#12 喧騒。
教室に着くと、佳香さんが妙にそわそわし出した。さっきから僕の視界に柏が入ってくる度に、救急車のサイレンの様な、不安と緊張が混ざり合った感情の波が、ドバドバと僕の心に流れ込んでくる。佳香さんが柏の事をどう想っているのかは、感情だけでは分からないけれど、少なくとも、柏が気になって仕方がないのは確かだと思う。それに同調してか、何だか僕まで柏が気になってきてしまった。
柏を見ると、彼女の机にはクラスメートが集まり、楽しそうに談笑をしている。朝の会が始まるまでのいつも通りの光景だ。
「瑠美、楽しそうだね」
「いつもの事ですよ」
沢山の友達がいてホッとしたのか、サイレンの様な感情の波は、いつの間にか落ち着いていた。どうやら口に出すことはなくても、妹の事が心配で仕方がないらしい。授業が始まる10分程前になると、騒々しい教室に先生が入っきた。すると、さっきまでの騒めきが徐々に静まりかえり、朝の点呼が始まった。
一人一人が返事をしていく中、柏の番になると、さっきと同じ様な感情の波がグッと押し寄せてきた。2人の間に一体何があったのだろう。僕はその疑問を解消する為に、今日もまた、柏にその事を問いただしてみようと思う。でも、今日は心の中に佳香さんがいる。だから彼女の許可が必要だ。果たして彼女は柏と話すことを許してくれるのだろうか。きっと頭の中でめちゃくちゃに騒ぐんだろうな...。
休み時間になると、僕は授業中暇そうにしていた佳香さんに語りかける。
「佳香さんが話さないなら、僕が直接柏に聞きますよ」
脅しの様なものだ。実際柏は何度聞いても話してくれなかった。僕は佳香さんにハッパをかけた。今回は佳香さんに聞くと言う戦法だ。
「聞きたければ聞けばいいよ、でも話さないだろうね、きっと」
どうやら戦法は見抜かれていたらしい。ハッパをかけてもダメな様だ。
「じゃあそろそろ教えてください。何でお互い、避ける様なまねをするんですか?」
「あーうっさい。今度話すから、今度」
それ以降、佳香さんは心の奥に隠れて、だんまりを決め込んでしまった。久しぶりに静かになった心で僕は考える。友達のことを知ろうとするのはおかしな事なのだろうか?たとえそれがプライバシーに関わる事でも。考えれば考えるほど、答えは遠ざかっていき、なぜか苛立ちが湧いてきた。
昼休みになると、僕は特に何をするでもなく、頬づえをつきながら外の景色を眺めていた。
「外で遊べば?男子みんな外で遊んでるじゃん」
「ボーッとしてたい気分なんです」
「さてはー、友達いないな!」
「そうですよ」
僕は正直に答えた。一瞬の間があってから、佳香さんは蚊の鳴くような声で『ゴメン』と言った。
「あ、そういえば二人友達がいました」
「ならその子と」
「その子は今、家のソファーでぐっすり寝てると思います。そしてもう一人は、今体がないんですよ、その子」
口にしてからどんどん恥ずかしくなってきた。佳香さんが心の中にいてくれてよかった。真っ赤な顔を見られないで済んだから。少しの間があってから、
「嬉しい事言ってくれるなーこのこのー!」
「やっぱり前言撤回します」
当たらない肘を想像しながら、僕はにやける。学校の中でこんな他愛のない喜びがある事に、僕は幸せを感じていた。
その後も、佳香さんとの会話を頭の中で楽しんでいると、教室の後ろのドアががさつに開かれた。教室に入ってきた男子グループの和樹達一同は、まだ遊び足りないと言わんばかりに、教室内でドッジボールを始めた。女子達から非難の声を浴びるも、それでもやめる様子は無かった。
ふざけながらボールを投げ合っていると、取巻きの一人がボールを取り損ねる。すると、運悪くその場に居合わせた柏にボールが直撃してしまった。幸い、背中に当たっただけで怪我もなさそうだったが、女子達の非難の声はさっき以上に大きくなり、罵声となって和樹達に浴びせられた。
謝る様子の無い男子達に怒る女子。そして、僕の中では真っ赤な、マグマの様な感情がふつふつと溢れ出ている。さっきまで穏やかに会話をしていた佳香さんはもうどこにもいない。
「渉くん、あのクソガキ共ぶっ飛ばしてきてよ」
「無理ですよ。それにそんな事したって意味ないですし...」
「意味があるかないかなんてどうでもいい!妹がやられたんだ!姉として」
僕は遮るように言う。
「じゃあ何であの時逃げ出したんですか!?」
「っ!!」
口にしてから思った。僕は本当にデリカシーというものが無い。その償いなのか何なのか、気づいたら僕は席を立っていた。何で僕はこんな事をしているんだろうと、疑問に思いながら和樹達の前に立つ。
「何だよ渉。お前も女子達の味方か?関係ねーだろ!おかま野郎はでしゃばってくんな!」
肩をおもいっきり押された僕は、体勢を崩すと後ろにある机にぶつかり、派手な音をたててそのまま机ごと床に倒れてしまった。それを見た何人かのクラスメート達は、先生を呼びに行く為僕の後ろを通り抜けて行った。
「渉!大丈夫か!?」
「ぐっ...!」
僕は無言で立ち上がると、目の前にいる和樹めがけて、力の限りタックルをかましてやった。ドスンと鈍い音をたてて倒れこむと、僕は馬乗りになり胸ぐらを掴むと、「柏に謝れ」と言った。
「誰が謝るか!クソ!どけよ!」
「謝れ!今すぐ柏に謝れ!謝らないと」
僕が右手をあげて和樹に標準を定めていると、後ろからクラスメートの何人かが僕を交い締めにして、僕と和樹は離された。お互いに睨み合っていると先生が駆け寄ってきて、その場はひとまず鎮火された。
放課後、昼休みの喧嘩の件で居残りをさせられた。お互い、自分の非を全く譲らなかったが、最終的には半ば無理やり握手をさせられて、この件はおしまいとなった。
「ありがと...」
帰り道、ずっと無言だった佳香さんがポツリと言った。
「いいんです。僕が自分の意思でした事ですから」
初めての喧嘩は、何だか忘れられないものになった。
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