第1章 その1

 トンネルをけると窓から見える景色は──とにかくもう白かった。何もかもが真っ白。



 ハワード公爵家のほんきよは、今も昔も変わらず王国北方である。

 冬季は全てが雪にもれている、と聞いてはいたけれど……それにしたって、王都と余りにも変わり過ぎませんかね? ここまでとは思わなかった。

 寒いぞ、という教授のおどし、もとい忠告に従って冬用のコートは着てきたし、去年の誕生日プレゼントに腐れ縁からもらったマフラーもしてきたけれど、全然足りない予感。

 二重構造のたいかん用窓硝子ガラスと、温度調整魔法が発動しているにもかかわらず、それをつらぬいて冷気を感じる。

 教授が手配してくれた一等車だからこそ、この程度で済んでいるのだろう。僕が何時も乗っている三等車だったら……考えたくない。旅自体は快適だったけれど、先が思いやられるなぁ。

 餞別のお弁当は美味しかった。流石さすがは教授。王都中の美味しいお店を食べ歩きしているだけの事はある。……しやくぜんとしないのはだろう?


 汽車は、北部の中心都市にとうちやくかいちゆう時計を確認すると定刻通りだ。荷物を持ってホームへ降車。

 ……ほんと良かった、おくれて夕方になったら、どうしようかと。

 案の定、外はとてつもなく寒く、思わずぶるい。雪が降ってないのと、除雪がしてあることだけは救いだ。何しろ屋根なんかないし。あかれんが味わい深い駅舎を目指して歩を進める。

 教授からわたされたメモを見ると、どうやらむかえが来てくれているらしい。

 駅舎内に入り、きょろきょろと周囲を見渡していると声をかけられた。


「失礼。アレン様でしょうか?」


 り向くと、しつ服姿の初老のしんと──その足元にかくれるようにうすあお色のガウンを羽織っているメイド服姿の少女が立っていた。頭には純白のリボンを付けている。

 こんな小さな子がメイド? 疑問を感じながらも、口を開く。

「はい。僕の名前はアレンですが」

「やはり。私、ハワード公爵に仕えます執事長のグラハムと申します。この子は──メイド見習いのエリー」

「エ、エリーです……」

 そう言うと少女はすぐにまた隠れてしまう。男の人が苦手なのかな。可愛らしい女の子だ。薄く蒼みがかった白金のかたまでのかみが、キラキラとかがやいている。

 グラハムさんが僕の疑問を他所よそに、さっさとかばんを手に取る。

「あ、大丈夫ですよ。僕が自分で持っていきますから」

「いえいえ。アレン様はティナじようさまの先生になられる御方。これも執事の仕事ですので。さ、参りましょう。車を用意してございます」

「そ、そうですか。ではお言葉に甘えます」

 わざわざ車を回してくれたらしい。王都でも乗る機会は多くないのに。

 ほう技術のいつぱんともない、今や多くの分野で機械化が進みつつある。とはいえ上流階級を中心に、まだまだする人もいる中、車を導入しているなんて。どうやら、ハワード家は新しい物を取り入れる事について積極的みたいだ。

 歩きながらちょっとした会話。天候や、食べ物の話。雪はこれでもまだ降ってない方らしい。もう少ししたら、春先までは本格的な冬籠りなんだそうだ。

 ……これでか。

 ちょっと気分が重くなる。寒いのは得意じゃない。何せここ数年、となりには常に『ほのお』で遊ぶままむすめが……ああ、いけない。いけない。会話に集中しないと。

「それにしても、よく僕が分かりましたね。自分で言うのも何ですが、外見にとくちようがあるとは思えないのですが」

「当然でございます。ちがえる方が難しいかと」

「どういう事ですか?」

「我が主、ワルター・ハワード様とアレン様の師である教授は長きにわたり親友のあいだがらなのです。あの御方は年に数度、此方こちらたいざいなさるのですよ。そして、ここ数年お酒を飲まれますと決まって話されるのが」

「……なるほど。僕のずかしい笑い話の数々、というわけですか」

「はい。当然、笑い話ではなく、まん話でございますが。先程、おけした時も一目で分かりました」

 あの教授は何処まで話しているのか。四方八方である事ない事話のネタに使っているんじゃないだろうな。

 ありえる。あの人ならば、十分にありえる。何しろ、人生を楽しむ事に関しては一切の妥協をしない人だし。

 ──今度、くさえんに手紙で報せておこう。


    *


 停車場に置かれていた車は、思った通りの高級車だった。ただし……グラハムさんが、僕の鞄をトランクへ入れ、ドアを開けてくれる。

「さ、お乗りください。少々せまいですので、テ──エリーはアレン様のひざうえでもだいじようでしょうか?」

「へっ? あ、いや、でもいやがるでしょう? 今日会ったばかりの男の膝上に座るのはどうかと。めれば三人座れると思うのですが」

「い、嫌じゃありません……わ、私の事はおづかいなく……」

 ずっとここまで無言だったエリーさんが顔を上げ、僕を見た。

 見つめ返すと、すぐにまたうつむいてしまう。

 ……えーっと、すごく嫌そうなんだけど。てっきり四人乗りかと思ったのに、まさかの二人乗りですか。

「エリーもこう言っておりますので」

「はぁ」

「し、しつりぇい……失礼しますっ」

 しぶしぶ、車の助手席に乗りこんだ僕の膝上にメイド少女が座ってくる。

 軽っ。ちゃんと食事をしているのだろうか、と心配になる。ねんれいは十代前半だろう。近くで見るとまだまだ幼い。

 間近で見たリボンにはおそろしくせいしゆうほどこされていた。しかもこれ使われている糸がつうのそれじゃない。多分、白金糸かな。羽織っているガウンも上質。

 だけど、かんじんのメイド服自体が着慣れてないような。ちょっと大きいし。まるで、誰かから借りてきたような。

 ……この子、もしかして。

 車のドアをグラハムさんが閉め、いざ発進。

 寒い! ヒーターは動いているけど、寒気に負けている。

 つけっぱなしではなれると故障の原因になるから仕方ないのだろう。車は新しい機械。改良余地がたくさんある。

 膝上の少女もふるえている。ガウンが薄すぎるよ。 もう少し暖かいかつこうをしてほしい。あわてて外出した部屋着みたいだ。

 首からマフラーを外し、少女の首にかけてやる。おどろいた様子でこっちを見るけど、大丈夫、ちゃんとせんたくはしているし、暖かいからね。

 運転しているグラハムさんへ確認。

「すいません。少しほうを使ってもよろしいですか?」

「魔法でございますか? 危険な物でなければ構いませんが。ほのお魔法はごえんりよ願います」

「ああ、大丈夫です。温度操作ですから」

「温度操作、でございますか?」

「驚くような魔法ではないと思いますが……ちょっとしたものですよ」

 何をそんなに驚いているのだろう? 教授の研究室ならだれでも出来る魔法なのに。時折、やり過ぎて暴発させる子もいるけれど……加減を覚えてほしい。いきなり、研究室をしやくねつごくにしかけるとか、一種のごうもんだし。

 コツは、炎・水・風の三属性を少しずつ調整する事。注意しないといけないのは、一気に温度を上げようとすると、暴発しやすくなる点だ。

 世間ちまたの魔法式だと、どうしても炎属性のみになりがちだけど、それでうまく出来るのは余程の熟達者だけだと思う。少なくとも、このやり方ならば魔力さえあればどうにか出来るしね。

 乗って来た汽車内でも使われていたけど、あれもやっぱり一属性にしつし過ぎ。複合属性にすればもっと快適なのに。

 車中がゆっくり、でも確実に暖まってゆく。うん。これならえられるかな。

「聞きしに勝る、とはこの事でございますね」

「す、凄いです。こんな簡単に……」

 グラハムさんとメイドさんがめてくれたけど、決して難しいことはしていない。みんな、やろうとしないだけ。

 人心地ついたことで、窓から外の風景を見るゆうも生まれてくる。

 今年はまだそこまで降っていない、という話だったけれど……故郷では雪そのものが降らず、ここ数年は王都・故郷・南方、とやっぱり雪にえんどおい場所を行き来していた身からすると、道路わきで小山状態の雪自体が驚きだ。きちんと除雪されているのも地味に凄い。ハワード家の治世のたまものなのだろう。

 そう言えば──王都出発以来の疑問をグラハムさんへたずねる。

「一つお聞きしてもよろしいですか?」

「私に答えられる事でしたら何なりと」

「僕にとっては幸いでしたが、どうしてこの時期に家庭教師をやとわれたのでしょうか? 王立学校の試験は来春。今まで教えられていた方がいたのでは?」

「おや? 教授からは何もお聞きにはなられていないのですか?」

「聞いていません。汽車のチケットとこうしやく家の所在地が書かれたメモ紙。そこに駅に迎えが来る、とあっただけです。使い魔はこちらへ先発させてはいるようですが」

「……一度、じっくりとお話ししないといけませんね」

「その時は、僕も──いえ、僕達、教え子一同も混ぜてください」

 グラハムさんもがいしやだったらしい。同志だ!

 あの人はまったく……基本的には、教え子思いのいい人だと思うし、こと魔法に関していえば王国内でもちがいなく十指に入る凄い人なのだけれど、基本、言葉足らず。しかも半ば意図的に。これ以上、被害を拡大させないために僕等はすべき事を為すのみ!

 少女がさっきからそわそわしている。

「ごめん。ちょっと暑くし過ぎたかな?」

「い、いえ、そんな事はない、です……」

 ああ、また俯いてしまった。

 初対面の男、しかも膝上に乗っているんだもんなぁ。そりゃ、きんちようするよ……。

 取りあえず、この事は誰にも話すまい。これ以上、笑い話を増やしても何の得にもならないし。

 そうこうしている内に、公爵家のしきが見えてきた。何度かリディヤの実家へ行ったけれども、同じ位大きい。

 ただし、あちらの御屋敷が見事としか形容出来ない程にきらびやかだったのに対し、今、目の前に見えてきているのは外観にそうしよくはなく、無骨な感じだ。

 ハワード家は、代々、北方を守護してきた武門の家系と聞いているけれど、何となく納得する。

 守衛さんが正門を開けてくれて、そのまま中へ。屋敷のおもてげんかん前に止められた。運転席から、グラハムさんが自然な動作で降り、此方側へ回り込んでドアを開けてくれた。カッコいい!

 まず、少女に降りてもらい僕も続く。さて。

「長旅、おつかれ様でございました」

「いえ、ありがとうございました──公女殿でんも申し訳ありませんでした」

「い、いえ、此方こそありがとう……へっ?」

 笑顔で謝罪を口にすると、少女が目の前で固まっている。いやいや、気付かない程、にぶくないからね。

 バレバレです。

「えっ? あのその、何時いつから気付いて……」

 しよう『エリー』があたふたしている。

 この百面相は面白いな。映像ほうじゆ、持ってきたっけ。

「駅舎でお会いした時からですね」

「ほぉ……」

「ど、どうして分かったんですか!?」

「羽織られている物が上質過ぎました。何より、メイドさんには見えませんでしたから。服のサイズも合っていませんでしたし、頭にホワイトブリムも付けていませんでした。慌てて誰かに借りたのかな? と。変装してまで僕の事を確認したい方は限定されます。何より──付けられている純白のリボンです。そんな見事な代物、僕は王都でも数える程しか知りません」

流石さすがでございます」

「うぅ……」

 ずかしそうに目をせる公女殿下。

 しゆうしんに耐え切れなくなったのか、僕とグラハムさんを置いて屋敷内へけ込んで行った。あ、マフラー……。

「申し訳ありませんでした。じようさまがどうしても付いて行くと言われましたので」

「いえ、自分がこれから教わる人を気にするのは自然ですよ。メイド服はどうかと思いますが。可愛かわいかったですけどね」

「そうでございましょう。是非、その台詞を後で直接お伝え願います。お喜びになられますので。だん様がお待ちかねです。どうぞ」

 きよだいで重厚な木製げんかんをグラハムさんが指さす。さ、御仕事、がんろう。

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