6/16~10年前、8/11

6/17

 この世界は息が詰まる。誰しもが何かしらのグループに属し、その中で自分を守っている。先輩もまたその1人。

「ねぇ、このアクセサリーかわいくない」

「うん、かわいね」

 お互いがお互いを共感し協調しあう。そうやって同じ価値観を共有し自分達は同じなのだと認識しあう。そして、それらからずれた者は叩かれ排除される。そういう空気が世界に蔓延している。

 先輩はこの空気を大事にしている。周りに合わせ、周りの呼吸と同じくし、周りになろうとした。

 けれど、先輩は知っていた。自分は“普通”ではないと。異常者なのだと知っていた。先輩の笑顔はそんな自分を隠す為の仮面だった。

 どんなに周りに合わせても、自分は“普通”ではない自覚が先輩を苦しめ限界を向かえていた。

 そんな時、先輩は俺を見つけた。このときの先輩は喜び、本当に救われたかのようだった。

 彼だ。彼がいた。あぁ、これで私は“普通”になれる。

 そう先輩は心の中で叫んだ。


10年前

 これは俺の記憶から抜かれたもの。

 当時、俺は母に迷惑をかけないように過ごしていた。父親は知らない。元から居なかったと思う。

 だから俺はわがままを言うことはなかった。それに、母が仕事で1人の時、よく近所の女の子が遊びに来てくれた。そのおかげで寂しいと思うこともなかった。

 決して裕福ではなかったけど幸せだった。

 けれど、事件は起きた。

 近所の女の子と家の中でかくれんぼをしていたとき、珍しく母が早く帰って来た。

 クローゼットに隠れていた俺は母を驚かそうと、隙間から覗きタイミングを測ろうとした。その時見てしまった。

 母が扉を閉めようすると、突然扉を掴む手が現れ、無理やり扉を開けるとナイフを持った男が入ってきた。

 母は叫ぶ間もなく喉を切られ、そのまま押し倒されながら胸を何度も刺された。

 床が真っ赤に染まると、男は立ち上がり自分の血で汚れた手を見る。何を思ったのかナイフを落とし、近くにあった台所で手を洗い出した。

 この時俺は許せない。その感情に支配されていた。気がつけば男が落としたナイフを握りしめ、男の脇腹に刺していた。

 男は突然のことによろめき倒れるが、痛みなど無視し、俺の顔面を力一杯殴った。

 俺はボールのようにゴロゴロと床を転がり、壁に当たって止まった。たった一発で体は動けなくなり、痛みでどうにかなりそうだった。

 男は立ち上がり、脇腹に刺さったナイフを抜くと投げ捨て、倒れる俺の首を絞めようとした。

 死ぬ。そう覚悟した時、男はうめき声と共に倒れ伏しその背中を女の子が何度も刺していた。

 ちゃんと刺せているか、確認しながら何度も、何度も刺していた。

 男が死んだのを確認すると、女の子は満足気に笑った。

「大丈夫、痛いのも苦しいのも全部消してあげるから」

 そう女の子は言うと、俺の頭に触れる。そして、俺はまぶたを閉じた。


 そう、この時俺は先輩に救われた。

 この時から俺は先輩の特別になった。


8/11 現在

 この5日間は楽しかった。でも、もうすぐ君は記憶の夢から目覚める。その時、君はどうなっているんだろうね。

 私は君にはなれなかったよ。


 目が覚める。そして同時に先輩のあらゆる感情が思い浮かんだ。

 怒りと落胆。どうして、という暗い感情。

 先輩を探さなくてはいけない。そして伝えなくては、もういいのだと。


 先輩はテラスで俺を待っていた。

「おはよう。もう分かっちゃったでしょ」

 言葉が出ず、黙って頷く。

「うん、そうだね。それじゃあ、行こうか」

 先輩はテラスを降り、森へと歩き出す。俺も後を追う。行き先は分かってる。

 山道を少し登り、細い獣道を抜けるとそこに出た。先輩の罪の象徴とも呼べる場所に。

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