5. 妖精の仕事



ふうん。

なかなか面白い子たちに囲まれていますね。


けれどあの子。

このままだと、やっぱり何か「きっかけ」がないと、人の手に渡るのは難しそう。


さて、そろそろ出番が来たみたいです。


ラナン。

魅力の女神「ラナンキュラス」より生まれし子。

あなたに私の祝福を受ける資格を認めます。


ではあなたが飲んでいる、そのお水に

あなたを変える素敵な力を与えましょう。


風よ。

さあ、行きなさい。私の魔法の粉をのせて。

あの子のもとへ…



―――



ふわりと弱い風が、僕の顔にあたった。

何だかとても甘くて懐かしく

優しさを感じる。

僕はうとうとして目を閉じかける…


「ラ、ラナン! あれ!」

「え?」


ガザに起こされて、はっとした。

指さされた方を見て

僕は自分の目を疑った。


あの太っちょのアネモネの全身が輝き始めている。


茎の方をキラキラする不思議な水が伝ってきて、花頭から噴水のように吹き出ていた。


水を浴びた花びらが、ぴんと瑞々しく張りだした。

しっとりとした紫の花弁が、何とも美しい。

その上を金銀の花粉が星のように舞い散っている。

宵の空で妖精がダンスしているみたいだった。


同じ花の僕が見ても、なんて魅力的なんだろうと感動した。


それなのに、ふとっちょは気づかずに

幸せそうに寝ているんだ。

でもそれがまた、見ている僕を温かい気持ちにした。


「まあ、なんて綺麗なのかしら。孫にぴったり」


すぐにふとっちょは、大きな手に優しく持ち上げられた。

彼はその人に手をつながれて、店の奥へと消えていった。


「良かった…」


僕はつい本音を漏らした。


「もしかして…妖精が来たのかもしれない」


ガザは興奮を隠せない様子だった。


「妖精?」


「そうだ…そうに違いない!

僕たちを魅力的にしてくれる大妖精の娘たち。

その子に選ばれた花には、最高の幸せが約束されるって。

ラナン、君にとって、最後のチャンスかもしれない!」


「チャンスって言われても…」


僕は困惑していた。ガザの早口についていけてない。


いらいらしたガザが、けしかける。


「もう! 深く考えるな!

あのアネモネのように、妖精の気を引けばいい。

ほら!

もっと不幸そうに振るまわなくっちゃ駄目だ!

めそめそと泣いて

しおれて、うなだれたフリをしろ!

さもなきゃ、花びらをむしれ!」



―――



…あー、こほん。


私の名前は…ご存知でしたね。

はい、もちろんプロの妖精。


いまのは私ではなく、風たちの問題。

彼ら、とにかく気まぐれなの。

あとできつく、叱っておくわ。


やっぱりシルフは駄目ね。

ここはもっと使いやすい動物たちにお願いするわ。


えーと、鳥、犬…猫。

そうね、あの黒猫にしましょう。


気を取り直して…


猫の王のしもべよ。

彼に変わって命じます。

さあ、行きなさい。私の魔法の粉をのせて。

あの子のもとへ。


あっ!!



―――



「そんなこと言われても…僕、もう充分落ち込んでるし」


その時、ラナンは叫び声をきいた。

とてもびっくりしている、人間の高い声だった。



「て、店長!!」

「なあに、カナちゃん。そんなびっくりした声で」

「ね、ね、猫ちゃんの頭の上に花が咲きました!」

「え…? アハハハ! 昼間からなに言ってるの?」

「ほ、本当です! こう頭から…

あれ? え? あれ、ない…いや、確かに…」



―――




…あー、あー、こほん。

 

おっしゃりたいことはわかりますよ。

プロですから。


けれど、今回は色を選べませんでした。

黒猫は白猫よりも、気まぐれなんです。

なので私の粉をエサだと思って食べてしまいまして…

まったくあの下等な生き物ときたら…


え?


ええ?


ちょ、ちょっと待って、スズメさん?

私あなたのこと、呼んでいないですよ?

その、ちょっと離して下さい。離してってば!!


え、遊びに行きたい?

違う違う。


それは別の子に頼んで。見たらわかるでしょう?

私はお仕事中なの。早くクチバシを開けてくださ…


きゃ、きゃあ! だ、駄目。飛ばないで!

駄目、駄目!!

きゃぁーーーーーーーー!!



―――



「ねえ、こんなことしても、妖精なんてこないって」


ラナンはいい加減、首をあげたくて仕方なかった。


「馬鹿!

このチャンスを逃したら、後はないって言ったろ?

今日が最後だと思って、頑張るんだ!」

「…どうしてガザは、そんなに僕を人につなげたがるの?」


僕は下を向いたまま、訊ねた。


「…別に。

君を見るとイライラするからさ。

いいからもっと【水をくれ】って顔しろよ」



―――



はぁ、はぁ。


お、お待たせして申しわけ…あ、ありません。


と、とても元気なスズメちゃんで…

まだ巣から飛びったばかりの…

遊びグセが抜けない子…でした。

お母様に良く言っておきますので…


はぁはぁ。

ふぅ。


もう。大丈夫です。落ちつきました。


わかっています。

私はメアリー。大妖精の娘。

このままでは、プロ失格です。


私の名にかけて、この最後の粉のひとふりを

確実にあの坊やに届けましょう。


普段は使いませんが、これです。

妖精はみな、弓と矢を持っています。

この先に粉をふって、確実にあの子を射止めるのです。

大丈夫。

大妖精に誓って、この矢は外しませんから。


さて、それでは弓をひいて…

いきますよ…

3、2、1…


あ、アネモネの香り…

やばい、花粉が…

ちょっと、こんな…時に…

今度は本当に…鼻に…


クション!!



―――



「ガザ…君、輝いてる!!」


神秘的な光景だった。

どこからか

流れ星のように飛んできた光の筋が

ガザの身体を貫いた。


「ま、さ、か…」


ガザは一瞬、苦しむように身体を屈めた。

次の瞬間、花全体が輝く光に包まれた。


彼の顔は黄色を通り越して、金色だった。

お店のすべての花たちが

あの高飛車な花たちですら

生まれ変わっていくガザを見て

感嘆の声をもらさずには、いられなかった。


「綺麗だ…ガザ!」


僕がもし人のように涙を流せたら、顔中ずぶ濡れだったろう。

嬉しくて、誇らしくて。

僕に良くしてくれた彼の優美な姿が、心を揺さぶった。


「すごい…これが妖精の力か!

足元から花びらの先まで、全身で生きてるって感じがする!」


ガザは生気あふれる目で、自分の姿を確かめた。


「美しいや…

これなら俺もすぐに、人につながる事ができる!」


変身した姿を友に見せようと、ガザは振り返った。


そして見た。


嬉しさと憧れがないまぜになって

自分の生まれの事など気にもせず

ただ感動で震えている

一枚の色の欠けた花びらを持つ

純粋なラナンキュラスの姿を。


「ラナン…俺はなんてことを…」


ガザのその美しい姿が、小刻みに震えた。


「君の最後のチャンスを奪ってしまった。

なのに俺は、自分のことばかり喜んで…

オレの心はなんて醜いんだ…」


「なんだよ、強気なガザらしくないぞ!

【人に手をつないでもらえば勝ち】

君の台詞じゃないか。君は勝ったんだ。

使命を果たしたんだろ?」


ガザはおどろいた表情で僕を見た。

彼の心の中で感情が渦巻いている。

ようやく、そして呟くように語りだした。


「…俺の育った所は、とても人間が厳しかった。

傷がある、形が悪い、小さい。

いろんな理由で、仲間たちは間引かれていったよ。

俺はなんとか最後まで残った。

その分、皆の思いを背負ってると信じてる。

だからどうしても人につながれたかった」


ガザの目が僕に注がれた。


「この花屋に来た時に、僕は初めて君を見た。

正直、変な花だと思った。

でも、残れなかった仲間たちの姿が、君に重なった。

みんなの無念が透けて見えた気がしたんだ。

だから何としても、君を人とつなげたかったんだ!

ごめん。

勝手な思い込みで、俺の想いを君に託してしまって。

しかも君を裏切ってしまって!」


「馬鹿言うなよ!

せっかく高貴な花も羨むぐらい、美しくなったんだ。

誇らしくここを出ていけばいいよ。

それに――」


僕は寂しかったけれど、精いっぱい笑った。


「こんな素敵なガザを見ることができた。

僕の魂が枯れて、女神のもとに帰ったら、君のことを話すよ。

僕に勇気をくれた、最高の友達のことをね」


優しい、小さな人の手があらわれてガザをつかんだ。

その人は、友を優しく持ちあげ、心から慈しんでいた。


店の奥に連れて行かれるカザが、最後に僕に言った。


「さようなら、ラナン。

純真で素敵な友達…

【俺は君を誇りに思う】」

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