着替えていた理由
まったくもうとむくれながら、ミキは足を組む。その時、スリッパが落ちた。
「もう……」
ブツブツと文句を言いつつ、スリッパに足を入れ、ミキはふと思った。
「ねえ、私もあなたもスリッパよね? 鎌田さんは?」
その問いに、遊佐は足元を見る。
「スリッパではなかったな。……だから、痕跡を消した?」
そして、ミキはある疑問も浮かび口にする。
「その前にさ。楠さんと鎌田さんって以前からの知り合いなの?」
「いや、そんな話は聞いてないが……」
――よく考えたら、鎌田さんって夜の十時からの出勤だったよね? 前からの知り合いでもない限り、部屋で密会ってあり得なくない? 私達、十一時まで一緒だったんだし。
ミキは、自分が十一時まで楠と一緒に居た事を思い出す。
「どうした?」
遊佐は、質問をしたと思ったら黙り込むミキを不思議に思い聞いた。
「もし部屋で密会だったとすると、前から知り合いでもない限りあり得ないなって思って……」
「……そうか。君たちが別れたその後に、カウンターにでも行かない限り顔を合わせてないのか……」
ミキの言葉に、遊佐もハッとする。
「つじつまが合わなくなった……」
ミキはそう漏らす。
もし仮にミキと別れた後に鎌田と意気投合したとしても、着替えまでしないだろうという事である。
遊佐も同感だと頷いた。
「振り出しに戻ったな……」
「後は、証拠さえつかめばって思ったのに!」
ミキは、残念そうに叫んだ。
「残るはスタッフ三人か……」
テーブルの上に置かれたアットホームの案内書を見つつ、遊佐は呟いた。
宿泊客の部屋の向かい側が、スタッフの部屋だ。誰にも見つからずに行く事は可能だが、動機が思い当たらない。
「その事なんだけどさ。私達、楠さんが着替えていたから、鎌田さんに見当つけたのよね?」
「そうだが。日に何度も着替える女性っているだろう? 彼女がそうだったと考えられないか?」
遊佐は、ミキに振り向きそう返すが、ミキは首を横に振った。
「私、夕食前に彼女に会っているの。夕食時、同じ服装だったわ。なのに、寝る前にわざわざ着替える?」
遊佐は、頷いた後考え込む。
「何かこぼして着替えたとか……」
「もう夜遅いし、普通パジャマに着替えるでしょう?」
「確かに……」
ミキの横に置いてあるパジャマを見て、遊佐は答えた。
「ねぇ、もしかして犯行後、着替えさせられたんじゃない? だから遺体も動かした……」
「犯人がか?」
ミキは頷く。
「犯人の証拠になるような物が衣服に付着した。例えば、血痕とか。床を拭いたのもそれを拭く為」
「そう考えるとある程度つじつまは合う。ただ、床からは血痕は見つかってはいない」
遊佐は、血痕の件を否定する。
「じゃ、それこそ何かをこぼしたのよ!」
「こぼしたか……。しかし何をこぼしたんだ?」
「確認する方法ならあるわよ!」
ミキの言葉に遊佐は驚く。
「着替える前の服よ! あったでしょ?」
「すまない。覚えてないな。それに彼女のスーツケースには鍵がかかっていた……」
「鍵? 普通、二泊三日だし開けておくよね? 犯人が掛けたのかしら?」
「わからないが取りあえず、潤に連絡してみる。署に戻ってるはずだから」
そう言うと、スマホを取り出し、ドアの前まで言って話し出す。
もし何かこぼしたとして、それが証拠になるなら、服は部屋にないはず。それを確認すればわかる。
「調べて連絡をくれるそうだ。それと、鍵が見つかった。首から下げていたらしい」
「首から? ネックレスにでも通していたの? よっぽど大切な物でも入っていたのかしら?」
「それはわからないが、スーツケースに鍵を掛けたのは、犯人ではなさそうだな」
「そうね」
遊佐の意見に、ミキは頷いた。
暫くして、伊東から連絡が入り、昨日の服がないことが判明した。
昨日ミキを話し終わる夜十一時まで着ていた服がないという事は、犯人が持ち去った証拠だ。
犯人はわざわざ着替えまでさせて持ち帰っている事から、犯人に繋がる証拠があるに違いない。
「これで確定ね! 何かをこぼした」
遊佐は、ミキの言葉に頷くだけで考え込んでいた。
「ねえ、他に気になる事でもあるの?」
ミキの問いかけに、チラッと彼女を見るも、別にと答える。そして、意外な事を言い出した。
「悪いが君にはここで手を引いてほしい。もしかしたら、単純な事件じゃないかもしれない」
「今更何言ってるのよ! 何が出て来たか知らないけど、私一人でも続けるわよ! 最初に言ったでしょ!」
ミキは立ち上がり驚いて声を荒げると、遊佐も彼女同様立ち上がり荒げながら言う。
「もしかしたら犯人は、自分の身を守るためなら殺人もいとわない相手かも知れないって事だ。君の身が危ないと言っているんだ!」
ミキもここまできたら、犯人をこの手で見つけたい。
だが遊佐は、ミキの身を案じ手を引けと言い出した!
一体何が発覚したのか、ミキはムッとして遊佐を睨み付けていた!
「あっそ。人ひとりも守る自信もないの? じゃ、結構よ! 自分でなんとかするわ! さっさと出て行って!」
そういうと、ミキはドアを指差した。
遊佐は、自分を睨み付けドアを指差す彼女をジッと見つめる。
「そうだったな。君は、そういう性格だったな……」
ため息交じりにそう言うと、髪をかき上げる。
「一つだけ先に言っておく。楠さんは、犯人を脅して殺されたのかもしれない」
「脅し?」
遊佐は頷く。
「それでも君は続けるか?」
「続けるわよ。殺されたのには変わりはないんだから」
ミキは、力強く頷いた。
遊佐は、ソファーに座り直す。ミキもベットの上に座った。
楠は犯人を脅していたかもしれない。遊佐はこの情報でミキが傷つくと思い、告げたくなかった。
「彼女のスーツケースから、切り抜きが張り付けられたファイルが見つかった……」
膝に両肘をつき、ぐうで握りしめた手に顎をのせ、遊佐はボソッと言った。
「ファイル?」
「そのファイルのデータを送ってもらう事になっている。……それと、君を守るにしても勝手に行動されたら無理だ」
「わかってるわよ……」
それを聞き、遊佐は立ち上がる。
「タブレットを持って来る」
ミキが頷くと、遊佐は出て行った。
もし楠が犯人を脅す為にこのアットホームに来たならば、必ず泊り客とスタッフの中に犯人がいる事になる。
「そんな素振りなかったのになぁ……」
別れ際にはそんな感じは一切なかった。楽しく会話を弾ませていた。
だが事件は突発的でも、楠がここに来たのは目的を持ってだろう。スーツケースの中を見られない様に、鍵を持ち歩いていたのだから。
トントントン。
ミキは戻りが早いと思いつつ、はいっとドアを開けると、そこに伊藤が立っていた。
「え……」
ミキが驚くも、伊藤は勝手に部屋に入りドアを閉める。
「ねえ、今、遊佐さんが部屋から出て行ったでしょ? 仲良くなったの? それとも何か脅されてるとか? 彼、刑事さんと仲よさそうだったじゃない……」
――遊佐さん、目立ち過ぎよ。お蔭で動きづらいじゃない……。
ミキは、心の中でため息をつく。
「なんか、書き込みしたの私じゃないかって問い詰められちゃて……」
「やっぱり! 何か叫んでいたものね? 大丈夫?」
伊藤は自分の部屋に戻っていた。会話はバレてないみたいだが、ミキはひやりとする。
「あ、うん。でも、誰だろうね、書き込んだ人」
「誰かしらね?」
――なるほど。隠すのね。
トントントン。
ドアがノックされ、二人は振り向く。
――やばい! 戻ってきた!
ミキは焦るが訪ねて来た人物は、遊佐ではなかった。
「あの、鎌田です。昼食の用意ができましたので食堂に来て下さい」
ドアを開けると、ミキはありがとうと礼を言い、胸を撫で下ろす。
「あ、伊藤さんもご一緒でしたか。では」
鎌田は、軽く会釈すると一番のドアに向かう。
「食堂、行きましょうか」
ミキが言うと、伊藤は頷き、一緒に食堂に向かった。
○ ○
ミキと伊藤の二人は、食堂に一番乗りだった。
伊藤が座ると、ミキは向かい側に座った。
「一つ、ずれているぞ」
「わざとずれたの。向かい側、誰もいないんだの」
後から来た遊佐に、ミキがそう返すと、彼はそうかと隣に座った。なので、一つずつずれて座る事になった。
その後、堀、八田と相内の二人も来て全員が揃う。
全員座ると、お味噌汁とおしぼりが各々に配られ、中央におにぎりが置かれた。
本来は昼食はついてないが、特別に作ってくれた。
朝食を抜いているので流石におなかがすいたのか、全員おにぎりを手に取り頬張る。
「そういえば、伊藤さんって二人と仲いいよね?」
ミキは、ワザと彼女にそう話を振った。
「同じJR乗っていたのか、タクシー降りたら二人も降りて来て……」
――なんとしらじらしい……。
二人の関係を知っているミキは、そう思った。
「それで、三人で私達の部屋でお話ししていたの」
何も知らない相内が、そう続けた。
「それでお酒を飲んで、更に親交を深めたのね」
ミキは、窓から部屋に戻った時に、伊藤の部屋の電気が点いていた事を思い出しそう言った。
たぶん、相内が寝入った後、八田と相内の二人は部屋で密会でもしていたのであろう。
ちょっとした皮肉だが、勿論誰も気づかない。
「最後に、伊藤さんから特製ドリンク頂いて。明日二日酔いにならずに、スッキリ起きられるわよって。スッキリ起きられたのに……」
相内がそこで言葉を切ると、場が静まり返った。
その後、殺された楠が発見された――そう、言わずとも続くとわかる。
「私もそれ、飲んでみたいな。まだ、ある?」
ミキは、何故話をそこに持って行くと思いつつ、仕方がないのでまた話を振る。
「え? あ、全部飲んでしまってもうないわ」
伊藤がそう答え、会話は終了になった。
八田、相内、伊藤は、おにぎりを食べ終えると、早々に部屋に戻って行った。
「全く、結局、会話続かないじゃない……」
ミキは、部屋に戻って行く三人を見送り、ボソッと呟く。
「この状況じゃ、それが普通じゃないのか? 君のように、図太くないだろう?」
「何それ! 失礼ね」
「ところでミキ。この後、俺の部屋にこないか? タブレットを……」
ガタッ。
音の方を見ると、堀が慌てて立ち上がっていた。
「あ、僕も部屋に戻ります……」
そう言うと、堀は立ち去って行った。
――ミキって呼び捨てにするから、堀さん、完全に私達の事を誤解したじゃない。
「で、どうする?」
「行くわ」
二人も食堂を後にすると、遊佐の部屋に行った。
「あのさ、遊佐さん。もう少し振る舞いを考えてほしいんだけど……」
「振る舞いとは?」
「同僚か知らないけど、刑事さんと一緒に行動してるから八田さん達、あなたの事を刑事に取り入ってると思っているわよ。さっきだって……。こっちが、行動しづらいじゃない!」
「それはすまなかった。気を付ける。あと、潤は親戚だ」
――いや、二人の関係は、今、全く関係ないから……。
ミキは、言いたい事が伝わっているのだろうかと、遊佐を睨む。
「ファイルの内容だが、どうやらちょっとした漏えい記事のようだ」
だが遊佐は、もうその話は終わったとソファーに座り、タブレットを手に取った。
ミキも彼の隣に座り、そのタブレットを受け取る。
「漏えいと言っても、お偉いさん方の携帯番号とかが手違いで外に漏れた程度のようだ。ただ、最後の記事だけ、自殺未遂の記事……どうかしたか?」
遊佐がふとミキを見ると、ミキはタブレットをジッと見て難しい顔をしていた。
――この記事……。そうだ。二年前に私、楠さんに会ってる! なんで気づかなかったのよ!
楠に会った時に、何となく会った事があるように感じていた。それを今、ミキは思い出した!
「私、楠さんに二年前に会ってる。見た目も性格も違ったから気づかなかった……」
「何だって!」
ミキからの意外な言葉に、遊佐は驚いた!
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