四章:西の乙男?! いえ、乙女です

第23話根本の条件が違って良いの??

       ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 ジスレの所から戻った翌日、セレネーとカエルはホウキに乗って東の国を後にした。


 空をビュウビュウと駆け抜けながら向かう先は、東とは真逆の方向だった。


「あれ? もしかして私の国に向かっているのですか?」


「そうよ。だって王子だけで解呪できる子を探していた時、お姫様しか見てなかったんでしょ? そうじゃない子に目を向けていったら、王子の西の国にいるかもしれないじゃない」


 フードの中から問いかけてきたカエルへ、セレネーは声を大きくして伝える。「あっ!」と驚く声がフードから聞こえてきた。


「た、確かにそうですね! 自分の国では調べ尽くしたと思い込んでいました……この身を元に戻してくれる方がいらっしゃればいいのですが……」


「次こそいると思うわよ。だって王子の国の人なら王子の人となりはある程度知られているでしょうし、憧れている女の子も多いと思うのよ。カエルの姿なんて障害にもならないって子もいそうだわ」


 きっと次こそは念願が叶うはず。心から期待しながら、セレネーはホウキの速度を上げた。




 ギュンッ、という音を立てながらホウキの移動を止める頃。セレネーとカエルは西の国の真上に来ていた。


「着いたわよー王子。ほら、ちょっと出てきてご覧なさい」


 促されるままにカエルがセレネーの肩をよじ登って乗っかる。そして目の前に広がった光景にハァ、と感嘆の息を漏らした。


 少し距離はあったが、東西南北に造られた城下町の中央に堂々とそびえ立つ純白の王城――カエルが住み慣れていた城を二人は臨んでいた。


「ああ……懐かしき私の城……父上も母上も元気にしているでしょうか? 兄上や姉上、弟妹たちも……ゲコォ……」


 どんどんカエルの空気が湿っぽくなっていく。セレネーが見やると、既に目からは涙が滝のように流れていた。


「今頃は、黙ってひとりで出て行った私のことを怒っているでしょうか……ゲヒック……元に戻ったとしても、迎え入れてはくれないかもしれませんが……戻った姿を見せることができれば……ゲッゲッ……ゲロォォ……」


「王子……王様は貴方のお父さんよ? 人が好くて優しいって評判の王様だから、きっと大喜びで迎えてくれると思うわ。早く安心してもらえるよう、ちゃっちゃと元に戻って喜んでもらわないとね」


 セレネーは王子を慰めつつ、懐から水晶球を取り出す。

 息を大きく吸い込んで、意識を集中させてから朗々とした声で水晶球に語りかける。


「クリスタルよ、この国でカエルにキスしてくれそうな、自分の家族よりも伴侶を選んでくれる、王子の真の姿を心から愛してくれる、気立てのいい娘を教えておくれ」


 言葉が終わらぬ内から水晶球はぼんやりと光り始め、淡い黄緑色を帯びていく。東の国では答えを出すのに時間がかかったが、前回よりも注文が増えたにもかかわらず水晶球は答えを映し出してくれた。


 セレネーとカエルは同時に答えを覗き込む。そして二人して目を剥いた。


「えっと……む、娘なの? この人、どう見ても……」


 条件にはしっかり『娘』と加えている。それなのに映し出された相手は、白い生地に金の刺繍が施された軍服に袖を通し、精悍な顔つきの青年だった。


 ちょうど剣の手合わせをしているらしく、切れ長の目を鋭くさせながら藍色の瞳で相手を射抜き、勇猛果敢に剣を振るう。水晶越しにも伝わってくる気迫に二人は息を呑む。

 キィンッと相手の剣を弾き、勝敗が決する。彼は息をつきながら金の前髪を後ろに掻き上げ、勇ましかった顔を緩めた。


 背丈は周りにいる武官たちと大差はない。声も男性にしては少し高めに感じるが、女性というには低くて硬さのある声。長い脚を颯爽と動かして歩く姿に、すれ違う女官たちが思わず目を向け、ほうっとため息をついている。どうやらモテているらしい。


 周囲から彼はユベールと呼ばれていた。


「ユ、ユベール?! どうして彼が……」


「あら王子、知ってるの?」


「は、はい……彼は近衛兵の隊長を務めているので、色々とお世話になっていました。特に親しくしていた訳ではないので、どんな方なのかはよく知りませんが、非常に無駄なく物事をこなされる冷静な方という印象はあります。……あの、彼が私の呪いを解けるかもしれないのですか?」


 戸惑い気味に尋ねてきたカエルへ、セレネーは即答できずに唸る。


「んんー……可能性はあるみたいなのよね。水晶球の答えは絶対じゃない。でも、可能性がないものを映すこともない――ハズなんだけどぉ……どう見ても乙女じゃないわよねぇ……乙男? え、アリなのこれ? 王子的にはどうなの?」


「わ、私としては、その……ずっと女性しか相手に考えていなかったので……しかし一刻も早く呪いを解きたいので試したいと思います……ゲコッ」


 困惑が治まらないながらも腹は括っているようで、カエルの顔が若干険しくなる。目の前に故郷が広がっているせいか、なりふり構わず解呪したいという切実さが滲み出ていた。


「……分かったわ、取り敢えずユベールに会いましょ。事情も知っているだろうし、自国の王子様相手に酷い仕打ちはしないでしょうし」


 セレネーはそう言うとホウキの柄を城に向け、ゆっくり進めながら動揺を治める時間を稼いだ。

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