Another show girl off the stage ④

 書棚の一番下に置かれていた大量の段ボール箱をごそごそと漁るマーゲイを、私は後ろから眺めていた。彼女はその中に入っている別のビデオカメラやDVDケースなどを取り出しては周りの床へと積み重ねていく。

「これ……はアクシマフェスティバルで頒布したやつね。これも違うし……こっちは加帕里ジャパリ夜市で撮ったやつ。……はあ、なんでよりにもよってなんか見たがるのよ」

 彼女は愚痴を零しつつも、二つ目の箱を開けて捜索を続ける。

「私も手伝うわよ」

「だからマジで大丈夫! ってかあんま見られたくないのよ、こん中。黒歴史の塊だから、ザ・ボックス・オブ・ダーク・エラだから」

「どういうことなのよ……」

 困惑する私を尻目に、彼女は三箱目に手を伸ばす。それから暫く経って、あ、と軽く声を上げた。見ると、彼女は何個目かもわからない段ボール箱の中を急いで掻き分けており、最終的に取り出した十枚ちょっとのDVDケースの山をこちらに掲げてみせた。

「あったわ」


 卓上に置かれたDVDケースたち。私はその一つを取り上げて、矯めつ眇めつする。

 どれも本格的なパッケージングがされており、背後の作品説明や細かいクレジット、おまけに記載されたバーコードといい、実際の商品と比較しても遜色のない外見をしていた。特にこのバーコード――本当に読み込めるのだろうか。気になってそこを凝視していた私に、マーゲイが話しかける。

「ああ、それ? ちゃんと本物のやつよ」

「本当に商品として販売したってこと?」

「いや、ISDNって言って、国際標準の同人グッズ用バーコードなの。当時ゴコクで開催されていた芸術祭で頒布したやつなんだけど、折角形にした初めての作品だから、変に張り切っちゃってそういうやつまで取得しちゃったのよね。というか、全体的に拘り過ぎて、今見るとかなりこっ恥ずかしい出来なのよ、見た目の割に脚本とか撮影方法もド下手くそだし、マジで黒歴史よ、黒歴史」


 てか、やっぱり普通に見せたくないわね、と恥ずかしさからか頬を若干紅潮させつつ言う彼女。

「……ねぇ、どうしてこれを? 観たところで絶対がっかりするわよ」

 少し間を置いてから、彼女は山の上から一つを持ち上げて訊ねた。その眉間には皺が寄っている。

「率直に聞くけれど」

 私は彼女の双眸を見据えて言う。その言葉にヘーゼルの光がこちらを照らした。普段は婉曲的な聞き方をする私だが、今この場では、きっとそれは適さない。


「あなた、今映画を撮っていて、本当に楽しい?」


 彼女ははっとした表情を浮かべたのち、それを隠すかのようにさっと顔を伏せた。やはり図星か。私は言葉を続ける。

「私は創作活動なんてやったことないから、作品作りをする上での良し悪しとかはよく分からない。本は色々読んできたつもりだけど、それも惰性で取り組んできたことだったし、ちゃんとした批評も出来ないわ。それでも、見せてもらった作品と、ビデオカメラの映像とを見比べて、違和感を感じ取ることは出来た」

 そして、もう一押し。

「だから、その違和感が具体的になんなのか確かめるために、あなたの創作のルーツ――最初の作品を観てみたいの」

 マーゲイは顔を伏せたまま暫く押し黙っていたが、やがてゆっくりと面を上げると、少し目を逸らしたのち、口を開いた。

「分かったわ。でも、小さめなDVDプレイヤーで勘弁して」



***



 マーゲイが別の段ボール箱から取り出した年季の入ったプレイヤーを卓上に置き、その中にDVDをセットする。読み込みに少しの時間がかかったのち、画面上にはメニュー画面が表示された。どうせ30分も無いのにこんなもん作っちゃって、とぼやきながら、彼女はリモコンを操作し、『本編を再生』のボタンを押す。

 間も無くして始まった映像の中には、遠くから望遠で撮影したらしい、洋上に浮かぶ一隻の帆船が映っていた。カメラは更にズームしていき、やがて甲板に立つ一人のアニマルガールを中央に捉えたところで、彼女を背後から映した別の映像へとフェイド・インする。続いてのカットで甲板上で仁王立ちになった彼女の全貌が明らかとなった。

「彼女が今作主演のサーバル。セルリアンから奪い返した台本はボロボロになっていたし、輝きを奪われていた当時の私は創作意欲が減退していたから、もともと制作を断念する予定だったんだけど、この子が発破をかけてくれたおかげで作品を完成させられたのよ」

 マーゲイがそう説明する。彼女はどこか遠い目をしていた。

 画面の中のサーバルと呼ばれた彼女は、目の前の甲板にずらりと並んだ船員たちに高らかに呼び掛ける。彼女の弁を聞いている限り、どうやら大海賊の娘の役を演じているらしい。頭領にあたる父親が病に倒れ、穴の開いた統率役に自分が就くことになったのだ、と述べる彼女に対して、船員の間からどよめきが上がる。その多くが不信の感を露わにしており、明らかに本人に聞こえる声で不満の声を洩らす者さえいた。蔓延するそんな疑念を吹き飛ばすかのように、娘は矢庭に哄笑をあげた。

『なるほどなぁ! 手前共の気持ちもよく分かるが、心配には及ばない。あたしが必ずや、父さんに代わってを見つけ出してやるわよっ!』

 目の前の船員たちはその凄まじい胆力に魅せられたのか、不信の声を上げるものはすっかりいなくなる。やがてその内の一人が士気を上げるべく威勢よく声を張り上げ、周りがそれに同調し、船上はすっかり興奮の渦に包まれた。

「サーバルってこの海賊の娘とは大分違った性格をしてるから、ここの演技指導は大分骨が折れたのよね。二十回近くはリテイクしたかも。今ならもっと的確な指示を与えて、半分以下のテイク数で撮れるんだろうけど、当時はフィーリングでやってたところも大きかったし……」

 画面を見ながらぼんやりと呟いていた彼女だったが、はっとした表情になると、私たちの方を振り向いてすまなそうに言う。

「って、こんなに毎回ぼやいてたら集中できないわよね、ごめんなさい」

 謝る彼女に、私は頭を振る。

「いや、気にしないで。続けてもらって構わないわ」

「でも……」

「大丈夫。あなたにお願いしたんだから」

 私の言葉に不思議そうに首を傾げるマーゲイ。まあ、そういうことなら、と言って、彼女は解説を続けた。


「あーここ、構図が微妙ね。ヘッドスペースが広すぎて若干締まりのない絵になってる。頭切って目線の先を広めに確保して王道の割り付けを――いや、ビハインドの部分を広くして不穏な感じを出した方が良いか」

「バカバカ、なにイマジナリーライン割ってんのよ! いや、対話のシーンでこれはマジであり得ないって。あん時の自分を殴ってやりたい」

「うーん、なんで下手側にカラカルを置いちゃったかな。演出意図が謎すぎるわ」

「当時は嵌ってたと思ってたけど、今見るとここでの劇伴のタイミングが微妙ね……」

「いや、SE安っぽ! これ使うくらいなら、フリー音源の方がマシだったわ」


 ツッコミを怒涛のように加えていく彼女を、私は横目で見遣る。

 なるほど――気になるのはなのか。

 彼女の言葉を聞いていく中で、私が先に感じていた違和感の核心が見えてきた気がした。だが今は伝えず、目の前の映画の行く先を見守る。


 映画は佳境へと入る。

 海賊団の目の前に現れる謎の大型船。帆船や蒸気船、その他のどの船にも似つかない外見をしている。一味はその船に接舷し、意気揚々と乗り込んでいく。

 船内へと侵入した一同が会したのは、大量の黒色セルリアンと、それを背後に従える、全身がライムグリーンの少女。体色を除けば主演のサーバルとその外見が酷似していた。

「凄いセットね。それともCGとか?」

 質問する私に、マーゲイは苦笑を浮かべつつ返答する。

「あぁいや……実はこれ全部、ガチのセルリアンなのよ」彼女はリモコンで一時停止させつつ語を継いだ。「撮影中に突然現われてね。もともとパークガイドのミライさんが手配してくれた観光船を使うつもりだったんだけど、よっぽどこっちの方が見栄えが良いからってことで」

「でも、それならどうやって撮影したの? セルリアンは輝きを見つけ次第襲ってくるんじゃ……」

 そこで、不意に脇腹をつつかれる。クロウタドリだった。

「中央にどでかく映ってるのがいるだろ。あれが司令塔だ」彼女は片手を口元に当てつつ続ける。「話には聞いていたけれど、実際にその姿を見られるとはね――あれがちゃんか」

 知ってたのね、と応じるマーゲイ。飲み込めていない私を見て、続けて彼女が説明してくれる。

「セーバルはかつて『女王』の配下にいたセルリアン。女王と同じく、当時はセルリアンを統御する力を備えていたのよ。最終的には彼女自身が自ら輝きを生み出して、女王の呪縛からは解き放たれたんだけどね」

 その説明を聞いて、私は昨日クロウタドリから聞いたことを思い出した。

「もしかして、自らの意思で知性を獲得したヒト型のセルリアンって、彼女のことなの?」

「知性か――そうね、確かに女王から解き放たれた後は他のフレンズ達と変わらない見た目や話しぶりだったし、そうとも言えるかも」

 マーゲイは懐かしむように再び目を細める。

「面白い子だったわね。元がセルリアンだから当然ではあるけど、他のどのフレンズとも違った独特な個性を持っていて。これ以降の映画制作の中でも度々出演してもらっていたわ――本当に、もう会えないのが惜しいわね」

「もう会えないって……やっぱり異変で?」

「いや、彼女はきっと生きている。ただ、多分、二度と会えないでしょうね」


 私が疑問を差し挟む余地もなく、彼女はリモコンを取り上げ、映画を再生した。

 画面の中の瓜二つな彼女たちは、真正面から対峙したまま会話する。どうやら、セーバルは海賊の娘、サーバルのかつての親友であるらしく、今は亡霊に操られて財宝の守護者となってしまっているらしい。説得も空しく、彼女は背後に控えた大量のセルリアンらを操り、こちらにけしかけてくる。

 奮闘の甲斐があり周囲のセルリアンを一掃した一味は、ついに首魁たるセーバルと対決。サーバルとセーバルが互いに鎬を削り合うが、先のセルリアンの制御で体力を消耗していたのか、セーバルは徐々に押されていき、ついに膝をついてしまう。その隙を見逃さず、サーバルは彼女に強烈な一撃を与える。正気に戻った彼女は、サーバルらと和解。しかしながら、その刹那、亡霊たちが差し向けた巨大セルリアンにセーバルが捕食されてしまうのだった。

 過去の友人との邂逅、闇落ちからの和解。そして、一転して陥る窮地。王道な展開ではあるが、私は飽きることなくすっかり見入っていた。ここからの落としどころと言えば、彼女を救い出すハッピーエンドか、救い出せずに幕を閉じるバッドエンドのどちらかだが――。


 私の横で矢庭に溜息を吐くマーゲイ。

 彼女の目の前ではエンドロールが流れていた。彼女は暫くの間をそれを眺めていたが、やがてこちらを振り向くと、少し恨めしそうに私に告げた。

「はあ……あなたがこれを見たがった理由、何となく分かった気がするわ」

 彼女は再び目線をプレイヤーの方へと向け、ぼそりと呟く。

「今の私なら、きっとこんな結末は描けないもの」


 ――巨大セルリアンに取り込まれたセーバル。サーバルらの奮闘によってなんとか助け出されるものの、殆どの輝きを奪いつくされており、今際の際に立っていた。抱きかかえたサーバルの腕の中で、彼女は呟く。『サーバルとセーバルはずっとトモダチ』と。それから間もなくして事切れるセーバル。その様子を見て慟哭するサーバルの声の中、画面は暗転し、エンドロールへと移るのだった。

 紛れもないバッドエンド――悲劇と言える結末であったが、不思議と充足感に満ちる感覚があった。きっとそれは、この作品の中に籠ったによるものだろう。

「確かにあなたの言うように、素人の私でもはっきりと分かるほど演出上の瑕疵はあった。けれど、それ以上に作品を引き立てるエネルギーがあったのよ」

 私は見たばかりの作品を思い返しながらそう言う。素人目でも分かるほどの欠点すら塗り替えるほどの熱量。それに私は釘付けにされていた。

「異変後にあなたが作った作品も確かに素晴らしいわ。でも、正直に言わせてもらえば、少し味気ない印象を覚えた。その印象が際立ったのは、あなたが撮影したあのビデオカメラの映像を見てからのことだった」

 私が彼女に頼み込んで先に見せてもらったあの資料用のビデオカメラの映像。私たちを捉えたあの映像と言い、その他のアニマルガール達を映した映像と言い、どれも私の琴線に触れるような、傑出した出来であった。それなのに、肝心の出来上がった映画自体は少し味気ない。この違和感を基に私が押し量った結論は、こうだ。

「あなたはきっと――何か強い圧力と言うか、強迫観念を抱きつつ作品作りを行ってきたんじゃないかしら。上映中のあなたの呟きを聞いていたけれど、どれも撮影する上での技法に終始していて、作品の脚本には触れる暇がなかった。視聴者に見える外面を完璧にしておかなければ、作品として意味を為さない、と言わんばかりに」

 私の言葉を聞いて黙り込んでいたマーゲイだったが、観念したように数度頷くと、言葉を返した。


「……私は、何もかもが変わってしまったこのパークで生きる新しいフレンズたちに、ただ、映画を見て楽しんでほしかったの」

 エンドロールが終わり静寂が訪れる部屋に、彼女の声が響く。

「知ってる? 映画ってすごいのよ。音楽、文学、絵画、その他数多の技術。ヒトが何千年もかけて生み出してきたものすべてを、一つの媒体の中に込められるの。そしてそれを、難しいこと一切なしに、どんな人々にも伝えることが出来る。アニマルガールになって初めてそれを見たとき、感動したわね。こんな素晴らしいものがこの世にあったんだって。それで、私もそれを作る一人になってみたいって、思った」

 彼女は部屋を見渡す。空間を満たす様々な撮影機器に書物。それらを一つ一つ撫でるように細めた目を向けながら、言葉を継いだ。

「最初はそんな憧れというか、衝動から作品作りを始めたの。そして出来上がったのがこんな処女作。純粋に興味と熱意から練り上げられたようなやつで、技術とかそういうのは二の次だった。それから女学園に通って、大学に進学して、映像分野のことを沢山学んだのよ。もっと熟達して、良いものを作り上げて、世に届けたいと思って。でも――いつからかしらね、作品作りをする上で『完成度』だけを求めるようになったのは」

 彼女は俯きがちになって続ける。

「そういった志向は、多分、異変の後になってから大きくなった。どういうわけか生き残ってしまった私は、何かを為す使命がある。責任がある。そうしなければ、いなくなってしまった数々のヒトやフレンズ達に示しがつかない。そう考えて、これまで以上に映像制作に没頭するようになったの。とにかく何かを作って、それで誰かを喜ばせることが出来たら、失われるはずだった輝きだって残っていくはずだって、そう信じて」

 でも、とマーゲイは呟く。それでこんな有様じゃ世話無いわよね、と自嘲気味に言って憂いを帯びた笑みを浮かべた。

「結局異変後に作り上げたのはさっき見せた二作だけ。……たった二作よ、この20年で。自分だってどこかで分かっていた、何かが違う、何かがおかしいって。でも、どうすればいいのか分からなかった。取り敢えず教則本に従って、セオリー通りにきちんとしたものを作っていればいい作品が出来ると思って作り続けるほどどつぼに嵌って。技術が伴っていない昔の作品なんて、拙くて恥ずかしくてずっと見返してこなかった。そこに、この長いスランプから抜け出すヒントがあるとも知らずに」

 彼女は卓上に置かれたDVDケースを取り上げる。それを今度は、愛おしそうに矯めつ眇めつした。

「――そうよね、こういうのでもいいのよね。拙くたって覇道だって、自分の興味や嗜癖に素直に作れば、響くものがある。創作活動は、正しいものを作るんじゃなくて、楽しいものを作るのが本当だもの」


 彼女は矢庭に立ち上がると、気合を入れるかのように数度自らの頬を強かに打ち叩いた。そして、誰も居ない虚空に向かって指を突き立てる。

「おっしゃ、ようやく目が覚めたわ! こうなったら性癖塗れのエグいやつ作ってやるわよ。マジでやってやるわ、オタク舐めんなよ」

「いや誰も舐めてないと思うけど……」

 私は立ち上がって謎の宣言をする彼女を見上げて困惑する。まあ創作意欲が湧いてきたなら何よりだが。

「なんならこれから撮りに行くわよ。あなたたちも来なさい」

「え」

「当然でしょ、人の創作欲をいたずらに掻き立てといてここからはノータッチです~は通用しないわよ」

 マーゲイは座って呆けていた私の腕をがっしりと掴むと、私を無理矢理立ち上がらせた。ああ、もう、どうしてアニマルガールは誰も彼も剛力なのか……。

「実はもうシナリオは湧いてきてるのよ。細かいところは撮りながら詰めていくわ。あなたはヒロインね――丁度いい衣装があるから今から着せるわ」

「いやまだやるって一言も」

「だぁから拒否権ないって言ったじゃないの」


 ぐいと腕を引かれて部屋から連れ出されそうになる私。振り返ってクロウタドリに助けを求めようとするが、にやつきながらこちらを眺める彼女の表情を見て、逃げ出すことは叶わないと一瞬で悟るのであった。


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