あべこべの世界(12)

 そのとき背中を叩かれて驚いて振りかえる。


「おはよう。敏子」


 直美が立っていた。


 メイクもヘアースタイルも完璧ないつもの直美だった。


 わたしのように朝の通勤だけで崩れてしまったりしない。


 直美の視線がわたしの口元で止まっているのに気づいた。 


「敏子のその口紅の色すてき」


 直美がわたしのメイクを褒めるなんて、いやわたしのことを褒めるなんて、記憶にある限り一度もなかったことで動揺した。


 わたしの動揺など全く気づかないように直美は鏡の中の自分を見つめ、少し首を傾け甘えるような声で言った。


「あーあ、わたしも敏子みたいに美人だったらなー」





 やっぱり今日は変だ!大変だ!



「おはようございます!」


 いつもはわたしがあいさつをしても顔もあげないのに、爽やかな笑顔で声をかけてくる男性社員たち。


「よっ!今日も美人だね」


 とわたしの肩をたたく上司に、給湯室で


「どうしたの?今日は顔色悪いけど、体調でも悪いの?」


 と女好きの同期男性社員。


 彼と二人だけで会話をしたのはこれが初めてだ。


 わたしは苦笑いし、そそくさと自分の席についた。


 今朝、家を出てから会社に着くまで、なぜ男性たちがわたしを見ていたかの理由がやっと分かった。



 わたしは美人になったのだ。



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