閃きから検証へ
ミキは、にこにこ顔で伊東の話を待っていた。
約束通り、情報を提供してくれるのだ。
伊東は、大きなため息をつくと、仕方なしに現場の状況を話始める。
「ご存知だと思いますが、犯行時刻は二十三時三十分から一時三十分の間。死因は、壁に頭を打ち付けた事による、脳挫傷だと思われる。遺体の状態から、他の者によってうつ伏せにさせられた可能性が高い」
――よし! ここまでは合ってる!
やはり他の者の手により、うつ伏せにされていた!
ミキは、うんうんと頷きながら聞いている。
「そして、テーブルや床、ドアノブなどが拭き取られていた。床に関しては、出入り口、つまりドアまで拭き取られています。その事から殺人事件と断定し、捜査する事になった。以上」
「床まで拭いてるの?」
伊東は、大きく頷く。
――指紋をふき取るのはわかるけど、床を拭くって事は足跡を消したって事よね?
普通は指紋を拭き取ろうと言う発想は浮かぶが、足跡を消そうとはしない。そういう事に詳しい者なのか?
ドラマでもあまりない状況に、ミキは首を傾げた。
「満足か? で、君も何かわかった事があったら教えて欲しいんだが……」
遊佐が、鋭い目でミキを見て言った。
知っている情報を渡せと言ってきたが、あるのは星空を見ていた女性の事だ。その女性については、鎌田が話している。ただ彼女が楠ではないかもしれないだけだが、それは確証がない。
――どうしようかな? 今更、出かけてましたって言いづらいし。
ミキの推理では容疑者は、スタッフと堀だけだと言いたいが、理由が言えない。
「うーん。取りあえずない。あの、オーナーの棟方さんって、本当に今日戻って来たんですか?」
「ちゃんとした確認はまだですが、ここに来るには車以外ないので、来たらスタッフの人が気づくでしょう。計画的犯行ではないのですから、わざわざ車を遠くに止めて犯行に及んだとは考えづらいと思います」
伊東の説明にそれもそうかと、ミキは頷く。
だがそうなると、昨日の夜の女性が棟方ではなくなる事になり、反対に謎が深まった。
「そういえば、伊藤さんが部屋を訪ねた理由って?」
ふとそう思い、ミキは伊東に聞いた。
「彼女の話によると、別に約束があった訳ではなく、暇潰しに雑談をしに行ったそうです」
「伊藤さん、一番の部屋の相内さん達と仲よさそうだったけど?」
ミキがそう言うと、伊東は頷いた。
「朝からカップルの部屋を訪れるのは気が引けたそうです。ミキさんではなく楠さんを選んだのは、昨日席が隣同士だったし話かけやすかったからで、ノックしても返事がなく、何気なくドアノブを回したら開いたので覗いたそうです」
「なるほどね……」
――まあ確かに、朝からカップルの部屋にお邪魔するのもね。前日、遅くまでいたようだし……。第一発見者になったのは、偶然って事か……。
第一発見者が犯人説を当たってみたが、空振りのようだ。
そもそも自分で見つけなくてもいい状況だ。証拠を残しそれを回収する為ならわかるが、伊藤は部屋の中に入ってはいなかった。
「そうだ。スタッフの人は、夜どこにいたんですか? 自宅?」
「いえ、客が泊まる部屋の向かい側が、スタッフの部屋になっていて、高橋さん菅原さん西村さんは部屋で寝ており、夜担当の鎌田さんは夜十時からカウンター裏で待機していたと証言しています」
――スタッフもこの建物内にいたのなら犯行は可能よね? でも動機が全員ないんだよね。
っと、ミキは考え込む。
黙り込んだ彼女を見て、遊佐が言う。
「俺達は部屋に戻るが、一人で行動するなよ!」
「はいはい」
本当にわかっているのかという視線をミキに向けて、二人は部屋を出て行った。
ミキは、すぐさまパソコンをテーブルに持って来ると、今聞いた情報を入力する。
「この犯人、変よね。不可抗力で殺してしまったって事だろうし。直ぐに逃げ出したいはずなのに、丁寧に床まで拭いて……」
――余程、慎重派の人物なんだろうか?
いやいや慎重派ならこんな事態にならないだろう。どちらかというと、心配性な性格の犯人なのかもしれない。
「あ、そうだ。一応、チェックしておこう」
カチカチとパソコンを操作し、その指がピタッと止まった。
「嘘……書き込まれてる。もしかしてって思ったけど……。これ、なんとかしないと……」
北の大地の宿泊施設で殺人事件発生! 容疑者扱いで缶詰状態(><)明日、解放してくれるのだろうか……。
と、掲示板に書き込みがなされていた。
今は直ぐにネットに情報を流せる時代だ。そしてこういう
――この書き込み、絶対この事件の事だよね? これ以上書き込まれたら困るんだけど。角が立たないように、うまくやめさせないと……。
事件に興味ないのに告げ口をしたのがバレれば、朝食時にした芝居が無駄になり、犯人を捜しづらくなる。
トントントン。
突然ドアがノックされ、ミキはビクッと肩を震わせる。
「はい?」
「伊藤だけど、ちょといい?」
――今度は、女性の伊藤さんか……。
ミキは、パタンとノートパソコンを閉めるとドアを開けた。伊藤は開けたドアの前には居ず、自分の部屋二番の部屋の前に居て、手招きされミキはそこへ向かう。
見ると二番のドアの前に、相内と八田もいる。
「なんでしょうか?」
「ねえ、今、刑事さんと遊佐さんが、あなたの部屋から出て来たの見たんだけど何かあった?」
「おたく、刑事をぼろくそ言っていただろう? もしかして逮捕するとか脅されたとか?」
心配そうに伊藤が聞くと、八田が付け加え聞いた。
ミキは、作戦に効果ありと内心喜ぶ。
朝食の時の演技が効いているようだった。
「なんか、楠さんと最後に話したのが私じゃないかって、遊佐さんが言ったらしくて、その確認」
とミキは、それとなくはぐらかした。
「そういえば、昨日の夕飯の後、二人で話していたんだっけ?」
八田の言葉に、ミキは頷く。
なんとか誤魔化せたと、ミキは安堵する。
三人はミキの話を信じたようだ。
「何を話したの? 楠さんと……」
「特段何も。ただの世間話……」
少し探る感じで伊藤がミキに聞いて来る。何か感づかれたかと焦るが、平然とミキは答えた。
「そんな所で井戸端会議か?」
後ろから声が掛かりミキは振り向くと、声の主は遊佐だった。勿論、伊東も一緒である。
話題に上がった二人の登場で、ジッと視線が集まる。
「あ、どうも」
八田が不愛想に挨拶をする。
ミキは、さっきの書き込みの件を伝えるチャンスだと思うも、どう伝えたものかと考えを巡らせる。
取りあえず何か会話して、タイミングを計る事にする。
「そうだ、刑事さん」
「な、なんでしょう?」
ミキが声を掛けると、伊東は身構える。
「もし、私達がここにいる間、つまり明日の朝になっても犯人が捕まらなかった場合、私達はどうなるんでしょうか?」
伊東は、そんな事かと安堵し答える。
「あ、はい。予定もある事でしょうし、連絡がつく状態で生活をして頂きます」
「よかった。私、明日午後から札幌で会議なんです」
伊東の返答に、相内はホッとしたように言うが、ミキは、質問で攻める。
「でも、私達きっと、てんでんばらばらの場所で生活していると思うけど、大丈夫なの?」
「え? いやでも、犯人の手がかりが出てこないことには……」
「それって、ここに私達がいる間に出ない訳? というか、私達がいる間に解決して見せますぐらい言って欲しかったなぁ……」
「いや、だから……」
「っぷ。あんた、本当に面白やつだな」
二人の会話を聞いていて、八田がおかしいと笑い出した。
刑事をものともしないやり取りに、伊藤も相内も驚いて見ていた。
「刑事より、実権握ってるし、背も……ちぐはぐでおかしい。あははは」
「ちょっと!
慌てて相内が、八田を注意した。
「あ、悪い。刑事さんや
流石に伊東は、ムッとした顔をしていたが、ミキの方は何やら考え込んでいた。
――背がちぐはぐ……。
何かが引っかかる。と考えていてミキは、ハッとする!
「ねえ、刑事さん。鎌田さんってまだいますか?」
「え? あ、はい。皆さんと同じく、明日までいてもらう事になってます。カウンターの奥にいると思いますよ」
突然問われ驚くも伊東が答えると、ミキはすぐさまカウンターに向かう。
「おい!」
何事かと遊佐は慌てて、ミキを追った。
「すみません。鎌田さん、いらっしゃいますか?」
「あ、何か御用ですか?」
ミキが中に向かって話しかけると、鎌田は奥から顔を出した。
「あの、昨日の女性ってどこから見たんですか?」
ミキの質問に驚きながらも、鎌田はカウンターからちょいっと体を乗り出して見せた。
「こんな感じですかね。そうしたら、あそこらへんにチラッと見えたんです」
「ちょっと確認してもらってもいいです?」
そう言うとミキは、鎌田が指差した場所に移動する。
「刑事さん、ちょっとこっち」
ミキが手招きをする。
「え?」
何をさせる気だ、という顔をしながらも言われた通りミキの方へ行くと、カウンターに背を向かせ立たされる。
「鎌田さん、この刑事さんと……」
ミキは、今度は八田を手招きすると、「オレ?」っと八田は自分を指差す。そして、同じくカウンターに背を向かせ立たした。
いつの間にか来ていた堀も不思議そうにその状況を見ていた。
「八田さんと、どっちの背丈が近いですか?」
ミキは、二人を立たせ、鎌田にそう質問をした。
背丈の検証を始めたのだ!
「え? 背の高さ? うーん、八田さんかな?」
その検証に鎌田は、ジッと見て、驚く回答を返してきた。
八田は、ミキより背が高い!
「それは本当か? これ、すごく大事な事だ!」
遊佐もつい、カウンターに身を乗り出している鎌田の肩をつかんだ! 彼も鎌田言う証言の重要性に気が付いた!
「あ、はい。間違いありません。あの、痛いんですけど……」
「すまない……」
ハッとして、遊佐は手を離し、伊東の横に移動する。
「今の証言聞いたか?」
遊佐の問いに、伊東は力強く頷いた。
「楠さんは、俺と同じぐらいの背丈。八田さんの方が近いのなら、鎌田さんが見たのは彼女ではない事になります!」
「と、いう事は、犯行時刻は二十三時半に戻ったのね。まあ、犯行時刻が変わっても、誰もアリバイは変わらないけど……」
ミキが伊東に続きそう言うと、伊東と遊佐の二人は頷いた。
――やっぱり、あの女性は楠さんではなかった。でもまあ、これで夜の女性探しが始まるのか。犯人ではないけどね。
ミキは一人納得していた。
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