確率の、デステニー神様

gaction9969

・・・


 運がえ、運がりぃ、とか、年がら年中、時にやるせなく呟いてたり、時に撒き散らすように頭の中で叫んでいたりしたら、ふいに神様から贈り物が届いた。


 いや、神様じゃなかったかも知れない。いつも通り終電間際の駅のホームベンチでくずおれながら、安酒のニブくもべったり残る酩酊感の中で聞いた「男」の声色だけは確かに頭に居残っているものの、その姿や何を喋っていたかはおぼろげだ。だがそれだけに、本物じゃね? とも思わせてくるわけで。


 惰眠という汚泥ねまる沼みたいな所から引きずり上げられたような目覚め。酔っ払いの帰巣本能で何とか辿り着いた安アパート二階のいつもの湿った万年床から気力なく起き、寝ぼけ頭で枕元の振動する携帯を探ってロックを外したら、見慣れないアプリが画面の中央あたりに居座っていた。


 <確率測定!! プロバビるかみスカウタ>


 何だろう、新手のゲームとかだろうか。ぬめるようにテカりを繰り返すそのアイコンは素っ気ない薄緑色の球体が描かれているだけのシンプルなものだったが、有無を言わさず俺の親指をそれに乗せる引力を内包していたわけで。


 いかん何かのウイルスかも、現に今、俺の意思も乗っ取られつつある? と困惑のあまり引きつる顔のまま、よし、ここはこのまま長押ししてアンインストールまで運んでしまおうとの決断をくだしたはずなのに、なぜか親指は軽くタップという動作を既に行ってしまっている。神か? 神の御力おちからなのか?


<下記リストに記入した事象が起こる、現時点での『確率』を表示します>


 展開した画面はこれまた素っ気ない。白地に黒文字でそんな言葉が表示されているだけだ。その文言の下には、テキストを打ち込めるボックスが3つ縦に並んでいるのだが、それらはそれぞれ目に来る原色の赤・青・緑。もう少しデザインに凝る気概はこれの作成者には無かったのだろうか。


 ともかく、「確率を表示」というのが少し気を引かれる。お遊び的なものだろ、みたいにも無論、頭の隅っこの方では考えてはいるものの、何しろ暇な身だ。いや、次の職を探すための重要な充電期間であるがゆえ、いろいろなモノを取り込んで刺激を受けなくてはならない時期だ。時刻10時半過ぎ。行きつけの飯屋が開くまでの間、少しこの得体のしれないアプリに付き合ってみることにした。


 とは言っても、テキストボックスに何事かを打ち込んで、その右の「OK」と記されたボタンを押すだけの、良く言えば限りなくシンプルな佇まいだ。とりあえず俺は十人のうち八人くらいが初っ端に選択しそうな「雨が降る確率」という当たり障りのない文字を赤のボックスに入れてみた。その隣の赤い「OK」ボタンを押し込む。


 <雨が降る確率:50.0%>


 おいおい。そりゃあそうだろうが、もっと気の利いたこと答えろよ。いや、問いの方が気が利いてなかったか。じゃあこいつならどうだ。


 <俺が一か月後までに仕事を得ている確率:38.9%>


 ……微妙なセンだな。完全に諦めるほどでは無いが、かと言って必死こいて努力しようという気にもさせない。うぅん……神様はそれぞれの人間に対して、各々に絶妙な球を放ってくるね。さすが神。


 結局、こいつが「本物」なのかは分からなかった。というよりは、神、あるいは作成者の野郎が意図的に掴ませないようにしてるんじゃねえか的、嘲笑ちょうしょうを伴う悪意みたいなのを感じただけだった。まあそれはそれでいい。


 本日は日曜なり。そしておあつらえ向きに府中で開催があるじゃあないか。


 このお遊び的なアプリを使って、お馬さんたちの勝率を占ってみるのも面白そうだと思った。最近負けが込んでるから、それを切り替えるいいきっかけになるかも知れねえ。


 そうとなれば意気込みイレ込んだ俺は、擦り切れて下半分以上がケバ立った革ジャンをもどかしくもいそいそと羽織ると、全財産を剥き身のまま、その内ポケットに突っ込む。まあ言うて3万ちょっとってとこだが。


 鼻唄気分で部屋を飛び出した俺だったが、ふと空を仰いでみたらおったまげた。どでかい立体的な赤い「数字」が、曇って灰色になりつつあった空にぼこり、といった感じで浮かんでいたからだ。


 <82.8%>


 ぽっかり浮かんで見えるデジタルな数字……おいおいこれって、さっき俺が入力した「雨が降る確率」ってえやつなんじゃ……見える。なぜか俺の目にはリアルタイムで「確率」って奴が飛び込んできやがる……


 混乱する思考が錯綜し、やべえやべえ、それよりこいつぁひと雨来るんじゃねえかっていうような現実にすがりつきたいばかりの考えを浮かばせた俺が、一旦ヤサに引き返して骨が逐一全部曲がってるビニール傘を掴んで引き返し、さっきのとこらへんでもう一度意を決して、しかしおずおずとそれはおずおずと軋む首を傾けて空を見上げてみると、


 <100%>


 まだ上空に鎮座していた赤い数字が激しくドラムカウンターが如く縦滑りして振り切れたと思った瞬間、俺の見上げたアホ面に、冷たい雫が打ち付けて来た。


 傘を差すのも忘れちまってたが、それどころじゃあなかった。こいつは本物だ。本当に確率を弾き出してくれる神アイテムだ。そうと分かりゃあ第一……は無理か、第三レースくらいから、べったり行くしかねえ。俺は傘を握りしめたまま、京王線笹塚の駅まで不器用な足さばきで走り出すのであった。


 運よく座れた快速の座席につくや、キオスクで買った馴染みの競馬新聞をがばと開いていつも以上に目を凝らす。見える。馬柱のすぐ「上空」に、浮かび上がる赤・青・緑の数字が。


 赤<今日のレースで一着になる確率>

 青<今日のレースで二着になる確率>

 緑<今日のレースで四着より下になる確率>


 考えた末に、「ボックス」に入力する布陣はこの3つにした。赤・青がアツいお馬さんを軸に、緑が高いのは除外して検討を入念に行う。車内が混みあってきた気配はしたものの、鬼気迫る表情の俺の座席の周りには誰ひとりとして近寄ってこなかったが、その方が集中できていい。


 問題なのは「数字」が絶え間なく変動し続けることだ。ストップウォッチのように一の位は目まぐるしく上がったり下がったりを常に繰り返し、小数点以下は早すぎて目が追えない。十の位でさえもカッタカッタ落ち着きが無く、じっと見ていると酔いそうになる。


 レースも始まる前も前から、こんなにも変動する要素があんのかよ、と思いつつも、まあ雨が降って気分が乗らなくなったり、意味もなく唐突にやる気が出て来たりとか、お馬さんにもいろいろあるんだろう、とも思う。ましてや騎乗するジョッキーもプロとは言え、ちょっとの時間のタイミングで、噛み合わなくなることもあるはずだ。人間だもの。


 とにかく、この数値は強い味方だ。2か月がとこ、負け続きだった俺が目を持ってもそろそろいい頃合いだろうしよぉ。


 ふと思いついて、緑のボックス内を消去して新しく入力し直してみた。


 <俺が今日の競馬で勝つ確率:50%>


 やっぱり小馬鹿にされているような気がする。


――


 最終12レースが終了し、本日の競馬も終了となった。首尾は? 上々としか言えんわー。心強い「予想屋」が専属でついた感覚。俺の勘も久方ぶりに冴え渡り、180万がとこ浮いた。生まれて初めて掴んだ紙幣の「たば」感に、俺はギャンブラーとしての恍惚の時を真顔のまま体感していた。


 だが、これで終わる俺ではない。台場まで勢い繰り出すと、目についた紳士服店で30万と、俺にとってはちょいとお高めのスーツを購入する。グレーのラインの光沢があるスカしたやつだ。ついで靴からネクタイから一式揃え、お直しの間に温泉につかり、床屋にも行って髪を整える。こっからは真剣勝負だ。形からまず入る俺は、てめえに気合が入っていくのを感じながら、今夜の大勝負に思いを馳せる。


 時刻午後8時。雨も上がって清々しい風を全身で感じている。かっちり決まったスーツに身を固め、目指すは台場フロント=シーゼアーカジノ。ここで俺は、腐りきっちまったこれまでの人生を買い直す、買い戻す。


 赤<ボールが赤に落ちる確率>

 青<ボールが黒に落ちる確率>

 緑<ボールがゼロに落ちる確率>


 無論、選ぶのはルーレットだ。ディーラーとの駆け引き。一見、運任せに思えるこのゲームの真髄は、親対子の心理戦にある。そこを突く。


 まずは低いレートから。ボールが投げ入れられてから「確率」を確認すれば、赤か青の数字がガンと伸びる。結局のところ出目でめはディーラーの匙加減。それに乗っかって赤か黒にベットすれば、ほぼ確実に勝ち越せるわけで。


 バカヅキ感を匂わせつつ、一方で遊び慣れてますよ風も装い、山と連なってくる手元のチップを、内心うおぉと思いながらも、必死で作った余裕の笑みでもって確実に場の注目を引き寄せる。


 あれよあれよという間に、1時間ほどでVIPルームへと招待された。手持ちは膨れに膨れて400万超。腹底から叫び出したい衝動をなんとかこらえて、4階のラグジュアリーな空間へと歩を進める。


 ベテランのディーラーが会釈する中、最低ベット6000円、最大なんと600万という破格テーブルに俺は付くのだが。落ち着け。やる事は同じだ。それに腕が確かなベテランほど、俺の「確率」は手玉に取れる、はず。


 そうだぜここからはガチの、ガチの「対人戦」だ。俺は賭け金を半々くらいに分けて「赤」「黒」双方に置き、ボール投入から素早く「確率」を読み取って、「赤」ならそっちにチップ山を、「黒」ならそっちにと、小馬鹿にするような軽い動作にて寄せるという舐め切ったやり方でディーラーを挑発する。


 時には少額を賭けてわざと外したりと、老獪なディーラーの闘争心を煽ることだけに集中してゲームを続ける。約1時間が経過。持ち金600万のところを行ったり来たりしながらの水面下の攻防は、遂に俺の方に軍配が上がりそうな気配を見せる。


 ディーラーが構えた瞬間、今までほぼ沈黙していた「緑の確率」が、凄まじい速度で上昇し始めたのである。俺は平静を装いながらも、ここが勝負所だ、みたいな顔つきで、赤・黒にマックスの300万ずつのチップのタワーをどかと積み上げる。ギャラリーからはどよめき。涼しい横目でそれを視認しただろうディーラーの表情は固まったままだが、おそらくは内心で嘲笑あざわらっているに違いねえ。だがそのポーカーフェイスがいつまで持つかな?


 「ノーモアベット」のタイミングは、これまでの捨てゲームで把握している。勝利を確信したかのように少し口元を歪めたディーラーが口を開くか開かないかの瞬間、俺は椅子からおもむろに立ち上がり、「赤・黒」に積んだタワーを両手で掴むと、勢いよく「ゼロ」のグリッドに叩き置いた。流石のディーラーの顔も青ざめる。


 緑<ボールがゼロに落ちる確率:94.9%>


 こいつも確かな腕を持ち、さらにここぞの場面で幸運を味方につけることの出来る強者なんだろう。だが、俺にはそれすら呑み込める「確率」、いや「確立した確率を見通せる神様」が味方に付いている。


 一点賭けストレートは36倍。600万のマックスベットは、あと数秒で2億1600万へと昇華する。来い!! こいつで俺は人生を買い戻してやる。


 場の一同が無言無音で見守る中、幾度か跳ね返りながらも転がるボールは徐々に勢いを失っていき、予想通り黄緑の枠の中へと、吸い込まれるようにして落ちていった。


 ……かに見えた。


 老若男女、ギャラリー達の声にならない声が俺の周囲に澱んでいく。黄緑の区画でいったん弾んだ輝く銀色の玉は、ころり隣の「黒26」へと、性悪な女がごとく、俺の掴みかけたその手から逃れていったのであったわけで。


――


「……」


 湾岸の強い風が、敗者の体を遠慮なくなぶっていく。放心状態でカジノをよろぼい出るように後にした俺は、所持金987円というのっぴきならない状況まで落とし込まれていたわけで。


 全部を得るつもりが、全部を失ってしまった。


 くそっ、と毒づく声にも覇気は無い。整理しきれない気分のまま、俺をいいように翻弄しやがった悪魔のアプリを今度こそ消してやろうと画面を立ち上げるが、いや待て、全部は失ってない。


 このスーツで、就職活動に繰り出してみるか。カジノで求人とかしてねえかな。


 急に前向きになり始めた、てめえの意識に我ながら驚く。とりあえず家に帰って、売れるもんは売り、口座に残った端金はしたガネをかき集めて、就職資金でも用立ててみるとこから始めるか。


 何だろうな、この爽快感。ま、こうまで「勝ち」っつう感触をちらつかせられたらよぉ、おいそれ諦めるわけにもいかねえじゃねえか。この世は全て「確率」次第。なるようにしかならねえっつう、わけでもえみてえだしよ。


 が、そんな悟った感のある意識の高揚とは裏腹に、


「……」


 腹が鳴った。だが手持ちの金も三桁と心もとない。うぅん……空腹のまま電車で帰るか、腹を満たしたのち徒歩で15kmがとこ歩き倒すか。さっきまでとは打って変わっての貧困なる選択だ。思いついて「ボックス」に入力してみる。


<牛丼がうまい確率:100%>


 だったら喰うしかねえ。俺は少し遠くに見えるオレンジ色に光を放つ明るい店舗目指して、割と軽やかな、何かが吹っ切れた感じで歩き始める。歩きながらまた思いついて入力。


<俺が人生を諦めない確率:75.2%>


 おいおいそこは100%じゃねえのかよ、と苦笑しつつ突っ込んでみるも、まあ100%なことなんてそうそう無えもんだよなあ、とか思い返してみたり。


 だが思ったよりの高い数字に、とりあえずは満足してみるか。


 それにしても、やる気を引き出させるかのような巧妙な数値。やっぱり神様は絶妙な球をほうるね。


(終)


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