あべこべの世界(6)
スマホに夢中の直美の伏せた目には長いエクステがびっしりついている。
普通は12ミリぐらいだけど、きっとあれは15ミリはある。
さっきから懸命に文字を打つその指は自己主張の強いネイルアートが施されている。
わたしは手持ち無沙汰で吸いたくもないタバコに火をつけ、自分の腕時計を見た。
昼休みももうすぐ終わる。
あと10分もしたらここを出て会社に戻らないといけない。
「やった!」
直美はニヤリとし、また黙って指をすばやく動かす。
会話をしている相手が誰なのか聞かなくても分かる。
三つ年上の彼氏だ。
「金曜のお詫びになにか買ってくれるって」
指を動かしながらしゃべる直美をわたしはいつも器用だと思う。
この前の金曜日、五反田でずっと直美の彼氏の愚痴とのろけ話を聞かされた。
「何をおねだりしようかな?」
直美はスマホに目を落としたまま、テーブルの上のコーヒーカップに手を伸ばす。
こぼしやしないかと見ているこっちはハラハラする。
カップを起用に掴んだのはいいが、やはり口元に運ぶ寸前でコーヒーがこぼれ、直美の制服の白いシャツに茶色い染みを作った。
「熱っ。やっちゃった」
わたしはウェイトレスを呼び、新しいおしぼりをもらうと直美に手渡した。
「サンキュ。敏子」
直美はポンポンと右の胸元をおしぼりで叩く。
絶対にEカップはある。
いろんな小細工をしているとしても、服の上からこれくらいのお大きさに見えるのだから成功だ。
そもそも女の体なんてウソで作られているのだ。
いや、逆に何もしない女の体こそがウソなのかも知れない。
わたしはタバコの煙をゆっくりと吐きながら、突然、不成功な自分の体がとても恥ずかしくなった。
このスカートの上にのったお腹の脂肪や夏場は股ずれをおこす太もも、しもぶくれの顔まわりについた脂肪も、すべて切り取って捨てたくなった。
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