二つの事件の接点

 俯くミキに、遊佐が声を掛けようとしたその時、遊佐に電話がかかってきた。ポケットからスマホを取り出すと立ち上がり、後ろ向いて会話を始める。


 「潤? あぁ……。そうか……。何! 二年前……」


 遊佐は、ミキを振り返る。


 「わかった。ありがとう」


 電話を切ると、遊佐はミキにそっと話しかける。


 「もしかして二年前って、彼女の恋人が睡眠薬を飲んだ後、車を運転して無理心中した件か?」


 「……そうよ。私、取材したのよ、楠さんを……」


 ミキは、太ももに両肘をつき、その手に額を乗せ俯いたまま、そう言った。


 ――昨日のうちに気づいていれば、殺人事件は防げたかもしれない!


 ミキは、気づけなかった自分に腹が立った!

 気付けば、楠を止められたかもしれない。そうすれば、事件は起きなかった!

 少なくとも一緒について行って、二人で会えば殺されずにすんだはず!


 「もう、私のバカ! なんで、思い出さなかったのよ!」


 「過ぎた事を言っていても仕方がないだろう? で、その時どんな話を? 話せる所でいいから、話してくれないか?」


 遊佐は、ソファーに座り直し、出来るだけ優しく語りかけた。


 「警察は、無理心中で片付けたみただけど、彼女は殺人事件だと思っていたわ。彼が、楠さんを迎えに来る前に、保険外交員の人に会ったって。その人が犯人だと……」


 「その人に、睡眠薬を飲まされたと言うのか? 無理がないか?」


 遊佐の言葉に、ミキは顔を上げ彼を見た。


 「でも、街中で車を運転して無理心中なんて、テロじゃない? それに彼女その時、彼と一緒に婦人科に行く予定だったのよ? 警察は、それが逆に動機だと思ったみたいだけど……」


 「もしかして彼女、妊娠をしていたのか?」


 ミキは頷いた。


 「つわりがあって、確認をしに行くはずだった。でも、事故にあって流産してしまった。私は、彼女の言葉を信じて、調べる事にしたのよ。必ず、その保険外交員を探し出して、記事にするって……」


 「なるほど、探し出せなかったって事か……」


 遊佐の言葉にミキは頷き、また額を手に乗せ俯いた。


 「せめて、調べ上げた事を記事にすればよかった。そうしたら、少しは楠さんの気持ちも晴れたかもしれない……」


 「調べ上げた? もしかして、特定はできなかったけど、その事実はあったのか! それ、警察には?」


 「それで動いてくれるのなら言うわ!」


 ミキは、遊佐を睨み付けながら、そう答えた。


 「そうだな。もう、終わった案件だったな……。その内容、話してくれないか? それと、君が責任を感じる事はない。責任があるとしたら、我々警察側だ」


 遊佐の言葉に、ミキは驚いた顔をする。そして、強く頷いた。


 「………それもそうね。あなたの言う通りだわ! 今度こそ、絶対に逃がさないわ!」


 「その方が、君らしい」


 元気を取り戻し、顔を上げた瞳に力をたぎらせたミキを見て、遊佐は言った。

 切り替えの早さは、ミキの長所である。


 ――自分を責めている時じゃない! まずは犯人を捜すのよ!


 「……私は、その保険外交員の手がかりを探したわ。でも、誰にも話してなかったのか、全然つかめなくて……。それで、どうして睡眠薬を飲ませたのか、色々なパターンを考えて調べてみたのよ……」


 「なるほど。普通、そのつもりがなければ、持ち歩いているものでもないしな」


 遊佐の相槌にミキは頷くと、こう続けた。


 「それで、ある事件に注目したのよ。漏えい事件よ。彼女のファイルにはないけど、その人、無実を訴えたけど信じてもらえず、解雇になったわ」


 「漏えい? もしかして、楠さんの恋人が漏えいに加担していたって事なのか?」


 「いいえ、違うわ」


 ミキは、首を横に振った。


 「私、その解雇になった彼に取材したの。彼が言うには、保険外交員の女に盗まれたんだって。それしか思いつかないって!」


 「保険外交員の女! そこに、繋がるのか!」


 ミキは、そうだと頷く。


 「彼が盗まれたデータは、メールの内容なのよ。彼とその相手しか知らない内容が漏れてしまったのよ。だから、彼は気づいたのよ」


 「しかし、それを盗むとなると、ハッキングか何かなのか?」


 「いいえ。スマホからよ!」


 「何? スマホから?」


 遊佐は、ミキの思わぬ回答に驚いた。


 「どうやって?」


 「彼が言うのには、スマホからは、パスワードなしにメールに接続できるから、スマホのパスワードを知れば、メールの中身を見る事が出来るという主張だったわ」


 「確かに。便利だが、落とし穴だな……」


 ミキは、遊佐の顔を見た。


 「人は、気を許すと意識せず、その人の前でパスワード解除してしまうものよ。まさか、解除されて悪用されるなんて思わないでしょ?」


 「そうだな。だが、どうやってスマホから気づかれずにデータを盗んだんだ?」


 「そこで、睡眠薬よ! 彼は、保険外交員から疲れがとれるからと、特製ジュースを貰って飲んだそうなの。その後、十分ほど寝てしまった」


 「その間にって事か……。しかし、そう上手くいくものか?」


 ミキは、タブレットを指差す。


 「成功した例が、そのタブレットに載っているでしょ? ただ、その事件の人達は、気づいてないだけよ。私が取材した人たちは、全員、保険外交員と接触しているわ」


 遊佐は、驚いた顔をしている。


 「そこまで調べて、記事にしなかったのか?」


 「許可がおりなかったのよ! その保険外交員を探し出せなかったから! それに、それだけに時間をさくわけにはいかなかったの。他の取材もあったりして。時間切れで、打ち切りに……」


 ミキは、悔しそうにそう言った。

 今回の殺人事件は、これが関係しているとミキは思った。

 楠は、自力で犯人を見つけたのだろう。

 彼女が犯人をどうしようとしたかはわからないが、犯人が楠に言われて自首するとは思えない。犯行がバレたから殺された!


 ミキが考え込んでいると、遊佐は思い出したように言う。


 「ちょっと待て。飲み物って、伊藤さんも確か……。それとも偶然か?」


 ミキもハッとする。


 ――そうか! 相内さんは、ターゲット! あの二人は、隠れて付き合っていたんじゃなくて、共犯者だったって事よ!


 ミキはそう思い当たる。

 そういえば、遊佐の事も気にしていた。今思えば、警察と一緒にいる遊佐から、ミキが何か聞いてないか探りを入れていた。

 ミキは、伊藤が探していた保険外交員で、その共犯者が八田ではないだろうか、と推理する。


 「ねえ、もし伊藤さんが探していた保険外交員だったとして、偶然、楠さんが居合わせたと思う? 私達、彼女のドリンクの事、さっき聞いたのよ」


 ミキはそれとなく、遊佐に振った。


 「確かに。偶然じゃないかもな。だが、そうなると……ターゲットは八田さんだったのか? それで二人に飲ませて? しかし、二人が眠るまで部屋で待っていた事になるな。それ、不自然じゃないか?」


 遊佐も伊藤が八田達に近づいていた事に気が付いた。

 それに頷き、ミキはこう答える。


 「それは、不自然よね。でも、伊藤さんは飲ませるだけ。データは、仲間が奪えばいいのよ」


 「仲間? 二人のうち……いや、相内さんは飲んだ様子だった。……八田さんが共犯者? では、ターゲットは相内さん!?」


 ミキは、欲しかった答えに頷いた。


 「楠さんは、ここでそれが行われるのを何かで知ったんじゃないのかしら? だったとしたら、証拠のドリンクを手に入れられる」


 遊佐は、くしゃっと前髪をかき上げた。


 「だったら、もう睡眠薬入りドリンクはないな」


 「いや、あるでしょう? 楠さんの衣服に残っているはずよ! だから盗んだんだし。犯人は、警察のお蔭で、外には出ていない。たぶん、処分できずに手元に持っているはずよ!」


 意気揚々と言うミキに対し、遊佐は難しい顔つきになっている。


 「しかし問題がある。アリバイだ! 相内さんも証言しているし……」


 遊佐の言う通り、アリバイがあるから二人は犯人から除外されていた。


 「その事だけど、私達時間に捕らわれ過ぎていたのかも……」


 「と、言うと?」


 ミキの言葉に、遊佐は投げかける。


 「零時過ぎは、一分でも過ぎていれば零時過ぎなのよ! それに、相内さんはお酒を飲んだ上に睡眠薬を飲まされたのであれば、布団に入ったら直ぐに寝たはずよ!」


 遊佐は、ミキの言葉に頷いた。


 「なるほど。そうだな。で、君が楠さんの部屋から聞こえて来た声を聞いた時間は、正確には何時なんだ?」


 「零時二十分少し前よ。もし楠さんが、自分の探していた人物だと知って招き入れたのだとしたら、直ぐに口論が始まったのかもしれない。だとしたら、零時過ぎまで飲んでいたとしてもアリバイにならないわ」


 最初から二年前の事件の事について問い詰めたのなら、直ぐに争いが始まってもおかしくない。ミキが声を耳にした時間の数分前に、部屋に入ったとしたら零時過ぎまで飲んでいても、犯行は可能だ。

 アリバイだと思っていた三人で飲んでいた時間は、アリバイにならなくなった!


 「そうだな。それなら、零時過ぎまで飲んでいても可能だ。よし、直ぐに持ち物検査を……」


 「待って!」


 遊佐が、伊東に連絡を取ろうとすると、ミキは止めた。


 「衣服を発見したとしても、気づいたら部屋に置いてあったとか言い訳されたら、どうにも出来ないわ!」


 もし、楠が着ていた服が伊藤の部屋で見つかったとしても、いつの間にか置いてあったなどと言われれば、伊藤の犯行を裏付ける物証にならない!

 少なくとも楠と伊藤の接点がないとダメだった。つまり、伊藤が保険外交員として、楠の彼氏に接触した人物としての確証を得る事。そして、相内を今回ターゲットに選んでいた証拠があれば、それを実証できる可能性がある。


 「そうだな。どうしたものか……」


 遊佐は、腕を組み考え込む。


 「ねえ、私が夕飯時、鎌を掛けてみるわ!」


 「大丈夫なのか?」


 今、二人を逃がせば雲隠れする可能性もある。だが何も確証がない!

 伊藤本人の口から事件に繋がる事を話させる必要がある。ミキには、採算があった。


 「あなたがやるよりは、マシよ。それで、お願いがあるんだけど……」


 ミキが遊佐に話し掛けた時、ドアがノックされ、二人は振り返った。


 「あの、高橋です」


 ドアをノックしたのは、スタッフの高橋だった。

 ドアを開けると、高橋は何かを遊佐に手渡す。

 そして、ドアを閉めると、遊佐は振り返り言う。


 「ミキ、最初で最後のチャンスに掛けてみるか!」


 ミキは、力強く頷いた!

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