Another show girl off the stage ②

「へっぶしッ!」


 拠点の中へと戻ってずぶ濡れになった服を脱いでいた彼女が豪快なくしゃみをかます。私は彼女が脱いだ衣服を片端からハンガーに掛けて開け放った引き戸の側へ干していた。ゴンドウたちの服は海から上がって直ぐに乾いていたが、あれはやはり海獣のアニマルガールの衣服故の特長だったらしい。

「これで全部?」

「待って、あとも」

 彼女は掛けていた黒縁の眼鏡を外しながら言う。

「ちょっ、裸になるつもりなの?」

「なに、文句あるの?」彼女は私をじっとりと睨め付けた。「下着が濡れたままじゃ気持ち悪いでしょ」

 彼女は私の制止も聞かぬまま背後に手を回し、ホックを外し始める。次いで下げられるパンツ。私はそれらを受け取ったのち、クリップ付きのハンガーに吊るした。というか、ブラジャーとパンツ──下着の名前を彼女は知っていたな。おまけに、彼女が握っていたカメラ。やはり同じ生き残りということだろうか。彼女の指示を受けて奥の部屋の箪笥を探すと大きめのバスタオルを見つけたため、それを手渡した。

「ここ、あなたの家なの?」

「家じゃないわ、撮影拠点、言い換えればスタジオね」

 バスタオルを体に巻きつけつつそう話す彼女。

「じゃ、これは撮影機材ってわけだ」

 卓上に置かれたビデオカメラを弄っていたクロウタドリが口を挟む。

「ちょっと、触るのはいいけど壊さないでよ。もう替えが効かないんだから」

「分かってるって。というか、一応これは押収品なんだぜ。君の盗撮の容疑を取り調べるためのさ。そして君は被疑者」

「も〜、だからちょっと資料用に撮っただけじゃないの」

 ごねる彼女などお構いなしにクロウタドリはカメラのギャラリーを開き、過去の映像を再生していく。最初に表示されたのは先の私たちのやりとりで、クロウタドリに誰何され画面が大きくぶれたところで撮影が終わっていた。その他にも、パーク内の各所やアニマルガールらを映した映像が並んでいた。どれもただ映しただけというよりは、画角や光量、そしてパンニングの手法なども本格的なもので、素人が撮影するそれとはかけ離れていることが私にも分かった。

「上手いね。これ、全部君が撮ったやつなの?」

「そうよ。まあ、それは資料やインサートに使う映像専用のやつだけど」

 彼女は胸を張る。カメラを使い分けているなんて、ますます本格的だ。

「よし、証拠資料も口頭証言も出揃ったわけだし、そろそろ被疑者の名前をちゃんと聞いておこうか」

「だから被疑者じゃ無いっての……」

 彼女は溜息を吐いてそう言うと、こちらに正面を向けて話し始める。


「私はマーゲイ。今は映像作品を中心とした創作活動をやっているわ。あなた達に会ったのは丁度撮影の帰りだったの」


 マーゲイと名乗る彼女は、背後から伸びる長いストライプの尻尾を揺らしつつ自己紹介した。

「なるほど、映像作品をね。それで、僕たちを全身びしょ濡れにしてまで隠し撮りしたのはどうしてだったの?」

「どうして、ですって? ――そんなの愚問よ」

 彼女はそう言うと、口元に不敵な笑みを浮かべて、言葉を継ぐ。


「……雨の中に佇む二人のフレンズ。片方は僕っ子のボーイッシュガールで、もう片方は長身の美少女。後者が心配そうに手を取って二言三言交わすうちに雨が上がる。差し込む眩い日差しの中、未だに憂悶の陰を浮かべた黒服の彼女を、長身の彼女が優しく抱き寄せ、そのままお互いの端正な顔が近づいてゆく……そんなロマンティックでエロティックでディケイデントで激アツなカット、どこの馬鹿が撮り逃すっていうのよッ!」


「途中で謎の世界線に飛んだな」

 クロウタドリが苦笑いを浮かべつつ突っ込む。そんな彼女の言葉を尻目に、一時的な悦に浸っていたマーゲイは一転がくりと肩を落とした。

「それが、蓋を開けてみれば二人とも世俗に塗れた生き残りのフレンズだったなんて……私はピュアな新世代カップルの甘いアバンチュールを期待していたのに……」

「俗っぽくて悪かったわね」

 たまらず私も口を挟む。勝手に期待された挙句知らないうちに失望されるとは、なかなかの屈辱である。

「……まあいいわ、ロマンスを作るときに使えそうなインスピレーションは湧いたし」切り替えが早いのか、ぱっと彼女はこちらに向き直って言う。「それに、丁度一作ボツになったから次回作のアイデアが欲しかったのよね」

「何を作ってたの?」

 私は素朴な疑問を彼女にぶつけた。

「所謂フェイクドキュメンタリー……まあ、モキュメンタリーとも言うわね、そういうのを作ってたのよ。こうやって実際のパークの地図上に撮影地をプロットして、各所で繰り広げられる現実味のある別々の物語が、最後には一つの結末へと収斂する……予定だったんだけど、まあこれが難しいのなんの」

 マーゲイは近くにあったテーブルの卓上に目を向けつつ、肩を竦めた。それは、私が今朝クロウタドリを探す際に暗闇の中で目にしたものだった。なるほど、あれはロケ地マップのようなものだったのか。

「どこまで出来ていたの?」

「脚本作って、スケジュール調整して、大方の配役は決めて、ロケハンも済ませて……後は撮影と編集、音響、簡単なVFX使うならコンポジット作業とかもすれば完成ってところまでは」

「そこまで出来ているのなら、一旦撮影してから考えてもよかったんじゃない?」

「簡単に言ってくれるわね……撮影自体にも、撮影した映像を一つの作品にするのにも、えげつない労力がかかるのよ。それに、いざ撮影するとなったら出演してくれるフレンズが実際にいるわけだから、気に入らないからボツです、って訳にはいかないでしょ」

 彼女は嘆息すると、これだから素人は、と言わんばかりの視線を向けてくる。

「大方の道筋は見えていたけど、各所でそれぞれの物語を展開しようとするとキャストの数がかなりのものになってしまうし、結末に向けて物語を動かそうとすると、どうしても出演陣の時間的拘束が長くなってしまう。――私の作品は、キャスト第一だから。誰かに過度な負担を強いるような作品作りはしたくないのよ」

 だから今回は残念ながらボツ、と彼女は言って、ピンを回収した後にテーブルに載っていた地図を折りたたんだ。それからクロウタドリが座っている別の卓の方へと歩いていくと、その上に置かれていたビデオカメラを手に取る。少しの間矯めつ眇めつして問題ないことを確認すると、こちらへと振り向いた。

「私はこれから自分の家に戻るけれど、良ければあなたたちも来てみる?」

「家ってのは何処にあるんだい?」

「アンイン地方よ。ここから車で北進して30分くらいの場所ね」

「車で? 車、持ってるの?」

「そうよ。わざわざここの拠点に戻ってきたのも、駐車していた車に乗るため」

 彼女はそう言って、親指で元来た側とは逆――すなわち、線路が敷設されている側の拠点の外を指してみせた。


 服を着たマーゲイと一緒に線路を跨ぎ暫く歩いていくと、恐らくかつては職員用の駐車場として用いられていたであろう雑草が繁茂したアスファルト敷きの平坦なスペースに、一台の青い車が停車していた。車体の側面にはでかでかとパークのロゴが印字されており、幌で覆われた車内にはアイボリー色の二人掛けシートが三列に配置されている。その外見から推し量るに、恐らく異変前にスタッフが用いる営業車として用いられていたものだろう。シートの最後列には三脚やジンバル等の撮影機器がぎっしりと満載されていた。

「丁度真ん中の席が空いてるし、乗りたかったら乗っていいわよ」

 マーゲイは言いつつ、ドアを開けて運転席へと乗り込んだ。私はクロウタドリの方へと一瞥をくれる。

「どうするの?」

「どうするも何も、僕らが進むのはゴコク地方の南側だろう。アンイン地方に行ったらかなりの寄り道になるぜ」

 まあ、と彼女は前置いて、私の顔を見遣った。

「あおちゃんが決めていいよ。僕は別に寄り道嫌いじゃないし。どっちかっていうと、効率主義的な君の方が気にするところなんじゃないのかい」

 私は悩む。彼女の言う通り、アンイン地方を経由して北側から南進するとなると、元々決めていたルートよりかなり遠回りとなる。そもそも、クロウタドリを説得してまで南側を通ると決めたのは私だった。ならば、ここは断るべきではないか。


 ――旅の途中でさ、沢山のフレンズとお話ししなよ。


 不意に過るジャコウジカの言葉。

 自分の香りは自分じゃ気付けない。誰かと話をして、自分のことを打ち明けることで、いつか回り回って自分のことが分かる日がやって来ると、彼女はそう言っていた。


「マーゲイ」

「なに?」

「あなたの家に、今日泊めてもらうことってできる?」

 私の唐突な問いに彼女は数度目をしばたたいたが、間も無く返答した。

「もともと沢山のフレンズが寝泊まりしていた場所だし、それくらいのスペースはあるわよ」

 その返答を受けて私は少し考えたのち、車の方へと歩み寄り、中央の座席に乗り込んだ。間も無くして、クロウタドリも私の隣に座る。それを同伴の意思表示と受け取ったのか、マーゲイはスターターボタンを押し込む。間を置かず、私たちの真下からエンジンの始動音が鳴り響いた。



***



 山麓に敷かれた片道一車線の林道を、私たちを乗せた青の車が走り抜けていく。時折落石や大きな落枝が私たちの行く手を阻んだが、彼女はスムーズなステアリングでそれを避けてゆくのだった。

「今更だけど、免許は持ってるの?」

 私はハンドルを握る彼女に話し掛ける。

「失礼ね、ちゃんと異変前にリウキウでの合宿免許で取得済みよ。――まあ、当然更新期限は過ぎてるんだけど」

 彼女は頭上のサンバイザーを下げると、そこに収納されていたらしい免許証を取り出し、背後に回した。受け取って見てみると、確かにそこには彼女の証明写真と、異変直後にあたる更新期限が記されていた。

「本格的に映像制作を始めるとなると、何かと遠出するときの足が必要でね。こんな無駄に広いパーク、馬鹿真面目に歩くよりヒトの利器を使ってナンボでしょ」

 そう言って、彼女は緩やかなカーブに沿ってハンドルを軽く傾ける。それから暫く進んでいくと木立が開け、広い海峡を跨ぐ斜張橋が姿を現した。橋の先には、ゴコク地方と同じくなだらかな山地を抱えるアンイン地方が横たわっていた。マーゲイが中央のコンソールの中にあるスイッチを操作すると、僅かに間が空いたのち、頭上に掛かっていた幌が開いてゆき、背後のトランクの手前に格納された。私たちの上には、点々と積雲が浮かぶ雨上がりの晴れ空が拡がっていた。

「で、あなたたちはなんで警備隊の拠点なんかに居たのよ?」彼女は続けてコンソール内のデッキを操作しつつ私たちに問い掛けた。間も無くして車内にポップな音楽が流れ始める。これは――PPPの曲か。先日ハネジロたちと視聴したライブのセットリストの中に入っていた覚えがある。

「そりゃ、雨宿りの為だよ」

 視線を橋の外に向けたままクロウタドリが応えた。

「そんなこと分かってるわよ。そうじゃなくて、なんで他の地方からここに来たのかってこと」

「他の地方から来たって、もう話したかしら」

「いや。でも、それくらいは分かるわ、この辺りを拠点にしてかれこれ20年近くキャスティングの為に新世代・生き残り問わず交流しているし。生き残りのフレンズなんてもともと滅茶苦茶少ないし、そんな中で知らない顔があったなら自ずとそう推し量れるって訳」

 合点して私は頷く。それもそうか。私は彼女に旅の目的と、これまでの旅程を話した。

「へえ、弔いの旅ね」今度はマーゲイの方が納得したように頷いた。「って言うか、あのジャイアントペンギンに会ったの?」

「ええ、まあ、成り行きで」

「成り行きで会って、よくあのフレンズを改心させられたわね」彼女は目を丸くしたままちらとこちらを見た。「あのステージの中で暮らしているのは何となく知っていたけど、すっかり塞ぎ込んでるって有名な話だったのよ――もうかつての敏腕プロデューサーとしての面影は一切ないって感じで。……それが、まさか、またアイドルを作るだなんてね」

 彼女は感慨深げにそう言う。

「今流している曲からも分かると思うけれど、かく言う私もフリッパーの一人でね。運良くPPP結成のライブにも立ち会えたのよ。マジであれは最高だったわね……あれ程ではないにしろ、この変わり果てたパークでもまたライブが見れるかもしれないのね。――あなたたち、本当によくやってくれたわ」

 私は苦笑いを浮かべた。その偉業が横で暢気に外を眺めているアニマルガールによるラジカルなアプローチによるものだということは、言わない方がいいだろうか。

 海峡を渡り終え、車は再び深い木立の中を進んでいく。薫る緑の匂い。吹き過ぎる心地良い風。段々と瞼が重くなってくる。今朝は悪夢に苛まれて、十分な睡眠がとれていなかった。私はシートの縁に頭を預け、到着まで少し仮眠をとることにした。



***



 ――身体が軽く揺さぶられて、私は瞼を上げる。あおちゃん、着いたよ、と横でクロウタドリが言う。シートに深く座り込んでいた私は、体勢を起こしてぐるりを見渡した。

 常緑針葉樹に囲まれた閑静な平野。少し離れた所には小さな湖があって、そこにせり出すように木製の桟橋が架かっていた。そして一際目を引くのは、その湖畔に佇む一軒の三階建て木造建築物。明るい橙の屋根の頂部には獣の耳を模した構造物が付帯しており、その直下にあるファサードには緩やかな丸太階段が続いている。周囲には、朽ちたアスレチック類と、幹に侵食され最早用を為さなくなったツリーハウスが並んでいた。

 ここ――見たことがある。本の中でだったか、テレビの中でだったか、それとも他の何かを介してか――思い出せないけれど、やけに脳裏に強く焼き付いている光景だった。

 エンジンを切ったマーゲイが車外へと出て、こちらを振り返る。シートに座り込んだまま呆けている私に、彼女は告げた。


「ようこそ、私の住処兼メインスタジオ――調へ」


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