亜貴子ちゃん

伴美砂都

亜貴子ちゃん

 十月のおわり、地元の駅で、亜貴子ちゃんに会った。


 大学で五限まで授業を受けて帰ると、最寄り駅に着くころにはもう真っ暗になる。運良く座れた電車でつい眠ってしまい、まだぼんやりとした頭でホームへ降りた。

 階段をのぼる後ろから、すみません、すみません、と言う声が聞こえて、人波をかき分けるようにして走ってきたのが亜貴子ちゃんだった。

 向かいのホームには、乗ってきた下り列車とすれ違う上り列車が停車している。亜貴子ちゃんは、たぶんひとつ前の駅で降りなければいけないのを乗り過ごしてしまって、停まっている上り列車に乗り直すために急いでいた。


 亜貴子ちゃんとは中二のときクラスが一緒だった。

 亜貴子ちゃんは丸顔で少しぽっちゃりしていたけどスポーツが得意で、字もとてもきれいだった。そして、とてもいい子だった。ニコニコしながら、誰かに何かしてもらったときは、ありがとう、と何度も言い、少しでも迷惑をかけてしまったようなときは、ごめんね、ごめんね、と何度も言った。

 私のように「暗い」と言われて、一緒にいるとクラス内でのランクが下がってしまうとされている人にも同じように言ってくれたことから、私は亜貴子ちゃんに少し親しみを抱いていた。


 そんなある日、亜貴子ちゃんが「ハブ」にされた。中二のときのクラスは、入れ替わり立ち代わり、だれかが「ハブ」にされるクラスだった。これまで亜貴子ちゃんと仲が良かったグループの子たちが、「亜貴子っていい子すぎて逆に嫌だよね」と言っているのが聞こえた。


 休み時間、席に座っていた私の目の前を、亜貴子ちゃんが通った。

 そのとき亜貴子ちゃんが、「どうしよう」、と言った。休み時間を一人で過ごすというのは、あのころの彼女たちにとっては、拷問に近い辱めだった。私にとってもそうだったが、私は、すでにいつも一人だった。


 その声に顔を上げた私と目が合うと、亜貴子ちゃんは、ヒッと息を呑み、そして、すぐに立ち去った。



 「亜貴子ちゃん」


 呼ぶと、亜貴子ちゃんは私を追い越したところで立ち止まり振り向いた。

 一度目が合ったが、亜貴子ちゃんは気付かず、しばしきょときょとと辺りを見回し、そして、はっと我に帰ったように、すみません、すみません、と言いながら、上り列車を目指してまた走り出した。


 亜貴子ちゃんの、すみません、は、あのころニコニコしながら言っていたありがとうやごめんねよりずっと投げやりなようでいて、同じようにも聞こえた。

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亜貴子ちゃん 伴美砂都 @misatovan

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