第5話

 8月の終わりの、暑くてどうしようもない昼下がりに、親友の家へと続く蒸した小路を、タヌキはあたふたと走っております。

「おぉい、おぅい、うさくん。どうして今朝は起こしに来てくれなかったの。もう昼だろう。おいら、朝ごはんを食べ損ねたよ」

 ウサギは、自宅の庭に去年のヤドリギで木陰を作って、そこへ押入から出してきたものをいろいろ並べたり、並べ替えたりして、なにやらうなっているところでした。

「すまないけれど、たぬくん。ぼく、しばらく忙しいんだから、もう起こしてあげられないよ。ぼくがいない間、ちゃんと自分で起きるんだよ」

「いない間ってどうするの。どこかへ行っちゃうの?」

「うん」

 ウサギは、とっくに決心してしまった様子で強く言いました。

「ぼく、今年の冬は冬眠しようと思ってるの。だから雪が溶けるまで、さよならぁ!」

「雪だって? 今はいったい何月だい?」

 タヌキは歯茎まで見せて怒鳴りました。

「どうして冬眠なんかする気になったのさ。冬の間おいらをひとりぼっちにするつもり?」

 けれどもウサギは、まるで店仕舞いする主人のようで、ピシャリと言いました。

「だってたぬくん、君、冬は忙しいからいいじゃないか。クリスマスを祝うんでしょ」

「もちろんだよ。今年も君と一緒にパーティーをするんじゃないか。プレゼント交換もね」

「でも、ぼくと祝うのはたった一度きりだ。君、お母さんからもプレゼントをもらうだろう。それに兄さん、姉さんからもカードが届く。全部でいくつもらうの」

「はて?」

 タヌキはまじめになって数えました。

「お母さんでしょ、兄さん、姉さん、おじさん、おばさん、いとこに、はとこに・・・」

 とにかくタヌキというのは親戚が多いのです。

「まぁ、100個ってところかな」

「ふん、さいならぁ!」

 ウサギは、大きな荷物を抱えて家の中に隠れてしまいました。二人は毎年とっても楽しいクリスマスパーティーをするのですが、けれどもウサギには他に、出掛けて行くところも、訪ねてくる客もありません。

って、こういうとき損だよな。まぁ、いいや。ああ、忙しい、忙しい」

 そうして自分のベッドを冬用にふっくらと整えると、まだ8月ですけれど、早速もぐり込んでしまいました。

「おいら、冬眠の準備を手伝おうか」

 玄関の向こうで、タヌキがしょんぼり言いました。

「もう済んじゃったよ。おやすみ」

「そんなら、おいらも一緒に冬眠するのってどう? 二人ならオセロもできるよ」

 タヌキは中の様子が知りたくて、今度は窓のほうへやってきて汚れた顔をぺったり押し付けました。

「だめだい。タヌキに冬眠なんて無理に決まってる。すぐに腹が減って死んじゃうよ」

「それじゃあ、それじゃあ・・・」

 タヌキはオロオロ歩き回って、もう一度、玄関に貼り付きました。

「それじゃあ、今年のクリスマスは二人で毎日パーティーやらない? プレゼントも100個交換するの。ね、素敵でしょ」

 するとウサギはようやく玄関から顔をだしました。

「毎日パーティーだなんて、不経済だろう」

「じゃあ、2日に1回?」

「まぁね」

ウサギはぴょんと外に跳び出しました。

「けれどもそんな先のはなしより、とにかく暑くてたまらないや。川へ行こう。ぼく昨日、いけすを作っておいたんだ」

「やったぁ! どじょうがかかっているかも知れないね。おいら、もう腹ぺこだ」

「げぇ、君、どじょうにひどいと思わないのかい。生き物はかわいがってやらなけりゃ」

「うん。ザリガニもいるかも知れないねぇ。おいら、朝ごはんもまだなんだよ」

 二人は結局、なんの話しをしていたのかわからなくなって、仲良く川へと涼みに出掛けて行きました。

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