第2話 マネージャーのおしごと!
写真を撮ったあの日から、時間は少し遡る。
物語の冒頭をナレーション風に説明するのであれば、この物語はアイドル戦国時代と呼ばれる時代であり、そんな時代に、霧島修二という一人の青年がいた。
霧島修二とは何者か?と皆に質問したならば、問われた全員がこう答えるだろう。
霧島修二とは、良く出来たマネージャーである。と…。
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鳴り止まない電話…というわけではない。
一日中電話が鳴り響く事などまずあり得ないと言っていい。というのも、時と場合、場所など、いわいるTPOで考えるのであれば、電車の中や病院、学校や飛行機など、電源を切るかマナーモードにしないといけない場所は山ほどあるからだ。
そして、この場所もその一つである。
「本場5秒前!ゴー!ヨーン!サーン!二ー!ィ…」
「さぁー!始まりましたぁぁあ!どっちの問題でしょー!!司会を務めさせていただきます!MCのぉー佐藤ですぅー」
『ワァー!』
パチパチパチ。
そう。テレビの収録現場である。
リハーサルならいざ知らず、本番中に携帯電話の音が鳴るなど言語道断なのだ。
収録の邪魔を決して、してはいけない。
鉄の掟といってもいいこのルール。
もしもこのルールを破ってしまったら何がおこるのかなど想像したくもない…いや、何がおこるのかといえば、収録が中断されるだけだ。
(……………)
MCのお笑い芸人さんが色々なゲストに話しをふってるのを遠くから見守りながらそんな事を考えていると、ポケットに入れてあった携帯電話が"ブーブーブー"と震えだした。
(…!?電話…か)
携帯電話の音が鳴ってはいけない状況であったとしても、携帯電話の電源だけは切るわけにはいかない。なぜなら、霧島修二にかかってくる電話の内容というのは、仕事の依頼だった場合が考えられるからである。
霧島修二はマネージャーである。つまりは職業柄、携帯電話を切る事が出来ないのだ。
修二はブーブーと震える携帯電話を左手で軽く握りしめ、右手を胸の前らへんにひょっこり挙げながら通ります!すいませーん。前、失礼しますぅー。と、合図を送りながら急ぎ足で部屋の外へと向かった。
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修二は部屋を出ると、直ぐに通話ボタンを押した。
「大変お待たせ致しました。
電話に出るのがどんなに遅くてもどんなに早くても、決していい訳などせずに、絶対に謝罪から始まるのが修二の流儀である。
いま収録中だったのでぇ(>人<;)などと、電話に出るのが遅くなった理由を言ってしまっては、忙しそうだね。じゃあ後ででいいや。と、相手からそう言われ、電話を着られてしまう恐れがあり、そうなった場合、相手からの電話がかかってこなくなる。といったケースが非常に多いのを修二は知っている。
芸能界は戦場だ。
1分1秒が生死に関わると言っても過言ではない。
仕事の空きが今はあったとしても、5分後にはその空きがなくなっている事などざらにあるのが芸能界という戦場だ。
つまり、芸能界での仕事を貰えるチャンスは、まさに今この瞬間だという事である。
しつこいようだが、霧島修二はマネージャーである。彼の対応によって、彼や彼の担当するタレント、彼が働く芸能事務所の今後が大きく左右される…特に給料がだ。
「大変お待たせ致しました。その日と次の日も空いておりますので、是非!宜しくお願い致します」
次の金曜日に17時からスタジオ収録を考えているんだが、雪さんは空いてますか?という質問に対し、修二の七つ道具の一つであるペンともう一つの道具であるメモ帳を直ぐに開いて、言葉遣いに気をつけながら修二はそう答えた。
電話の相手は金曜日の17時から空いてますか?という質問だけだったのだが、次の日も空いておりますと、修二は付け足して返答した。
そう返答する事により、長時間の収録でも時間がおしてしまっても、明日は休みなので問題ないとアピールするのが彼流なのである。
ちなみに時間がおしてしまうというのを例えるのであれば、残業の事である。しかも、ほぼサービス残業だ。だがこれは、芸能界の暗黙のルールというか、持たれ持ちつつという精神論?というか、いつのまにか芸能界に定着してしまったルールなのである。まぁ、それ込みでギャラが発生しているので、何とも言えないのだが…。
「ありがとうございます。では、今度の金曜日の
復唱してから会話を終わらせ、向こうから電話を切るのを待つのも大事である。また、当然その際は無言を貫くが、息遣いが荒いと不信感を与え兼ねないので、息を止めて待つのもポイントである。
(ふー。仕事一つゲット…と)
彼は右側の顔と右肩で器用に携帯電話を挟み、先程の内容をメモ帳に記入しながら、念のため土曜日に(仮)もつけ加えておく。
GF(仮)ならぬ ZG(残業)かも(仮)と。
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七つ道具の一つの携帯とメモ帳、ペンをそれぞれのポケットにしまうと、修二は七つ道具の一つである腕時計で時間を確認する。
「収録が終わるまで後1時間か…よし」
時計を確認した修二は、軽やかな足取りで廊下を歩き始めた。
(雪なら俺がついてなくてもまぁ大丈夫だろう…タバコ、タバコっと)
収録は長時間おこなわれるケースが多い。
30分番組なら1時間。
1時間番組なら2時間。
2時間番組なら4時間ぐらいだと考えるのが一般的だ。
生放送番組なら30分であれば30分一発勝負である。
生でも収録でもギャラはあまり変わらないのだから、生放送の方がおいしい仕事だと思うかもしれないが、今のこのご時世、生放送は極端に減ってしまっている。
理由を説明するのであれば、撮り直しが効かないからだ。
視聴者を一人でも多く増やす為にはどうすればいいか?
答えは簡単である。
視聴者を不愉快な気分にさせなければいい。視聴者がこの番組を見て良かった。と思える番組をお届けすればいいだけなのだ。
その為、不愉快な思いをさせないように発言に気をつけたり、見て良かったと思ってもらえるように企画を考えたりと、様々な工夫や努力で収録をして番組を作っている。
1時間番組なのだから1時間の収録でいいのでは?と、思うかもしれないが、仮に10分間の撮影ミスがあったらどうだろうか?
1時間番組で50分しか撮っていないとなると、同じ所を使いまわしたり、CMを多くはさんだりと、見ている人が楽しめない番組になってしまうかもしれない。
その為、たくさん収録をして、編集さんが上手く編集して、プロデューサーさんやらのチェックが入り、初めて世に流せる番組へとなっていくのが一般的である。
勿論、1時間番組を1時間丸々オンエアーするわけではないので、50分でも問題ないのかもしれないが…。
「はぁ…下のフロアーか…」
可愛らしいかばんを片手に持ち、喫煙所の場所を確認しながら、修二はその場を後にした。
ーーーーーーーー
喫煙所を発見した修二であったが、喫煙所には向かわず、その手前にあるコインロッカーへと進んで行く。
喫煙所に入る前に、右手に持っている可愛らしいブランドバッグをロッカーにしまっておこうと考えたのだ。
「匂いがついたら殺されかねんからな…」
可愛らしい鞄の持ち主は彼ではなく、彼が担当しているタレントの持ち物である。
担当しているタレントの荷物を預かる事が多いマネージャー。
基本的に楽屋に置いて置くのが普通なのだが、彼の担当するタレントはちょっと訳ありのタレントなので、楽屋に置いておくと盗まれる可能性がある為、彼が荷物を預かっていたのだった。
タバコを吸わない人への配慮を心がける…というより当たり前か。などと頭の中で考えながら、きちんとロッカーの鍵が閉まっている事を確認し、鼻歌交じりに喫煙所へと駆け込んで行く。
ジッ、ジッ!シュポッ!!と、ジッポを回す修二。
「ぷはぁ!はぁ…はぁ…生きかえったぁあ」
何時間ぶりか分からないタバコを吸った修二は、人目も気にせずそう呟いた。
「ハハハ。修二君。まだ若いのに、その台詞を聞くとジジクサく聞こえるわよ」
どうやら先着が居たようだ。
「……あっ!!恵理さん。こんちわっす」
「こんにちは。なに?収録中?」
「えぇ。まぁ…恵理さんもっすか?」
彼女の名前は
綺麗な顔立ちに綺麗な髪。抜群のプロポーションである彼女は美人すぎるマネージャーとして有名なのだが、タレントではなく、なぜマネージャーをやっているのかが、修二にとって不思議でならない。
「えぇ。ひかりも、もう少し自立して欲しいものね」
「ハハハ…まぁでも、ひかりさんはアレがいいと思いますが」
「ふー。何が中二病美少女よ」
恵理さんが担当するタレントさんは、現役女子高生
「それよりも。ふー。随分と頑張ったみたいね」
「頑張ったのはアイツであって、俺ではありませんよ」
「いやいや。一般の人ならそれで騙せるだろうけど、同業者の私が騙されるわけないでしょ。2年連続CM女王とか…凄いとしか言えないわよ」
「いや…まぁ…有り難い話しですよ。はは」
修二が担当するタレントは、有り難い事に2年連続CM女王として君臨している。
しかしコレは、自分だけの手柄ではない。と、修二は考えている。
通常CMには、今が旬の!とか、話題の!とか、インパクトが!とか、そういったイメージからオファーをされる事が多い。
例えば、好きな女性や憧れの女性と同じ化粧品を使いたいと、一般の女性視聴者が考えたとしよう。
では、誰にオファーするかといえば、女性タレントランキングや街頭インタビューなどによって決まるケースが多い。
それに選ばれる為には、本人の強い意志と努力が重要とされており、修二の担当する
街頭インタビューや様々なランキングで、男女部門ともに1位なのである。まぁ、インタビューの結果がランキングに反映されるのだから、ランキング1位は当然といえば、当然の結果なのかもしれないが…。
女性から憧れられる存在になる為には、本人の強い意思と努力が必要であり、修二が自分の手柄ではない。と考えるのは、この事が大きかった。
「ふー。じゃあ私はそろそろ行くとするよ」
「はい。お疲れ様でした」
右手を振る恵理に対し軽く一礼をしてから、2本目のタバコに火をつけた修二は、先ほどのメモ帳を取り出し眺める事にした。
なぜメモ帳を開いたのか?
特に意味はない。
手持ち無沙汰になってしまったから。そんなところだ。
修二が眺めるメモ帳のスケジュール表は、半年先までびっしり仕事で埋まっている。
「…ふー。仮が多いが仕方ない…よな?」
タレントがスケジュールを気にするのと同じように、マネージャーもスケジュールを気にするのが普通だ。と、修二は考えている。
スケジュールとは、一つのステータスである。
一週間の間にどれだけ仕事があるか。
どれだけ休み無しで働いているか。
駆け出しの頃、売れていない時代はそんなものである。
ある程度売れ、知名度があがり、人気があがり、仕事が増えるのはとても有り難い事だ。
しかしそれは、忙しくなるということになる。
なるべくスケジュールを毎日埋めないようにして、雪を休ませてあげたい。お金なんかより大切なものなんて、この世にはたくさんあるのだから。と、思う自分と、スケジュールが空いているにも関わらず、嘘をついて断ってしまうのが怖いと感じる自分。
断って、もし次に繋がらなかったらどうするのか?
もう君の事務所には声をかけないよ。などと言われてしまったらどうするのか?
修二にとってそれは、恐怖であった。
アイドルとマネージャー 伊達 虎浩 @hiroto-
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