あべこべの世界(20)
孝志の作ってくれたカツ丼は美味しかった。
「風邪のときは消化の悪い食べものがいいからね。揚げ物は美容にもいいし、一石二鳥」
孝志のその言葉にわたしはひどい失望感を覚えた。
心のどこかで孝志だけは違うのではないかとわたしはすがっていたのかも知れない。
まるで本当に風邪をひいているように食欲が湧かなかった。
丸いローテーブルにぽつりと置かれたカツ丼。
食べる気分になれない。
目の前で自分も一緒にカツ丼を食べる孝志はわたしの知っている孝志ではないのだ。
他の人と同じようにこのあべこべの異常さに気づかない。
また突然、激しく感情が込み上げてき、大粒の涙が溢れてきた。
「ど、どうしたの!敏ちゃん!」
次から次へと生あたたかい涙がわたしの?を滑り落ちていく。
孝志は驚いて食べる手を止めわたしのそばへやってきた。
急にやってくる感情は同じように急に去って行ってしまう。
孝志の肉厚な肩でひとしきり泣くと、なんだかとてもすっきりして、深いため息をついた。
泣くとお腹が空き食べかけのカツ丼に再び取りかかる。
カツもご飯ももう冷たくなっていた。
孝志は何も言わず、また自分もカツ丼を食べ始めた。
孝志はわたしが泣いた理由を聞かなかった。
ただときどき食べる手を止めて心配そうにわたしの様子を伺った。
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