第3話

 梅雨の明けた7月の夕方、キイチゴの実った丘で、ウサギとタヌキはもう手も口も舌もすっかり血の色に染めて、死んだように原っぱに寝転がりました。二人とも、いつでもキイチゴを100個までは数えるのですが、その先はわからなくなってしまいます。毎日、200も300も食べているでしょうか。

「や、熊だ。熊がいるよ。ごらん、あそこ」

 ウサギがぴょんと飛び起きて面白そうに向こうの山を指差しました。タヌキもごろんと起きあがると、手をたたいて喜びました。

「うわぁ、歩いているねぇ。大きいねぇ、恐ろしいねぇ」

「熊ってのは近くで見ると実際、もっとずっと大きいもんだよ。ぼくらなんかきっと、鼻息で吹き飛ばされちゃうだろうねぇ」

「腹が減ってるんだろうか。あんなに大きいんだからなんでもたくさん食べるんだろう。もしもあいつがここへ来てごらん、キイチゴだけでなく、おいらタヌキ汁にされちゃうよ。君はウサギ汁だよ」

「あっはっは。大丈夫さ、ここへは小路をいくつも通らなけりゃいけないんだから」

 けれどもそう言いながら、ウサギは少し顔をくもらせました。タヌキはもうすっかり眠くなって、あくびが止まりません。

「ふぁ~ぁ。それもそうだ。じゃ、おいら今日はもう帰って寝るよ。さいなら」

「うん、ぼくはもう少しここにいるよ。また明日。さいなら」

 翌朝、タヌキはなんだかおかしな気分で目覚めました。だっていつもは朝早く「たぬくん、たぬくん」と言って、親友が起こしにやってくるのです。

「おいら、今朝はうさくんより早起きしちゃったんだろうか」

 けれども太陽はもうだいぶ高いところにありますし、腹を空かせたタヌキは、一人でキイチゴの丘へと行ってみることにしたのです。

 キイチゴの丘で、タヌキは大変なことを発見しました。親友の姿が見えないだけでなく、キイチゴの実がひとつ残らずなくなっていたのです。

「まずい、熊がやってきたんだ! うさくん、おいら助けに行くぞ。無事でいてくれ!」

 タヌキなんて小さな生き物ですけれど、いざとなるとじつに勇敢なものです。もう、息をするより先に駆け出し、短い手足でアップアップと藪をかき分け、いよいよ親友の家の前に立つと、熊なんてこっちから噛みついてやるつもりで一気に飛び込みました。

「うさくん! うさくん!」

 そこにいたのはなんと、ウサギです。

「たぬくん、今朝もずいぶんと寝坊じゃないか。ぼく、忙しいんだよ」

 タヌキはぽかんとして、熊に噛みつく予定だった歯をカチカチ鳴らしました。

「キイチゴの実が全部なくなっていたよ。熊が食べたんだろうか」

「ああ、あれはぼくさ」

 ウサギは、持っているいちばん大きな鍋を取り出してきて、手際よく言いました。

「やっぱり心配になってね。熊にやられる前に、ほら、みんな採ってきちゃった。ジャムを作っておけば、ぼくら冬の間もキイチゴが食べられるよ」

 見るとあっちのカゴもこっちのカゴも、真っ黒に熟したキイチゴでいっぱいです。タヌキは一度にあれこれ心配して全力で駆けたものですから、ゲホゲホとむせて、涙や鼻水をぼろぼろこぼしました。親友がウサギ汁にされたしまったかもと思うと、自分まで身体が引きちぎられる思いだったのです。

「なんだい、たぬくん、真っ青な顔をして。まさか君、ぼくがこの鍋で、熊を煮て君に食べさせるとでも思ったのかい。うっふっふ」

 それでタヌキもやっと笑いました。

「ああ、よかった。ああ、おどろいた。うさくん、おいらジャム作りを手伝おう」

 ところが今度はウサギの悲鳴です。

「ぎゃあ! たぬくん、その前に手を洗いたまえ、顔も洗いたまえ。タヌキの鼻水ジャムなんてごめんだよ」

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