あべこべの世界(5)

「そういえば、ここに来るとき朝子さんに会ったよ」


 わたしはちょうどしらたきを口に入れ、熱さと格闘しているときだったので、


「ひょれで?」


 と言葉にならない変な音を発したけれど孝志は真顔で返事をする。


「これから仕事だって。大きくて重そうなバックを抱えてた」


 朝子さんとは同じマンションの三階に住んでいる女性でフリーのフォトグラファーをしている。


 スラリと背が高く、黙っていると近寄りがたく感じるほどの美人で、よくモデルの土屋アンナに似ていると言われている。


 その性格はその容姿を大きく裏切るものでいつも男たちを深く失望させていた。


 土屋アンナの本当の性格は知らないが、顔だけでなく性格もよく似ていた。


「勝手に失望するのは男たちなんだから、朝子さんは悪くないよ」


 孝志は男の中では数少ない彼女の擁護者だ。


 実際に朝子さんを悪く言う男たちのほとんどは以前彼女にフラれた男たちで、それをいつまでも逆恨みをするという朝子さんとは対照的な性格の持ち主たちばかりだった。


 朝子さんとは最初はあいさつだけの仲だったのが、いつからか長々と世間話をするようになり、ここ一年くらいはお互いの部屋を行き来するほどになっていた。


 サバサバとした男まさりな性格な朝子さんだったがお洒落な人で、彼女らしい透明感のあるスタイルだった。


「このカラー敏ちゃんかわいいよ」


 白っぽいピンクの口紅は自分には似合わないとくれた朝子さん。


 口紅をもらったことより人からかわいいと言われたことがとても嬉しかった。


「今度また朝子さんをよんで鍋パーティでもしようか」


 いつも最後まで残すおでんのたまごを器用に箸で半分に切りながら孝志は言う。


「そうだね。今度会ったとき誘っとく」


 わたしは二個目の大根に取りかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る