あべこべの世界(19)

いつの間にか寝てしまったのか、気づくと部屋の時計はお昼すぎを指していた。


 わたしはのっそり起き上がり、ユニットバスの鏡の前に立った。

 

 マスカラの繊維が目の下にいくつも付いている。


 昨夜は化粧も落とさずに寝たのだ。


 わたしは適当に洗顔料を手にとり、適当に泡立て、適当に洗顔をすませる。


 タオルで顔を拭いているときにマンションのインターホンが鳴った。


 誰?


 宅配?


 人に会う気分じゃなかったので、息を潜めて居留守を使うことにした。


 インターホンは神経質そうに何度もなる。


 誰?


 宅配じゃないの?


 嫌だ、怖い。


 と思った瞬間ドアの向こうから孝志の声がした。 


「敏ちゃん。敏ちゃんいる?」


 わたしはほっとして、タオルを持ったまま玄関のカギを開けた。


「敏ちゃん!」


 髪や肩に雨雫をつけた孝志が立っていた。


「心配したよ!」


 孝志はぎゅっとわたしを抱きしめた。


 孝志の肩越しに小雨が降っているのが見えた。


 今日は雨が降っているのか。


 目を閉じて孝志からする雨の匂いを吸い込んだ。


 昨日から連絡が取れなくなったわたしを心配した孝志は、今朝わたしの会社に電話をし、病欠なのを知ると自分も早退をして様子を見にきたと言うのだ。


「連絡もできないほど大変なことになっているんだと思って心配したよ。今朝も全く電話つながらないし」


 ベッドに転がるバッテリー残量がゼロになったスマホをわたしはそっと充電器に差し込んだ。


 軽く咳き込み、ベッドに入る。


「ごめんね。孝志」


「良かった。敏ちゃん、ちゃんと生きていて」


 何か作るねと孝志はすぐにキッチンに立った。


 わたしはその丸い背中を見つめる。


 わたしを見つめる健二の目を思い出し、ズキンと心が痛んだ。




 ごめんね。孝志 

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