第1章 その2

 屋敷内は、外観と同じく思ったよりもごうではなかった。良く言えば実用性重視でがんじようそう。悪く言えば質素に造られている。

 けど、至る所に木材が使われていてとなく温かさがあり、石造りよりも何だかほっとする。

 きちんとヒーターが効いていて暖かいのもありがたい。こんなに広い屋敷だと、温度調整するのもちょっとめんどうだし。どうやら屋敷内に配管を通して、お湯? で暖めているようだ。窓硝子ガラスも、王都の建物ではまず使われない二重構造──いや、これ三重!? 興味深いなぁ。

 周囲をわたしていると、グラハムさんの声がした。

「アレン様、どうぞこちらへ。荷物は、エリー。部屋まで先にお持ちしなさい」

「は、はい!」

 公女殿下よりは、少しだけ年上に見えるメイドさんが緊張した面持ちで此方こちらへ駆けてきた。ブロンドのかみを二つ結びにしている。この子が本物のエリーさんか。

 ああ、そんなに急ぐと……僕の目の前で転びそうになったのを、受け止める。

「きゃっ」

「おっと、だいじよう?」

「は、は、はい。も、も、申し訳ありません……」

「エリー、屋敷内を駆けてはいけません、と何度言えば分かるのですか」

 グラハムさんがあきれつつ注意。当の本人は、うつむいて身体を震わせている。ドジっ子メイドさんなのかな?

 立ち上がらせた本物のエリーじようかばんとコートを渡す。確かにこうして見ると、ちょっとだけ公女殿下に似ているかもしれない。どこが? と言われると困るけど。ふんが。

がなくて良かった。荷物をお願いします」

「は、はい! 任されました」

「ありがとう」

「ひゃう。えっと、あのその……」

「ああ、ごめんなさい」

 妹やこうはいに対するくせでついつい頭をでてしまった。

 いけない。くさえんにバレたらまた変態あつかいされてしまう。

 ……それでいて、自分は撫でろ、と事あるごとに言うのはいったい。長い付き合いだけど、なぞが多いな、あいつも。

 一連の様子を見ていたグラハムさんからするどい視線を感じる。な、何でしょうか。

「アレン様は、本当にうわさ通りの方でございますね」

「教授が僕をどう伝えているかは非常に気になります。……同時に聞きたくない気もしますが」

「色々とございますが……『天性の年下殺し』ともおつしやっていました」

「ひ、人聞きが悪い! 少しだけ、年下の扱いに慣れているだけです」

「そうでございますか。さ、どうぞこちらへ」

 全く信じてない顔だ。教授めっ。

 今度会ったら、不当に僕のめいおとしめている借りはきっちり、利息付きで返してもらう事にしよう。

 長いろうを歩いていくと、き当たりに黒い木製のとびらが見えた。

 グラハムさんがノック。「入ってくれ」との太い声が中から聞こえてくる。

 扉を開け、僕だけ入れ、との仕草。

 ──なるほど。最終面接というわけですか。

 ここでおくしても仕方ないですしね、軽くうなずき中へ。

 目に入って来たのは大きなしつ机と、奥に座られている先程の公女殿下と同じ髪色をした、おおがらな男性。他の家具はかべ一面にほんだながあるだけと、簡素な造りだ。

 後方で扉が音を立てて閉まった。これで退路なし。

「失礼します」

「おお、来たか。初めまして──と言うべきなのだろうな。あいつから君の話を散々聞かされたせいか、そういう気持ちになれんが。ワルターだ。一応、ハワード公爵という事になっている」

「アレンです。今日一日で元から高くなかった教授へのしんらい感がより下がっていますが」

「ははは、君も巻き込まれた口か。あいつは昔からそうだ。気に入った人間をまんしたくて仕方ないのだよ」

「はぁ」

「色々とあったばかりだというのに、王都からはるばるすまなかった。話は聞いてきていると思うがよろしくたのむ。あいつに相談したのだが、『アレンしかいない。彼以外では無理だ。彼にしたまえ。彼にすべきだ!』と、強いすいせんを受けてね。長い付き合いだが、ここまで教え子を推されたのは初めてだ。無論、君の事情──王宮ほうの一件はむすめに話していない。ただ、君が家庭教師になる、と伝えただけだ。安心してほしい」

「ごはいりよ感謝します。ただ、申し訳ありませんが……教授からはほぼ何も聞いておりません。聞いているのは、『ティナ公女殿下の家庭教師を王立学校入学まで務める』。それだけです」

 いつしゆんちんもくする公爵。深い深いいき。額に手。つうは告げますもんね、内容。

 そして、こちらに向き直り告げられた。

「……今度、来た時はあいつをぶちのめそう」

、僕と他の教え子にもお声がけを。グラハムさんもさそってそうしましょう」

「うむ」

「それで、僕が聞いていた内容とは何か異なるのでしょうか。車中でも少し聞いたのですが、前任の方は?」

「来春まで君に我が末娘であるティナの家庭教師を務めてほしい、というのは本当だ。しかし、王立学校入学まで、というのは少しちがうな」

「と、言いますと?」

 こうしやくから立ち上がり窓を見る。こうして見ると、とても教授と同世代、つまり五十代前には見えない。きんこつりゆうりゆうとした見事な体格をしていて、若々しい。

「我が家系は王国建国以来、北方を任されてきた。そのことをほこりに思ってはいるが、見れば分かるように、この土地は人が生きていくにこく。他国との国境線もかかえ、いくも戦乱のたいとなった。ハワードが対外的に武門とされているのもそのためだ」

「はい」

「私の子供は娘が二人だけ。ティナが幼い頃妻に先立たれてね……新しい妻をめとるつもりもない。だが、一族内に武才ある者はおらん。武門としてのハワード公爵家は私で終わる。……長女は反発して王立学校へ入学してしまったがね。親の目から見て、あの子は優しすぎるし、ほうの才も際立っているとは言えない。武人には向いていないのだよ。努力をしても、我がハワード家が代々いできた、きよく魔法を使いこなせるようにはならないだろう」

 話が何となく見えてきた。つまり、公爵は。


「君に任せたいのは、ティナに王立学校入学をあきらめさせる、ことだ。残念ながら我が末娘には──魔法の才が全くない」


 ……教授。数多あまたの面倒事を押し付けられてきましたが、これは流石にななめ上過ぎですよ?

 王立学校への入学を諦めさせる。

 その逆は分かる。何度かそういう話は受けたし、無事合格させてきた。

 けど、諦めさせたことなんてない。この国で要職に就きたいのならあそこに入学し、ゆうしゆうな成績で卒業しなければお話にならないからだ。

 ……それを諦めさせる。しかも実の娘に。余程、事情がありそうだ。

「魔法の才がない、というのは?」

「そのままだ。ティナはあの歳で簡単な初級魔法を起動させる事も出来ない。いや、魔力はあるのだ。それこそ私や長女以上に、な。にもかかわらず……小さな火や、ほんの少しの水、ふうや、わずかな雷、一欠けらのつちくれ、我が家系と最も相性のいい氷の一片すら、生み出す事が出来ない。何人もの有名なほうに原因を探らせたが全く分からん」

「聞いた事がない事例ですね。ただ、王立学校は魔法の才を有するのを前提にしていますが、近年では他の分野において著しい才があれば入学を許可していますし、そこにはせんざい的な才能もふくまれます。入学を最初から諦める必要はないのではありませんか? 教授も同意見かと思います。失礼ですが、学問の方は?」

「……やつにもそう言われ、君を推薦されたのだ。学問については、我が娘ながらひいでている。大人顔負けだ。おや鹿かもしれないが、長女と同じくとても優しい子でもある。しかし、魔力量がいくぼうだいでも、何時いつ使えるようになるのか分からない者の入学を許す程、あそこはなまぬるい場所ではあるまい。特に──君達以降は規格外な存在をおそれてもいる。学校長はそうでもないようだが。けれど、な彼のじんとはいえ、全てを押し通すことは出来まい」

「……申し訳ありません。めいわくをおかけしまして」

 王立学校は、王国ずいいちの名門として名高い。

 当然、集まって来る人材は優秀の一言にきる。学生達はそこで三年間みっちりと学業と魔法やけんじゆつ等を学ぶ。

 が……その授業内容は王国くつしゆんえい達をして、難解かつ過酷。規定の三年で卒業すればしようさんされ、入学した学生の約半数が留年をなくされる、と言えば多少は伝わるだろうか。

 形式上、卒業短縮制度は設けられているものの、適用される者は極めてまれ。この数十年の間に、それを成しげた者は僅か数人であり、みな、卒業後、良くも悪くも名をせたと聞く。


 ──その名門で数年前、波乱が起きた。


 二人の学生が、僅か一年で卒業してしまったのだ。

 しかも、その内の一人は入学前、まともに魔法を使う事が出来なかったにもかかわらず、卒業時には王国屈指のほうへと成長していた。

 ……いやまぁ『その二人』とは、僕と腐れ縁、リンスター公爵家のまま長女、リディヤなのだけれど。規格外もあいつだけ。僕は巻き込まれて卒業……と言うか、単に『世話係』として追い出されたんだと思う。

「リディヤ嬢は私も知っている。彼女が魔法をまともに使えるようになったのは入学後。入学試験は剣術のみで乗り切ったこともな。これだけを聞くと多少の救いも感じるが……」

「事実です。正確に言えば、僕と出会った後ですね。剣術は最初からちよう一級品でしたが」

「同時に、彼女は初級魔法程度を使えたとも聞いている。しかし、ティナは……」

 リディヤは基本的に細かい事が苦手で、魔法を使えなかったのは、入学前に付けられていた教師の教え方が問題であったように思う。

 あの子に理論だけを幾ら教えてもなのだ。根っから感覚派だし。

 元々素質はすさまじく、コツを教える──他にも色々あった翌日、上級魔法を使っていたのを思い出す。あの時は呆れ返ったものだ。周囲の同級生達は言葉も出てなかったっけ。

 その次の日には、極致魔法を僕へってきた。もう何も言いたくない。よく生き残ったものだと、自分で自分をめたい。

 ……本人は心底うれしそうだったし、無事だったから良かったけどさ。

 だけど、公爵が仰る通り、彼女の場合、ろうそくに火をつける、といった多少の魔法は入学以前から使えていたのも事実。

 公女殿でんは、魔力があるのに魔法を一切使えない……難題かも。

「ティナは責任感の強い子だ。うちに生まれた以上、その義務を果たすべく王立学校への入学は当然だと考えている。嬉しいことだが、私は……別の路へ進んでも構わないと思っている。魔法が使えなくとも、あの子は我が家にとってかけがえのない子なのでな」

「と、言いますと?」

「見てもらった方が早いだろう。付いて来てくれ」

 そう言うと公爵はおもむろに立ち上がり扉へ向かう。僕もあわてて後を追った。

 ──さて、何を見せてもらえるんだろう?

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