第3話 惹かれあう光と闇 (3)


「ったく! 平日の病院ってのはジジイとババアばっかりだ!

おい見ろよ朱道。あそこに座ってる声のでけえババアの姿をよお!

あのババアのどこが病院に通うほど悪いってんだ? お医者さんたちゃぁ、俺が知らねえ間に減らず口の治療まで始めたのか? おおん?」


「宍色さん、失礼ですよ! 刑事が市民に悪態ついてどうするんですか!」


「さっきスレ違った医者なんかよぉ! 何だアイツ脇から鉛筆みてえなニオイがするじゃねえか!ええ!?

てめえのワキガも治せねえ奴に患者の何が治せるって言うんだよ? ああん?」


「宍色さん!」


病院を去る途中の帰り道。

出入り口前のロビーで毒を吐く先輩を、朱道刑事は宥めていた。

これでも一端いっぱしの刑事なのだから公の場で守るべき市民を馬鹿にするような言動は謹んで貰いたい。相手が後輩だったなら迷いなくその言動を咎めただろうが、先輩に対してそれは出来ず朱道は聞き流すことしか出来なかった。


宍色は今朝からなぜか機嫌が悪かった。

プライベートで―――恐らく昨日恋人に会いに行った際になにかあったのだろうと推測できるが、それを本人に問いただすのはちょっと失礼と言うものだ。

これ以上先輩に悪態をつかせるわけにはいかないと考えた朱道は、宍色が上手い具合にクールダウンできるよう、仕事の話を振ることに決めた。


「そ、それにしても!

石原さんから新たな証言を聞き出せたのは僥倖ぎょうこうでしたね」

「……あぁ、そうだな。

だが、あのメスガキの言うことが本当かどうかなんてまだ分からねえぞ」

「"メスガキ"って……宍色さん貴方……」


そもそも今日この二人が病院に訪れたのは、

高齢者や医療従事者に悪態をつくためではない。

この病院に入院している事件被害者―――石原あずさから、『事件について思い出したことがある』という連絡を受けたためだ。


そして先ほどまで、二人は石原の病室で聴取を行っていた。


もうじき退院できるほど快復した石原あずさは、

入院当時より血色が良くなった顔で二人に告げたのだ。


朧気おぼろげに覚えていた、あの夜の光景を。


救急車が来る前、床に伏していた彼女が途切れ途切れの意識の狭間で目撃した、

―――黒衣に身を包んだ、一人の女の後姿。


隣に倒れていた吉田景子や、巳隠学園の制服を着た小柄な少女とは別にもう一人、

”何者か”が居たことを、石原あずさは語っていた。



「一体何者なんでしょうね……?

石原さんの言っていた、『長い黒髪の女』っていうのは」

「今までの証言を整理すると、

あの晩廃ホテルに居たのは吉田景子、石原あずさの被害者2名。

それから第一発見者の……東雲ももか」


『東雲ももか』の名前を口にした瞬間、宍色は眉根をピクリと動かした。

その後、いかつい表情を保ったまま、言葉を続ける。


「……それから、犯人と思わしき"蜘蛛の怪人"が1名だ。

『長い黒髪の女』……そいつこそが、”蜘蛛の怪人”ってやつか?」


「いえ……」と宍色の言葉を遮り、朱道が言葉を発した。


「ももかさんの証言では、

"蜘蛛の怪人"なる人物―――蘇芳村深紅は髪を金色に染めていたらしいので、

違うと思われます。……そういえば彼女は、"蜘蛛の怪人"を殺害した"もう一人の怪人"なる謎の人物が居る、とも証言していましたね」


『ももか』の名前を聞いた瞬間、宍色は再び眉根をピクリと動かす。

その仕草を見た朱道は、宍色の機嫌が悪い理由をなんとなく察した。


―――こりゃあ、昨日あの後ももかさんと喧嘩でもしたんだろうなぁ。


先輩の不機嫌な態度を『年頃の娘を相手にして苦労している』と合点した朱道は心の中で苦笑するのだった。

しかし実際に起きたのは『交際相手の娘を襲って拒絶された』というおぞましい出来事であり、朱道が想像するような微笑ましいものではない。


「……アレの言う事だって信用ならねえぞ。

大体、『蘇芳村深紅すおむらみく』なんて名前のガキゃあ、どこ探しても居ねえじゃねえか。

確かにアイツらん家の近くには『蘇芳村』っていう苗字が一世帯だけあるが、夫婦二人だけで子供の居ない家庭だ」


宍色は不機嫌な表情のまま、車のロックをキーリモコンで解除し、

朱道と共に前部座席へと乗り込む。

運転席のドアを開ける際、宍色は


「しかし……『長い黒髪の女』か……。ふふっ」


と小さく呟いて笑みをこぼした。


「どうしたんですか宍色さん。急に笑い出したりして」

「いや……なんだか懐かしい人物像だな、と思ってな。



……なあ朱道。お前、3年前にこの町で起きた連続誘拐殺人のことを覚えてるか?」



「ええ、まあ……今回の事件は警察関係者やメディアが口を揃えて言っていますからね。『3年前の事件の再来』だって」


3年前の事件について、陰泣市に住んでいて知らぬ者は珍しい。

3年前、大学を卒業して警察学校に入学したばかりの朱道は、

H県陰泣市で起こったその事件を良く覚えていた。

人生の転換期に起こったニュース故、彼も事のあらましを良く覚えている。


事件の被害者の中には、

将来を期待されたうら若きシンガーソングライターが居た。

陰泣市出身の女子高生シンガー―――『Marino』。

動画サイトを中心に、ローカルテレビや全国ネットでも時折見かけた若き歌姫が巻き込まれたその殺人事件は、地元はもちろん、

ネット上や世間では広く知られた事件である。


3年前のある日、この陰泣市にて失踪者が相次いだ。

被害者は皆、何かしらの音楽活動に携わっている者たちばかりであり、

その全てが女性に限られていたという。


「捜査を進めるうち、その被害者達は一箇所に監禁されていることが発覚したんだ。市内にある、某レコード会社が建てた音楽スタジオの地下にな。

……俺はその時、機捜きそうと一緒になってスタジオの地下に乗り込んだ。しかし失踪者は皆、もう仏さんになっていたんだ。



……そして死体たちは皆、どこかしら身体の部位を切り取られていた」


「……」


運転しながら語り続ける宍色に顔を向け、朱道は真剣な眼差しで話を聞いていた。

肉体の一部を切り取られた死体の数々……。

朱道はその凄惨な光景を想像し、鳥肌を立てる。


「警察犬に被害者一人ひとりのニオイを嗅がせて捜査した結果、

犬達は全員、ある屋敷の前で立ち止まったんだよ。

そしてその屋敷の捜査に踏み切った鑑識たちは、

屋敷のリビングで奇妙な"人形"を見つけたんだ」

「……人形?」



「―――そう。被害者たちの身体のパーツをツギハギして作り上げられた、

等身大の"人形"さ」



ぞわぞわぞわ。

その言葉を聞いた瞬間、朱道の背筋に悪寒が走った。

車はそのタイミングでトンネルに突入し、二人を暗闇に包む。

朱道はホラーモノの漫画を読んでいる時の如く、

暗闇の中に何かが潜んでいるような錯覚を覚えて震え上がった。


「そ、それで……その事件と『黒髪の女』との間に何の関係があるんですか……?」

「事件の犯人は当時陰泣市を中心に活動していた通り魔、緋山 臙脂郎ひやま えんじろう……ってことになってる。表向きは、な?

だけど緋山はその事件に関する容疑はずっと否定してるし、

奴が犯人だとすると色々と説明のつかねえことが沢山あるんだよ。


……そしてその事件には、生存者が居る。殺された女子高生シンガーの弟二人だ。

幼い二人は女児だと思われて誘拐されたが、

実際にはオスガキだったから見逃されたってワケだ」

「オスガキって……宍色さん貴方……」

「その双子のオスガキが俺達に語ったのさ。


―――『お姉ちゃんを殺したのは、長い黒髪の女だ』ってな」


『長い黒髪の女』。

その存在が、二つの怪事件を繋いでいる。

まるでサスペンスドラマのような話だ、と朱道は思い、頭を抱えた。

サスペンスは物語として見る分には楽しいが、

自分が捜査員の一人ともなるとこれほど厄介な事件はない。


「それで……不思議なことにな?

"人形"が発見された屋敷の持ち主とは何度も接触を試みたんだが、

結局会えず終いだったんだよ。

金持ちの別荘らしく普段から人気ひとけのないその家は、電気も水道も毎月使われてる形跡があるのに、持ち主らしき人物の姿だけが全く見あたらねえ。


誰が建てた屋敷なのか。いつから建っているのか。そこに誰が住んでいるのか。

その近辺に住んでいる誰も、そのことを知らない、見たこともねえっつってよぉ。


だけど不思議なことに、屋敷に関する妙な噂だけは皆やけに詳しいんだよなぁ。

バケモノが出るだの、ギターの音色が聞こえるだの、

一度屋敷に入ったら生きて出られないだの……な。



……その家の持ち主の名は、赤月美桜あかつきみお

その屋敷―――『赤月邸』って言えば、この街じゃ有名な心霊スポットだ」

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