アイドルとマネージャー

伊達 虎浩

第1話 プロローグ

 

 とある一室にて。


「もぉ…いいか?」


「だ、駄目…です。も、もう少し…もう少しだけ…待って」


 忘れもしない四月あたまの出来ごとである。


 窓から見える桜の木。


 風がふわりと部屋の中に流れ込むと、桜の花びらがひらりと彼女の髪の上に舞い降りた。


「わ、悪い。そ、その…初めて…だからさ」


「そ、それを言ったら…わわ、私なんて…全部…初めてです」


 優しく髪の毛に乗った桜の花びらを取ってあげると、桜の花びらに負けないぐらい頬を桃色に染める彼女が目に映る。そんな彼女は自分に対して、窓を閉めてくれないか?と要求してきた。


 特に断る理由がない。


 言われるがままに窓を閉め、元の位置へと移動する。


「す、すいません」


「気にするな…なぁ?そろそろ…いいか?」


 そう言って彼女に視線を向けると、無言でうなずいている彼女が見えた。


「…い、いくぞ?」


「…………………。」


 しかし、彼女からの返事がない。


 気になった為、再度 確認の意思を伝えると、彼女は深いため息を吐きながらようやく返事を返してくる。


「ぷ、ぷはぁー。はぁ、はぁ、はぁ…だ、駄目です!ちょっと、ちょっとだけ待って下さい‼︎」


「はぁ…またか。いい加減にしろ」


 右手を真っ直ぐこちらに伸ばし、息を切らす彼女に対して頭を抱えた彼は注意をする。


「いいか?宣材写真を撮るのに、何で1時間もこの俺が付き合わにゃぁならんのだ」


「し、仕方がないじゃないですか!!宣材写真なんですよね?一生残るんですよね??だ、だったら…少しぐらい、少しぐらい時間がかかったって仕方がないですよね?ね?」


 宣材写真は『タレント名鑑』と呼ばれる本や、色々な雑誌に載る事もある。もちろんテレビなどで使われる事もある為、彼女の質問は正しかった。


「あのな…だからと言って、息を止めて腹をへこませたりするなよな」


「ギクッ⁉︎しし、してません事よ?オホホ」


 何処の貴婦人だお前は…ったく、大体お腹を凹ませたところで対して変わらないんですけど…はぁ。


 しかし、女性に対してそれは禁句だろうと考えた彼は、心の中でため息を吐いた。


 彼女の宣材写真を撮るべく撮影スタジオに来ていたのだが、撮影は難航している(理由は説明するまでもないだろう)


「だ、大体!文句ばっかり言うんでしたら、千尋さんに頼むなり、プロのカメラマンに頼むなりすれば良かったじゃないですかぁ」


「知っての通り千尋はメカ音痴。おまけに会社は倒産寸前の芸能プロダクション…プロのカメラマンを雇うお金がないんだよ」


「…だったら、シュウさんでいいです」


「その名で呼ぶな。と、とにかく撮るぞ!」


「あっ!!ま、待って下さい⁉︎」


 カシャ。


 芸能人なら当たり前の写真撮影。


 しかし、この日だけは特別な日。


 一般人から芸能人へと変わるそんな特別な日。


 そして…写真を撮ったこの日から、二人の物語は幕を開けるのであった。

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