4話 やり直し

 負けた。負けてはいけない勝負で負けた。

 俺はその悔しさから走って家へと帰り泣きじゃっくていた。


「……クソっ!」


 試合にすらならなかった。

 俺は今まで自分は少し強いと思ってた。

 しかし、そんなのは幻想だ。

 俺は弱い。それこそトップランカーとかそんなの手も足も出ないくらいに弱い!!

 俺が今まで戦ってきたのはどこにでもいる一般プレイヤー。

 そして赤薔薇姫はネットで騒がれるような化け物プレイヤー、店長はあそこのゲーセンを仕切っていて壁のような役割を果たしてる。普通の一般プレイヤーとは格が違う。

 でも、勝てないという事実が悔しくて……


 コンコン


 そんな時に部屋の扉を叩く音がした。

 しかし俺はそれを無視する。

 するとノックの主は無視して俺の部屋に侵入してきた。


「……司くん。いいえ、ブラック・リリー」

「雫か……」


 雫にだけはこんな姿を見せたくない……

 雫の前だけはカッコよくいたい……


「ねぇ――ゲームはまだ始まったばかりだよ? もう諦めるの? もう一度戦おう? 憧れは超えるためにあるんだから」


 彼女の手が俺の頬に触れる。

 それから強引に俺の顔を覗き込んでくる。


「え?」


 そこまではまだ良かった。

 彼女は驚くことに俺にキスをしたのだ。

 優しく俺の唇にキスを……

 俺は突然の行動に驚きの余り声が出なかった。


「私の知ってるブラック・リリーはこのくらいで折れないんだからね。もう一度立ち上がって」


『姫の口付け。時間逆行システム稼働。最後にTEQにログインした時まで時間を遡ります』


 だが、問題はキスした事ではない。

 キスしたその瞬間にありえないことが起こったのだ!


「……………は?」


 俺は何故か墓地にいたのだ。

 それもただの墓地じゃない。

 俺が店長と戦った時の墓地だ。

 目の前には木箱が置かれてる。

 状況が飲め込めずにいると、3mはあるだろう巨大な豚男が咆哮しながらあらわれる。

 そんな生物が現実にいるわけがない!!

 オークロードがなんで現実にいる!!

 で、でもそんなの考えてる場合じゃない。

 今は逃げなければ……


「ウォォォォォォォォォ!!」


 その瞬間、俺の体が跳ねられた。

 だが同時に察した。

 これは現実ではない。

 間違いなくTEQのゲーム内だ。

 つまり、俺はいつの間にかログインしていたというわけである。


「随分と呆気なかったな。こんな雑魚はきゃぴきゃぴカップには出せねぇな」


 店長の声が聞こえる。

 俺はそれを無視して学校へと走っていた。

 夕暮れだったはずの空は何故か青空。

 そう、昼間だ。


 俺は学校に着くと教室に飛び込む。

 教室は授業中でみんなが俺という存在に呆気に取られる。


「雫! なにがどうなってる!」

「……TEQは遊びじゃないんだよ。改めて名乗るね。私は雨宮雫あまみやしずくでTEQの姫」

「な、なにを……」

「気付いてると思うけど私は口付けした相手の意識をTEQ最終ログイン時まで飛ばす能力があるの。何度も何度も何度も負けてもいい。でも諦めないで戦って最後には勝って? そして……きゃぴきゃぴカップに勝って私を助けて」


 再び雫が俺にキスをした。

 その瞬間、意識が飛んで再び墓地にいた。

 俺はようやく現状を理解した。

 諦めない限り何度でもやり直せる。

 いや、勝つまで強制的に雫にやり直しをさせられると。

 そして、なにがなんでも勝たなければならないのだと。


「ウォォォォォォォォ!」


 目の前には再びオークロード。

 やり直しポイントは追加ルール制定、異能力確定、スタート地点を決めた時点か。

 まずは先に確認しておきたい事がある。

 俺は木箱を壊してハンドガンを拾ってオークロードを倒していく。

 今回は幸いにも乱数の引きが良くてオークロードを無事に倒せた。

 そして今ので分かった。


 ・ループによって魔物と武器の配置は変わらない。


 ・しかし乱数はループ毎に変動する。


 木箱を壊したら前回と同じハンドガン。

 また同じタイミングでオークロード。

 前回は弾数六発で倒せなかったオークロードが今回は倒せてる。

 そこから求められたのが今の仮定。


(しかし雫の言ってたTEQの姫ってなんなんだ? きゃぴきゃぴカップに勝つことがどう関係してくる?)


 まぁ今は考えても仕方ねぇか。

 とにかく今はこの勝負に勝たねぇとな。

 そんなことを考えてると背後から死神が現れた。


「ワレ、サイキョウナリ」

「ループする上で一番の課題が死神攻略。そして転移で逃げようにも今は守り側の俺は転移を使えないからキツい」

「よぉブラック・リリー」

「店長か」

「おうよ。ところで攻撃は不可能でもMPKはセーフだよな?」


 死神が鎌を前に見たのとまったく同じように振り下ろしてくる。

 俺はそれを死ぬ気で回避する。

 そしてオークロードが落とした剣を拾って店長の元まで駆け寄って突き刺す。

 しかし、身体に当たるが石を突いたかのように弾かれてしまう。


「忘れたか? 今のお前は守り側だぜ? まぁ攻撃ターンになっても追加ルールで最初は動けねぇけどな」

「クソっ! 完全に頭から抜け落ちてた!」


 再び死神が鎌を振り回す。

 それは何故か店長をガン無視する。

 どうやら俺がタゲられてるらしいな。

 基本的にTEQのモンスターというのはターゲットを定めてその相手しか狙わないという傾向がある。

 もしも勝ち筋があるとしたら死神のタゲを俺から店長に移す事だが店長が攻撃側である以上は転移でタゲられない距離を維持するだろう。


「悪いな」


 だが、それは普通の話。

 今の俺の能力は空を飛べる。

 俺は背中から羽根を生やして飛翔する。

 流石の死神も空を攻撃する手段は……


「お前さ、TEQ最強と謳われるモンスターを舐めすぎじゃね?」


 しかし、それは甘いと思い知らされた。

 死神の鎌を伸びてきて見事に空中まで切り裂いた。大振りの素早い鎌は俺の体を一刀両断して地面に叩き落とす。


『勝者。テンチョー』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 それから何度かやり直しを行う。

 頭に染みついた『勝者。テンチョー』の声。毎回お約束のように死神に負ける。

 死神があまりに圧倒的過ぎて逃げを許さない。空を飛んでも常識外れのリーチを誇る攻撃で叩き落とされる。もちろん地面を走って逃げられる相手でもない。

 死神の一撃目はなんとか回避出来るが問題は二撃目にある。

 死神は最強を誇るだけあり、一撃目を打ってから二撃目を出すまで僅か0.43秒。

 しかもあそこまで素早く広範囲の攻撃は全身を使わなければ回避できない。


 簡単に言うと一撃目を回避してバランスを崩したところを刈り取られるというわけだ。

 もしも俊敏性がもっと高ければ簡単なのだが運悪く近くに青色の魔物がいない事が判明している。


 ハッキリ言うなら今の俺は詰みだった。


 そうして約8回目の攻略が始まる。だが、俺はそんな詰みゲーに勝つための策を完全に頭の中で完成させていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る