4. 花たちの談話




あ、申し訳ありません。

わたしくです。メアリー・バーカーです。


え? 涙ぐんでいるって?

いやいや、とんでもございません。


ちょっとアネモネの花粉が、目にしみただけです。

いえいえ、お気遣いは結構。

葉っぱのハンカチがありますから。


さて、生い立ちはわかりました。

じゃあラナン坊やの、お友達たちはどうかしら?

そのあたりをもう一度、観てみましょうか。



―――



「おい、ラナン!」


「ラナンってば!」


どこかでガザの声がする。


けれど、ふさぎ込んで下になった僕の顔を、持ち上げさせる元気は出てこない。


「まったく、そんなに下を向くなよ」


ガザのため息。


「ただでさえ欠点が目立つのに、そうしてひとりで、置き去りにされてるんだから」


ガザは物言いに遠慮がない。


「けど考えようによっちゃ、そんなにいい席はないぜ。

だって、誰よりも注目されてるんだからな」


僕はそう言われて、初めて顔を上げた。


店頭を飾る花たちが、

それぞれ舞台の上に置かれたり

せり出した木の屋根から

吊り下げられたりしている。


相変わらず、ひそひそ話や笑い声はする。

けれど、仲間たちの話には「ずるい」とか「うまくやった」など

羨ましがる声も混じっていた。


「忘れるな。自分がどうだか、なんて関係ない。

俺らは、人に手をつないでもらえれば勝ちなんだ」


僕は店の入り口近くのブーケ売り場で、ウインクするガザを見た。

その一言は、少しだけど僕を勇気づけた。


「ほら、さっそくお客さんが来た。きっとあの鉢植えに行くぞ」


ガザが指さした方を見ると、体の大きな女の人がいた。

彼女は3つの鉢植えを器用に手に取り、店の人の方へと歩いていく。


「ポインセチアさ。いまの時期はあいつらが売り場のスターだ」


その子たちは、綺麗で透明な、お持ち帰りの袋に包まれた。

ウキウキした様子で、持っていかれるのを待っている。

みんな幸せそうに、笑いあっていた。


「うらやましいな」


僕はぽつりと漏らした。


「どうかしら」


反論する声がした。とても上品で澄んだ声だ。

振り返ると、また一段高いところで、白い大きな花が笑っていた。

たまたまその花を僕は知っていた。


白いトルコキキョウだった。

この子は、蕾の時はねじれているけれど、開くとふわっとボリュームある形になる。

フリルのような白い花びら。

先端にいくにつれ、綺麗な紫色の帯に染められていた。


「あの子たちはたくさん売れるけれど、ただ飾られるだけ。

私たちみたいに、美しい想いとかメッセージは添えられないわ」


高貴な笑みを浮かべる。

束ねられた仲間たちも「そうよね」と同意していた。


「第一、花じゃないわ。さようなら。小さな葉っぱたち」


その隣の青いデルフィニウムが、馬鹿にして言った。

彼女はワンポイントのある

薄い和紙のような花びらを上げて

ハンカチのように振っていた。


僕はその美しい仲間たちの

自信たっぷりな態度を見るのが、すこし疲れてきた。


「あいつらは、自分が特別な人にもらわれると思ってるからな。

基本的に高飛車なんだよ」


ガザが苦々しい顔をした。


「その分、アルストロメリアや仏花なんて、余裕なもんさ。

いつでも売れて、誰にでも買ってもらえるからな」


ガザの言っている場所は、すぐにわかった。

落ち着いた雰囲気で、あまり笑わない花たちがいる、あそこだ。

そのコーナにある花たちは、皆すまし顔だった。


百合にも水仙にも似て、色も豊富なアルストロメリア。

どれも決まった組み合わせで束になっている、仏花たち。

僕は何となく、そこには行きたくないなって思ってしまった。


「それにひきかえ、あそこを見ろよ、あの青いガザニア」

「あのガラスの花瓶に入っている、口笛を吹いている花のこと?」


「そうさ! 俺たちの仲間にあんな青いやつはいないんだ。

女神がくれた大事な色を忘れて、人に染められたヤツ。本人はそれを忘れて、いい気になってる。

あんなウソっぽい色、ありえないだろ?」


興奮するガザの声が聞こえたせいか、その青いガザニアと僕の目があった。


「なんだ田舎者か」

とでも言うような顔で口をとがらし、彼はぷいっとそっぽを向いてしまった。


「な、感じ悪いだろ」


ガザが舌打ちする。

でも僕にはなんだか、その青い花が孤独で、寂しそうに見えた。


「あ!」


ガザと僕が同時に叫んでからの出来事は、一瞬だった。


空の上から突然、黒いものがやってきて

すべるように僕らの前を通過すると

なんと、あの青いガザニアをつまんで

持ち去ってしまったのだ。


「カラスだ! あははは!」


ガザが腹を抱えて笑いだした。


「あー、おかしい! 人より鳥の興味をひきやがった。いい気味さ!」


それに対して、微妙な顔の僕。

気の毒で、どうしてもガザのように笑えなかった。

ガザがそれに気づいて、渋い顔をした。


「なんだよ、お前も笑えよ。俺ばっかり悪いみたいだ。

ラナン、そんな弱気じゃ、僕らの使命を果たせないぞ」


僕は聞こえないふりをして、返事をしなかった。


ガザの言うことは間違っていない。

花の使命。

それは人と手をつなぐこと。


僕みたいな中途半端な花の場合

自分の気持ちを上塗りしたっていいから

綺麗になって、使命を果たすべきなのかな。


なら身体を汚した罪を女神様に謝らなくっちゃいけない。

許してもらえるだろうか。

これも考え過ぎかな、と思った。


僕のとなりの水桶で、さっきから

「グーグー」と大きないびきが聞こえている。

アネモネの男の子。

太っていて、紫色の花びらが不揃いに

やる気なく垂れ下がっている。

周りの同族の仲間からも、呆れられていた。


この子が気に入られる見込みは

僕ぐらいになさそうだ。

けれど、本人はそれも気にならないのか

なんだかうらやましいぐらい、幸せな顔をしていた。


「いい気なもんだ。まだ温室気分でいやがる。

ラナン、安心しろ。お前よりもこいつが残りそうだ」


「うん…でも、とても気持ちよさそうだ」


僕がぽつりとつぶやいた世間知らずな言葉。

また怒られるかな、と思った。


でもガザは珍しく反応せず、僕をまじめな顔で見ていた。

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