あなぐらゴブリン

黒岩トリコ

空いっぱいの星を集めて

空いっぱいの綺羅星は、この世界が異世界である事の証明だった。

この世界に太陽のような存在はなく、小さな星々が少しずつ世界を照らしている。つまりこの世界には昼夜の概念がなく、いつも煌びやかな星の瞬きで覆われている。


「向こうじゃ高校の修学旅行で見たくらいだもんな、こんな星空なんて」



そう。この俺、宙雲カナタは、異世界転生を果たしたのだ。

高校を卒業してすぐ不幸な病で命を落としたはずだったが、どういう風の吹きまわしか、こうして生前の記憶をそのまま引き継いで異世界にやってきた。


しかも身体はちゃんと動く、痛みもない。まだ病に罹る前のベストな状態の身体。

父さんや母さん、友人たちのその後は気になるが、不思議と日本での暮らしに未練は湧かなかった。


こっちの世界では大国として知られているらしい『レストリア公国』に、大切な人が出来たからだ。



「カナターお腹空いたー、ご飯食べに行こうよー」

そう言いながら俺に駆け寄ってくるのは、こっちの街で知り合った駆けだしの魔術士だ。

栗色のロングヘアーで、魔術士がよく着る際どいスリットが入ったローブに身を包んだ女の子だ。小柄でとても可愛らしく、まるで太陽のような笑顔が眩しい。

「すぐ行く!待っててフェリカ」




こっちの世界では近年、魔物の動きが活性化している。

日本ではゲームや漫画の住人としてお馴染みの魔物だが、こっちの世界では紛れもなく現実の存在だ。


その代わりに、所謂こっちの世界とは異なる世界……俺が生前いた日本などから、しばしば人間が送られてくるようになったらしい。

そうした人は『異境人』と呼ばれ、丁重に身分を保障され、技量を審査された後に然るべき仕事を与えられる。


俺の場合、体格は良かったが基本がなってないという事で、1年ほど戦士ギルドで雑務をしながら戦闘訓練を受けた。

その間の暮らしは……キツかったな。レストリア語は分からないし、自由に使える金はほとんどない。武器は重いし、訓練と称して俺をしごいたクソ教官については……いずれ仕返ししてやりたい。



訪れたばかりの異境人は言葉が分からないため、専門の通訳がついてくれる。

フェリカもその一人である。なんでも彼女は、異境人が広めた日本の魔法少女に憧れて魔術士を志したのだという。

『魔法少女って、女の子だけがなれるものじゃないんですよ。自由で、強くで、みんなが憧れる存在なんです』


フェリカが語る魔法少女は、いつもキラキラ輝いていた。

俺はそこまでゲームや漫画に詳しくないけど、フェリカが楽しそうに語るそれは、まるでそこに魔法少女が存在したようで……とても良いと思った。


上手く言えないけど、すごく楽しかった。楽しかったのだ。




ようやく訓練も終わり、フリーランスの仕事屋として王国の外で活動するようになってから数ヶ月が経った頃。


「あなぐらゴブリン……ですか?」

フリーランス向けの斡旋所にいる受付嬢から、奇妙な名をつけられた魔物の討伐依頼を紹介されたのだ。


「なんでも近頃、やたら強いゴブリンが現れたらしくって、何人も仕事屋が倒されてるみたいなんです。このまま被害が増えると王国軍が討伐に向かうそうですが、ゴブリン1匹のために軍を派遣するのは沽券に関わるらしくて……」

騒ぎとなる前に、仕事屋に討伐させようという魂胆か。

ゴブリンは何度も戦ったが、小さな体に惑わされず、落ち着いて動きに対処されば勝てない相手ではない。


「分かりました、ちゃんと報酬は払ってくださいよね?」




翌日、俺とフェリカは『あなぐらゴブリン』の討伐に向かった。

簡素ながら動きやすい服の上に、可動部を阻害しないよう革や金属の防御板を貼り付けた戦闘鎧に身を包んだ俺は、王国付近にある林の道を進んでいた。

『あなぐらゴブリン』と戦いやすいよう、長柄の斧と短剣を装備している。

フェリカは相変わらず際どいスリットが入ったローブを着て、街で流行っているマスコットの意匠をあしらった小さな杖を掲げながら、俺の後ろをひょこひょこ付いてくる。


魔物探知の魔法を使いながら、四方を警戒するフェリカと俺は魔物への警戒を怠らない。

魔物はどこか……警戒は怠っていなかった、はずだった。



フェリカの首から、鮮血が舞った。

なにが起きたのか理解できず、まず辺りを見回し、次いで、産まれて一度もあげた事のない絶叫が、俺の身体中から発せられた。

フェリカが、フェリカがやられた。

これまでも、これからも、ずっと俺を支えてくれて、一緒に生きていくはずの、フェリカ!

「〜〜〜!!!!!!!!!!!」

叫びは怒りに、斧を持つ手に力を籠らせる。

一刻も早く仕留めて、フェリカを治療しないと。いや先に治療では?もう依頼なんて聞いてる場合じゃない魔物なんて王国軍に任せ撤退すべきでは?だが追撃されたら俺まで倒れる、俺が倒れたら誰がフェリカを助ける?

自分でも気味が悪くなるほど冷静な思考が脳をめぐり、林道で倒れたフェリカに目をやり、まだ近くにいるはずの魔物を探した……見つけた。見つけたが、これは……魔物?


「まさか『あなぐらゴブリン』って、……?」


絶えず綺羅星に照らされるこっちの世界において、その肌は身を隠すのに最適だった事だろう。

その『あなぐらゴブリン』は、黒い肌の人間だった。

アフリカを題材にしたドキュメンタリー番組で見たような質素な布を纏い、迷わず俺の首を短剣で切り裂く仕草は、人間だけど魔物そのものだった。


「あっ…………」


戦いでは躊躇や狼狽が死に繋がる、俺は訓練で叩き込まれたはずの教えを役立てることが出来なかった。


身体中から力が抜け、意識が朦朧とする。


せめて最期は、これから共に生きるはずだった、まだ好きだと伝えていない、大切な女性の姿を目に映したかった。


「フェリ…カ……ごめ……ん…………」



もし次があるなら、また出会って、また好きになれますように。

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