裏路地の男

ヌシンバ・ラムの生涯は、その大半が飢えと恐怖で塗り潰されてきた。


初めて銃を持ったのは10歳の時。反政府軍に難民キャンプを襲われ、兵士となるか殺されるかを選ばされた結果だった。

初めて人を殺したのは、それと同じ日。兵士になるのを拒んだ兄と、足の不自由な父に銃口を向け、引鉄を引くだけの出来事だった。



元より学校に通えなかったラムにとって、反政府軍に叩き込まれた軍事教育と称されるものが生きる糧の全てだった。

教育の有無が将来を決める世界において、それは到底長生きできるものでは無かったが、ラムにはどうしようもなかった。


彼の人生に言葉は不要とされた。自分たちを支配する大人たちの言われるがままに銃を撃ち、建物に火をつけ、人を殺せば、反撃を受けさえしなければ殺されることはなかった。

同じキャンプから連れ去られた、年齢の近い連中は次々と死んでいった。

別の組織や政府軍、外国の軍隊とも戦った。戦って、戦って、拠点を点々としながら戦い抜いた。



13歳になった時、ラムのいた反政府軍は上層部が全員射殺されて瓦解したので、ラムは晴れて自由の身となった。

他に行くあても無かったので襲われる前のキャンプがあった場所に向かったラムだったが、そこは完全に放棄されており、人っ子一人いなかった。


身寄りが無くなった少年は、当てもなく街を彷徨い暮らしていた。

愛用していたライフル銃は反政府軍が壊滅した時に無くしたため、少年はナイフと拳銃で道行く人から糧をせしめた。

麻薬を売ってる男がいれば、奪って別の男に売りつけた。


少年の名や素性、生い立ちを知るものは誰もおらず、少年は、ただ生きるために悪事を重ねた。



元より故郷など存在せず難民キャンプで生まれた少年には、多くの家族がいた。

地雷で片脚を吹き飛ばされ働けなくなった父親に、キャンプに蔓延した感染症で死んだ母親。

兄弟は7人いた。2人の兄と姉は少年と一緒に反政府軍に連れて行かれ、無惨に死んでいった。弟たちの行き先は知らない、生きているのかも不明だ。


そんな少年に残されたものは、反政府軍に仕込まれた暴力だけであった。

少年に、選択肢など始めから存在しなかったのだ。



そして14歳になった日、通報を受けてパトロールをしていた国の治安維持部隊に、少年は撃ち殺された。

遺体はゴミとして処分され、何も得られず奪われるだけの人生が終わるはずだった……




『……ここは?』

再び開くはずのない大きな瞳が捉えたのは、石造りの巨大な部屋だった。

何人かの豪華そうな服を着た男たちが、怪訝そうな顔でボクを見つめている。

「〜〜〜!!」

「++++++!!」

男たちは何かを話しかけてくるが、どうも彼らの言葉が分からない。

ボクが話せるのはズールー語だけだ。偉い大人たちは英語で会話してたけど、ボク達には教えてくれなかったな。


何人かの男たちがボクに話しかけてきた、けれどズールー語が分かる男はいなかった。


ボクを取り囲む、まるで白人のような男たちの表情には見覚えがある。

反政府軍に殴られた時、きっとボクはこんな顔をしていた。

街で強盗していた時、たしか相手はこんな顔をしていた。

この表情は……怯えだ。

肌色が違い、言葉も通じないボクに、この男たちは怯えている。


たまらず部屋を飛び出そうとしたボクだったが、兵士と思われる男に取り押さえられ……牢屋に入れられた。

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あなぐらゴブリン 黒岩トリコ @Rico2655

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