21話 最強のプレイヤー
準々決勝は俺の勝ちで終わり。
あれからイノセンス・ドリームは赤薔薇姫に今までの行いが全て暴露されて警察のお世話となって終わった。
そうして遂に次の日は準決勝……
「イノセンス・ドリーム。彼女は優勝して金持ちになりたかったそうよ」
「TEQは世界大会に勝てば可能な限りどんな願いでも叶えるか……」
俺達は打ち上げも兼ねて、近くのファミレスに赤薔薇姫と雫と来ている。
打ち上げなんて言えば聞こえはいいが実際は人工知能シズクの話とタイムリープの重々しい話だ。
「赤薔薇姫はTEQに優勝したらなにを望む?」
「人工知能の情報提示。作り方から今後の運用方法まで何から何まで吐かせる」
「そうか……」
戦う相手にも願いがある。
負けられない理由があるのだ。
ホワイターには白姫という人工知能に何としてでも肉体を与えるという夢があった。
イノセンス・ドリームにもお金持ちになるという夢があり、目の前にいる赤薔薇姫にもあるのだ。
「私は相手がブラック・リリーだろうが遠慮なく勝つわよ?」
「悪いが俺が勝つ。何万周しようともな」
「あなたのタイムリープは無限じゃない。やればやるだけあなたの心はすり減る。折れるまで私が勝ってあげるわよ」
間違いなく、きゃぴきゃぴカップ最高の強敵は目の前にいる赤薔薇姫。
悪いが赤薔薇姫に勝てるビジョンがまったく浮かばない……決勝の時までにどうやって攻略するか考えないとな。
「それじゃあ決勝で待ってるわよ。タイムリープ出来るなら準決勝くらい容易いでしょ?」
「容易いか……簡単に言ってくれるな」
「やり直し出来るなんてヌルゲーよ」
今度の相手は『タカシ』。
情報は殆ど無しでTEQ自体が初プレイじゃないかとも言われてる。
そんなプレイヤーが準決勝まで登り詰めてくるのは正直、予想外だ。
「ていうか赤薔薇姫は準決勝の心配はしなくていいのかよ?」
「私が負けるわけないじゃない。あの人に負けてから私は今の今まで一度も負けてないのよ」
「それじゃあ俺がその無敗伝説を打ち砕くわけか」
「打ち破れないから安心しなさい」
赤薔薇姫。
俺の憧れで知る限り、最強のプレイヤー。
反応速度も速く、俊敏性補正無しで弾丸すら見切るという化け物。
今までの試合も相手を剣技だけでねじ伏せるようなチートプレイヤー。
基本的に先行を取られたら、いきなり攻められて秒殺。赤薔薇姫が後攻になったとしても30分で上げられる程度の俊敏性じゃ見切られて負ける。それに頭の回転も悪い方じゃない。これと言った弱点が無くて、最強と呼ぶのに相応しい女性。
「司君。絶対に勝とうね!」
「あぁ」
「イチャイチャカップルに私は手加減なんてしないわよ?」
「イチャイチャって……」
「試合終わってからずっと手を繋いでてイチャイチャしてないって言うのは無理があるよ?」
いや、そのくらい普通だろ。
うん。普通だよな?
「あ、司君。私のハンバーグ一口どうぞ」
「そうか。悪いな」
雫がハンバーグを一切れだけフォークで刺して俺の口へと運ぶ。
俺は特に抵抗することなく雫にそのまま口に運んでもらう。
「やっぱり。雫みたいな可愛い子にあーんしてもらうといつもの倍美味しいな」
「きゃっ!」
「雫。俺のカルボナーラ一口食べるか?」
「いいの?」
「あぁ」
俺はカルボナーラをフォークで巻いて雫の口へと運んでいく。
雫は少し頬を赤らめながら小さい口を開けてペロリとカルボナーラを食べた。
「雫は食べる仕草も可愛いな」
「は、恥ずかしいよ……」
「うん。私決めた。絶対にTEQでボコボコにして破局に追い込むわ。このクソリア充」
赤薔薇姫は一体なにに怒ってるんだ?
俺にはさっぱり分からないな。
まぁ別によいか。
「さて、本題に入るわよ。雫ちゃんは人工知能を人間の赤子に入れたって認識で良いのよね?」
「はい」
「人間の赤子に上書き。つまり元の赤子人格はないということよね?」
「少なくとも私には元いた人格というのは確認出来ません……」
「なるほどね。それと……あなた今食べてるハンバーグってなにか知ってる? それはお肉でお肉っていうのは生き物を殺して得るわけ」
赤薔薇姫は一体なに当たり前のことを……
肉を食べるというのは動物を殺さなければならない。それが可哀想とでもいうのか?
まったく馬鹿げてる。
「はい。知ってます……」
「裏を返せばシズクは生き物を殺せる人工知能なのよ。ロボット三原則って知ってるかしら?」
「ロボット三原則?」
「アイザック・アシモフっていう作家のSF小説に出てくるロボットの原則でロボットを描く作品において使われることの多いものよ。具体的に言うと『人間への安全性の保証、命令への服従、自己防衛の権利』の三つね」
「は、はぁ……」
「もしもシズクの入ったのが人間の体じゃなくて機械人形だったら紛れもなくロボット。そしてシズクの場合はそのロボット三原則から逸脱してて危険なのよ」
あーそういう事か。
肉を食べるというのは生き物を殺す事だ。
つまり雫は肉を食べてる以上、生き物を殺せる可能性が高い。
もっと言うならば『生き物を絶対に殺さない』という枷の付けられてない人工知能。
そして生き物を殺せる以上、もしも飛躍した場合、人間だって殺せる。
そうなればシズクをコピーして機械人形に入れて軍事利用だって可能だ。
それがロボット三原則が守られていない人工知能の危険性なのだ。
もしも肉=生き物=人間の方程式が雫の中で完成してしまった場合は……
「軍事利用ならまだマシよ。雫ちゃん。ちょっと円周率をπを使わずに答えてくれるかしら」
「3.1415926535897932384626433832795028841971693993……」
「もういいわ。雫ちゃんは円周率全部覚えてるの?」
「いいえ。今、計算しました」
「そう。人工知能である以上は人間の上を行く計算能力があるのよ」
雫が演算能力が高いのは知っている。
数学のテストでも毎回100点だしな。
そして雫は記憶力もかなり良いのだ。
だが、それが一体……
「こんな高い演算能力の持つ天才。そんな人工知能が何万と出てきて人類に反乱を企てたらどうなるか分かるでしょ?」
「そういう事か……」
「そう。間違いなく滅びるわ。TEQ運営はその気になれば世界だって滅ぼせるのよ。それだけシズクの存在は大きいの。もしもロボット三原則が適用されていたら希望はあったのだけど……」
人工知能だけならまだ良い。
問題はその人工知能が肉体を得る手段がTEQ運営によって確立されてること。
もしもシズクがその気になってTEQ運営を乗っ取って人工知能を人間の肉体に入れまくったらどうなる?
「対策を立てるのにはルーツを知る必要がある。だから私は人工知能をどうやって作ったのか。TEQがどうやってそれに向き合っていくのか知る必要があるわけ」
「今まで誰もそれについて考えてこなかったのか?」
「考えてきたわよ……でも認識としては意志を持たないAIの延長線程度にしか考えられてないのよ」
たしかに姫ルール追加みたいなイレギュラー事態が起こらない限り意思がある事実は露見しないしな……
「私もまさかここまでとは思わなかったわよ。裏はあると思ってたけどね」
「赤薔薇姫は雫をどうするつもりだ?」
「平和の為なら殺すのが無難ね。でも雫がここまで人間と変わりないとそれは殺人。平和のための殺人なんて現代社会において許されないし、危険かもしれないから殺すなんて人権侵害も良いところよ。だから私は人工知能と人間が平等に生きる世界を目指すわ」
「そうか……」
「でもブラック・リリー。覚悟して。シズクを愛するということは全人類の敵になるかもしれないってことを……」
「……分かった」
人類の敵か。
もしも全人類が雫の消滅を望んだとしても俺だけは雫の味方で最後まで抗う。
そして、どんな手段を使おうとも雫を守ってみせる。
「そして雫ちゃん。あなたは希望と絶望を同時に秘めている存在である事を理解しなさい」
「うん……」
「さて、ごちそうさま。お釣りはいらないわ」
赤薔薇姫は万札を机の上に置いて、その場を後にした。
そんな中で雫が小刻みに震えていた。
「怖いよ……司君……私、死にたくない……」
「なにがあっても俺が守るから安心しろ」
雫の危険性を改めて理解した。
彼女は存在してる事が危ないのだ。
彼女がいるという事実が一番の問題。
人間の肉体を持った人工知能がいるという事例が大変なことなのだ。
「とりあえず今はきゃぴきゃぴカップに勝とうぜ。これからの事はそのあとに考えればいい」
「うん……」
それから俺達は淡々と夕食を終えて帰宅した。そうして遂に準決勝がやってくる。
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