彼女の正体

 「もしかして、君じゃないだろうな? 女装していたとか……」


 鎌田が見た女性はミキじゃないかと、突然遊佐が言った!

 まさか冗談で言ったこの言葉がきっかけとなり、女性の正体がわかるとはこの時誰も思わなかった――。


 「女装! それを言うなら変装でしょ! 大体なんで、変装しなくちゃいけないのよ!」


 ムッときたミキは、速攻返す。


 「冗談だ。女性の中で君が一番背が高いから言ってみただけだ」


 ミキがムッとしていると、八田が突然ポツンともらす。


 「あ……。オレもその女性見たかも……」


 「え? いつ、どこで?」


 全員驚いて八田を見た!

 伊東が質問をすると、すまなさそうに八田は答える。


 「一時頃トイレに起きたの思い出したんだけど、その時チラッとだけど後姿見たような……」


 「確か君、寝ていたって証言していたよな? それ、いつ思い出したんだ?」


 「今だよ! 話聞いていて思い出したんだ!」


 遊佐の質問に、何でお前がそんな質問するんだと、ムッとした顔をして八田は答えた。


 「で? どの辺で見たんでしょうか?」


 伊東は、慌ててさらに質問をする。


 「堀さんの部屋に入って行く所を……。ただ、一瞬だったし、長い髪とかフワッとしたスカートしか印象にないけど……」


 チラッと堀を見ながら、八田が証言をすると、皆が堀に注目する!

 明らかに堀は、動揺した様子を見せた。


 「もしかして、婚約者を招き入れたんですか?」


 「ち、違います……」


 遊佐の質問に、消え去りそうな声で答えを返す。


 「まさか、浮気相手とか?」


 「そんなわけあるわけないだろう!」


 八田の質問にびっくりして、堀は怒鳴るようにして返事を返した。そして、観念したように口を開く。


 「僕です……」


 「え? 楠さんを殺したのってあなたなの?」


 堀の言葉に驚いて相内が言うが、慌てて堀は首を横に振る。


 「違います! その女性は僕だって事です!」


 堀の言葉に一瞬、その場が静まり返った。

 まさかの返答だった!


 「えー! あの女性って堀さん? 男の人!」


 つい驚いて、ミキは声を上げてしまった!

 そんな発想は浮かびっこない!


 「すみません! 言い出せなくって。実は、女装すると違う自分になったような気がして……。昨夜、部屋の窓から夜空を見ていたら、あんまり綺麗だったので、展望台に行って暫く見ていたんです」


 堀は、信じて下さいと伊東をジッと見つめる。


 ――あの見惚れた相手が男だったなんて……。


 ミキはショックを受けた。女装した男性に見惚れていたのだ。


 八田の証言もあり、堀は白になった。これで、容疑者はスタッフ四人になったんだ!

 そう自分に言い聞かせ、ミキは気持ちを切り替えた。


 「うーん。申し訳ありませんが、堀さん、署まで来ていただけますか?」


 「え? 本当に展望台に……」


 伊東の言葉に、堀は困惑する。


 「彼女に姿を見られて、殺害した可能性がある」


 「ないね!」


 ぼそっと遊佐が言うと、速攻にミキがそう返した。驚いて全員ミキを見る。


 「殺すほど見られるのが嫌ならば、ここを通らないでしょう? カウンターにスタッフがいるのを知っているんだから。どうしても展望台に行きたいのならば、部屋が一階なんだから、窓から出入りすればいいんだし」


 「若狭かかさせさん、ありがとう……」


 ミキの言葉に、堀は涙目で礼を言った。


 「なるほど……」


 それも一理あると、遊佐は頷く。


 「わかりました。とりあえず、上司に連絡入れてみます」


 伊東は、皆から少し離れ、スマホで連絡を入れる。


 ミキだけは、堀が確実に犯人でない事を知っている。

 今の所、スタッフの中に容疑者がいる確率は高いが、もし万が一宿泊客三人の中にいた場合に開放されたら、もうミキにはどうしようもなくなるのである。

 それに犯人ではないのが明らかなので、このまま黙ってもいられなかった。


 伊東は、神妙な顔つきで戻って来た。


 「申し訳ないですがやはり、一緒に来て頂きます」


 「何それ! 犯人じゃないって!」


 慌ててミキは、反論した。


 「そう言われても……」


 ミキが反論しても、堀をこのまま連れて行く気は変わらない様子だ。

 堀は、うなだれている。


 「刑事さん、ちょっとだけ待って!」


 ミキは、部屋に戻るとノートパソコンを持って戻った。そして、かぱっと開くと、伊東に見せる。

 そこには、例の書き込みのページが開かれていた。


 「ちょっと何やってるんですか!」


 「言っておくけど、私じゃないから……。さっき見ていて発見したの」


 二人の会話に何だと遊佐も覗き込み、ハッとする。


 「書き込み!」


 ミキは頷き、少し強めに伊東に言う。


 「ねえ、刑事さん。堀さんは犯人じゃないわ。それでも連れて行くならどうぞ。でも後で最悪、このアットホームの中の人じゃなかった場合、大変な事になるんじゃない? 事情聴取だけだとしても、犯人じゃないと言うのを押し切って連れて行ったんだから……」


 ミキの言葉に、伊東はうろたえる。


 「これ、脅しじゃなくて、本当にあり得る話だから」


 さらに、もうひと押しする。


 「刑事さん、彼女の言う通りだと思う。部屋でも聴取は出来るし、そうしたらどうだろうか?」


 遊佐がそう助け舟を出すと、伊東は頷きすぐさま連絡を入れる。


 思わぬ形で、掲示板の情報を伝える事が出来た。


 「取りあえず堀さんは、部屋で事情聴取します。それと、書き込みの件ですが、今回は誰とは特定はしませんが、また書き込みがあった場合は、それなりの対処を致します。捜査妨害に当たる可能性もあるので、出来れば削除お願いします」


 伊東は皆に軽く礼をすると堀の元に行く。


 「宮川が来るまで、部屋で私と一緒に居て頂きます。宜しいでしょうか?」


 「はい」


 堀は頷くと、くるっとミキと遊佐に向き、深々とお辞儀をした。


 八田は、一件落着と相内に言葉を掛ける。


 「俺達も部屋に戻るか……」


 「あ、私もいい?」


 伊藤がそう言うと、八田と相内の二人は頷いた。


 何とかなったと安堵したミキが、ふと遊佐を見ると、腕を組み何か言いたそうな顔で見ていて目があった。


 ――やばい、何か感づいてる……!


 ミキは、遊佐が感がいいのを思い出す。

 安堵が焦りに変わる。


 「ちょっといいか? 話がある」


 「はい……」


 やっぱりと思いつつミキは、遊佐と二人でミキの部屋に入る。

 ミキは、スタスタと歩きソファーに座り、パソコンをテーブルに置いた。


 「聞きたい事が、山ほどあるんだが?」


 わざわざソファーの前の壁にもたれ掛かり、遊佐はそう言った。


 「随分はっきりと、堀さんが犯人ではないと言っていたな? どこからその自信が?」


 「だから、それは……」


 「俺は、さっきの説明では足りないから聞いている」


 ミキの言い訳を遮るように、強めに遊佐は言ってきた!


 ――ダメだ。これ以上は隠せない。もう、どうしてこんなに感が鋭いのよ!


 ミキは観念し、話すことにする。


 「実は……私も眠れなくて十二時過ぎに展望台に。そうしたら、堀さんが居て。あ、でもその時は、女性だと思っていたし、向こうは私の事気づいてないから……」


 ダン!


 遊佐が壁が叩き、鋭い目でミキを睨み付ける。ミキは、ごめんなさいと縮こまった。


 「なぜ、そんな大切な事を言わなかったんだ! せめて君が初めから話してくれていたら、こんな回り道はしていない!」


 「何それ! 私のせいにしないでよ! 大体、私がしたみたいな検証を鎌田さんにしていたら、もっと早くあの女性が楠さんではないとわかったはずよ!」


 ミキの反論に、遊佐は言葉を返せない。言っている事はもっともだからだ。


 「よく、わかった! 君は、俺達に協力する気はないんだな!」


 「どうしてそうなるのよ! あるわよ!」


 「じゃなぜ、さっきの書き込みの事も黙っていた!」


 確かに女性の事は黙っていた。けど書き込みの件は、さっき見つけた。あういう伝え方になったが伝えたのにと、ミキは遊佐の言葉にカチンときた!


 「あれは本当にさっき、あなたたちが部屋を出ていった後に発見したの! 文句言う前に、少しは本気でやってよ! あなた達は、素人の私にコケにされて悔しくないの!」


 「な……」


 遊佐は、ギュと両手を握るとパッと緩めた。そして、右手を頭に持っていき髪をかき上げる。


 「悪かった。すまない……」


 「え? 謝った……」


 遊佐の素直な謝罪の言葉にミキは驚く。


 「確かに君の言う通りだ」


 それを聞き、ミキは懇願するように言う。


 「……昨日、楠さんと話した時間を悲しい思い出にしたくないのよ。ここを出る前に犯人を捕まえて、楽しかった思い出にして帰りたいの。私の事をどう思っても構わないから、このまま事件解決に協力してよ。謝るくらいなら……」


 ミキはこのまま捜査を続行したいと伝えた。謎の女性の正体もわかったし、こんな中途半端は嫌だった。


 「……わかった。このまま協力体制でする。だが、もう隠し事はなしだ。いいな」


 遊佐は、少し間を置いてから答えた。

 その言葉を聞いて、ジッとミキは遊佐を見つめる。


 「なんだ?」


 「今更なんだけど。私って容疑者から外れているんだよね? 情報を私に流したくらいだから……」


 遊佐は、本当に今更だという顔つきになる。


 「情報を流すって言い方はやめろ」


 「じゃ、提供……。で、何故容疑者から外れたの?」


 「計画殺人ではないのだから、犯人は目立った行動は控えるだろう? 君のように警察に食ってかかる様な事はしない。それに、指紋をふき取ってるのだから、別に現場に入る必要もない。しかもあの行動。犯人がするか? もしこれで君が犯人なら、一杯食わされた事になるけどな」


 そう遊佐は、自信満々に語った。

 ミキは、一番最初から容疑者にもなっていなかったのかと驚いた。


 伊東と一緒にICレコーダーの件で訪ねて来た時から、犯人として疑っていたわけではなかった。ただ何者か、確かめに来ていただけだった。

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