28話 黒百合姫の誕生
準決勝は俺の勝利に終わった。
目を覚ましても雫がやってこない。
俺はすぐに駆け出して雫を探しに行く。
そんな俺の前に紫髪の幼女が現れる。
「決勝戦出場おめでとうございます。ブラック・リリー……いいえ、黒百合姫」
「そんな御託はどうでもいい! 雫はどこだ!」
「……ついてきてください」
それから幼女に俺は案内される。
通路を右に曲がったり左に回ったり、時には階段を登ったりとグルグルと現在地が分からなくなるくらい歩き回る。
するとやがて謎の部屋に行き着いた。
その部屋には何台もパソコンが置かれていたり、デカいモニターがあったりしていた。
一言で言うなら管理室だ。
「雫!!」
そんな中で辺りから一際浮いたピンクのベッド。そこで雫がスヤスヤと寝ていた。
頭に色々と電子機器を付けて、まるで人体実験でもされてるかのように……
「これらは雫の意識をTEQに繋げるのに必要な道具なんだ。理解してくれるとありがたいね。天草司くん」
コトンコトンと足音を立てて白衣に髭面の男がやってくる。歳は50前後だろうか?
だが、周りを黙らせるオーラを放ってる。
一目で偉い人だと雰囲気で分かる。
「始めまして。私は人工知能シズクの開発者及びTEQの設計者でありシズク・アストラルの父親“レオナルド・アストラル”。よろしく頼むよ」
「お前が……雫の父親!!」
こいつが首謀者。
雫を賭けた大会などふざけた事を開始した全ての元凶。雫を道具としか思ってない外道。
「私に文句があるのかな?」
「当たり前だ! 雫は一人の人間だ! 彼女にも恋愛の権利があるはずだ! 婚約者を決める大会? そんな雫の意志を……」
「君の言うことは正しい。だけど逆に問おうか」
「なんだ?」
「世の中には離婚というのものがある。熱愛カップルが別れたという事例も星のようにある。浮気とかで別れたりもする。そんな局面に雫が直面したらどうする?」
「俺はそんなことしない!」
「口で言うのは簡単だ。そう言ってやる人間を私は何人も見てきた。君だって一度は見たことあるはずだ。平気で約束を破る人間という存在を」
「それは……」
否定出来ない。
レオナルド・アストラルの言うことは正論だ。どこにも俺が浮気をしたりして雫を捨てないということの証明は出来ない。
「それに愛があってもスペックが無ければバットエンドだ。例えば君に娘がいて、その娘がホームレスと結婚するとか言い始めたらどうする? 薬物中毒者にDV男。そんな人と結婚すると言い始めたら?」
「……止める」
「その通り。私も父親として娘の婚約者を見極める必要がある。その手段がTEQ」
「だけど……!」
「それに雫がどうしても生理的に無理とか言うならこの話はなかったことにするつもりだ。第二回でも開いて理想の男を見つけよう」
俺は勘違いをしていた。
この男は誰よりも雫の事を考えている。
雫のために最高の男を用意するつもりだ。
その為に開いたのがTEQの世界大会。
俺は返す言葉が見つからなかった。
「……誰がそんなこと頼んだの?」
「ん?」
そんな時、俺の口が勝手に動く。
俺の思ってもないことを言い始める。
「私はそんなの望んでいない!! 自分の幸せくらい自分で決める!」
「……困ったな。結婚は取り止めだ」
は?
おい、待て。
どういうことだ!!
なんでその結論に至った。
俺にとっては願ったり叶ったりだが……
「雫。その男の中にいるんだな?」
「おい、どういうことだ?」
俺の頭に割れるような痛みが走る。
あまりの痛みに俺は両膝を着く。
すると頭の中で声が響いた。
(司君!)
(雫か……?)
(うん! 気付いたら見覚えのない景色で司君の声で誰かと私の事で揉めてるのに気付いて意見を言おうとしたら……)
まさか! いや、そんなはずはない。
雫が俺の中にいるなんて!!
そんなのありえるはずが……
「Sシステム使用のために人格を一時的に結合させた結果、なんかの不作動でシズクの人格が司くんに根付いたといったところか」
「つまり……」
「簡単に言うならば多重人格だな。悪いが戻す宛はない。恐らくシズクの肉体が動かないのは人格が入ってないからだろうな。まったくまた植物状態とは……」
「そんな……」
本当の意味で二人で一人。
俺の中に常に雫がいる。
雫は二度と動かない。
雫と手を繋ぐこともキスすることもデートすることも出来ない……
「まぁシズクが生きてるなら何でもいい。シズクはお前にくれてやる」
「……え?」
「そんな状態じゃお前が引き取るしかないだろ。それにシズクがこの男を選んだのなら親はこれ以上、口出すべきじゃない」
「お父さん……」
「その声で呼ばれると気色悪いが娘が言ってるんだよな。シズク。この男と結婚するのは許可するが不幸になっても責任は取らんぞ?」
「うん!!」
「そして天草司。シズクを泣かせたら、その時は覚悟しとけよ?」
「……はい」
何故か降りた結婚許可。
あれ? もうTEQで勝つ理由ないんじゃ……
「司君! やったね! 結婚出来るよ!」
「そうだな! 雫!」
「しかし事情を知らない人から見ると一人会話してる奴にしか見えないな。早急に雫の人格を切り離す方法を見つけねば……それに何より司の声で雫が喋ると気色悪い」
そういえばそうか……
雫の喋る言葉は全て俺の声になるんだよな。
たしかにそれはかなり気色悪いものが……
「……さて、本題に入るぞ」
「本題?」
「とりあえずSシステムの解説が必要だろう」
それからレオナルドがSシステムについて説明する。
Sシステムは人間の脳に人工知能を繋げて超高速演算を可能にするシステム。
それを行うことによって脳の回転を早めて1秒を10秒くらいに感じるようになるという話だ。Sシステムは軍事技術として企画され、試作されていた。
そして俺が使用したのが、その試作段階のSシステム。
どんな危険があるか分からないため、もっと実験を重ねて使用する予定だった。
しかし雫がやってきて、Sシステムの存在に気づき無理矢理、使用した。
「私も反対したんだが、シズクが聞かなくてな」
「どんな危険があっても私は司君と一緒に戦いたかった……」
「雫……」
「いつも司君は笑ってる。でも心は擦り減って傷ついてるの私は知ってる。私が司君と結婚したいなんて思ったから司君は傷だらけで戦う……私はそれに耐えられないの! もう見てるだけなんて嫌なの!!」
雫はズルいな。そんなこと言われたら何も言えないじゃないか。
雫の行動は問題が多すぎる。
特に俺への被害を考えがえず、自分一人に問題あるだけという視野の狭すぎる考えは問題しかないだろう。
もしも。俺の脳がSシステムの負荷に耐え切れず血管が切れて死んだらどうするつもりだったのだろか?
はっきり言ってあまりに想像力が足りてないとしか言い様がない。
でも、雫の今の言葉を聞いたら怒る気も失せる。
「とりあえずSシステムについて分かった。それでなにが望みだ? これで終わりっていうわけじゃないだろ?」
「情報収集だ。君達はSシステムできゃぴきゃぴカップを勝ち進めてほしい。雑魚と戦っても得られる情報はたかが知れてる。だから強者と戦ってSシステムで対応出来ない事態やSシステムの有用性を証明してほしい」
「なるほど……だが、俺がそれに協力するメリットは無い」
もうシズクとの結婚許可も降りた。それになにより俺と雫の人格が融合している。
どんな手段を使っても俺と雫は引き裂けない。
つまりTEQに勝たなくても雫と俺は一緒にいられる。
もう戦う理由がないのだ。
「データが集まれば雫の人格をお前から引き離す手段も……」
「興味ないね。俺はこのままでもいいと思ってる」
俺は雫と二人で生きていく。黒百合姫という存在で……
これは黒百合姫の誕生だ。
「悪いが俺達はお前たちには従わねえ」
それが俺の答えだ。
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