第6話 うつくしき狂気~歪んだ運命の赤い糸~ (3)
★
ずっと隠してたけどさぁ。アタシ、女の子が好きなんだよね。
ももちーみたいに綺麗で可愛い子がさ。
初めてそれを自覚したのが、10歳の頃。
寝てるももちーのこと見てたらドキドキが止まらなくなってさ。
アタシ、アンタにキスしたんよ。でもそんなの、ももちーは覚えてないっしょ?
けどそれが……今まで誰にも言えなかった、アタシのファーストキスの思い出。
でもそんなのオカシイじゃん?女の子のクセに女の子が好きだなんてさ。
だからアタシ、男遊びを始めたの。
カラダ目当ての年上の男と付き合ってさぁ。派手に遊びまくった。
化粧もファッションも付き合ってた男の趣味に合わせて派手にした。
……全部、アンタのこと忘れるためだけにしてた事なんだよ?ももちー。
中学の頃からお互いの住む世界が変わって、
段々疎遠になっていったよね?アタシとももちーはさ。
そうやってももちーと接しなくなって、毎日毎晩オトコと遊びまくってて……。
そういう風に、なってさ。
やったぞ、ってアタシ思った。これでももちーのこと忘れられるぞって思った。
でも実際は逆だったんだよね。離れれば離れるほど、ももちーのこと遠巻きに見てれば見てるほど、好きだって気持ちが強まっていった。
気づいたら屋上から美術室覗いたりしてさ。窓辺で絵ぇ描いてるアンタのこと何十分も見てたりしてた。……キモイっしょ?アタシ。
もうワケわかんなくて、毎日どうしていいか分かんなくなってさ。
そんな時にアンタが卓也に襲われてるのを見つけてしまった。
アタシに言い寄ってきてアタシのことメチャクチャにした男。前原卓也。
……一応、アタシのカレシだったオトコ。
だからさ、アンタはアタシのカレシ奪ったことになるワケ。でもそン時はレイプされかけてたももちーのこと見て、居ても経っても居られなくって、アタシは咄嗟に卓也からアンタのこと庇ったのね?
そん時は、頭真っ白で何も考えてなかった。
大事な友達を助けなきゃって思って、そのことしか考えてなかった。
でも結局それってさ、友達にカレシ寝取られてることになるじゃん?
アタシのこと裏切った卓也に対するショックとか、卓也に求めてもらえたアンタに対する嫉妬とか、アンタのこと未だに振り切れずに居た自分への怒りとか、色んなモンがごちゃ混ぜになってさ。
アンタのこと、悪く言っちゃったんだ。学校中にあること無いこと吹きまわして、アンタの居場所奪ってやった。
そうしてアンタが一人ぼっちになってる姿見てさ、
また、ドキドキしちゃった。10歳の頃、キスしたときみたいに。
皆に意地悪されて泣きそうになってるももちー、綺麗でさ。物心つく前から一緒にいたはずなのに、それまで見たどのももちーの顔より綺麗でさ。
アタシ、アンタをいじめることが辞められなくなった。
知ってた?っていうか、ここまで話せばもう分かるよね?
アンタに対する噂のほとんどは、全部アタシが流したんだよ?
『前原が保健室とかトイレに東雲のこと連れ込んでヤってた』とか、
『東雲と前原は学校の中でも外でもヤリまくってててラブホ街でも一緒に居たのを目撃されてる』とか、
……本当は全部、アンタとじゃなくてアタシとのことなのにね。
皆面白いくらい信じてた。ウケるっしょ?世の中、ほんとバカばっか。
ねえ、何でももちーは皆にバラさなかったの?
『前原センセーと付き合ってたのは私じゃなくて
そしたらアタシに反撃できたし、皆にも白い目で見られること無かったじゃん。辛い想いすることもなかったじゃん?
ちゃんと話せばさ。
アタシみたいなチンピラ女より、
優等生のももちーの言うことを皆は信じたはずだよ。
たぶんももちーはさ、アタシが卓也と付き合ってたこと、
言わなかったけど気づいてたでしょ?
ももちーは昔から勉強が得意で妙に鋭いとこがあって、
アタシのことなんて大抵は何でもお見通しだったじゃん。
アタシがももちーのこと好きだってこと以外、何でもお見通しだったじゃん。
アタシ、ずっと待ってたんだよ?ももちーがアタシに復讐してくれるのを。
アンタが、アタシのこと嫌いになってくれるのを。
■
―――気づいてた。気づいていたよ。
深紅ちゃんが前原先生と付き合ってたことも。
深紅ちゃんが私の悪評を流してたことも。
……なのになんで、それをバラさなかったかって?
「そんなの、決まってるじゃない。
……深紅ちゃんのこと、これ以上傷つけたくなかったからだよ。
貴女に憎まれて、傷つけられることだけが……。
貴女から前原先生を奪った私に出来る唯一の償いだったから……」
「そうやって優しくされるほうがよっぽど傷つくって言ってんのよ!!!!!!!」
深紅の怒号が、白い部屋全体を揺らした。
その声に呼応するように部屋中に敷き詰められた糸が震える。まるで、深紅の怒りが糸を伝わっているかのようだった。
「アタシはねえ!
そうやってどこまでも優しくしてくれるアンタのことが怖かった!!
だからもっともっとイジメ倒して泣かせてやろうって思った!!!
憎んでもらおうって思った!!!!
そうしてアンタがアタシのこと嫌ってくれたら、
アタシもアンタのこと嫌いになれると思った!!!!!
でも無理だった!!
アタシがどれだけアンタのことイジメても、アンタはアタシのこと憎まずに居た!!!!!!
アタシは憎んで欲しかったの!!!!アンタがアタシに憎まれることで罪を償おうとしてたみたいにアタシもアンタに憎んで欲しかったの!!!!!
そうしてアタシはアンタのこと振り切ろうとしてたのに!!!!!!!
なんでそんなに優しくするの!!!!!
そんなことされたら……もっともっと好きになるに決まってるじゃん!!!!!!!!」
ももかの眼前で、深紅のシルエットが醜いバケモノの姿へと変わっていく。
赤い瞳に黒い胴体。半人半虫の『鬼』―――深紅はアラクネへと変貌を遂げた。
「全部全部、アンタのせいだ!!!喰らってやるよアンタなんて!例えアンタが何者だろうと!今ここでアンタと一つになれるのなら私はもう何も要らない!!!
アンタを殺して、アタシも死んでやるよ!!!」
「深紅ちゃん……!」
アラクネの牙が、拘束され身動きの取れないももかの首に迫る。
毒牙がももかの肌を貫く寸前、ももかの首に下げられたスクールリングが妖しく発光し、ももかを捕らえていた糸を千切って、アラクネの身体を壁際まで吹き飛ばした。
「がああああ!!??」
吹き飛ばされたアラクネの巨体が壁に叩きつけられ、糸たちが一斉に震え上がった。
アラクネはすぐさま体勢を立て直し、さっきまで自分の居た場所へと視線を向ける。
そこには、赤い
「くっ……!?今、何されたの……?何が起こったの……?」
「これが、美桜ちゃんのお守りの効果……?」
美桜の加護を手にしたももかが、
脚に絡まっていた糸の切れ端を解き、その辺に投げ捨てた。
立ち上がったももかは壁際に居るアラクネを真っ直ぐに見据えて、タンカを切る。
「私はずっと、貴女を本気で嫌ったり出来なかった。
だけど今、私は貴女の事が嫌いだよ、深紅ちゃん!
……大事なお友達を傷つけた貴女を、許せないと思ってる!」
『大事なお友達が誰かに傷つけられている姿を見たら、嫌な気持ちになるでしょう?
傷つけた人のことを許せなくなって、嫌いになってしまうでしょう?』
ももかの頭には今、あのときの美桜の言葉が浮かんでいた。
―――あのときの美桜ちゃんは、私を助けるために深紅ちゃんに立ち向かってくれた。今度は、私が彼女を助ける番だ。
だから私は今……!
大事なお友達を救うために、
勇気を振り絞ってこの『巣』の中に飛び込んで来たんだ!
ももかを包むそのバリアが一秒ごとに小さく萎み、
スクールリングの中へと収縮していく。
―――ああそうだった!
このバリアは短時間しか持たないって美桜ちゃんが言ってたんだ。
ももかは急いで美桜の繭へと駆け寄ると、
首から外したリングを右拳に包んで振り下ろし、繭を思い切り殴りつけた。
「美桜ちゃん!!大丈夫!?しっかりして!!目を覚まして!!」
鈍器と化したバリアが繭を叩き割る。
とにかく必死で繭を壊そうとしていたももかは、
くり貫かれた一部から繭の中を覗いて、
中に居る人物の顔を確かめる余裕など持たなかった。
叩き割られた繭の中から、"中の人物"が顔を出す。
その姿を見た瞬間、ももかは目を大きく見開いた。
「えっ、あれ……?嘘……。
だ、大丈夫ですか!?しっかりしてください!!」
繭から出てきた人物に懸命に声を掛けるももかだったが、
その人物はすっかり眠ってしまっていて何も答えない。
そして彼女らを守るバリアは萎みきってしまい、空中へと霧散した。
その隙を、バケモノは決して見逃さない。
―――ももかの身体は、先ほどの仕返しだと言わんばかりに壁際へと弾き飛ばされた。
「うぐ!?……ぐっ、かはっ……!」
衝撃が身体の奥まで伝わり肺を打ったことで、
ももかは一瞬、気道を詰まらせてしまった。
げほげほと咳き込むももかが顔を上げる頃、
アラクネは繭から飛び出たその人物の身体を掴み、
首筋に毒牙を刺そうとしていた。
「ははは、はは。あんなにアタシを憎めずに居たクセに、
この女のためならアタシのこと嫌いになれるんだ?
そんなに、この女のことが大事なんだ。
……だったらアタシがこの女の命を奪ってやる!!
アンタがそこまで大事にしてる女の命を、アタシが奪ってやる!!!
そうして絶望に濡れたアンタの顔を見せてよ。
大事なお友達を失ったアンタの、極上の顔をアタシに見せてよ!!!!!」
「や、やめて……その人は何も関係ない!!
何も……関係ないはずでしょう!!??」
「うるせえええええええええええ!!!!」
「やめてえええええええええええ!!!!」
アラクネの毒牙が、"美桜"の肌を食い破る。
流し込むのはもちろん、即死の毒。猛毒だ。
毒を注入された"美桜"の身体はビクンビクンと大きく跳ねた後、
小刻みに痙攣を始め、死へのカウントダウンを始めた。
「どうだ!!見てみろももちー!!アンタの一番大事な友達がもうすぐ死ぬぞ!!!
アンタの大事な"赤月美桜"を!!!この手で殺してやったぞ!!!!!!
あーはっはっはっはっはっははっははは!!!!!!」
アラクネの高笑いが、白い部屋中にこだまし、糸を震わせた。
やがて痙攣が止まり、"美桜"はピクリとも動かなくなった。
絶命してしまっただろう"美桜"の肉を噛み千切り、
ももかの目の前でアラクネは食事を始める。
『鬼』が人を喰らう……。
ももかがその残酷な光景を見るのはあの夜以来。
一度見れば充分なその光景を、ももかは二度に渡って目撃してしまった。
―――なんて、なんて惨いことをするの……。
あまりにも凄惨過ぎるその光景に、ももかは俯き、目を逸らす。
しかしももかは深紅の言動がどうにも解せないでいた。
―――彼女は繭から出てきた"その人物"を、
どうして赤月美桜だと言い張っているんだろう?
"その人物"の肉を喰らい、「美味い、美味い」と頬張っている蜘蛛の怪人。
『鬼』にはそれぞれ、肉の好みがあるのだとしたら、赤月美桜にとってのそれは"穢れた人間"で、蘇芳村深紅にとってのそれは"美女"であるはずだ。
だが今。
彼女が美味しいと言って喰らっているその人物はどうみても、
連続"美女"失踪事件の被害者に選ばれそうな人物ではない。
「ざまあ見ろ赤月美桜!!ははははははははは!!」
アラクネの歓喜の声を、ももかは不思議に思いながら聞いていた。
―――赤月……美桜?
その人が?
一体深紅ちゃんは……何を言って……。
■
ドゴォン!
突如、白い部屋の壁が崩れ、大きな風穴が出来上がった。
アラクネとももかが崩れた壁に目を向けると、
そこには黒尽くめの女が、風穴から差し込む夜景をバックに佇んでいる。
白い部屋の中で、その一点だけが黒く染まっていた。
まるでその女が、闇そのものを引き連れてやってきたかのように。
アラクネは"彼女"の制服姿しか見たことがない。
だがももかにとっては、"彼女"のその姿を見るのは二度目だった。
ビルの光に照らされて、淡く輝く白い肌。
背中を覆いつくすほど、長く艶やかな黒い髪。
黒いワンピースドレスから伸びた、細長い手足。
足元を黒のブーツで包み込み、全身を黒一色のコーディネイトで包んだ、綺麗な女。
「な、なんでアンタがそこに……!?
アンタは今、アタシが食ってやったはずだろ……?」
「良く御覧なさいよ。貴女が今食べたのは、本当に私の肉かしら?」
女に指摘されたアラクネが、自分の腕に抱かれた"女"の姿を見る。
そこに居たのは"女"ではない。アラクネが今まで赤月美桜だと思い込んでいたのは……脂ぎった中年の男性だった。
「何だ……何だこれええええええええええええええええ!!!!」
アラクネは口に含んだ男の肉を吐き出し、腕に抱いたその遺体を投げ飛ばした。
さっきまで美味しいと思っていたはずなのに、
美女ではないと分かった瞬間、アラクネは急に、口の中に苦味を感じていた。
全ては、女によって仕向けられた『幻惑』なのだ。
男を赤月美桜だと誤認したことも、その肉を美味しいと感じたことも、全て。
「あら、お気に召さなかったかしら?
私好みの穢れた
うふふ、と妖しく笑い、黒ずくめの女―――本物の赤月美桜は語る。
「貴女をどうやって『幻惑』にかけようか、とても悩んだのよ?
『鬼』である以上、『
だから昨日、駅のホームで貴女の糸をあえて避けずに抱かれてあげたの。
至近距離で目を見つめれば……『鬼』の貴女でもオトせると思ったから」
「美桜ちゃん……!無事だったんだね……!」
嬉しそうな目で美桜を見つめるももかの傍に美桜はすばやく身を寄せる。
そして、弾き飛ばされて地に伏していたももかの背中を、優しくさすった。
あまりにも速すぎるその一連の動きは、
アラクネからはまるで瞬間移動したかのように見えていた。
「大胆なことをしたものね、ももか。
『鬼』の『巣』の中に飛び込んでくるだなんて。
……私の考えていたシナリオにはなかった展開よ」
「し、シナリオ……?」
「うふふ……まぁ、貴女は知らなくていいことよ」
にこやかに会話をする二人―――特に、ももかの嬉しそうな表情を見て、アラクネは嫉妬の炎を燃やした。
―――憎い。
憎い憎い憎い憎いぃぃぃぃ!
赤月美桜ぉ……!お前はどれだけアタシの邪魔をすれば気が済む?
どれだけアタシのももちーを、安い幸せで壊せば気が済む?
ももちーはずっと泣いていなきゃダメだ。苦しんでいなきゃダメだ。
ももちーを笑顔にしてしまう、お前のことだけは許さない。
アラクネの嫉妬まみれの内面を、美桜は『鬼の嗅覚』で感じ取っていた。
鬼の
必然、美桜に筒抜けとなる。
―――美味そうだ。
美味そうだ美味そうだ美味そうだ美味そうだ!
お前を見ていると涎が垂れそうよ、蘇芳村深紅!
お前が私に差し向ける、甘美な嫉妬がたまらなく食欲をそそる!
東雲ももかという最高級の
幸福の絶頂から絶望に落とされることほど美味な香辛料があるものか。
筋書きは微妙に違えど、これこそ私の求めていた
「ふふふ。ふははははははは!!
……よくぞここまで成長したものね。
やはり私の『嗅覚』に狂いはなかった。貴女に種を撒いて正解だったわ」
「うるさい!!黙らせてやる!!」
アラクネがその両手から、その尻から、
美桜に向かってマシンガンのように糸を打ち出した。
その糸はアラクネが使える糸の中でもとりわけ硬く、
鉄をも切り裂けるほど鋭利な糸―――
しかし、その糸が美桜の身体に触れることは無かった。
美桜が斬糸に向かって手をかざすと、
ボゥッ!と激しい着火音を立てて、糸は突然発火した。
炎に包まれた斬糸が、空中で炭になって消え去っていく。
「な、なに……?」
そして、美桜の両目が妖しく光る。
彼女の瞳孔の中心から、ゆっくりと赤色が染み出していき、
黒かった両目を赤く変貌させていく。
まるで
たとえ本物の空に月が浮かばずとも。
美桜とももかを惹き合わせた赤い月は、
いま二つとなって、美桜の両目に宿っていた。
両目が真っ赤に染まる頃、美桜の全身を赤い炎―――地獄の業火が包み込んでいく。
業火は長い黒髪と右腕の中へ収縮していき、黒一色の髪に赤いメッシュを差し、
白くか細い右腕を『鬼の腕』へと変えた。
ももかは思った。
―――これは、美桜ちゃんと初めて会ったときと同じ姿だ。
右腕が赤黒く変色し、長い黒髪には4、5本の赤メッシュを走らせてある。
これはあの日、新田くんたちの命を奪った、残酷な狩人としての美桜ちゃんの姿だ。
黒い女は、『鬼』の姿へと完全なる変身を遂げた。
「では、そろそろ収穫と行きましょうか?……
さあ。……
鬼の右手でアラクネを指差し、美桜は言い放つ。
今夜、お前の命を必ず頂くという冷酷な"殺し文句"を。
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