6. 妖精の涙



私はメアリー。

花と人をつなぐプロの妖精のひとり、です。


いや、訂正します。

「花と人をつなぐプロの妖精のひとり」でした。


今日限り引退させて頂きます。

もう嫌です。


本当はプロでも何でもありません。

ドジばっかりして、大妖精から叱られてばかり。

友達からも馬鹿にされてるんです。


だから妖精の粉も少ししか、もらえません。


今日、その大事な粉を、大事なに使いもせず

無駄にばら撒いてしまいました。



いえ、だから泣いていませんって。


人にもつなげられず、花たちを幸せにもできず

どうして花の妖精が名乗れましょう。

だからこの弓矢も、妖精の制服もマーマに返します。



…ゴメンナサイ。


…ゴメンナサイ。


どうして…いつもこうなの!

私だって、ラナンを救いたかったんです!

どうしてこんなにドジなのか、私にもわからない!

お花にも使命があるように

私だって妖精の仕事を大事にしてきたのに!

ただあの子を幸せにしたい、だけなのに!


…だめ。

もう、泣くしか、できない…



―――


「はい、お花。ありがとうございまーす!」

「ばいばい」


最後のガザニアのブーケを売り渡して、店長の私は満足な気分だった。

買ってくれた女の子は、花をとても気に入ってくれたようだ。

そんな小さな笑顔が、フローリストの人間を幸せにする。


「うーん! そろそろ閉店かな?」

「店長ー」


伸びをした店長のもとに、若い店員がやって来た。


「そろそろ閉店準備かかりますねー。

もー今日は忙しいし、変なもの見るし疲れましたよー」


ぶつぶつ呟いていた店員が、一輪のラナンキュラスを手に取った。


「店長ー、やっぱりこの子、売れませんでしたよ」

「そう…残念ね。とっても個性的なのに」

「ウチみたいな店は花の個性だけじゃ、やってけませんからねー」


店員はにべもない。


「じゃーさっさと、捨てちゃいますね」


小さな花瓶の水が捨てられる。

店員の女性は、店の横のダンボール置き場に歩いていった。

そして一輪の花を、ゴミ箱の中に無造作に放った。


「さー片付け、片付けっと。ひゃ!」


店員は首筋に水滴を感じ、驚いて声をあげた。


「あれ、雨かな?」


予報では天気は問題なかったはずなのに。彼女は首をかしげた。

空を見上げて、気のせいだったと思い直した。


店の中に戻ろうとした時、誰かが声をかけた。


「お姉ちゃん」


踵を返すと、そこに小さな女の子が立っていた。

「シシリー」の文字がある袋を、片手に持っている。

通りの向こうに、この子の母親らしき姿が見えた。


「あれ、さっきお花を買ってくれたお客さんかな?

はい、ちょっと待ってね。店長ー!」

「はーい。あら、さっきブーケを買ってくれた、お嬢さん?」

「うん」


にこやかに答えると、少女は落ち着かない様子で、左右を見出した。


「あれー? 絵本はあるのに、なーい」

「んー? どうしたの?」


店長は女の子の前に座って尋ねた。


「お椅子の上にあった、小さなお花がなーい。ようせいの本の前にあったのー」

「え? あ! あの小さなラナンキュラスね! カナちゃん?」

「…さっき捨てちゃいました。でも、まだあります!」


店員は申し訳なさそうに、ゴミ捨て場に戻った。

草花の上をあさり、横になっていたラナンキュラスを取り出した。


「すぐのさっきだから、傷んではないですけど…」


店長はラナンキュラスを受け取ると、少女に見せた。

すまなそうに言う。


「ごめんね、ほかのお花と間違えて、捨てちゃう所だった」

「あー、このお花だー。マリ、これ欲しい!」

「え? 少し汚れちゃったかもしれないけれど、いいの?」

「うん!」


店長は少し考えてから言った。


「じゃあこれ、マリちゃんにプレゼント!

ちょっと待ってね。カナちゃん、お花、包んであげて」


花を受け取った店員は、その場を去りながら、女の子に両手で「ごめん」をした。


待っている間、女の子は自分で妖精の本をめくって、読んでいた。

店長の女性は、その隣に膝をついて座った。


「カワイイでしょう? みんなお花のお洋服きてるんだよ。

…ねぇ、マリちゃん」

「なぁに?」

「どうしてあのお花、欲しくなったの?」

「うーん、えーとねー」


少女はしばらく考えていた。

やがて自分の買った花を見せて、無邪気に答えた。


「なんかね、さいしょ、この子のお友達だと思ったの。

でもママが、買いたければ、花はひとつだけにしなさいって…

それでね、バイバイしたんだけど、さっき雨がふってきたでしょ?」

「雨?」

「うん、そうしたらお友達だけ、ぬれちゃうって思って…

そういうの、かわいそうでしょう?」


店長はしばらくその子を優しい目で見ていた。そして、笑顔でうなずいた。


「うん、そうだよね」


店員が戻ってきた。

女の子は花を受け取ると、スキップして母の元へ戻っていった。

店長はそれをじっと見つめていた。


「良かった。つながったわ」


彼女は今日のうちで一番の笑みを浮かべた。


「しかし、よく売れましたねーあの花。まー結局はタダだけど」

「妖精のおかげかもね。さー閉店、閉店!」


店長は椅子の上にあった本を手に取ると、腕まくりをして店の奥へと歩いていった。




(フローリスト  おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る