第4話

 親友がさっぱり顔を洗わないので、ウサギは今日も皮肉を言っています。

「ぼく、そろそろ本でも出版しようかしら。素敵な顔の洗いかたってのを1から10までわかりやすく書いてさ。タヌキの家にはとくべつ無料で配ってやるんだ」

「ふん、いらないよ、そんなもの。おいら、キレイ好きのお嫁さんをもらうんだから」

「げぇ! お嫁さんだってぇ?」

 ウサギはあんまり驚いて、いつもの倍も跳びはねました。タヌキは真っ黒に汚れた頬を赤らめて、うふふふふ、と笑います。

「今すぐでないよ。そのうち、いつか、きっと、たぶん。夢の話しだよ。うさくん、君はどんな人と結婚したい?」

「ぼく、わからない」

「わからない? ほら、鼻のつぶれた子とか目の小さな子とか、君のように前歯が出っ張ってる子とかさ。おいらついでに、しっぽの毛が爆発してる子、いいな」

 タヌキはうっとりと目をつぶりました。ところがウサギは、また言いました。

「ぼく、さっぱりわからない。だってぼく自分のこと、男の子か女の子か知らないんだもの。たぬくん、君はどうして自分が男の子だって知っているの? ねぇ、どうして?」

 タヌキはすっかり悩んでしまいました。だって自分で気がついたときにはもうとっくに男の子だったのです。それが「どうして」だなんて、考えれば考えるほど、わかりませんでした。

「さぁ、きっとお母さんが決めたんだろう。おいらのこと、かわいいぼうや、て呼んだもの。ねぇ、なにか食べに行かない?」

 タヌキというのは考え事をすると腹が減るようにできているのです。けれどもとなりで、親友はいよいよ難しい顔をして言いました。

「ちぇ。ぼくもお母さんに聞いておけばよかったなぁ」

 かわいそうに、ウサギにはお母さんがいないのです。いつか橋の下で産み落とされたために、川に流されて、生まれてすぐひとりぼっちになってしまったのでした。

「ぼくね、まだ目も見えなかったし、毛も生えていなかったの。すぐに死んじゃうと思ったけど、不思議さ、勝手に成長しちゃった」

 ですから、これまで自分のことを男の子か女の子かなんて考えたこともありませんでしたし、それどころかお母さんの顔も知らないのですから、こうして耳が長くなかったならば、自分がウサギだということさえ気付かなかったかも知れません。

「ぼくなんて一生、結婚できないだろうね」

 親友が重いため息をつきましたので、タヌキは胸がグッと熱くなって、火が出るくらいに自分の頭をポカッと殴りつけました。鈍感で、無神経で、能天気に生きてきた自分に、腹が立ったのです。

「うさくん、違うよ、違うんだよ。結婚なんて本当はそんなにいいもんじゃないよ。おいらたちのうち、どちらかが先に死んで、それで孤独に耐えられなくなったとき、まぁ、しょうがなくするもんだよ。だから考えなくてもいいのさ」

「そんなら、キレイ好きのお嫁さんどうするの。君、いらないの?」

「そんなもの、いらない、いらない。それよりおいら誓うよ。これから先、君に孤独な思いは絶対にさせないって。手を出して」

 ウサギが手を出しますと、タヌキはその上にブッと唾を吐いて、かたく握りしめました。友情の印です。

「きゃあ! ぼくは君が結婚したっていっこうかまわないよ。毎日ちゃんと顔を洗う人がいいよ。けれどもそんなタヌキいるかしら」

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