駆け引き

 部屋に戻ったミキは、ソファーに座ると、閉じてあったノートパソコンを開く。


 「さてと記録しておくかな」


 カチカチとまず、現場の状況を入力していく。


 「現場の状況から察すると、壁に頭を打ち付けて亡くなったみたいだったよね? 壁に血痕があったし。まあ、その反動で前に倒れるって事もあるけど……」


 ミキは、くすのきの倒れ方思い出す。


 うつ伏せに両手両足とも真っ直ぐに伸びた状態で、まるで整えたようだった。

 壁に激突して倒れたのであれば、手足のどこかが曲がって居たり、広がっていたりしてもおかしくはない。

 そう楠の遺体は、気をつけをした格好だった!


 「あれは寝かせたんだよね? しかし、何でわざわざそんな事を?」


 考えを巡らせみるが、何も思いつかなかった。


 「それに昨日の女性が楠さんだったのなら、犯行時刻は一時から一時半になるわよね?」


 帰って来てから楠の部屋は静かだった。壁に打ち付けたとしたら、その音ぐらいは聞こえるはずだとミキは思った。


 「まさか靴を戻しに行ってる数分間の犯行? いやいや、ありえない!」


 犯行は、計画的ではないだろう。壁に打ち付けて殺す殺し方が、計画的だとしたら驚きだ!

 だとしたならば、殺す前に何か出来事があったはず。そう考えると、昨日見た女性は楠ではない事になる。


 ミキは頭を悩ませる。

 女性はどこに消えたのか!

 

 「残りの女性客二人の伊藤さんと相内あないさんは、十二時過ぎまで一緒にいたし……。スタッフの三人は違うし。まさか、オーナーの棟方とうほうさん? 年齢はあれだけど、暗かったしありえるかも!」


 ミキは、本当は昨日の夜に、棟方は戻っていたのではないか? そう推理した。


 テーブルの上にあった案内書を手に取ると、案内図を見て確認する。


 「通路の突き当りが、オーナーの部屋になってる。普段はここにいるのかもしれない。うーん。でも犯人ではないよね?」


 昨日の女性が楠でなくなれば、犯行時刻は二十三時半からという事になるが、十二時過ぎに隣から声が聞こえていた。たぶんあの後、殺されたのだろうと推測される。そうなると、逆に棟方にはアリバイがある事になる。


 「伊藤さんと相内さんと八田はったさんの三人は、十二時過ぎまで一緒という事は、犯人ではない。残るは、スタッフと堀さん、遊佐ゆささんか……」


 トントントン。


 「すまない。遊佐だが、少し話がある。開けてくれないか」


 ドアがノックされ声がかかる。


 ――遊佐さんが何の用事? あの人色々うるさくてメンドイのに。……いや、揺さぶるチャンスかも!


 ミキは、ノートパソコンを布団の中に隠すと、ハーイと返事をしドアを開けた。


 「あ、刑事さん……」


 遊佐の隣には、伊東も立っていた。


 「少しお話宜しいですか?」


 「どうぞ」


 ミキは、驚くも二人を招き入れる。


 「座ります?」


 「いえ、結構です。えっと、彼からお話し聞きまして……」


 ミキは、チラッと遊佐を見た。

 刑事の伊東がいなくなった後の会話は別に、刑事が訪ねてくるような事を言ってないはずだと思い、彼は何を言ったのだろうと考えを巡らせる。


 「ミキさん、我々が来る前に遺体に近づき、妙な行動を取っていたとか……」


  ――それか!


 遺体の状況をレコーダーに録音をしていた時の事を警察に話したらしい。

 ミキは、余計な事をと思いつつも答える。


 「妙とは?」


 「何かブツブツと言っていたようですね。申し訳ありませんが、スマホを拝見できますか?」


 「は? なんで?」


 「録音をなさっていたのではないかと……」


 「普通なら動画だけど、君は手に持っていなかった。ブツブツ言っていたのは録音していたからだろう? 違うのなら素直に見せたほうがいい」


 遊佐が刑事の伊東を差し置いて、ミキに説明した。

 ミキもそうだが、遊佐も相手が刑事でも恐縮しない性格のようだ。


 ――入れ知恵したのはこいつか!


 遊佐は油断ならないと、ミキは思った。


 「別にいいけど。スマホで録音なんてしてないし」


 だがミキも怯まない。言った台詞に嘘はない。

 スマホのロックを解除すると、伊東に手渡す。


 「他は触らないでね。私じゃなくて、相手の個人情報だから」


 「わかってます。ないですね……」


 スマホを見ながら伊東は呟くと、 スッと伊東からミキはスマホを取り戻した。


 「当たり前でしょ?」


 伊東は困り顔になるが、遊佐は突然ミキの前に手を出す。


 「な、何よ?」


 「ボイスレコーダーを持っているんだろ? だせ!」


 ミキは、その言葉にギョッとする。


 ――こいつ何者!?


 目の前にいる刑事の伊東より鋭く、どっちが刑事かわからないぐらいだ。


 「は? そんなの持ってる訳じゃないでしょ?」


 「いや、スマホに録音していないのであれば、持っているはずだ」


 ミキは、ふんっとソファーに腰掛けた。


 「あれは独り言よ。癖なの!」


 「ほう。君の独り言は、時刻や性別まで呟くのか」


 遊佐は、座ったミキの後ろに立ち、背もたれに手を付き少し前かがみで言った。

 全部わかっていて、今まで言っていたのだ。


 ミキは驚き、後ろから囁いた遊佐に振り向くと睨み付けた。


 「随分と観察力あるのね。でも、それが何? 持っていたら犯人の証拠だとでも言うの?」


 完全にバレているが、それでもミキは強気な発言をする。


 「え? 本当に持ってるんですか?」


 伊東は、ミキの回答に驚いて聞いた。どうやら彼の方は、半信半疑だったようだ。


 「刑事さん。この際だからあなたの手帳、遊佐さんに貸してあげたら?」


 質問に答えず、意地悪っぽく辛口で返すと、勿論伊東は憤慨する。


 「どういう意味ですか! 大体貸さずとも持って……」


 「じゅん!」


 その場は一瞬、静まり返った。

 ミキはソファーから立ち上がり、二人に向き直る。


 「じゅん……? へえ、下の名前で呼ぶ程、仲がいいんだ」


 二人は、しまったという顔をしている。

 遊佐は溜息をつくと、懐から警察手帳取り出し、ミキの目の前に突き出した。


 「俺も警察官だ」


 警察に躊躇しないと思ったら、遊佐も警察官だった!


 「本当に持っていたんだ。なるほどね」


 揺さぶらずに答えが出た。これで容疑者から遊佐は抜けた。

 ミキは、ふむふむと頷く。


 「あの? 探偵とかですか? それとも……同業者とか……」


 「違うわよ」


 「まさか、とんでもない弁護士とかではないよな?」


 伊東の質問に答えると、遊佐も的外れな事を言う。

 二人の質問にミキは、記者という考えは出てこないものなんだと、妙な関心をしていた。


 「探偵はともかく、警察や弁護士ってレコーダー持ち歩くの? 私は記者よ」


 「記者だと!」


 伊東は目を丸くしている。そして遊佐は、ミキの回答に厄介だと言わんばかりの顔つきになった。


 「何、その顔。ポーカーフェイスはどうしたの?」


 「悪いが君の事は、俺が監視させてもらう」


 真顔でそう言った遊佐に、ミキは速攻に返す。


 「なんで私を? あなたも警察官なら犯人探してよ」


 「記事を書くために、無茶をしないように監視をする。そういう事だ」


 ――監視だなんて! この人、警察ではなかったとしても、居るだけで邪魔なんだよね……。でも、犯人は見つけたいし、どうにかしないと!


 ミキは、どうしたものかと考えを巡らせる。


 「ねえ、この際だから手を組まない? 犯人を捕まえたいのは一緒でしょ?」


 「そんな事、出来る訳ないだろう!」


 驚いた遊佐は、少し声を荒げて言った。


 「でも、警察だって黙っていたって事は、あなたはあなたで、探りを入れるつもりだったんだよね? それなら、女の私の方が聞き出しやすいし、犯人は私は事件に興味ないと思っていると思うから、口滑らすかもよ?」


 遊佐は、ミキの言葉に大きなため息をつく。


 「あのな。だとしても、君は一般人なんだ。何かあったらどうするんだ。相手は殺人犯なんだ!」


 「殺人犯ねぇ。計画的犯行でもなさそうだし。追い詰めたら直ぐにボロ出すと思うけど? というか、組まないって言うなら勝手にやるだけよ。それとも、遊佐さんは四六時中、私にべったりしているつもり?」


 「あのミキさん。お願いですから言う事聞いて頂けませんか? 犯人は必ず逮捕しますから……」


 黙って二人を傍観していた伊東が、真剣な顔でミキにお願いをする。

 ミキも真剣な顔で、一歩前に出てこう返した。


 「私が、食堂で言った言葉覚えてます? 記者だから、記事にしたいから、犯人を逮捕したい訳じゃないわ。刑事さんはどう? 仕事だから捕まえるんでしょ?」


 「え? それは……」


 「いい加減にしろよ」


 伊東がしどろもどろに対し、遊佐は怒りを露わにしていた。


 「別にけなしているわけじゃないわ。あなたたちは仕事として、犯人をいつでも追える。でも私には、ここにいる間だけなの! 犯人を逮捕して、敵を討てるのは!」


 ミキは真剣な顔で二人に向かって言った!

 確かに記事に出来るならしたい。こんな局面に出くわす事なんてそうそうない。だがそれよりも敵を討ちたかった!

 別に凄く仲良くなった訳でもないが、これも何かの縁だ。ミキはそう思っていた。


 遊佐は難しい顔をして黙り込む。そして少ししてから、口を開いた。


 「君は本当に、自己中心的だな。……絶対に一人で行動しないと約束しろ。そして、記事を書く為ではないと言うのなら、レコーダーはここにいる間、俺が預かる。条件が飲めるのなら、手を組んでもいい」


 「え? まこと?」


 驚いて伊東は、遊佐を見た。

 ミキの方は、嬉しそうに頷いた。


 「勝手に行動されるよりはいい……」


 遊佐は、説得は無理だと折れたのだった。


 「いいわよ。でも、手を組むって事は、そちらの情報を教えてもらわないとね。話せる事だけでいいけど……」


 ミキが遊佐の顔を覗き込む様に言うと、彼は頷く。

 勝手に頷く遊佐に、隣で伊東は焦った顔を見せていた。


 「わかった。ただし、他言無用だ」


 「わかってるわよ。ありがとう。宜しくね」


 ミキはニッコリ微笑むと、ポケットからICレコーダーを取り出し、遊佐に手渡した。


 「えー。真、まずいって! 逮捕出来たとして、記事に書かれたらどうすんだよ!」


 「あら、大丈夫よ。手を組んだ事なんて書かないから」


 伊東は、ガックシと肩を落とす。もう、どうにもならないと……。


 まさか遊佐が、警察官だったとは驚きだが、警察側の情報が手に入る事になり、ミキは、運は自分に味方していると、心の中でガッツポーズをした。

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