As I trace the shines, So shall you ②
隣の車両で再び隊服に着替えた私は、貫通扉を跨いで二人がいる一両目へと戻ってきた。
「これでいいの?」
私が着た隊服は先の撮影中で着用したものとほぼ同じだったが、それに加えて今回は鮮やかな羽根飾りが付いたサファリハットを被らされた。則ち、クロウタドリが以前扮していた探検隊隊長の格好である。
「いいね、似合ってるよ」
「うん、ばっちり」
クロウタドリに続いて隣の少女が言う。彼女はサムズアップした拳さえこちらに突き出していた。私は思わず溜息を吐く。
「似合ってるかどうかはどうでもいいから……早くその権限認証とやらを終わらせましょう」
ラッキービーストの前に立つ私。間も無く彼は両眼を発光させ、私の全身像の
「……これ、隊長の格好をすれば私じゃなくても良かったんじゃないの?」
横で嬉々として私が認証を受ける様を眺めるクロウタドリに抱いた疑問をぶつけた。視界の端で彼女がかぶりを振るのが見える。
「ダメダメ。これはあおちゃんじゃないと務まらないの」
「なんでよ」
「ラッキービーストはね、基本的にプラズムの有無でヒトかフレンズかを見分けているんだ。鳥のアニマルガールであれば、プラズムとは翼や尾羽のことだね。つまり、それらを備えない者でなければ権限を行使できるヒトとして見做されないってわけ」
彼女の説明は正鵠を射ていた。確かにそれならば、この中で権限認証を完遂できるのは私しかいないだろう。……ただそれにしても、何か不条理を強いられている気がしてならないのだが。
暫くして、制帽を被った彼の両目の発光が止み、代わりに再び腹部のディスプレイが点灯した。
《認証が完了しました。ジャパリパーク保安調査隊の隊長資格保有者であることを確認。園内情報アクセス管理規定3条1項3号および機構規則55条1項柱書に基づき、セキュリティ・クリアランスⅢ度以下にあたる情報・システムへのアクセス権限が付与されています。当該操作デバイスの各システムへの接続および情報の閲覧を行うには引き続きディスプレイの操作を行ってください》
私はしゃがんでディスプレイを覗き込んだ。その周縁には操作を行えるキーが幾つか並んでおり、中央には『LBシステムへの接続』と書かれたキーがあった。
「真ん中のやつを押してみて」
どれを押すべきか迷っていた私に、横からクロウタドリの指示が飛んでくる。言われた通りに中央のキーを選択すると、間も無くしてシステムへの接続画面へと遷移した。中心でリングカーソルが数秒の間くるくると回転したのち、接続が完了した旨を伝えるメッセージが表示された。
これでようやく彼とコミュニケーションが取れるようになるのか――そうぼんやり考えつつラッキービーストを眺めていたのだが、不意にその大きな両耳が赤く明滅し、同時にけたたましい警報めいたビープ音を鳴り響かせたので、驚きで腰を抜かしそうになってしまう。
《現在、パーク内に警戒レベル5相当の緊急警報が発令されています。職員は直ちに直属の監督者の指示に従い、来園者とアニマルガールの保護に当たって下さい。監督者と連絡が取れない場合は、非常用内線を用いて管理センターから指示を仰いで下さい。また、特定未詳生物および災害に直面した際には、身の安全を優先すること。繰り返します――》
密閉された車内に反響する鼓膜が張り裂けそうなほど煩いビープ音に、私と少女は思わず耳を塞いだ。クロウタドリがディスプレイを操作すると警報音は鳴りやんだが、依然として大きな声量で彼は同じ文言を繰り返している。
「ちょっと、どういうことなの」
私は鳴り響くアナウンスに搔き消されないように出来るだけ声を張り上げて彼女に訊く。
「異変時に発令された警報が取り消されてないみたいだ」
彼女も負けじと大声で返す。
「ちょっと……貸して」
「え?」
「耳貸して!」
私はクロウタドリの方へと頭を傾けた。すかさず彼女は耳打ちをする。私は言われた通りのことを、未だに喚いているラッキービーストに伝えた。
「ラッキービースト、聞いて!」
私の声を受けて、彼はアナウンスを中断し、こちらを見上げる。
「緊急事態なの。あなたにお願いしたいことがあって」
《――なにかな》
先程のアナウンスとは打って変わって、彼は至ってフランクな口調でそう返した。どうやら自律的なモードに切り替わったらしい。
「……逃げ遅れた二人のアニマルガールを見つけたわ。要救助者よ。避難の為にモノレールを動かして、パーク・セントラルまで連れて行って欲しいの」
彼は私の言葉を受けて、円形ディスプレイを数度明滅させ、そして応えた。
《最寄りの指定避難所はゴコク第2シェルターです。そちらの方が安全に避難できるんじゃないかな》
私は眉を顰める。なるほどそう来たか。しかし、中央の方へ進めなくては駄目なのだ。少し考えた上で、こう返した。
「いや、それじゃ駄目なの。一人が酷く怪我していて、ゴコクのシェルターじゃ処置がままならないわ。中央の病院で治療を行う必要があるの」
ラッキービーストは再びディスプレイを明滅させる。少しの間熟考している様子だった彼はやがて顔を上げると、こう告げた。
《分かったよ。要救助者の移送のため、ジャパリライン自動旅客輸送統括システムへの接続を行います。なお、輸送指令から接続申請が拒絶されたり、応答が無かったりした場合には、自動でこのプロセスを終了します》
私たちは固唾を飲んでその様子を見守った。これで駄目なら、パーク・セントラルまで再び徒歩で歩き通さなくてはならなくなる。初めはそうなることを覚悟していたが、一度希望が見えてしまうと、その事態は出来るだけ避けたいという思いが湧いてきていた。
暫くして、軽めのビープ音が鳴り響く。その不穏な響きに、私は嫌な予感がした。
《輸送指令からの応答が確認されなかったため、接続が中止されました》
――やはりか。予感が的中した私は、溜息を吐きつつがっくりと肩を落とした。変に期待してしまったせいで、こうなってしまった時の落胆が半端ではない。私は徐に被っていたサファリハットを脱ぎ、小脇に抱えた。
「……という訳で、着替えてくるわ」
「ちょっと待って」
振り返ってクロウタドリの方を見る。彼女はラッキービーストを見つめたまま神妙な顔つきをしていた。
「まだ何かあるの?」
私は投げ遣りに訊く。
「もう一つだけ試させてくれ。それで駄目だったら諦めるから」彼女はこちらを見上げて言った。「お願い」
再び深い溜息を吐いた私は帽子を被り直し、再びラッキービーストの前に立った。
「それで、今度は何をすればいいの」
「えっとね」
次に言うべきことを伝えてくる彼女。その内容に、私は小首を傾げる。
「それで何かが変わるの」
「いいから、訊いてみて」
腑に落ちないまま私は目の前の青い機体に向き合った。彼は依然としてこちらにつぶらな瞳を差し向けている。
「ラッキービースト。もう一つお願いしたいことがあるんだけど」
《なにかな》
「……もう一度モノレールを動かすためのシステムに接続してみて欲しいの。ただ、今回はパーク・セントラルの管理センターから承認を貰う形で」
《――了解。中央管理センターを仲介して接続申請を行うよ》
彼はそう言って、先程と同じ様に通信を開始した。管理センター――パークの営業時には園内のあらゆる事務を包括的に所掌していた施設だが、言うまでもなく現在は放棄されている。自動的に応答してくれる先のシステムへの接続で駄目だったのなら、こちらで成功するとはとても思えなかった。
どれくらい経っただろうか。ディスプレイの中で回転するリングカーソルを目で追うのにも飽きが来て目を離そうとした時に、今度は先程とは異なった明るめのトーンでビープ音が鳴り響いた。
《管理センターによる承認を確認。只今よりジャパリライン自動旅客輸送統括システムへの接続を行います。暫くお待ちください》
ラッキービーストの言葉に、私は驚く。
あり得ない――だって、管理センターからの承認は自動で行われるわけではない。本来そこに詰めている職員により行われるものであるはずだ。ヒトが退去したこのパークにおいてそれは、最も起こり得るはずのないことであった。
――まさか、中央にはまだヒトが……?
私の思考は不意に襲った揺れで遮られる。窓の外を見ると、景色が流れ始めていた。どうやら車両が動き出したらしい。車体と軌条が擦れる耳障りな音と共に、列車は操車場を抜け、本線に向けてゆっくりと走っていく。遠くの方で日を照り返す転轍機がぎこちなく動く様子が見て取れた。
《システムへの接続に成功しました。有事につき、只今より当列車はデマンド運行にて走行いたします。ご利用のお客様は、発車前に先頭車両の車掌まで降車駅をお申し付けください》
ラッキービーストのアナウンスがあって間もなく、列車は先程まで私たちがいた駅へと停車した。全てのドアが自動で開扉すると共に、車内の
《ご乗車になったお客様は、車掌に降車駅をお伝え下さい》
私は背後を振り向く。車両の前方には制帽を被った彼が、腹部のディスプレイを明滅させて立っていた。どうやら引き続き車掌としての役割を果たしてくれるようである。
「僕たちとも喋ってくれるのかな?」
クロウタドリが腰を屈めて彼に訊く。その声に顔を軽く上げて、彼は砕けた口調で応じた。
《出来るよ。非常事態だからね》
「そりゃ結構。パーク・セントラルまで行ける?」
《ジャパリライン環状線は運輸管轄外になるから、乗換駅があるオデッセイ中央駅までの運行になるけど、それでもいいかな》
「なら、それでお願いしようかな」
了解、とラッキービーストが軽やかに応答すると、間を置かずしてホームに発車メロディーが鳴り始める。テーマパークにありがちな陽気で壮大なメロディーだったが、全てが退廃しているだけにそれも空しく響くだけだ。チャイムと共にドアが閉扉し、やがて車両は鈍重なモーター音を唸らせながらゆっくりと走り出した。
「そう言えば、まだ名前聞いてなかったね」
駅を発ってから少しして、クロウタドリが横に座っていた少女に言った。流れる車窓をぼんやりと眺めていた彼女は、徐にこちらを振り向くと、尚も間延びした口調でこう返す。
「わたしははいいろぽっぽ」
「はいいろぽっぽ?」
「うん」
彼女はぴこぴこと両翼を動かしつつ頷く。聞いたことのない名前だが……冗談で言っているのかと思って顔を伺ったが、無表情のままなので判別がつかない。
「『ぽっぽ』ってことは、ハトの子かな?」
クロウタドリが顎に手を当てつつ推論を述べた。
「そうとも言うかも」
彼女は矢庭に人差し指をこちらに突き立てた。
「あかぽっぽちゃんは頭が赤いからみんなからあかぽっぽって呼ばれてる。そしてみんなかららぶらぶ、もてもて。でもわたしは仲間なのに誰もあだ名をつけてくれなかった、かなしい」
先に立てられた人差し指の横に、中指が並んだ。
「だから自分でつけたの。頭が灰色だから、はいいろぽっぽ。ぽっぽ2号爆誕。これでみんなからもてもてだし、もう誰にも忘れられないと思うの」
自慢げに胸を張る彼女に、なるほどなるほど、と相槌を打つクロウタドリ。……あれ、もしかして全く理解できていないのは私だけか?
「それじゃ、はいいろぽっぽちゃんって呼べばいいのかな?」
「ううん、なんか長いからぽっぽちゃんでいいよ」
そこは省いちゃっていいのか……。
「ぽっぽちゃんは付いてきて良かったの? 僕たちはこのまま大分遠い所まで行っちゃうけど」
「うん、大丈夫。これが動いてるの見たの、久しぶりでわくわくしたから付いてきちゃった」
「久しぶりって……どれくらい前に見たの?」
彼女の言葉に引っ掛かりを覚えて、私はそう訊ねる。
「まだみんながいたころだよ」
「みんな? アニマルガール──いや、フレンズのことかしら」
「フレンズだけじゃない。ヒトがいたころ」
「えっ。じゃああなたも生き残りなの」
「イキノコリ? よく分からない」
彼女はそう言って首を傾げた。私に差し向けられる純粋そのものの瞳。加えて、出会った時から目にするそのあどけない仕草。ヒトの存在を知っているとは言え、とても例の異変を生き残ったアニマルガールには思えなかった。
「ま、生き残りか新世代かは今は置いといてさ。折角の機会だし色々お話ししようよ」
クロウタドリの言葉に頷くぽっぽ。彼女はその場に矢庭に立ち上がると、吊り革につかまって身体をぶらつかせた。
「わたしもあなたたちのこと気になってた」彼女は私たちを交互に見据えて続ける。「二人のきらきらがどこから来てるのか、知りたい」
《間も無く、ゴコク中央森林駅を通過します。次は、ナリモン海峡大橋西詰、ナリモン海峡大橋西詰。降車される方は車掌までお申し付けください》
車内に自動音声が響いた。鬱蒼とした濃緑の針葉樹林を抱える山地に沿って軌条の上を滑るように進んでいく三羽と一体を乗せた列車は、間も無くパーク・セントラルのある本島へと差し掛かりつつあるのだった。
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