようなカールした部位が前部両側面から伸びていた。
「うぅ……モ、モロク、トカゲです……えっと……ビビりなのに派手派手でごめんなさい……」
「いやなんで謝んのよ?」
モロクトカゲと名乗る少女にケープが再びツッコむ。なるほどトカゲか。確かに爬虫類のアニマルガールは元動物からして派手な見た目をしている者が多いと聞いたことはあるが、ここまで目立つ容姿をしたアニマルガールはなかなかいないのではないか?
「よし、じゃ、三人揃ったしあれやるわよ」
「うえぇっ、む、無理だよ、無理無理無理ぃ……」
「おっ、お決まりのやつだねぇ?」
俯いたままぶんぶんとかぶりを振っているモロクトカゲに構わず、二人は彼女を両側から挟む形で手を取り合い、間も無くしてケープからポーズを取り始めた。
「我らっ! 砂漠を駆け、這って舞い、日照りや砂塵の中でも常に屈せず――」
ちらりと目線をサケイの方へ遣る。
「パーク至高の御馳走を探し求める、その名も――」
そして、二人の綺麗なユニゾン。
「”デザート・フーディー”――」
四つの目が中央に向く。暫く渋っていた彼女だったが、無言の圧力に押し切られ、終ぞモロクトカゲが鳴き声の様な音をひりだした。
「”ズ”ぅぅうぅうぅ…………」
決まったぁ、とモロクトカゲ越しにハイタッチするケープとサケイ。中央の彼女は恥ずかしさからか顔を両手で覆ってうずくまってしまった。
「へぇ、口上なんて用意してるんだ。ネーミングセンスもなかなか悪くないねぇ」
クロウタドリが腕組みしつつ感嘆する。私はモロクトカゲの感じている羞恥がよく分かる側なので苦笑いを浮かべていたが、確かに良い響きだった。”Desert Foodies”――直訳すれば”砂漠の美食家”といったところか。
「自分たちで考えたの?」
素朴な疑問をぶつけてみる。
「あー、えっと、言い辛いんだけど実はそうじゃなくてね」
こちらを向いたケープがはにかみ笑いを浮かべつつ答えた。
「あたしたちだけじゃなくて、別なフレンズのアドバイスも受けて考えたやつなの。出来るだけかっこいいやつにしたいって相談してさ」
「そうそ~、”博士”にはたくさんお世話になったよねぇ」
「あっ、ちょっと、その名前は出しちゃダメって言われたじゃない!」
「あれぇ、そうだったっけ?」
「そうよ、ほんとあんたは肝心なとこ抜けてるんだから」
博士? その呼び名には聞き覚えがあった。確か、キョウシュウ地方の中央図書館の司書をやっていたあの――そう、灰白色の梟のアニマルガールがそう呼ばれていたような。
「博士なら僕たちも知り合いだと思うけど?」
クロウタドリも同じことを考えたのか、そう返す。
「あれ、そうだったの?」
「うん、キョウシュウの図書館にいるフクロウのフレンズだろ。アフリカオオコノハズクちゃんのこと」
「うーん……? なんかあたしたちの知ってる博士と違うような……博士はフクロウじゃなくてネコのフレンズだし、ケンキュージョってところにいるのよ」
私は首を傾げる。パーク内には別の”博士”がいるということなのか。まあ、
しかしクロウタドリの反応は別だった。不思議がるわけでなく、むしろ軽く目を見開き、続けて問う。
「もしかして、パーク・セントラルの近くにある研究所?」
「ぱーく? なんて?」
「みんなで遊べるような場所のことだよ。どうやら今は軽く海に沈んでいるようだけど」
「あー、ケープちゃんあれじゃない、おっきい輪っかがあるとこ」
「あぁ、あの」
合点したのか、二人は顔を見合わせたのち頷いた。
「多分そうだと思うわ。博士が前に、ケンキュージョの周りにフレンズたちが楽しく遊べる場所があったって言ってた。たくさんの輝きがそこで生まれたんだってさ」
隣の彼女は神妙な顔つきで口許に手を当てる。少しして、瞳だけを前に向けて訊ねた。
「明日か明後日、そこに行って博士に会うことってできるかな?」
「え?」
私はつい声を出してしまう。なぜ今聞いたばかりの人物にそこまで興味を? 彼女が好奇心に溢れていることは知っていたが、直ぐに合おうとするのは流石に違和感がある。
「うーん……難しいんじゃないかな……ね、ケイ?」
「多分ねぇ。博士、あんまりフレンズに会いたくないらしいし……けもの見知りさんなのかな」
「……そう」
クロウタドリはそれだけ呟いて、それきり口を噤んでしまった。
暫し沈黙に包まれる広場。私はそれに耐えきれず、おずおずと口を開いて話題を変えた。
「ねぇ、それは一先ず置いておいて、あなたたちここから出たいんでしょ? 多分案内できると思うわよ」
「あっ、そうだったっ!! お願い、どっちに行けばいいか教えてっ!」
当初の目的を思い出したケープが勢いを付けて身を乗り出した。弾みでテーブルがガタンと揺れる。私は頷くと、足元に立っているラッキービーストに先程と同じ様に地図を出すように頼んだ。
《スクリーンになるものが無いと投影できないよ》
「ああ、そうだったわね」
私は立ち上がると、手近な別のテーブルに両手を掛け、それをゆっくり横倒しにした。小さいが取り敢えずスクリーン代わりにはなるだろう。
彼はテーブルの方へと向き直り、独特な歩行音を鳴らしつつ距離を縮めていくと、両目を発行させ、先刻見せたのと同じ地下四階の複雑な全図を映し出してみせた。
「おお~、こんな感じになってるんだねぇ」
サケイが頬杖をついてそれを眺めつつ感心の声を上げる。
「この……ちかちか光ってる丸が、今あたしたちのいるところってこと?」
「そう。今はこの大きな広場にいて、私たちは元々南――この地図で言うと下側へと向かっていたのよ」
ふんふんと頷くケープ。じゃあ、これが出口ってこと、と下側に口を開けたオデッセイ南駅への連絡通路を指差した。そうそう、と私は上機嫌で応じる。やはり理解が早いアニマルガールとは、新世代・生き残りを問わず話しやすい。このまま早く駅まで誘導してしまおう。
「だから、今表示されているこのルートを通って向かえば、一番早く出口に着けるってわけ」
「なるほどね、じゃあこの通りに……ん、ちょっと待って」
そこで地図上のある箇所に目を留めた彼女。不思議に思って視線を追っていくと、それはここから北東へ少し進んだ場所にある、ここより少し小さい広場――ダイニング・エリアへと注がれていた。――あ、不味い。
「これって、確かご飯を食べる時に使うやつの模様よね?」
ケープは興味津々といった感じで地図上に載ったナイフとフォークのサインを指差す。
「え、あ、いやこれは多分、多分――そう、オールと
「
「ダイビング用品のことで……えっと、分かりやすく言い換えると――」
「あ、見て見てケープちゃん、博士のところにあったコーヒーカップの印があるよ」
「本当ね、――やっぱりここ、ご飯が食べられるところなんじゃ……」
サケイの指摘で状況が悪化する。非常に嫌な流れだぞ。
「……あ、えっと……私、博士に文字を教わったので、ち、ちょっとだけ読めます……これ、たぶん、”はんばーがー”、ですよね……? お肉を、パンっていうやつで挟んだ食べ物……」
にへらとぎこちない、少し自慢げな笑顔を向けてくるモロクトカゲ。私は引き攣った微笑でそれに答える。これ以上ない援護射撃に私は頭を抱えたくなった。というか、一体何教えてくれているんだ、何処かの”博士”。
「そう言えば僕たち、まだ朝ご飯食べてなかったんだよね。回収されたとは言え、もしかしたらなんか残ってるかもしれないし、試しにそこのダイニング・エリアに寄ってから駅の方に向かおうか。あおちゃんもお腹空いてたよね?」
私は止めを刺したクロウタドリの方をきっと睨め付ける。彼女は私の険しい形相にびくりと体を跳ねさせた。
「なんだよ、あおちゃんマジで顔怖いよ……腹減りすぎた?」
肩をがっくりと落とした私は、諦めて期待に目を光らせている三人を眺めまわして呟いた。
「……じゃあ、ここに行きましょう。至高の御馳走、探してるんでしょ?」
やったぁと、歓声というか、快哉を叫ぶ三人を前に、兎角世は常に儘ならぬものだと骨身に沁みて感じる私であった。
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