第24話ユベールの事情

 剣の手合わせを終えて城にある中庭の木陰でひとり涼んでいるユベールを見つけると、セレネーは一旦姿を消して中庭の端へ降り立つ。それから辺りを見渡し、誰もいないことを確かめてから姿を現わそうとした時、


「何者だっ?!」


 セレネーの眼前に剣が横切り、冷や汗が全身から吹き出す。

 こちらの気配に気づいたユベールが駆け付けたのだと理解し、思わず間近になった彼をまじまじと眺める。


(すごい人ね……って、どう見ても男性よね? もしかしたら男装の麗人ってやつかも……って思ったけど、声も骨格も男のものだわ)


 やっぱり乙女じゃないわよねぇ……水晶球、壊れちゃったのかしら?

 内心首を傾げながら、セレネーは両手を上げながら透明の魔法を解いて姿を見せた。


「ごめんなさい、勝手に城内へ入っちゃって。ちょっと貴方に用が――」


「魔女……! アシュリー王子をカエルに変えただけでなく、さらに何かをしでかそうというのか!」


 ユベールが整った顔を険しくさせ、セレネーを睨みつける。そして剣の切っ先を突き付けて声を荒げた。


「ああああっ、ち、違いますユベール! 剣を収めて下さい!」


 慌ててセレネーのフードからカエルが跳び出し、二人の間へ割り入る。即座に気づいたアベールは目をカッと見開き、すぐさま剣を腰の鞘に納めて跪く。


「アシュリー王子、ご無事でしたか! よくお戻りになられました……突然姿を消され、皆がどれだけ心配したことか……」


 眉をひそめながらカエルへ向ける眼差しが優しげで、どうやら王子を嫌っていない様子にセレネーはひとまず安堵する。それからユベールに話しかけた。


「アタシは魔女セレネー。王子の呪いを解くため、一緒に行動しているのよ」


「セレネー……あの大森林に住まう変わり者の善き魔女か。そうか、貴女が王子を助けてくれているのか……突然剣を向けて失礼した。どうか私の不敬でアシュリー王子を見限らないで頂けないか?」


「気にしてないわ。そもそもアタシが勝手に入ってきたのが悪いんだし……」


 話をしながらセレネーはあることに気づく。あちこち人助けをしているせいで、自分の名前はそこそこ有名だ。だから自分を知る者は善き魔女だと口にする者が多い。


 変わり者と呼ぶのは仲間内――魔女界隈でのことだ。それを口にしたということは、魔女の誰かからその話を聞いたことがあるということ。つまり他の魔女と接点があるということだ。


 何もなければ魔女と関わるなんてそうそうしないものだ。特に城勤めの人間なら尚更だ。何か事情があるらしいと察しながら、セレネーは話を切り出す。


「実はアタシ、ちょっと用事があって一時的に王子と同行できないの。だからしばらく王子を預かって欲しいと思って……大丈夫かしら?」


「もちろん喜んで! ……アシュリー王子、王や后が心配しております。どうかお顔を見せて差し上げて下さい」


 カエルがゲコッと肩を跳ねさせてから、ブンブンと全力で首を横に振った。


「どうか内密にお願いしますっ。また解呪の旅に出てしまうので……できれば元の姿に戻り、なんの心配もしなくてもいいと断言できる状態で会いたいので……」


「分かりました。では私の屋敷でどうかくつろいで下さい」


 心から嬉しそうな微笑みを浮かべ、ユベールがカエルに手を差し出す。その手の平にカエルはぴょんっと飛び乗った。その様子を微笑みながら見つめつつ、セレネーは頭を働かせる。


(どう見ても男性だわ……これで水晶球を修理しなくちゃいけないってなったら、時間がめちゃくちゃかかっちゃうのよねー。あと面倒くさいし……どうにかして真偽を確かめられないかしら? ユベールが本当に男性なのか、それとも女性なのか――)


 どうか怒って剣を抜きませんようにと祈りつつ、セレネーはユベールへ「ねえ?」と尋ねた。


「貴方が信頼に足る人だからって王子が言ったから連れてきたんだけれど……ほんの少しだけ、貴方から魔法の気配を感じるわ。その姿、本物じゃないでしょ? 預けても大丈夫かちょっと心配なのよねぇ……」


 ユベールの表情が強張る。なぜ分かった?! という驚きと困惑が溢れた後、諦めたように睫毛を伏せた。


「すべてはお見通し、という訳か……確かにそうだ。私はこの姿を魔法で手に入れた。遥か南の海に住まう魔女の力を借りたんだ」


「やっぱりね。だって貴方……えっと……ほら女性、じゃない……?」


 セレネーは水晶球が壊れていないことを願いつつ、さらに切り込んでみる。

 しばらくユベールが無言になって立ち尽くす。そして、おもむろにカエルを乗せた手を目前に運び、その円らな瞳と目を合わせた。


「アシュリー王子……私のこの姿は偽りの物。しかし国に対しての忠誠心は偽りではありません……どうか私を信じて頂けますか?」


「あの、貴方の忠誠心はまったく疑いませんが……やっぱり女性なのですか?」


 恐る恐る尋ねるカエルへ、ユベールはしっかりと頷いて見せた。



「魔女の力を借り、元の高い声と引き換えに男の体を手に入れました……元は女性です」



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