犯行時刻と謎の女

 ピピピ。ピピピ。

 少し高めの音がスマホからなり、ミキは目を覚ます。朝の六時だ。


 「ねむ……」


 結局昨日寝るのが遅かったので、まだ眠気を覚える。

 ミキは、のそのそと起きるも身支度を終え、ソファーに座った。

 新聞代わりにノートパソコンで、ニュースをチェックする。ミキの日課である。


 「きゃー! くすのきさん!」


 と、そこに突然悲鳴が聞こえ、ミキは咄嗟にパソコンの時間を確認する。七時二分。

 直ぐにドアを開け見ると、隣の楠のドアを開け、青ざめて立っている伊藤がいた!

 今日彼女は、ブルー色のワンピースを着ていたが、それよりも青ざめて見える。


 「どうした?」


 声に驚いて出て来た遊佐ゆさが先に声を掛けると、伊藤は部屋の中を指差す。

 部屋の中を見た遊佐は、眉間にしわを寄せる。

 ミキがそっと部屋を覗こうとすると、遊佐が止めた。


 「見ない方がいい」


 部屋には、楠がうつ伏せで倒れていた!

 遊佐は、倒れた楠に近づいて行く。


 ミキは慌てて部屋に戻り、バックからICレコーダーを取り出した。

 それを胸ポケットに忍ばせる。


 ――まさか殺人事件? に遭遇するなんて!


 ミキの職業は、記者だった!

 いつでもポケットに忍ばせれるように、必ずポケット付きの服を着ている。

 今日は、濃いグリーン色のシャツにジーパン。


 部屋の外に出ると、遊佐を除いた泊まり客全員と、夜担当の男性スタッフの鎌田が立っていた。

 昨日の夜、カウンターの奥で寝ていたスタッフである。


 ミキが楠の部屋に入っていくと、そこには倒れた楠の傍に立ち、スマホで話しをしている遊佐がいた。

 楠は、壁から少し離れて手を下に伸ばした状態でうつ伏せに倒れていた。


 「時刻は七時七分。楠里奈さん。女性。うつ伏せ状態で頭に血痕あり。白いシャツに紺のタイトスカート。特に衣服の乱れはなし。左ふくらはぎに昔の大きな傷? ……あり」


 「おい。何をやってるんだ?」


 遊佐に構わず、レコーダーに状況を吹き込んでいると、彼は声を掛けて来た。

 見ると、憮然としてミキを見ていた。


 「警察が来るまで、部屋の外に出てくれないか? そう言われたので」


 「あ、ごめんなさい。そのやっぱり亡くなっているの?」


 ミキの質問に、遊佐は静かに頷いた。

 彼に言われた通り、ミキは部屋の外に出る。

 暫くすると、サイレンが聞こえ警察が到着した。


 ○ ○


 宿泊客全員、食堂に集められた。

 昨日の夕飯と同じ場所に座るが、ミキの前の席には、誰も座ってはいない。


 「申し訳ありませんが、ご協力お願いします。私は、宮川です」


 「俺は、伊東です」


 刑事が、それぞれ警察手帳を見せ、協力をお願いする。それに、皆が頷いた。

 年配の刑事が宮川で、若手で背がちんまりしたのが伊東である。


 「では早速。えーと、第一発見者の伊藤さん。あ、俺もイトウだけと、東の方です」


 「余計な事を言ってないで、本題に入れ」


 場を和ませようとしたのだろうが、宮川に注意を受ける。


 「はい……。では、二十三時三十分から一時三十分までどこで何をしていましたか?」


 それが、犯行時刻のようである。


 「零時過ぎまで、相内あないさんと八田はったさんの部屋でお酒を飲んでいました。その後は、部屋に戻り寝てました」


 俯きながら、伊藤はそう答えた。


 「なるほど……。では、お隣の相内さんは?」


 「わ、私もお酒を飲んだ後、部屋で寝てました」


 「俺も。十二時半には寝てたよ」


 聞かれてもいない、八田も続けて答えた。


 ――夜中だし、普通寝てるよね。あれ? 女性陣二人共、零時過ぎまで一緒にいたの? じゃ、私が見た女性って誰? どう見てもスタッフの人ではなかったし……。


 ミキは、狐につままれたような気分だった。

 昨日展望台で見た女性は、アットホームの玄関から中に入って行った。忘れずに施錠もきちんとしたお蔭で、ミキは締め出しをくらったのだから間違いない。


 「では、堀さんはどうでしょうか?」


 「……僕も寝てました」


 少し震えた声でそう答えた。


 「えーと、ゆ、遊佐さんは、いかがでしょう?」


 「俺も十二時前には、寝てました」


 こちらは、しっかりと刑事の目を見て答えていた。

 遺体に近づいて警察に連絡したり、度胸があるというか、肝が据わっている。


 「そうですか……」


 刑事の伊東も遊佐の態度に、おどおどしているように見える。


 ――さて、どうしたものか……。


 ミキは、本当の事を話すかどうか迷っていた。

 本当の事を話せば、昨日の女性の事を話さなくてはいけない。だがその女性がいなかったという事になれば、話した事で自分が嘘をついたと疑われるのではと考えていた。


 「では、か、か、させさんは……」


 「言いづらいのでミキでいいですよ。私も寝てました」


 見た女性が誰か判明しない以上、言わない方がいいと寝ている事にした。嘘にはなるが、自分は犯人ではない。今ミキは、警察に目をつけられる訳にはいかなかった。


 ミキは、そっと伊藤と相内を観察する。

 背の事は目の錯覚かもしれない。


 「失礼します。遅くなり申し訳ありません。このアットホームの責任者の棟方とうほうです」

 突然、声を掛けてきた人物に、皆が振り向いた。


 髪はアップして留めてあるが、長さ的には胸ほどあるだろう女性だった。スタッフと違い、紺系のスーツを着ていて、年齢は四十前後に見える。


 棟方は皆にお辞儀をした。


 「用事が押して、戻りが今日になり、大変ご迷惑をお掛けしました」


 「あ、オーナーの棟方千陽子ちよこさんですね。えっと、後でアットホームの事をお聞きしますので……」


 伊東の言葉に棟方は頷き、振り返りながら言う。


 「はい。で、うちのスタッフの鎌田が思い出した事があるようで……」


 よく見ると、棟方の後ろに鎌田がすまなそうに立っていた。


 「思い出した事とは?」


 宮川が聞くと、スタッフの鎌田は控え目に答える。


 「午前一時頃なのですが、廊下で女性の後ろ姿を見たんです……」


 「え? その女性というのは誰かわかりますか?」


 鎌田の言葉に、全員が驚き注目する。

 女性は、ミキ以外にも目撃者が存在した!


 「多分、多分ですよ? もしかしたらそうかも程度ですが、亡くなった楠さんです……。なんとなく、服装がそうかなって」


 ――え? 楠さんだったの! だとしたら戻った直後に殺された事になるじゃない!


 ミキは、そう思うも違和感を覚える。


 「もし彼女だとすると、犯行時刻が絞れるな。伊東、ここは任せた」


 「はい……」


 「鎌田さん、申し訳ありませんが、向こうでもう少し詳しくお話をお聞かせください」


 宮川がそう促すと、鎌田と棟方は食堂を出て行った。

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