第46話悪魔退治に勇者はつきもので




 フレデリカとの話を終えて、セレネーが待っていた修道女へ声をかけると、彼女は「こちらへ」と別の部屋へ案内してくれた。


 通された部屋は一階の広々とした客間。座り心地のよい乳白色のソファーにセレネーが腰掛けていると、一人の小柄な老修道女が入ってきた。


「話はそちらの者から伺いましたセレネー様。私が院長です……フレデリカ姫を狙う悪魔を追い払ってくれるそうですね」


 向かい側に座りゆったりとした口調で話す院長へ、セレネーは大きく頷いてみせる。


「ええ。そのために、どのような悪魔なのかを知りたくてお話を伺いたいのだけど……」


「間近で悪魔を見た者の話によると、とても青白く美しい顔をしているそうですね。姫の大事とあって、王宮にも助けを求めたのですが、どんな屈強な剣士でも歯が立たず、本気になればこの街ひとつくらい、一瞬で燃やし尽くせると豪語しておるそうです。ただ、それをしないのは姫が悲しむからと……なんでも、魔界に呼び寄せて妻にしたいそうなのです」


 随分とキザったらしい悪魔ねぇ、とセレネーは心の中で呟く。

 話を聞く限り、どうやら悪魔の中でも貴族に該当する高等の悪魔らしい。個体差はあれど、強い魔力を持ち、狡猾で計算高い悪魔がほとんどだ。厄介なことに、攻撃の魔法はどれだけ修練を積んだ魔女や魔導士でも高等な悪魔には敵わない。つまりセレネーがまともに戦えば勝てる見込みがない相手だった。


「本当に厄介なものに目をつけられてしまったわね……」


「姫や私たちはもちろんのこと、国中が今、夜になると悪魔を恐れて身を縮めてしまいます。それで、どうにかできないものかと、ある高名な勇者様に退治をお願いしたのですよ」


 高名な勇者様……勇者……まさか……。

 各地に勇者と呼ばれる者は存在するが、どうしても勇者と聞くと思い浮かぶのは厄介な幼なじみしかいない。セレネーがこめかみをピクピクさせていると――コンコン。扉を叩く音がした。


「失礼します。勇者様がご到着されました」


 扉の向こうから聞こえてきた修道女からの報告に、院長が顔中のシワを深くして笑う。


「ちょうど良いところに……こちらへお通しして。セレネー様、どうか勇者様と力を合わせて悪魔を追い返して下さい」


「え、ええ……善処するわ」


 ニコリと笑いながらもセレネーの目が泳ぐ。コツ、コツ……と近づいてくる足音を聞きながら、予想とは違う顔が現れるように願うしかなかった。


 扉が開き、若い修道女が「こちらへ」と連れてきた勇者に部屋へ入るよう促す。

 入ってきてこちらを見た瞬間、勇者――イクスは思いっきり顔を引きつらせていた。


「セレネー?! どうしてお前がここにいるんだ!」


 肩を怒らせながら近づいてきたイクスへ、セレネーは目を据わらせながらも視線を合わせる。


「フレデリカ姫に用があって来たのよ。そしたら悪魔に狙われて大変な状態になってたから、どうにか追い払おうってことになったのよ」


「俺がどうにかするから、お前は引っ込んでいろ! 相手は悪魔……明らかに魔力で勝ち目のない魔女はお荷物だろうが」


 襲いかからないだけ成長したわねぇと感心しながらも、荷物扱いにセレネーは口端を引きつらせる。


「まともに戦えばイクスでも無理よ。どうも打撃系は効かない魔物みたいだし……あと、イノシシ頭のアンタじゃあ翻弄されて終わるだけだから。力も頭もアンタじゃ敵わないから」


「なんだとっ?! やっぱりお前は倒す。絶対に生かしておいて世のためにはならん!」


 一方的に熱くなるイクスを、セレネーは冷めた目で相手をする。その様子を不思議そうに首を傾げながら見ていた院長は、なぜかにっこりと微笑んだ。


「おふたりとも面識があるのですね、なんと頼もしい……これも神のお導きなのですね」


 面識があるからといっても仲が良いとは限らないのに……というか、今のやり取りを直近で見ながらその認識ってどうなのよ?!


 不審がられないだけマシだと思いつつも、院長の反応にセレネーは唖然となる。イクスも同じ印象を持ったのか、理解に苦しむと言いたげに顔をしかめている。

 それでも院長のおかげでイクスから毒気が抜かれて、多少話ができる状態にはなった。セレネーはイクスが正気に戻らない内に……と、話を切り出す。


「イクス、アンタも知っていると思うけれど、高等悪魔を相手にするには生半可な覚悟じゃ戦えないわ。一旦休戦して手を組みましょ、フレデリカ姫と王子のために……」


「王子の……? ということは悪魔を倒した後に姫が王子の呪いを解けば、王子と俺の約束も切れる……分かったセレネー、利害一致だ。手を組んでやる」


 明らかに、これで遠慮なくセレネーを倒しに行けるようになる、という心の声がイクスから漏れ出ている。

 嘘のつけない幼なじみに苦笑しつつ、悪魔を相手にするなら厄介でもいるだけありがたい戦力に、セレネーの心が少しだけ力みが抜けた。


「これから作戦を伝えるから、しっかり聞いて。悪魔の裏の裏をかくために……」


 しっかりイクスと目を合わせて意志を確かめてから、セレネーはフードを叩いてカエルを肩に登らせる。


「王子、貴方にも協力してもらうわよ。貴方が一番のカギだから……姫のためにしっかり頑張ってね」


「はい! 姫のためにも……それから、セレネーさんやイクスさんに被害が出ないためにも、全力で挑みます」


 頼もしいカエルの言葉に、セレネーは頷き返す。それからそれぞれに目配せして作戦を伝えていった。

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