第1章 その3

 連れて行かれたのはしきほんてい内ではなくはなれだった。分厚い硝子ガラス張りの建物だ。

 近づくに連れてあせっすらとにじみ出てくる。これは──

「温室ですか。これ程、大規模な物は王都にもありませんね。しかも、この植物達は……」

「よく勉強している。魔法以外も博覧強記、との話にいつわりはないようだ」

「これを公女殿下が?」

「そうだ。あの子は幼いころから、植物や作物に興味があってね。亡くなった我が妻がのこした本をよく読んでいるな、と思っていたら、ある時から自分でも育て始めたのだよ。この地の冬は長く、春は短い。あの子が何時でも育てられるように、とここを建てたのだ」

 娘の興味でこんなせつを造ってしまうとは……大貴族って相変わらず凄まじい。

 だけど、やっている事には賛同する。

 雪国で、どうすれば植物や作物を上手うまく育てられるのか、に幼くして着眼しただけでも公女殿下はただものじゃない。

 ああ、なるほど。

「この研究を続けてほしい、そう思われているのですね」

「……あいつの言っていた通り、察しがいい。その通りだ。あの子が始めた研究によって我が領土では今まで作れなかった作物を生産するようになっている。また、本来は育たなかった花や植物も、王都へ売りに出せるまとまった量を生産出来そうなのだ。領主の立場からも、父としての立場からも、ここに残り研究を続けてほしい」

 これはまた……思った以上の難題を押し付けられたなぁ。認識が甘かったか。

 すでに実績を持つ植物・作物研究へ進んでほしい父。

 家名を考えて王立学校を目指す娘。

 そのいたばさみをどうにかしろ、と?

 ……教授め。しようさいを聞いたら僕が断るのを分かっていてわざと急がせたな。何時か、この借りは返さねば。たんそくしつつ、聞くべきことを聞く。

「一つ確認してよろしいでしょうか」

「言ってみたまえ」

「お気持ちは理解いたしました。しかし、僕個人の意見としては──御本人がお進みになられたい路へ行くべきだと思います。もしもほうあつかえるようになり、それが王立学校入学に十分な水準であった場合」

 公爵の目を真正面からえて言う。

「公女殿でん御自身が入学を望むならば、許可していただきたい」

「……はっきりと言う男だな、君は」

「最初から損な役回りを求められていますので」

「分かった。もし、君の力でティナが魔法を王立学校の水準に達するまで使えるようになったならば、その時は私もありとあらゆる手段を用いてでも、後押しをする。今は亡き我が妻にちかおう」

「ありがとうございます。で、あるならば」

 思わず笑みがこぼれる。面白いじゃないか。

 リディヤの時は、単に苦手意識を持っていたのをきようせいして──ちょっとだけ? けをあたえるだけだった。

 今回は、原因不明な理由で魔法が使えない女の子をどうにかする。中々、教えがありそうだ。魔力はあるのならそこに理由は必ずあるはず

 未知にちようせんする、というのは何時だって楽しい。


「何とかしてみせましょう。これでも『けんの頭脳』とうたわれた身。多少、お力になれる筈です」


    *


 こうしやくとの面接が終わり、授業は明日からとなった。屋敷にとうちやくした時点で、夕刻近かったし、移動でつかれてもいたから有難い。

 そのため──今、僕は大食堂にいる。夕食だ!

「良し、皆いるな? では──遠方からの客人にかんぱい!」

『乾杯!』

 大声がひびわたる。

 直後、公爵家に仕えていて時間があった人達が陽気な声をあげながら、長テーブルに置かれている大皿へ手をばし、いつせいに食べ始めた。すごはくりよくだ。

 料理の種類はそれ程多くない。パンとスープとサラダ。これは鹿しか肉としし肉を焼いた物かな? 僕も負けじ、と手を伸ばす。

 うん、ぼくな味付けだけど、鹿肉美味しい。こうそうが良い感じだ。

 ワルター様が楽しそうに話しかけてきた。

「どうかね? 王都でごうな食事をしている君からすれば、少し物足りないかもしれないが。それにマナーが悪いだろう?」

じようだんを。僕はびんぼう学生ですよ。パンとスープのみで一週間過ごす事もありますので、肉があるだけでなみだが出てきます。何よりとても美味しいです。かたくるしいマナーにもうんざりしていますので、づかいはご不要に。御家では、何時も皆様で食事をするのですか?」

「そうか。それは良かった。うむ、これが北方の伝統なのだよ。食材も、いつぱん家庭で食べられている物と同じ物だ」

「──良い伝統ですね」

 周囲のけんそうながめながら、つぶやく。

 真面目に考えると、雪国のこくさ故に生まれた慣習なのだろうけど、そういうのをきにして考えても、一体感が出るし、みんな笑顔だ。

 グラハムさんもまた、おだやかな笑みをかべながら公爵のそばへやって来た。その手に持っているのは赤い液体の入った美しい硝子ガラスびん

だん様、ワインをお持ちしました」

「おお。アレン君、君もどうかね? 十七なのだから何も言われはしまい」

「いただきます──と、言いたいのですが、この後、部屋で明日の準備をしなければならないので、本当に、本当に残念ですが今晩は辞退いたします」

「残念だ。グラハム、私は飲むぞ。お前も飲め」

「いえ、私は」

「良いではないか。アレン君の世話はティナとエリーに──あの二人はどうしたのだ?」

「先程、じようさまのおえを。もう来られるかと」

「そうかそうか。なら、その後は付き合え」

ぎよ

 僕も飲みたかった。公女殿下をしゆよく王立学校へ合格させる事が出来たら、飲ませてもらおうかな。ん、このスープの味付けも好みだ。

 ──そんな風に食事を楽しんでいるとしばらくして、とびらが開いた。

 視線が集中し、入って来たのは二人の少女。

 一人は濃い青のドレスを着ている、うすあおみがかった白金髪の少女。前髪には髪かざり。うしがみには美しいリボン。

 もう一人は、メイド服姿でブロンド髪を二つ結びにしている少女。

 ティナ公女殿下と、メイドのエリーさんだ。

「おお、ティナ、それにエリー。こっちへ来なさい」

「はい、御父様」

「は、はいっ!」

 二人が歩いて公爵の傍へやって来る。

 ──公女殿下と視線が交差し、すぐらされた。ふむ?

「アレン君、しようかいしよう。むすめのティナだ。十三になる。ティナ、この方がアレン君だ。話した通り明日から、お前の家庭教師を務めてくださる」

「アレン様、初めまして──ティナ・ハワードです。うわさはかねがね。明日からどうぞよろしくお願いいたします」

「アレンです。こちらこそ、よろしくお願いいたします。エリーさん、先程は荷物ありがとうございました。車の中は寒くなかったですか?」

「へっ? く、車ですか?」

「アレン様、色々とお話を聞かせてくださいませんか?」

 まどうメイドさんの反応をさえぎるように、公女殿でんが口をはさんできた。そのほおうつすらと赤い。にっこりと微笑ほほえむと、少し不満気な顔。

 うん、教授が言ってた意味が分かる。とっても可愛いな、この子。

 王国内でもくついえがらで、『公女殿下』なんていうそんしよう持ちの子にそんな事を思うのは不敬なのかもしれないけど──表情が面白い。

 くすくす、と笑っていると、頰がどんどん赤くなっていく。素直な子だなぁ。

 ああ、一つ確認しておかないと。

こうしやく殿でん

「その呼び方はめてくれ。ぎようぎようし過ぎる。ワルターで構わんよ」

「では、ワルター様──僕が見るのは、公女殿下だけ」

「アレン様、私の事もティナと。生徒になるのですから」

「……だけなのでしょうか?」

「本当に君は察しが良いな。今、話そうと思っていた。エリー」

「は、はひっ!」

 ガチガチにきんちようしているメイドさんが、直立不動の姿勢で返事をする。

 グラハムさんまで、何処となく緊張している。

「アレン君、エリーはグラハムの孫でね、我がハワード家を長きにわたり支えてくれている、ウォーカー家ゆいいつあとぎなのだ。この子も君に預けたい。グラハムも既にりようしよう済みだ」

「それはエリーさんも王立学校へ、という意味でしょうか?」

「うむ……そこまで育て上げてくれれば、万々歳だが……」

 御二人の顔がくもっている。当の本人もしようちん気味。

 どうやら、今の段階では厳しいみたいだ。でも、そんな事よりも何よりも。

「エリーさん、一つだけ質問させてもらっても良いですか?」

「は、はいっ」

 仕方ない事なのかもしれないけれど、もっと気楽でいいのに。どうしようかな。う~ん、こういう時は……ぽん、と小さな頭に手を置き、微笑みかける。

「え? あ、あの……その……」

「む……」

「あ、申し訳ありません。どうやらくせになっているみたいでして。お話の続きです──貴女あなたは、どうしたいんですか?」

「わ、私は、言われた通りに」

「そうじゃなくてですね。貴女は公女──失礼。ティナ様といつしよに王立学校へ行きたいのですか?」

「も、もちろんですっ! 私は、ティナ御嬢様の事が大好きで、専属メイドですからっ」

「──ありがとうございます。それを聞いて安心しました。ワルター様、グラハムさん。確かに、エリー・ウォーカーじようを預かりました。エリーさん、よろしくお願いしますね」

「うむ、よろしくたのむ」

「よろしくお願いいたします」

「は、はいっ! あの、その、アレン様」

「アレンでいいですよ」

「で、では、アレン先生。私も、エリー、と呼び捨てにしてください。お願いします」

 強い意志がこもったひとみ。この子もいい子だな。

「……では、私も今から先生、とお呼びします。よろしいですね?」

 公女殿下がむくれている。少しからかいすぎたみたいだ。

「ティナとエリーですね。りようかいしました」

 やれやれ、先が思いやられるね。

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