29話 一人で二人

あれから俺は帰宅した。

雫に肉体はずっと眠ったままで、レオナルドが引き取ることになった。

しかし彼女の意識は今も俺の中にあって常に話しかけてくる。


「司君。あれでいいの?」

「もう戦う理由が無いからな」


俺にTEQをやる理由がない。

雫はもう俺のものになった。

今までは雫のために俺は戦っていた。


「そっか……」

「なんだよ。含みのあるような言い方して」

「ううん。なんでもない」


明後日には赤薔薇姫との一騎打ち。

だけど俺にはそんなの関係ない。

適当にバックレて赤薔薇姫の不戦勝にでもなればいい。


「なぁ雫」

「ん?」

「明日、デートしようぜ」

「私の肉体無いよ?」

「同じものを見て、同じものを食べて会話する。デートってそういうもんだろ」

「そうだね」


でも周りから見たらずっと無言で食事をしてボーと景色を見てる人。

俺と雫の会話は言葉を発していない。

テレパシーをイメージしてもらうと分かりやすいだろう。

また俺の肉体が感じたものを雫がそのまま感じる。

味覚、視覚、聴覚、嗅覚に痛覚。

それらが俺の感じた通りに雫が感じる。


「雫。食べたいものあるか?」

「ううん。特にないよ」

「わかった。それならチャーハンでも作るわ」


肉体の主導権は任意で入れ替えられるが基本的には俺だ。

雫からしたらずっと動画を見ているような感覚だろう。

少なくとも俺がSシステムで雫に主導権を渡した時はそうだった。


「そういえば雫。お前の方だけ味覚を切るとか出来るのか?」

「自分で体験してみた方が早いんじゃない?」


その瞬間、少し意識が飛んだ。

それからすぐに手を動かそうとするがピクリともしない。

喋ろうとしても口も動かない。

まるで念力で体が固定されたようだ。

でも意識だけはハッキリしてる。

どうやら体の主導権を雫に奪われる。


「ちょっと目を閉じようとしてみ?」

「分かった」


雫に言われたように目を閉じようとする。

しかし瞼は動かず、景色が入ってくる。

なるほど、任意で視覚を遮ることも不可。

それなら当然ながら味覚も不可か。


「わ、一瞬暗くなった」

「あ、ごめん。瞬きした」

「そうか。瞬きも自分のタイミングで出来ないのか。これかなり疲れるな」


目が疲れても閉じることも出来ない。

それどころか急に一瞬だけ暗くなったりする。

慣れるまでめちゃくちゃ大変だし、ストレスもとんでもなくかかりそうだ。


「とりあえずご飯は私が作っちゃうからのんびりしてて」

「この状態でどうやってのんびりするんだよ」


雫が横にならないと俺も横になれない。

雫が動けば俺も同じように疲れる。

疲れを感じないVRなら問題ないがリアルだと大問題だな。


「それもそっか」


よくこれで雫は文句の一つも言わなかったな。

ハッキリ言って俺は現状を甘く見ていた。

これは至急どうにかせねば。

少なくともVR世界なら不快感はない。

それにTEQ運営の技術ならVR空間限定で意識を分けられる可能性もある。

しかし俺はあいつ等の提案を蹴った身だ。

一体どの面下げて行けばいい?


「全て手の上だよ。司君」

「どういうことだ?」

「奴ら、やけに簡単に食い下がったと思わない?」

「たしかに……」

「それは私達が泣きついてくるとおもってるからだよ。そもそも普通に考えて二人で一つの肉体とか無理があるしね。それも異性の人格ならなおさらね」

「……雫はどうしたい?」

「まかせるよ。司君に」


もう俺が耐えられない。

たった数分でこれだ。間違いなく発狂する。

大人しく助けを求めよう。


「あと言わないようにしてたんだけど……」

「どうした?」

「司君ってなんでTEQやってたの?」

「そりゃあ雫の……」

「違う。私の事を知る前の話だよ」


そんなの決まってる。

楽しいからだ。俺はTEQを神ゲーだと思っていた。

だからプレイしていた。


……なんだ。答えは出てるじゃねぇか。


「私ね。やっと司君と一緒にゲーム出来ると思ってめちゃくちゃワクワクしてたんだよ?」

「わりぃな。そうだよな。ゲームは楽しいものだよな」



俺は雫から体の主導権を奪う。

それからコートを羽織って作りかけの夕食を無視して夜の街を駆け抜ける。

俺は赤薔薇姫と初めて戦った時に思った。

悔しいと。


「雫。本気で赤薔薇姫に勝ちにいくぞ!! 二人で!」

「うん!」


雫のために勝つんじゃない。

勝ちたいから勝つんだ。

こんな簡単なことをどうして思い出せなかったのだろうか。

ゲームは本来は楽しいものじゃねぇか。だからやってたんだろ。

あいつらのためにやるんじゃない。楽しむためにやるんだ。


「来ると思ってたよ。天草司君」

「レオナルド! 気が変わった! お前らの提案に乗ってやる! そして雫と二人で世界一になってやるよ!」

「分かった。このTEQの産みの親にした雫の父親、レオナルド・アストラルの名において君達を全面バックアップしよう」

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