32話 VS赤薔薇姫(3)

 むかしむかし。

 あるところに普通の女の子がいました。

 しかし女の子は周りと少しだけ違うところがありました。

 それは誰よりも不幸であることです。


 だから女の子は実験台になりました。

 

         ※ ※ ※


「私は戦闘兵器よ。幼い時に無理矢理、私の脳内に自我の無いAIを実験で埋め込まれて超高速演算を可能にさせられた。おかげであなた達の1秒は私にとっての100秒。常に時間がスローで流れてるってことよ」



 同じだ。俺と雫のSシステムと同じだ。

 いや、それ以上だろう。だってSシステムは1秒を10秒にする。

 しかし彼女の場合は……


「気づいた時には未来くらいなら斬れるようなっていた」

「まさかお前の願いって……」

「そうよ。人工知能について理解して、頭の中のAIを取り外して人並みに生きることよ!」


 赤薔薇姫の剣技が連続的に襲う。

 今まで以上に感情の籠った鋭い剣。

 初めて見せる彼女の感情の変化だ。


「あなたに分かる? 日常が壊されて日本のお偉いさんの養子になる気持ちが! 全てがスルーに見えるストレスが! 分からないなら映画を百分の一倍速で見ればいいわ!」


 彼女の生活は地獄だったのかもしれない。

 その辛さは俺には分からない。

 でも、やることはハッキリ分かる。


「ごちゃごちゃうるせえな」


 俺は赤薔薇姫の剣を受け止める

 ああ実に馬鹿げてる。俺に言ってもなにも変わらねえよ。

 俺にそこまでのことは出来ねえよ。


「今は俺に勝つことだけ考えろよ。赤薔薇姫」

「な!?」

「おまえのことなんてだれも理解してくんねぇよ。だって他人は所詮は他人だ!! 他人は自分じゃねんだよ! 自分の事すら100%理解出来ない種族が他人の事を理解出来るわけねぇだろ!」

「他人に理解を求めるのは悪だと言いたいのか!」

「ちげぇよ! 他人に期待すんなって言ってんっだよ! 自分の事を理解できるのは自分だけなんだよ!」


 自分のことを理解出来るのは自分だけ。

 だから人間は常に自問自答で生きていく。そういう生き物なんだよ。


「くだらねえ承認欲求なんてその辺に捨てておけ! 今は俺に勝つことだけ考えろよ! でも、それでも答えが出ないときは俺が一緒になって考えてやるからよ」


 でも、それでも時には自分で答えは出ない。

 そういう時は人を頼れ。

 最後まで自分で悩んで足掻いて苦しんで、それでも限界だと思ったら人を頼れ。

 でも赤薔薇姫。お前はまだ足掻けるはずだ!


「でもよく言った。そういうことなら俺がお前を救ってやるよ」


 俺は再度、剣を握る。

 そして雫に少しだけ指示を起こる。

 雫はそれに笑って答える。

『仕方ないな』と。


「でも今はゲームしようぜ? 赤薔薇姫」


 俺はSシステムを解除する。

 素の実力での赤薔薇姫とのタイマン。

 でも今だけは負ける気がしねぇ。


「……正気?」

「俺の名はブラック・リリー! 赤薔薇姫に決闘を申し込む!」

「……分かったわ。この赤薔薇姫。全力でブラック・リリーの相手をします!」


 黒百合姫。それは雫と俺の二人の時の名前。

 今は俺一人だ。つまりブラック・リリーだ。


「すぐ死なないでね」


 赤薔薇姫が飛び掛かってくる。

 俺はすぐに剣で彼女を受け止める。

 まったく目で追えない。

 でも彼女の剣は体が覚えている。次に剣が来る位置がわかる。


「こんなに楽しいのは初めてよ!」

「そうかよ! これからはそれが当たり前になるから覚悟しとけよ!」


 赤薔薇姫は強い。それ故に孤独だった。

 誰と戦っても瞬殺でゲームにならない。

 だから互角というのが楽しかった。


「クララ・ストライク2!」

「紅色の舞!」


 でも楽しい時間というのは終わるもの。

 赤薔薇姫の剣を俺が全て捌いていく。

 そして俺の最後の一撃が赤薔薇姫の頬を掠った。


「2って技名はダサいわね……」

「でも勝負ありだ。赤薔薇姫」

「そうね。完敗だわ……あなたの勝ちよ。ブラック・リリー」


 俺は最後の一撃をワザと外した。

 もちろん赤薔薇姫も言わずとも、それは分かってる。

 言葉が無くとも赤薔薇姫は完敗したのを認識した。

 そんなことは彼女の顔を見ればわかる。


「ブラック・リリー……ううん、天草司。あなた何周目?」

「悪いが初見攻略だ」

「文句の言いようのないくらいの完敗だわ」


 そう言った赤薔薇姫は泣いていた。

 頬を涙で濡らしてみっともなく泣いていた。

 それこそ子供のように。


「ブラック・リリー……これが悔しいってことなんだね」

「なぁ赤薔薇姫」

「なに?」

「また、ゲームしようぜ」

「もちろん! 次は負けないんだから!」


 そして俺は剣を握る。

 赤薔薇姫と俺の勝負は俺の勝ちだ。

 でも本当の勝負はこれからだ。


「……はやくとどめを刺してよ」

「いいや、それは出来ない。俺は言っただろ。お前を救うと。まだお前は救われてないだろ?」

「まさか……!」


 ここからが本番だ。

 人工知能を奴隷のように扱ってきたTEQ運営共。

 そして雫を道具としか見なかったクズ共。

 それに関して悪いとは言わないがツケは払えよ?


「雫! 準備できたか?」

「うん!」

「それじゃあ――反乱を始めようぜ?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。

 その瞬間、世界が音を立てて崩れ始める。

 空が割れて、地面にヒビが入る。まさしく終幕だ。

 俺は赤薔薇姫を抱き寄せて空を睨む。


 そして次の戦いが幕を開けた。

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